指輪をわたして、典型的なプロポーズなんてした。
どこにでもいる平凡な自分と彼女は、婚約関係、なんてことになった。
「えっとさ」
「なあに?」
ものすごい笑顔で返される。
こういうときの彼女は、絶対内心怒っている。
長い経験からそんなことは痛いほど良く理解している。
だから怒らせなければいい。
そんなことは承知で、だけどこういう情けない状態にしばしば陥る自分は学習能力がないのだろう。
「いや、なんていうか」
どう考えても言い訳を考えている情けない男、といった風情の自分に対し、彼女はゆっくりと好物のショートケーキを口に運んでいる。
満足そうな笑みのなか、自分に向けられる視線はやはりどこか冷たい。
いつものように笑ってほしくて、だけれどもそうさせたのは自分で。
やっぱり単なるアホだ、と自戒しながらも言い訳の言葉を捜す。
たぶん、マリッジブルーとかいうやつだったんだろう。
もう独身じゃなくなる、とか、女の子と遊べなくなる、とか。
そんなものは恋人がいたら元々できるはずもないのに、いまだ独身連中の口車に乗せられたのが悪かったのだ。
あいつらは婚約や結婚、といったものがどれほど重い意味を持つのかわからないのだ。
いや、やっぱり自分が悪いんだけど。
「で?」
全てを白状させるようににっこりと微笑む。
少しだけクリームが残ったフォークを右手に持ち、本当に全開の笑顔をみせる。
ものすごくこれじゃない、感じがして、だからといって口に出せば炎上は明らかだろう。
「ごめんなさい」
潔く両手をテーブルにつき、頭を下げる。
心なしかウェイトレスさんの視線が突き刺さっているようでとても痛い。
彼女は満足そうに頷いて、残ったケーキを食べ始めた。
肩透かしを食らったように、なんとなく拍子抜けして、それにつられて笑う。
「ツーアウトだね」
意味がわからなくて、恐らく大間抜けな顔をしていただろう。
けど、アウト、という響きが心臓によくない。
いやいやいや、一つはわかるけど、もう一つはいつの間に自分やらかしたんだ?
「あの、スリーアウトになったら」
彼女は何も言わずに本当に、にっこりと、いい笑顔を浮かべた。
「き、気をつけます」
それだけ言うのが精一杯で、味もしないチョコケーキを無理やりほお張った。
心なしか、首に何か、がはめられたような感覚に陥りながら。
再録:5.13.2014/09.18.2013