私がその不思議な空間に立ち入ったのはたったの一度だ。
生い茂った木々と、どこからか聞こえる不可思議な声。
そして、懐かしさすら覚えるような田舎の日本家屋。
私は、不気味とも思えるその空間で、一人の男と出会った。
「なんか、ノリ悪いなぁ」
数合わせで呼ばれた合コンで、そんなことを言われてもどうしようもできない。
する気も無いけど。
全く好みではない男の隣に座らされ、少しだけ申し訳ない顔をした知人が拝むような仕草をする。
場を破壊するほど子供でもない私は、機嫌が直る程度に愛想笑いを浮かべる。
私の内心など全く興味がない男は、たったそれだけのことで上機嫌となり、うだうだと自慢話を繰り返している。
顔、はたぶんよい方なのだろう。
ちらちらと、男の方へ視線を送っている女の子もいるぐらいには。
あの日から、そういったことに興味を失ってしまった私には判断できないけれど。
「でさぁ」
なおも続く自慢話に、適当に相槌を打つ。
何も考えないでいい頭は、あのときの風景を反芻させる。
今も、匂いを思い出しそうになるほど何かが濃密な空間。
生命力に溢れる森、そして、あの人。
私の背中に触れた手は、現実味がないほどひんやりとしていた。
この世のものとは思えないほどの美しい美貌は、今まで出会ったどんな人間とも似ていない。
灰色の髪も、どこか陶器のような肌も、彼を一層人とは思えない何かのように感じさせた。
実際のところは、彼は人ではなかったのかもしれない。
出会いに興奮して、だけれどもそれから二度と会えなくて。
冷静になってみれば、あの空間すら私の空想だったのかもしれない。
あの場に行くきっかけとなった場所を何度も訪れてみても、私は彼に会うことは叶わなかった。
どこまでもつまらない会が終わり、次の誘いを交わしながら帰宅する。
生身の男に興味がなくなるほど強烈な体験は、私の中では真実で、今もずっと続いている現実だ。
空を見上げても星の数は少ない。
お互いに興味などない通行人とすれ違いながら、この道のずっと先で彼と繋がるかもしれない。
そんな思いにかられる。
私はもう、捕らわれているのかもしれない。
→イケニエとカミサマ
再録:5.13.2014/09.18.2013