05 - たとえば、の、話(遅れて来た王子/求婚する王子)

「最近退屈だから、呪ってくれないかしら?」

小商いの店で商品をやりとりするような気軽さで、王女が呟いた。
それを耳にしたはずのセリは、口に含んでいた茶をゆっくりと嚥下する。
これぐらいで動揺していては、この王族たちの末席に名を連ねてはいられない。
動揺を押し隠し、セリは全力で聞かなかったことにする。
わからない、という顔をして小首をかしげ、笑顔を保ちながら茶を口にする。
そんなセリの態度など予測ができた、とばかりにイリス王女は続ける。

「最近おじさまったら頭髪の心配まで・・・・・・」

作戦を変え、セリの良く知る王子の側近をさらりとたてにする。もちろん王女が本気で彼の心配をしているわけはない。だが、本心からそう思っているかのような演技は、彼女がある種の才をもっていると言わざるを得ない。美しい王女に潤んだ瞳に上目遣いで見つめられ、同姓のやりとりながらセリはどきりとした。
目の前に座っている人物は、国民全体が憧れる「夢見る姫さま」そのもののイリス王女だ。普通の神経なら動揺してあたりまえだろう。
どうしてそんな少女と同席しているかといえば、セリも「夢見る王子さま」であるローゼル王子の配偶者だからだ。
甘いえさで婚姻関係を結んだともいえるセリとローゼルは、周囲の期待をよそにひどく円満だ。
もちろん、妬み嫉みは目一杯受ける立場ではあるが、綺麗な顔とは裏腹に腹黒い王子のおかげか、セリの耳に入ってくることはない。
他の王族たちとの関係も良好であり、消極的性格により控えめで、頭の良いセリは、どちらかというと我の強い彼らにとっても相対して安心できる相手であるようだ。
人気の王族の一人であるイリス王女も、セリを気に入っている一人であり、ちょくちょく甘いものを携えてやってきては会話をやりとりすることを楽しみにしている。

「おじさまが?」

うっかりと反応したセリに、イリスはおもしろがる内心を隠しながら、心底同情したような声音で説明を始める。
綺麗な顔に、かわいらしい声、華奢な体に、どこまでも透き通った白い肌。
陶器の人形のようだ、と評されるイリス王女は、ローゼルも眉根を寄せるほど腹の中が真っ黒だ。
かわいい顔で毒を吐き、周囲にそんなことはかけらも言っていないはずだ、と思わせるだけの魅力が彼女にはある。

「ええ、最近特にお疲れで」

暗に含みを持たせた口調に、セリが食いついていく。
家族には愛され、仲の良い夫婦、姉妹、兄弟関係に囲まれてきた彼女は、基本のところはお人よしだ。
それを十二分に承知しているイリスにとって、セリを思うとおりの方向へ誘導するなど実に簡単なことだ。

「優秀なのに、側近などという名前でこきつかわれて」

おじさま、というのは別段彼女の血の繋がった叔父でも伯父でもない。
幼い頃より優秀で家柄の良かった彼は、どうしようもない底抜けの馬鹿のお目付け役として捧げられ、そして側近などという肩書きをもらって第一王子のお守をしている現在だ。
彼に同情するものは多いが、誰も代わってやろうなどとは口にしない。
つまるところ、それほど第一王子の災厄はやっかいであり、それを体を張ってとめている彼は重要な人物でもある。
痩せた体はさらに細り、そしてとうとう大事な頭髪の心配までするありさま、とあっては、彼を尊敬しているセリの気持ちもぐらつかないわけがない。

「たとえば、よ、たとえば、ほんの数週間、いえ、もう少し長くてもいいのだけど、アレが部屋から出なかったら、さぞ気持ちも安らぐでしょうねぇ」

実の兄をアレ呼ばわりとは、大胆といえば大胆である。が、イリスは全く尊敬していない相手に対して、その侮蔑した態度を崩すことはない。
まして猫かぶりが必要な相手はいないのだから。

「本当に、おじさまが心配で」

わざとらしくハンカチを出し、目元を拭うふりをする。
明らかに芝居めいた仕草にもセリは全く気がつかずに、側近に同情したままだ。

「ね、だからおねえさま」

甘えた声で、セリに駄目押しをする。
そういう仕草や態度が、ひどくセリの心をくすぐるのだと知り尽くした態度だ。
セリはこくりと頷き。
イリス王女は綺麗に笑った。



 後日、第一王子が幽霊がでる、といったまま引きこもり、あまつさえ田舎にある別邸へと逃げ込んだというニュースに、国民全体が高らかに笑った。
国民どころか、妻である側室たちさえまるで同情しない有様に、セリは少しだけ同情した。
そして、イリス王女は誰よりも綺麗な笑顔をみせた。


遅れて来た王子
求婚する王子
4.28.2014再掲載/07.01.2013




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