無意識に手を伸ばそうとして、慌てて止めた。
不自然に動かなかった右腕は、何事もなかったかのようにバッグを持ち直す。
誰にも、気がつかれないようにため息をかみ殺した。
「久しぶり!」
能天気な声が後ろからかかり、声の持ち主を想像して懐かしさに思わず振り向く。
わたしの耳に馴染んで離れない声。
どれほどの雑踏でも、きっとわたしは区別がつくだろう。
疲れきった体に鞭をうち、ごまかすように笑顔を作り上げる。
ゆっくりと歩いてきた彼に、わたしは精一杯の笑顔を向ける。
そして徐々に露になる彼の姿と、わたしには見えていなかった誰かさんが現れる。
彼の隣には、見知らぬ女性がくっついていた。そう、わたしが全く知らないきれいな女の子。
すごく引きつっただろう顔を整えて、彼女の方へ視線を向ける。
ものすごく短い間の心のデコボコを、彼は気がついていない。
「あ、彼女」
説明ともつかない短い紹介をされ、隣の彼女は軽く頭を下げる。
それにあわせて私も会釈を返す。
見たことがなかった女の子を視界に入れて、見上げたまま近況報告を交わす。
言葉が短くて、行間を埋める作業をしなくては通じない会話も、それでも彼が今楽しく過ごしているということだけは伝わってきた。
隣で曖昧に微笑んだままの彼女は、少しだけわたしに視線を向け、そして彼によりそう。
きっと、彼女は気がついている。
ずっとずっと、誰にも気がつかれなかったわたしの気持ちを。
偶然の再会は、立った数分で終了する。
かわいらしく袖を引っ張った彼女と、照れ笑いする彼が区切りをつけ、さよならの挨拶をして立ち去っていく。
彼女が見せた、わたしに対する表情を、彼はやっぱり気がついていないだろう。
わたしの気持ちにかすりもしなかったように。
躊躇なく去っていく背中を見送り、空を見上げる。
日が落ちた空は寂しそうで、なんとなく手を伸ばす。
ゆっくりと歩き始めたわたしは、周囲と混じり合って家へと急ぐ。
気持ちごと、胸の中に抱えながら。
04.28.2014再掲載/07.01.2013