32 - 水の中の月

「何しに来たの?」

髪を編みこんで、タイトにアップにした麻衣子が口火を切る。
周囲の人間は、それぞれの表情でこちらを覗いている。
その顔に、好意的な色はない。
待ち合わせのオープンカフェで、わたしはいつものように彼女たちに混じろうとやってきた。
麻衣子の高校のクラスメートたちの集まりは、わたしには無関係で、けれどもこうやって姿を現せばたいてい麻衣子が仲間に入れてくれた。
だから、わたしは嫌がられている、だなんて感じたことは一度もない。
ちょっと面倒臭そうな顔をする人もいたけれど、麻衣子がいれば大丈夫だった。
けれども、今わたしに向けられた視線はひどく棘棘していて、さすがのわたしでも居心地が悪い。

「これ、私のクラスメートの集まりだし。あんた関係ないよね?」

当たり前の事実を当たり前のように突きつける。
最初に困ったような顔をして、それでも仲間に入れてくれた麻衣子とはかけ離れている。

「それに、人の恋人とっておいて、さすがによく顔出せたよね?」

呆れたような顔をする。
だけど、麻衣子の婚約者だった相田君とはいつのまにか疎遠になったわたしは、もう麻衣子の前に姿を出してもいいような気がしていた。
だって、原因となった関係はなくなってしまったのだから。
いいわけなんて思いつきもしなくて、言葉に出せなくて、いつものようにつまってしまう。
わたしは、気持ちを言語化する能力に欠けていると思う。こんな風に、内心はやっぱり饒舌だというのに。
麻衣子は、相田君のことなど興味がない、とばかりに話を変える。

「ああ、そのバッグ買ったんだ、やっぱり」

麻衣子の友達のSNSで、麻衣子がほしいと呟いていたバッグをみて吐き出す。
彼女は、対象だったバッグとは違うものをひざの上に抱えている。
いつももっているものとはちょっと違うテイストのそれを、食い入るように見つめる。

「あ、これ手作りだから。悪いけど、同じものないから」

わたしの視線に気がついたのか、麻衣子があっさりと告げる。
わたしは、彼女が持っているものを、全てそろえたい。そろえなくてはいけない。
そんなことを考えながら、ぎりぎりと奥歯をかみ締める。

「帰ってくれない?もうあなたを仲間にいれることはないから」

穴が開くほど彼女のもちものを見つめていたわたしに、麻衣子の声がつきささる。
今まで、言われたことがないほど強い拒絶の言葉に、はじめて戸惑いを覚える。
麻衣子は、わたしが何をしても受け入れてくれた。
麻衣子がいて、わたしは始めて友達ができた。
最初の友達作りに失敗して、みんなの中心できらきら輝いていた彼女に飛びついた。
彼女は、わたしを拒絶せずに仲間に引き入れてくれた。
それからずっと、わたしは仲間はずれにもされず、なんとかなってきたのだ。
追いつけなかった高校からは、あまり思い出したくはない。
いじめられていたわけではないけれど、親しくできた人間は一人もできなかった。
わたしには、麻衣子がいなくちゃだめ。
だから、私は麻衣子のようにならなくちゃだめ。
麻衣子が言った言葉をわからなかった風に笑う。

「これ、友達どうしのあつまりなんだ、悪いけど遠慮してくれる?」

麻衣子のクラスメートが始めて口を開く。
直接話しかけたことはないけれど、それでも色々と話しかけてくれた優しい人だ。
けれども、彼女は冷たい顔をしてわたしを拒絶する。
わたしも、ともだちじゃないか、と、訴えたい言葉がうまく声にならない。
いつも、わたしはそうだ。
言いたいことも言えない。

「そういうことだから」

彼女たちは一斉に立ち上がり、わたしを置いてきぼりにしようとする。
追いかけようとして、店員に阻まれる。
いつのまにか注文してあったオレンジジュースが、あいているテーブルに置かれる。
それをわたしの代わりに注文したのは彼女たちのようだ。
おろおろと、促されるように着席し、飲みたくもないオレンジジュースを口に含む。
今日、ここにやってきたのは麻衣子関係のSNSで会があることを知ったからだ。
現れたら、きっと麻衣子は邪険にしない。
そんな自信があった。
わたしと、麻衣子の付き合いは、長いのだから。

いつのまにか着信拒否となっていた麻衣子の電話にかける。やっぱり、拒否されたままで、解除される兆しすらない。
そして、わたしには、彼女以外の友達が、いないことを知っている。
全て、彼女がいなければ、わたしは今までの生活を維持していけない。
だから、相田君は少しの間必要だった。
彼が、麻衣子からちょっとだけ迷っている間の止まり木として。

そんな気持ちは麻衣子に届かない。
わたしは、わたしが出来る範囲で最上のことをしてきたのに。
恨み半分、妬み半分で、からっぽのスマホを眺める。
麻衣子に拒否されれば、わたしは連絡する人すら思いつかない。
正直、相田君はどうでもいい。
けれども、思いついてかけた電話は、つながらない。

大きくため息をつく。
新しい会社で、あんまりうまくいかなくて。
けれども麻衣子と似た雰囲気の人を見つけた。
わたしは、彼女と友達になることに決める。
麻衣子を諦めたわけじゃないけれど。

わたしの、わたしにとっての一番の友達はやっぱり麻衣子なのだから。



再掲載:10.21.2015/8.3.2015




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