30 - 「きみがため」(零れ落ちた花びら)

 もう一度会いたい。
そう思うことすら、傲慢なのかもしれない。



 堅王だった王が倒された。
それ自体は、喜びを持って国民に迎えいれられた。
いつの頃からか、庶民には暗い影が忍び寄り、そしていつの間にか生活は疲弊していた。
その原因を探れば処分され、耐えるしかない日々が長く続いていた。
だが、それももうおしまいだと。
あちこちでお祭り騒ぎが起こりはしたが、やがてやってくるのは現実である。
国力は弱り、虎視眈々と周囲が狙っている状況に変化があるわけではない。
聡明な反乱軍の長が、ほころびを取り繕ってはいるものの。

「大丈夫っすか?」

いつの間にか要職に連ねることとなってしまった元隊長は、顔色の悪さを隠そうともせず机にかじりついていた。
どう考えても、適材適所といえるものではない。
どちらかといえば書類仕事などが苦手な彼も、文句を言わずに仕事をこなす毎日だ。
それもこれも優秀な人間は、いつのまにか処刑されるか亡命していたためであり、この国はひどい人材難に陥っている。
彼などは早々に左遷されていたため、難を逃れたといってもよい。

「……」

無言で声をかけてきた人間を見上げる。
ひるむ様子の全くない青年は、最近雇い入れた事務仕事をこなす男だ。
非常になよなよとした体格に、調子の良い言葉を撒き散らす彼は、そんななりでも非常に優秀だ。
不可思議なことに。
いつのまにか、事務員は茶を手にしながら、彼に休憩を勧めてきたようだ。
疲れた目をほぐしながら、素直に彼の勧めに従う。
彼のこうやった細かな気配りは、実のところ効率をあげるためにも最適である、ということを身をもってしっているせいだ。
彼の言を無視し、結局倒れて仕事が押してしまったことが悔やまれる。

「そういえば、結婚しないんすか?相手がいるとか聞いてますけど」

程よい甘さの茶を飲み干しながら、じろりと一瞥する。
全く意に介さないように、へらりと笑う。

「……、そんな相手などいない」

ちらり、と誰かを思い浮かべ、否定する。
彼女は、ここにはもういない。

「早くお嫁さんきてもらったら、楽になるんすけどねぇ」

絶妙に体調管理などもやっている彼に、言い返すことはできない。
苦虫を噛み潰したような顔をして、茶器をつき返す。

「まあ、そうなったら言って下さいよ。俺が全部手配しますから!」

やけににこやかに微笑みながら、自分の場所へと戻っていっていく。
はっきりと浮かんだ顔を振り払おうと、数度頭を横に振る。
仕事だけが、それを忘れさせれくれるのだと。
会いたい、と、思うことすら出来ない彼女のことを奥底に沈めながら。



再掲載9.14.2015/7.1.2015




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