29 - 伝言板

 猫の里親探しの伝言板を見ながらビールを飲む。
そんな寂しいアラサー、いてもいいじゃないか。

いつもより飲みすぎたビールで、軽い酩酊状態を越してしまったまま、ベッドに体を沈める。
火照った体に、シーツの冷たさが染み渡る。
それもすぐに、ぬるくなってしまったが。

付けっぱなしのディスプレイを一瞥する。
かわいい子猫と視線がぶつかる。
ああ、自分が引き取れれば、毎日毎日かわいがるのに、と。
ペット不可のワンルームだったことを忘れ去りながら妄想する。
仕事はある、経験はある。
実家には猫又になりそうなおばあちゃん猫だっている。
きっと、私は良い飼い主になるに違いない。
男はいないけど。
そこまで思考がたどり着いて、つい最近振られたことを思い出す。



「ごめん、彼女には俺がいないと」

わけがわからない定番の台詞を吐いて去っていった男。
そして、けなげなふりをして彼の後ろに隠れていた女。
その目が、自分を見下していただなんて、被害妄想を差し引いてもわかりすぎた。
それをわからないのがばかな男で、ナイト気取りに彼女を守っているつもりで私と対峙していた。
あんまりな茶番劇に、ふさがらなかった私の口も、ようやく正常に戻った。

「ま、いいんじゃない?あなたがいいんなら」

こちらを威嚇するように見下ろしていた男は、私の拍子抜けするような言葉に脱力していた。
きっと、もっと、ののしられると思ったのだろう。
この年の女を、他の女に乗り換えるから捨てるだなんて、あれこれ言われても仕方がないという自覚ぐらいはあったようだ。
かわいくない私のほうは、冷め切ってしまった彼の様子なんて手に取るように理解していて、とっくに覚悟はしていた。
それでもちょっと、じくじく痛むのは仕方がない。
それだけ、この男に気持ちがあったということだ。たぶん。
泣き出しそうになる顔を叱咤する。
寝取られて、その女の前でみっともなくなりたくはない。

「あ、そうそう、高梨部長によろしくお伝えくださいね」

せいいっぱい微笑んで、彼女に言葉をぶつける。
彼の上司の名前に、彼はぎょっとして振り向く。
ちなみに、私の上司ではない。噂は十分耳に届いていたけど。
彼女は少しだけ嫌な顔して、それでもすぐにいつもの甘い顔に戻る。
そのあたりの芸はさすがだと、感心をする。

「おまえ、何言ってんだ?」

口頭以外の結婚の約束をしていない私たちの関係は、基本的には社内では秘密だ。
だからこそ、彼は同じ社内で乗り換えよう、などとしているのだが。
そんな私の口から、上司の名前が出れば不審に思うだろう。自分は、何も言っていないのに、と。

「あら?そちらの彼女、随分親しくしていらっしゃるみたいだから」

その言葉を残して、私は二人の前から立ち去った。
自分的には格好良く、周囲からみたらわからないけど。
その後は、想像したとおりの展開がやってきて、周囲は非常に楽しかったらしい。
巻き込まれないように知らんふりしてたけど。
そういえば、復縁をほのめかすメールをもらったけど放置していた。



沈み行く意識の中で、私のあたまはかわいい子猫に支配されていた。
うっとうしいアレが知っているここを引き払うのもいいかもしれない。

数日後、私は子猫の奴隷となった。
新しい住居と、新しい携帯とともに。



再掲載9.14.2015/7.1.2015




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