「おめでとう、また一つ年をとったね」
ある程度の年齢を重ねた人間が聞けば嫌味とも取れるようなセリフを、さらりと悪気なく口にするこの人は、相変わらず表情がよくわからない顔をして、かわいらしいバースデーケーキの前に陣取っている。もっとも、付き合いが長い私からしてみれば、鉄仮面のようなこの人の顔からかなり雄弁にその胸のうちを悟ってしまうのだから、わかりやすいものだ。
取り合えず年相応に無邪気な微笑とやらを浮かべ、お礼を述べる。
彼はこちらが参ってしまうほど嬉しそうな顔をし、おまけに僅かながらに照れた表情まで浮かべている。
知人レベルの彼の取り巻きが見れば、その鉄仮面に崩れる様子はないのだけれど。
「でも、18まではまだまだだなぁ」
ため息をつきながら心底残念そうに呟く。
そんな呟きが聞こえていながらも微笑を崩さず、目の前のケーキに夢中といった様子を見せ、あくまで私はまだまだ子供である、ということを印象付ける。
そうでもしないと、精神的には大人だろうと判断され、大変困ったことになりかねないからだ。
私は現在中学一年生。世間でいうところの思春期真っ只中のまだまだ青臭いお子様だ。
それに引き換え嬉しそうにケーキを切り分けている目の前の男は20歳も当に過ぎた28歳、そろそろ結婚も視野に入れたお付き合いをする頃合の一見真面目そうな青年だ。
そんなにも年が離れた二人がなぜに仲良く二人きりで誕生会などを開いているのかというと、実のところ彼と私は元々縁戚関係にあったのだ。
父の姉の元配偶者の連れ子という、簡単に言えばいとこ同士にあたる。とはいっても、全く血は繋がらない上に、離婚理由が理由なだけに、父親の親戚関係とは本来私はまるで付き合いがないはずなのだ。それなのに当たり前のようにこの人は毎週ちゃっかり我が家へやってくる。それはどうしてなのかと、問われれば、言い当てることはできるけれども、子供であるところの私は黙したままを決め込んでいる
女を作って出て行った父親は、とりあえず今も日本のどこかで誰かターゲットを見つけては暮らしているはずだ。その生活力はまるでないのに生き残る本能には長けていた父親らしい暮らし方だ。そんな社会不適合者にひっかかったのは母親も同じで、スムーズに離婚できたのがラッキーだったと言われるぐらいだ。
だから、本来なら、ちらっとでも父親関係とかするような人間関係は母親の機嫌が悪くなるはずなのに、この人と私が仲良くするのは許容範囲らしい。たぶん、弟である父親同様何かにだらしない伯母を切り捨てた伯父の子供である彼に対しては敵の敵は味方、といった心境なのだろう。大人の事情はよくわからないけれど。
「叔母さんは?」
「…たぶん、彼氏と一緒だと思います」
「誕生日なのに?」
「うん…」
そういってそのまま睫毛を伏せる。
こうすると儚げな風情がより強調されて、大人の庇護欲を刺激する、らしい。
それを言ったのは誰だか忘れたけれど、美少女とは程遠い私がそれなりにちやほやされるのは、このもって生まれた雰囲気によるものが大きいと自覚している。
人並みな容姿の母親と母性本能をくすぐるタイプの父親から、驚くような美少女が生まれるはずも無く、私の容姿はよくて上の下、現実に則して判断するのならば、やっぱり並だろう。
そんな私が他者より秀でたものといえば、この華奢な体つきと儚げな雰囲気だけだ。
だからこそ私はその外見に見合うだけの口調や行動様式を身に付けたのだ。
いくら世間にシングルマザーが多くなってきたとは言え、まだ田舎の部分が多く残るこの地域では母に対する風当たりは決して優しくは無い。当然その娘に対する私にとっても世間の風は冷たいもので、保育園に通っているころからいわれの無い暴言や差別に晒されていた。
他の子供よりも少しだけかしこく、成長が早かった私は、あっという間に自分が置かれた状況を把握して、一番波風の立たない方法でその場をやり過ごす術を身につけていったのだ。今考えても子供らしくないし、まだ子供だと言い切れる年の私にとってもやっぱりかわいげはないけれど、それが生き残る方法としては適切だったから仕方がない。
馬鹿にされないぐらいの知識と教養、それを妬まれないだけの弱者を装った立ち振る舞い。
今にも消えてしまいそうだと言わしめる華奢な体つきと、病弱だと決め付けてかかられる儚げな雰囲気を纏い、私に悪意や害をもたらす人間に罪悪感を持たせるように仕向けている、ただそれだけだ。
いとこに対してもそれは有効らしく、私のことを病弱でかわいらしいお嬢さんだと決め付けている。
取り合えず都合がいいので訂正はしないけれど、本当の事を知ったなら、この人はどうするだろうと、少しだけ面白がっている自分がいる。
「でも、晃さんがいてくれるから」
駄目押しの一言でポーカーフェイスがぐずぐずに崩壊していく。
「晴香ちゃん、そんなにうれしがらせないでよ」
そう言いながら、二人きりでは大きすぎるケーキを綺麗にカットして、私の目の前に差し出してくれる。
「ありがとう、晃さんがお祝いしてくれて本当に嬉しい」
微かに涙ぐんでみせながら、嬉しそうに話し掛ける。
それだけでこの人は舞い上がっている。ただの歳の離れた従妹に対するものとは思えない程あからさまに。
私は、まあ、身内といってもいいかもしれない晃さんにこのような子供を強調しつつも唯一の武装を解けない理由は、ほかでもないこの人がロリコンだからだ。いや、ロリコンと言い切ってしまってはややかわいそうかもしれない、他の同年代の女の子達には反応しないようだから、これは私に対して執着していると自惚れてしまってもいいと思う。それほどこの人の態度はわかりやすいものだ。
今日のような誕生日ともなると確実に仕事を早く切り上げて駆けつけてくれるし、週末には仕事の無い限りこちらの家へと上がりこんでいる。それだけなら仕事と恋人に忙しく不在がちな母親の代わりに縁ある女の子を面倒見ている優しい青年、となるはずだけれども、やっぱりそれだけじゃあない。
目が、視線が、内面から漂うオーラが欲望を表すそれを如実に示しているからだ。
そんなものに気がつく中学生というのもかわいらしくないものだが、一番最初のダメ男、私の父親からこっち立て続けにダメ男にはまっては、親子共々危ない目にあっている私としては、そういう雰囲気には敏感になるのも仕方がないのだ、我が身を守るためには。
最初は、そいつらからの自衛手段の一貫として定期的にコンタクトをとってきたこの人と仲良くなったのだけれど、やがて彼自身からも怪しいオーラが漂いはじめてしまった。
その時には私そういう性質の人間に好かれる何かを持っているのかと思ったけれど、どうやら晃さんは他の人間とは様子が違っていた。
私を欲しがるけれども、私を傷つけるのを誰よりも恐れている。
いや、私に僅かでも嫌われる可能性のあることを恐れているとも言える。だから、こうやって二人きりになったとしてもやましい行動は一つも起こさないし、いやらしい言葉を投げかけてくるわけでもない。時々熱っぽい視線で絡め取られそうになるけれども、ただ、それだけだ、それ以上でも以下でもない、彼はいつだって紳士的な態度を崩そうとはしない。
私の方としてはそれはそれで好都合だと知らないふりをしている。
どうやらそれは私が18歳になるまでは通用するらしいけれど、それまでに逃げ切ればいいのだから問題は無い。
あと5年も6年もこのままの状態でこの人が待ちつづけることができたなら、それはそれで考えないでもないけれど、やっぱり考えるだけかもしれない。
取り合えず今日は一つその日に近づいたということだ。
よく一年持ったとお互いの健闘を称え合う日だと、毎年毎年心の中では晃さんに賞賛を送っているのだけれど。
そんなものはおくびにも出さずに大好きなイチゴを口に含む。
季節はずれのせいか思ったよりも強い酸味が口中に広がる。
そんな私を見て晃さんが笑う。
私もそんな晃さんに笑顔を返す。
今年もまた鬼ごっこが始まる。
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彼サイド
10.11.2006update