71.幸せ(規格外恋愛模様・番外編)

「だーーかーーらーー、義理チョコだって言ってるだろ?」
「ふーーーーーーん、義理チョコね、義理チョコ。あなたのところの学生さんってお金持ちなのねぇ、一粒300円以上もするチョコを義理で配るだなんて!」

生まれたばかりの息子を抱きながら、俺を怒らせないように抑えつつ、それでも言葉はぽんぽんと飛び出してくる。
きっかけはバレンタイン。どこからどう考えても俺にとっては縁のなさそうな行事にどうしてわずらわされないといけないのか、と、問題の箱を前に頭を抱える。タイミング悪くというか良くというか、上の娘はとっくに眠っている。いつもならこんなくだらないことで喧嘩をする前に娘が場を和ませてくれるのに、なんて、もはや寝息を立てているであろう援軍に対してまで恨めしい気持ちを抱いてしまう。
だけど、理不尽な怒りをぶつけられたとばかり思っている俺にとっても、一粒の値段を聞いて考え込んでしまう。

「あれ、そんなに高いのか?」
「高いわよ、高すぎて口にしたこともないわよ」

甘い物好きのこいつが食べた事が無い、ということにも驚いたけれど、たかがチョコにそんな値段がついていることに単純に驚いてしまう。

「でも、やっぱり義理だろ?だって学生だぞ?相手は」

いつもは事務のおばちゃんぐらいにしか貰わないチョコを、それにしてもせいぜい数百円のものだが、今年に限っては確かにやけに立派な箱の物をもらえたな、なんて思ってはいた。だけど、ひと回り以上年が離れている人間からもらっても、まして相手が学生なら、それに何がしかの思いが込められているだなんて思えるはずはない。現に、俺にとってはただの学生で、名前と顔は一致するかどうかも怪しい相手だ。

「連名じゃないんでしょ?これ」
「ん、個人だけど」
「意味深なカードを添えちゃって」
「ただの印刷だろうが、深い意味はないし、チョコ買ったらおまけについてくるやつかもしれないだろう」

そもそも買ったことがないから、どういう風になっているかもわからないが、手書きの文字がしたためられていたわけでもないのに騒ぎすぎだと感じる。

「宣戦布告よね」
「大袈裟な」

我が妻は息子をがっしりと抱きしめ、唇を引き結んでいる。
相当ご機嫌斜めな証拠だ。
頭の回転が速く、俺よりも口が達者なのに、土壇場になっての彼女はどちらかというと寡黙になる。
ついでに内側にためまくって、唐突にとんでもない行動に出る。
そうなる前に俺がガス抜きをしてやれればいいのに、生憎とそんなに細やかな神経は持ち合わせていないためいつも手遅れになってしまう。
最大の手遅れはあの時のあれだけど、と、嫌な思い出がまざまざと蘇る。

「いっとくけど、実家に帰るのは禁止」
「……」

沈黙を肯定と捉えると、嫌な予感があたってしまったことになる。俺にとって突然彼女が消えてしまうのは、一度で十分、それ以上やられては俺の心臓がもたない。まして今では子供たちまでいるというのに。
かわいい娘にさらにかわいい孫が二人ついてくるとあれば、義父も義母も大喜びだろうけれど、うっかり俺のことなど忘れられそうで恐い。
前科モノの俺としては、理由が理由とはいえ、彼女に逃げ込まれては義父と顔を合わせ辛い。

「とりあえず、これは学生にでもやるから、な」

元凶のいまいましい箱を取り上げ、彼女の目の届かないところへとやる。
来年からはもう貰うのはよそうと強く心に誓いながら。

「ついでにかみさんからってお菓子でも持っていって配り倒すから」

あまりプライベートを見せない主義の俺としては、痛恨の出来事だけれども仕方がない。彼女が安心するのならこんなことぐらいいくらでもやってやる。

「そもそも指輪をしないのがいけないのよね」

そういって俺の左手を握り軽く上下へ振ってみている。

「それだけは勘弁してくれ」

そもそも男の装飾品は嫌いだ。特にピアスをつけている学生をみると、毟り取りたくなる。
祥子は俺にも指輪を買うといって聞かなかったが、しないことが明白なものを買うのは無駄だと、強引に彼女の物だけを購入するに留めた経緯がある。
既婚者だとばれるのが嫌なわけじゃない。単純に指輪をすることが嫌で仕事の邪魔になるからしないだけだ。
だけどこんなことがあればこいつの不満はあっという間に大きくなっていく。
あろう事か、俺が学生に粉をかけているんじゃないかという邪推まで沸きあがってくる。
子供が二人もいるというのに、どうして信用してくれないのだろうか、って、俺が悪いのか?

「まあ、それはいいけど」

思いのほかあっさりと納得し彼女は左手を離そうとする。
思わずその手を強く握り返す。
驚いた顔をしてこちらを見上げ、そうして華のような笑顔を浮かべる。
痛烈に実感をする、こうやって手に取れる範囲に彼女がいることを。
それだけで十分満たされているのだと。

「……そのチョコ、食べたいのか?」
「うーーん、あんまり食べると母乳に良くないかも…、でも一つぐらいなら」

そう言って彼女は想像したのか、おいしそうな顔をする。

「じゃあ、お母さんにご褒美ってことで買ってやるから」

ようやく彼女が晴れやかな顔をする。
唐突にキスしたくなって、顔を近づける。彼女の方もなぜだか照れながらも目をつぶる。
だけど、お約束のように胸にだいた息子が大声で泣き始めた。
祥子は途端に母親の顔になって、息子をあやしはじめた。
その姿をみて、やはり幸せなのだと実感をする。
彼女や子供たちといる、ただそれだけで。

73.無知


※短編「最初で最後のスレチガイ」の彼女のお話となります、こちら単独でもお話として成立しています。

 私はとても狭い世界に暮らしていたのだと、気がついたのはいつの頃か。
地元の高校、大学へと進み、交友関係も環境も変わらないまま。
居心地が良くて、でも、なんとなく物足りなくて。
そんなことを思う方がぜいたくだと思いはしたけれど、それでも心のどこかにそんな思いが燻っていた。

「そんなことも知らないの?」

いつか浴びせ掛けられたその言葉は私のプライドを甚く刺激した。
思った以上に負けん気が強かった私は、そこから色々なことに挑戦するようになっていった。
バイトだったり友達との付き合いだったり、他の人間からみればあたりまえのようにこなしてきた事を今更ながらに経験していった。
そうして私は、思ったよりも世界というのは広くて狭くて、汚くて綺麗だ、ということを学んだ。
きっと本当はもっと小さい頃に知らなくてはいけないことを、18歳も越えて知ることになるなんて、と、そんなことに気がついたことですら進歩だと思えた。

「いいかげん兄離れしないと、いつまでたっても大人になれないよ」

私のプライドを刺激した人間は、こんな風なことも言っていた。
その人が私が世間知らずである原因の一旦だ、といった兄とは、本当の家族ではなく兄妹同然に育った幼馴染のこと。
確かに、私は彼と一緒に過ごすことが多い、それはきっとこれからも変わらないだろうと思っていた。
友人作りの下手だった私にとって、幼馴染は兄でもあり唯一の友人でもあったから。
なのに、その人はそれだけではダメだと言う。
彼に言われたからだと思うと少し悔しいけれど、その時初めて出来た友人は、今でも一生の宝物だと思っている。
私の世界が少しずつ広がっていく。
無知な幼子が段々と大人になっていくように。いつのまにか幼馴染の彼ではなく、その人に手を引かれながら。
結局は、誰かの手を借りることになってしまったけれど、色々な世界を見せてくれた彼には感謝している。
その気持ちがいつしか恋愛感情になっていったことも、よく考えれば自然な流れだったように思う。
だけど、初めてできた幼馴染以外の異性の友人、というその人のポジションに戸惑っていた私には、その感情がどういうものなのかをすぐには理解することができなかった。
最初は、自分に異性に対する免疫がないせいだと思っていた。その人に触れるたび緊張するのも、その人がどう過ごしているのかを知りたがるのも、その頃初めて出来た同性の友人に対して抱く感情とどこか異なるのも、自分の中でうまく消化することができなかった。
それ以前の私は異性どころか同性の友人すらほとんどいなかった状態なのだから、いきなり過度な情報をもたらされて混乱しているだけだとも思っていた。
唯一子供の頃から付き合いのある幼馴染へ対する気持ちと、彼への気持ちが異なると気がついたとき、おぼろげながらその正体を掴んだかもしれない、と思った程度だ。
だから、自分の思いにはなかなか自信を持つことができなかった。少しずつ少しずつ自分の中にある感情と向き合いながら、私はようやく自覚することができたのだ。だいぶ時間は掛かってしまったけれど。
明確に気がついてしまった後は、どうしていいのか途方にくれる自分がいた。
彼は私とは異なり、様々な友人を持ち、もちろんその中には魅力的な女性たちとのお付き合いも含まれる。
友人以上の思いに気がついてから、彼の方を注意深く見てみると、男性としてもとても魅力的な人物だと気がついてしまった。
途端に、ただ隣にいる。それだけのことに緊張を伴うようになる。
否定すればするほど思いは膨らみ、どうしていいかわからなくなる。だけど、そんな私の混乱をあっさりと彼は見抜き、さらなる混乱へと私を落としいれてくれた。

「好きです、付き合ってくれませんか?」

告白の言葉がどのようなものかもわからない私でも、はっきりと理解できる平易な言葉。
けれど、はっきりと私の目を見て思いを告げてくれる彼の真摯な態度に、改めてこの人と共に生きていきたいのだとはっきりと気がつくことができた。
私はこの人を愛している。
また世界が広がる。
こんな思いは初めてで、自分の中のどこにこんなにも激しいものがあったのかと、訝しく思うほどの感情に翻弄される。
なのに、そんな思いすら心地よいと思えるなんて。
根底にあるのは彼への尊敬と信頼。愛し愛されることの喜び。
幼馴染は消極的にも反対の姿勢をみせてはいたけれど、私に最初の世界を与えてくれた人は、最後には穏やかに微笑んでくれた。

ベール越しに彼の顔を見つめる。
穏やかに、少し照れながら笑う彼。
涙ながらに祝福をしてくれる人たち。
私は新しい一歩を踏み出す。
彼と共に。

74.通じてる?

「お願いだからやめてって言ってるでしょ」
「はいはい、わかってるって」

不本意ながら涙目になりながらのお願いも、彼にはいつもの雑言としか受け取ってもらえなかったらしい。
あしらう言葉もいつも同じ。
まるで纏わりつく犬を片手で追い払うかのように、鬱陶しそうに答えている。
もうこれ以上は無理なのかもしれない。
最初は私の言い方が悪かったのだと思っていた。
聡明な彼と違って頭の回転がそれほど良くない私は、文章力がおぼつかないせいで彼に通じていないのだと思っていたのだ。
だけど、何年もたって彼との生活がそれなりに自分の中へ馴染んで来る頃には、彼は同じ言語を扱うまったく別の惑星の生物ではないかと思えて仕方がない。
なまじ彼が操る言語が日本語のように聞こえてしまうから、その本質まで理解してくれていると考えるからいけないのだと、そう気がつかされた頃には、愛情の愛は磨り減り、ただ情だけが残るのみとなってしまった。
その情も今日のこのやりとりで何かがふっきれたようだ。
きっかけはささいなことかもしれない。
だけど、一事が万事と言う言葉をこれほど思い知らされるとは思いもよらなかった。

「わかっているってなにが?」

面倒くさくてこれ以上のやりとりはしていなかった私が、突然その口火をきったものだから、すっかり油断していた彼はぽっかりと口をあけている。その間抜顔にかすかに、ほんとうに僅かに残っていた何がしかの思いが吹き飛んで消えてしまった。

「何って…」
「結局、自分の思い通りにやるわけでしょ?何がわかったわけ?」
「いや、だって、友達だし」

やっぱりわかっていなかったのだとがっかりする気持ちもどこかへ置き忘れたらしい、心の中では頷くほど納得している自分がいる。

「うん、わかってるよ、友達だよね」
「そうそう、だからそんなに心配するような事はないって」
「で、病気の彼女を置いていそいそと女友達と食事にいくわけね」
「だって、俺がいてもなんにもできないじゃねーか」

何も出来ないどころか、「俺のメシは?」なんて軽く殺意を抱く事を平気で聞いてくるような男だけれど、私を置いて他の女と二人きりで食事となると話は別だ。

「日本語って便利よね、モトカノも友達って言えちゃうんだから」
「いや、でも、もうそんな関係じゃないし」
「それにあのお店って私と一緒に行こうって約束してたよね」
「や、でも…」

口コミで評判だというお店を聞きつけたのは私だ。少し高くて普段ほいほい行くには少し敷居が高い。だからこそ、恋人とたまのデートの時にでもと、彼の方を誘っていたというのに、私のそんな思いなどまるで無視してくれた。

「友達がいれば私なんて必要ないでしょ?」

友人がとても少ないということにコンプレックスを抱いていた私は、いつも周りに人がいて友人が多い彼に憧れていたところがある。
今でも少しそのあたりに負い目が無いかと言えば嘘にはなるが、この人の正体を知ってしまえばなんということはない、私が必要以上に彼を理想化しすぎていたのだと気がついてしまった。
友達が多い、と言えば聞こえはいいが、彼のことを真剣に心配してくれる人間は案外少ない事を知っている。
例えば披露宴に来てね、と言えば10人中9人以上欠席に丸が打たれて返って来る可能性が非常に高い。
いつもつるんでいるからと言って親友だと思っているのは彼ばかり、案の定その親友達は結婚や転勤など人生の重要な場面に差し掛かると、さらりといさぎが良いほど彼を切り捨てている。
気がつかないのは彼ばかり、今ではバイトを通じて知り合ったという年下の男の子かモトカノのことを友人と言って憚らなくなっている。

「だいたい、定職にもつかずになにやってるわけ?」

付き合って直ぐに上司が気に入らないといっては会社をやめた彼は、俺には才能があると言いつづけてはや5年。
結局バイト以上の仕事をしていない、おまけに今では私の家に居候だ。
世間ではそれをヒモと呼ぶ。友達に忠告されて、まさかとは思ってはいたが、食費も光熱費もデート代も一円も出さない上に、よその女性に私の金で奢る男は立派に正真正銘これ以上ない程ヒモと呼ぶに相応しいだろう。気がつくのに少し時間がかかってしまったけれど。
恋は盲目とはよく言ったものだ。

「まあ、そんなことはどうでもいいけど」

私の説教モードが終わったのが嬉しいのか、少しだけ神妙にしていた彼がすぐにテレビゲームのコントローラーに手を伸ばしている。
最近はなにかのゲームにはまって昼夜逆転している。
なのにモトカノと会うためにはいそいそと昼から出かけるのだから、彼の優先順位の中で私がどの位置にいるのかがわかるってものだ。

「で、悪いんだけど、出てってくれない?」
「は?」

間抜な起動音が聞こえる。
それ以上に間抜なのは彼の顔なのだが。

「出てくって…」
「行くところがないっていいたい?」

大きく頷きながらもコントローラーを放さない。

「そう言うと思って、私がでていくから」
「は?」
「契約も今月いっぱいだから、それ以上いたかったら自分で不動産屋に連絡してね」
「え?」
「もしもーし、通じてます?」

ぶんぶんと首を横に振っている。 やっぱりこいつは地球人の皮を被ったエイリアンだったのか。

「通じていても、通じていなくても、契約は今月いっぱいだし、私は出て行くから」

ついでに、転職なども済ませているけれど、それは彼には言わないでおこう。
ホストをなくした寄生虫がどんな風に纏わりついてくるのかわからないから。

「じゃ、そういうことで」

暴力でもふるわれるのかと覚悟していた私は、想像以上の通じなささに感謝している。
流血沙汰にならずに解決したらしい、どうやら私の方だけは。
これ以上怒ることも泣く事も、説教することも、面倒をみることもないのだと思うと安堵する反面、ちょっと寂しい気持ちがあったりもする。
そんな思いは空の彼方に捨ててしまえと、思い切り私はアパートの階段を駆け下りる。
今度は日本語が通じる相手にしようと、心に誓いながら。

75.見つけ出せ

「だからね、とっても良いお嬢さんなの」

母親の何度聞いたのかわからない言葉に、絶対諦めない女の執念深さを垣間見るような気がして、朝から食欲が半減する。

「会う気はないって言ったよな?」
「だってーー、本当にいいお嬢さんなのよ」

なんだか少女めいた仕草を実母が行なうのは、なかなかいい具合で寒気がするものだと改めて感じる。
お嬢様育ちで、そのまま奥さんになって、男三兄弟の母親になった彼女は、唯一の女だと言う立場を無意識なのか意識的なのか利用して、全て彼女の思い通りに事を運んできたところがある。
こちらとしては面倒くさいから言いなりになったように見えただけで、肝心のところでは自分の希望を譲っていないつもりだけれど、そんなことは覚えていないらしい。
順調に子供たちが育っていった後には、順調に結婚して順調に子供、孫を作ってほしいようだ。
兄弟全員独身なのだが、当然その矢面に立たされるのは長男であるところの俺だ。
下の二人に対しても、それなりに見合い攻撃を仕掛けているらしいが、俺の比じゃない。
俺の方はあまりの鬱陶しさに、会社まで徒歩二十分と言う絶景のロケーションにもかかわらず実家を引き払ってしまったぐらいなのだから。
今日は祖父の法事だとういうから実家に戻ってきただけで、そうでなければ寄り付きたくもなかったのだ、本来なら。

「俺もまだ28だし」
「もう28よ、その頃にはおとーさんはあなたを抱いていたわよ?」

昔と今では時代が違う、と言っても理解してくれないだろうな、と頭を抱えたくなる。
隣にいる親爺は、見ないふり、聞かないふりをしたまま黙々と朝食を片付けている。そんなのだから母親が増長するのだと睨んではみるものの、俺の眼力など蚊にさされた程にもかんじないらしい。長年この人との夫をやっているだけはある、と、感心すらするほどに。

「それにね、おうちもお部屋がいっぱいあまってるし」
「冗談、一緒に住む気なんてないね」

これも何度繰り返したのかわからない会話だ。
確かに我が家はだだっぴろい上に部屋数は多い。
それは母の父から譲り受けた遺産のおかげだと思うし、都会からほど近いこの場所にこれだけの面積の家屋敷を構えているなど、羨ましいとも思うかもしれないが、それとこれでは話が別だ。
この人と一緒に暮らしていけるほど俺の神経は太くない。
これは三兄弟一致した見解で、次々と出て行く兄達に危機感を覚えたのか歳の離れた三男はさっさと全寮制の高校へと進学し、絶対に家からは通えない大学へと進み、今でもやっぱり帰ってきていない。
俺らよりも優しいところのある次男は、それでも月1程度では顔を見せているらしいが、極秘事項で彼女が出来てからはそれもご無沙汰らしい。
それで最近大人しくなっていた母が俺に白羽の矢を立てて動き始めたというのは皮肉なものだが。

「自分で見つけるから、いいから放っておいてくれ」
「ええーーーー、だっていい子なのよ」

いい子しかその人にアピールするところがないのかと、突っ込んだら話が長くなりそうなので割愛する。
それ以上の情報を聞けば、会わざるを得なくなる気がするし。

「だから、見合いする気はないって言ってるだろ?」
「ええええええ?でもーー」

手足をじたばたさせて軽いヒステリー状態に陥っている。
食事は残さずと躾られた身としては、残す事に抵抗があるけれど、これ以上この場所で喉が通るわけが無い。
食べかけのトーストを皿の上に置き、立ち上がる。
そんな中でも親爺は悠々と食べ終え、食後のコーヒーと新聞などを堪能しているのだから、やはりこれぐらいでないとこの人の相手は勤まらないのだと納得する。

「自分で見つけるから、余計な事はするな」

これだけ強く言っても、たぶん一週間も効かないだろうな、と思いつつ、逃げるようにして実家の玄関から歩き出す。
あの人に対抗できるような人が見つけ出せるのだろうかと一抹の不安を抱きつつ。

お題配布元→小説書きさんに100のお題
11.07.2006(再録)
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