シーズン(彼女の思惑)



 最初から終わりが見えていたような二人だった。
思ったよりもその終わりが後ろの方にずれたけれど。

「どうよ、調子は」
「ん、普通」

3年も付き合っていた彼氏と別れたというのに、表面上は何も変わりがないようにみえる。もちろん、ふとした時に見せる顔などは、寂しさが垣間見えて、胸が痛くなったりもするのだけれど、それももう、少なくなってきた。

「潔く引いたみたいだね」
「そうでもない。結構しつこい」

僅かに顰めた顔は、未練というよりもうんざりといった表情が色濃い。

「まあ、長い付き合いだったしさ」
「実際は半年も付き合ってないから」

自嘲気味に吐き捨てる彼女は、全てを断ち切ったのだろうか。

勝手にフラフラして回る男と、じっと帰りを待っている女。
いつの時代だ?とつっこみたくなるような関係があっさりと彼女達の間には成立していたのも、この子が無駄に我慢強いせいだ。もっとも、そんなことにも彼は気が付かなかったらしいが。
一応親友と呼べる私にもあまり愚痴を吐かずに、それでも時折漏れ出してしまうそれは、どう考えても耐えている方がおかしいと思わせるものだった。 なのに、彼女は弱音をもらしてしまったことを悔いても、彼と付き合っていることには後悔してくれなかった。
だからなのか、私は彼女達の関係についてとやかく言ったことはあまりなかった。
彼女がそれでいいのなら、と、そう思っていた。
実際はそう思おうとしてはいただけで、まだまだ精神的に未熟な私は嘴を突っ込みたくて仕方がなかった。彼と付き合い始めてから、彼女は劇的に変わったわけじゃないけれど、それでも常に僅かな棘が見え隠れしていた。大らかだった彼女がそんな風になってしまったのが悔しくて、無意味に彼の方を睨んだりもした。だけど、彼女の方も彼との付き合いに適当に折り合いをつけるにつれ、徐々に元通りの彼女に戻っていった。

私が口を出すべき問題ではない。

そんな風に傍観者に徹底しようと思っていた。いや、実際それは正しいと思う。恋人同士の関係など、第三者にはわからないことが多々あるものだと思うから。
それに、たぶん、私は心のどこかで自業自得だと、思っていたのだ。
彼女が置かれた立場も、彼女が耐えている状況も。

 嫌なら断ればいい、だめならやめればいい。ただ単純にそう思っていた。そう思いながらも続けてしまうのならば、そういう関係が好きなだけなのだと思っていた。言ってみば愚痴に見せかけたのろけを話す女のような感じ。もっとも、この年になっても恋愛感情というものが良くわからないのだから仕方がない。思った以上に、他者より齎される結果を、自分自身に原因があると思いつめてしまう彼女の性格を見抜けていなかったせいもある。根本的に執着やら情というものを良くわかっていなかったせいでもある。

「あいつ呼ぶ?先輩だし、ひょろっちいけど睨みを効かすぐらいはできると思うけど」
「ん、ありがと。でも大丈夫。なんとかするから」

にっこりと笑う彼女はそれ以上笑顔でそれ以上立ち入る事を拒絶する。ともすると外見からは柔らかな印象を与える彼女は、意外なほど頑固者で芯が強い。だから、今までもこんな風に半歩境界へ足を踏み入れようとした瞬間、やんわりとそれを拒絶してきた。
彼女との距離が長いか短いかの差はあるものの、誰に対しても彼女はこういった態度を取る。大学では一番近い位置に立っているであろう私ですら、たまに彼女の事をよそよそしく感じてしまう。

「彼、寂しかったのかね」
「寂しい??」

ふと、こんな言葉が湧き上がる。
ずっと彼のことを待っていてくれて、一緒に過ごすときには尽くしてくれて、どうしてそんなことを思わなくてはいけないのかわからない。だけど、一瞬にして飛び出た言葉はどこか妙に私自身を納得させるものだった。
彼は、きっと寂しかったのだと。
完璧な彼女が完璧なお付き合いをしてくれる。だけど、どこか二人の間には壁がある。
一人でいる時よりも二人でいる時の方が寂しく感じてしまうとしたら?
私なら、そんなことは耐えられない。
自分が寝ている部屋の隣で、他の家族達が明るい照明の下で談笑しているシーンを思い出す。
あの時は、たぶん風邪で休んでいただけだと思うのに、その輪の中に入りたくて入りたくて仕方がなかった。いつもは、家族の団欒なんて面倒くさいとしか思わなかったのに。漏れ聞こえる笑い声に、取り残された錯覚に陥った。
圧倒的な孤独感。
彼が、常にそれを感じていたとしたら。
だとしたら、やたらと集団で群れたがっていた彼の心理も頷けるものなのかもしれない。

「あんたは、なんでも自分で解決しちゃうから」

缶コーヒーはすでに温かさを失い、底に残った僅かなそれを飲み干す気分にはなれない。親指と人差し指で缶をはさみ、軽く振る。もちろん、僅かに水が奏でる音が漏れてくる。

「もう少し頼って欲しかったんじゃないの?もっとも、あいつがそれに足りる人間かどうかは別の問題だけど」
「頼らなかったわけじゃないけど、さ・・・」

僅かに心当たりがあるのか、珍しく口篭もる。

「よく、わからないから、そういうの」

そういって、彼女は緑茶の缶を食堂のテーブルに置く。私も、それに倣って缶コーヒーを静かに置く。
結局、二人ともどこでボタンを掛け間違えたかをわかっていないのかもしれない。それが相性の良し悪しだと言われれば見も蓋もないけど。

「次いこ、次」
「うーーーん。まだいいかな」
「そんな事言ってたらあっというまにおばーちゃんになっちゃうんだから」
「それは大袈裟だって」
「そうかなぁ?切り替えは早いに越したことはないし」

そろそろ昼休みも終わる。教室へと移動するべく準備を始める。
のろのろとお互い他愛の無い話をしながら、話題はテストの事などに移っていく。
ガシャンという音を立て、専用のゴミ箱に缶が吸い込まれていく。
私の先を歩いていた彼女が唐突に顔だけをこちらへと向ける。

「あのさ、例のいとこさんなんだけど」
「ん?あいつならいつでもOKだけど」
「いや、そうじゃなくてさ。あの、ね」
「ん?」
「どうしてもヤバイと思ったらお借りしたいんだけど・・・いいかな?」

困ったような笑顔を浮かべた彼女が、先ほど食堂で私が提案したことを承諾したのだと気が付くには少し時間がかかってしまった。
驚きやらなにやらを全て飲み込んで大慌てで頷く。
それを見て彼女はまたふわりと微笑む。
艶やかな髪の毛を翻し、再び彼女の表情は見えなくなっていった。



壁を作っていたのは私も同じだったのかもしれない。
自分で自分の事は客観視できないものだと、痛感する。


これから始まる鬱陶しいほど長い授業も少しだけ楽しみになってくる。
これだから彼女の友達はやめられない。

4.11.2006/Miko Kanzaki

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