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「ようやく一人片付いたねー」

友人の披露宴、二次会を終え、友人達だけでささやかに近況報告などをし合おうと、駅近くにあるコーヒーショップに立ち寄る。明日はまた仕事なのだから、本来ならばもう家路につきたいのだけれど、秋絵にしてもあまり会えない友人の提案では断りづらい。結局、ほとんど酔っていない新婦友人4名程で、各々コーヒーや紅茶を頼みながら、長話をはじめることになった。

「結局、これで問題がなさそうなのに、結婚していないのは秋絵だけってこと、よね」

遠慮会釈もない視線を寄越す彼女は、去年結婚をしてすでに一児の母となっている。たまには息抜きをしてこいという旦那さんの提案で、今日は最後まで付き合うと最初から息巻いていた。他の既婚者たちは、披露宴を終えて帰るものや、二次会早々に場を後にする人が多かった。それが当然とは思わないけれど、少しだけさびしいと秋絵は嘆息する。

「うん、まあ」

この手の話題では常に槍玉に挙がっている秋絵としては、いつものように無難に逃げたいところなのだけれど、いつも一緒にそういう攻撃を受けていた相手が今日の花嫁とあっては、さらなる援軍は頼めない。今ここにいるメンバーは既婚者と特定のパートナーはいるけれども仕事の関係で結婚しないでいる人間で、秋絵のように仕事もプライベートも中途半端な人間は一人だけなのだ。

「今日も彼氏連れてきてくれなかったしさ」
「……、仕事が忙しくってさ」
「いくら忙しいっていったて、ちょっとぐらい顔見せるぐらいできなくない?あんたたちも長い付き合いで、私たちとも顔見知りなんだしさ」

彼女達が思うのも、もっとものことだ。秋絵が洋行と付き合い始めたのは大学のころからで、同じ大学だった彼女達も、その存在は最初の方から知っている。社会に出始めた頃から、一番最初に結婚するのは秋絵たちだと言われてもいた。だからこそ余計に、洋行との間では、結婚の二文字など出たこともなく、秋絵自身ですら、結婚を意識させることを仄めかすことすらしないように気をつけている、などと、そんな弱音を曝け出すのは今さらながらに躊躇われるのだ。

「うん、まあ」

歯切れの悪い秋絵の答えに、妙に敏い女友達は勝手に納得していった。

「うまくいってない、とか」
「そういうわけじゃ、ないんだけど」
「でもさ、もうすぐ30だし」

実際に上手くいっていないわけではない。二人の関係は当初のように激しいものではないけれど、穏やかで優しいものに安定している、と言っても差し支えはないと秋絵自身は思ってもいる。洋行の方がどう思っているのかはわかりかねるが、それでもきっと同じ思いだろうと、どこかで安心している。

「まあ、結婚する、しないっていうのは個人の勝手っちゃ勝手だけどさ」
「結婚したからって幸せになれるわけじゃないしさー」

近頃不穏な空気を孕んでいる、という既婚者の友人が素早く相槌を打つ。名義上は既婚者、だけれども、早晩それが外れそうだと、彼女は笑って話していた。グループで会うことはあっても、一対一で話す相手ではないため、秋絵としても詳しいところまで知っているわけではない。この年になれば、それぞれに色々なことがあるのだと、改めて実感させられたけれど。

「でもさ、でもね。子どもだけはリミットってもんがあるわけさ」

彼女のこぼした言葉に、穏やかに笑っていられたのは子持ちの一人だけで、後の二人は何か気がつきたくなかったことに気がつかされたように、強ばった表情をしている。

「バツイチになりそうな私がいえる立場じゃないけどさ」

結婚、しただけで終わりではないのだと。その立場にたったことのない秋絵は、さらに続く長い道のりに気が遠くなりそうになる。自分はまだその入り口に近づけてもいないのに、と、内心忸怩たる思いにかられながら。

「秋絵も、結局女として一番良い時期を搾取されるだけされて、ポイッとされないようにしないと」
「搾取って」
「だって、男はいいよ、男は。物理的にいくつになったって子ども持てるし。だけど、女はそういうわけにはいかないっつーの。ギリギリでも40まで、もっと言うと35ぐらいまでにはなんとかしとかないと」
「35歳……」

まだまだだ、と考えていた時間は、今まで過ごしてきた年月を考えれば、まごまごしている間に過ぎ去ってしまいかねない程の年数しか残されていないのだと気がつかされ、秋絵ともう一人の友人は苦虫を噛み潰したような顔をするほかはなくなってしまった。

「今から結婚準備して、結婚して、2−3年後に子どもは、って考えていたらあっという間に35歳なんて過ぎちゃう年齢ってこと」
「しかも、この子みたいに直ぐにでもできるとは限らないって?」
「そういうこと」

唯一の子どもを抱えている友人に三人の視線が集中する。

「んーー、でも、うちも二人目がなかなかできないしさ」

三人の羨望の視線に堪えられなかったのか、そんなことを白状する。
これでは、結局人生に悩みがない期間などないではないかと、秋絵たちからしてみればはるか先を行く、憧れの立場を全て手に入れたはずの彼女の独白に、人知れずため息をつく。

「結婚は?の次は子どもは?で、その次が二人目は?ってこと?」
「んーーー、うちは一人目が女の子だから、男の子がいないと、とか、二人とも女の子だったらなおさらだし、その逆もあり」
「で、中学は?高校は?大学は?って子どもの詮索」
「最後にはお孫さんは?でしょ。かーさんが結構聞かれているってさ、習い事では孫話が花盛りだそう」

友人の人生一番の晴れ舞台の日、だというのに、四者四様に暗い面持ちになっていく。
それを振り払うがのごとく、一人の友人がこの間行ったという海外旅行の話題で、転換を図る。
秋絵もそれに乗ったふりをして、会話は一気に軽くて楽しい物へと変化していく。
心の中に、もはや一人では救いきれないほどの澱を抱えながら。





「君、か」
「わーー、偶然ですね」

洋行にとって、コンビニに寄ることは珍しい事ではない。仕事によって社員食堂にすらいけなさそうな日は、こうやって昼食を買いに通勤中に寄ることも多い。しかし、この日は、彼にとっては余り親しくない顔見知りに話し掛けられる、という非常に特異なことが起こってしまった。
そもそも、その程度の知り合いならば、洋行にすれば会釈を交わせばいい程度で、このように図々しく話し掛けようなどとは微塵も思わない。だが、洋行のそんな内心の嫌悪感をよそに、彼女はベラベラと話しつづけている。
最悪なことに、どうやら利用する駅が同じらしい。ホームが一つしかないその駅では、行き先が反対にならない限り、隣に引っ付いてくる彼女と話し続けざるを得ない。渋々適当に相槌をうちながら、聞こえないように舌打ちをする。

「ねえ、聞いてます?」
「聞いていますよ、土井さん」

あっちこっちに、会話を走らせながら、先日飲み会で出会った彼女は、それでもめげずに話しつづけている。
その無神経さだけは、褒めてやらないこともない、と、電車が来るのをわずか数分の間に、何度もため息をつきかける。
秋絵ならば、こういうときは黙って隣に立っているのにな、と、自分の彼女を引き合いにだしてまで悪態をつき始める。そもそも、ただの知り合いと、恋人を比べることすら滑稽なことに気がつかないままに。

「高田さんって無口なんですね」
「……別に」

相槌だけの会話ではさすがにつまらないのか、駅を二つ三つ越えたところに来て、ようやく彼女のテンションが落ち着いてきた。間の悪いことに方向まで同じであった二人は、あのままホームで電車を待ち、二人で電車に乗り込み、今こうして隣度同士でつり革を頼りに並んでいる。
誰の知り合いなのかは、結局のところ聞きそびれてしまった彼女は、洋行が参加しなかった間に彼らの間にしっくりと馴染んでおり、その調子のよさから、まるでアイドル、いや、マスコットのような扱いを受けていた。本来、特定の女性が持ち上げられる事を良しとしない、他の女性達も、彼女ならばいいのだといわんばかりにかわいがっていた。たぶん、彼女自身はイイコなのだろうと、洋行すら認めてはいる。だが、素の洋行にとっては、こうもテンションの高い女性というのは、疲れる以外に言葉が出ないのが本音のところで、できれば、これから一日働くという、ともするとうんざりしそうな朝の通勤時には出くわしたくはない。
そんな空気を読む気もないのか、傍若無人にこちらに話し掛けていた彼女は、やっと静かになってぼんやりと窓の外を覗いている。
ようやく、降りる駅がきたと、洋行は無意識にネクタイを少し緩め、ため息をついた。

「じゃあ」

それだけを挨拶にして、顔も見ずにホームへと歩き出す。

「またねー」

独特の甘ったれた声が、彼の後を追いかけるようにしてくっついてきた。
ギクリ、とした彼は、思わず後ろを振り返る。
そこには当然、どこか媚をうったような笑顔を浮かべる彼女が立っていて、その姿はやがて左右から閉じてくる電車の扉に遮られた。
洋行は、一日中この声を忘れることができなかった。
偶然なんて、そうそうあるものじゃない、と、何度頭の中で打ち消しても。


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8.4.2007

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