少女と将軍/第3話

 従者の少年は、ニラノ将軍の私的な世話、以外の全ての仕事に携わっている。騎士と従者の関係から、他の上位騎士などでは、全てを従者任せにするものがいる中、マグヴァルンは公私混同しない非常によい上司でもある。他の従者に比べ、事務仕事を補佐する仕事の割合が多いが、それにしても彼につき従う利点の方が計り知れない。
その彼の朝一番の仕事は、書類の整理である。
どちらかというと書類仕事が苦手な上司にも関わらず、地位が上がるにつれ、その雑務の量も激増していった。それを正確かつ迅速にこなしていくには、はじめの仕分けが大切である、と朝も早くから彼ははりきってそれにとりかかるのだ。
なにせ上司が誰よりも早く、朝の鍛錬を行うのだ。それにあわせて、彼の出勤も早くなり、周囲には誰もいないことが多い。人目を気にせず、要らないものは遠慮なく屑箱へ放り込みながら、彼は見慣れぬなにか、に目を留めた。
書類を持ったまま、それに近づくと、それが最近街中で流行っている甘菓子の包み紙、であることに気づく。
ニラノ将軍は甘いものが嫌いだ、と言う話を聞いたことはないものの、だからといって積極的にそれらを摂取する姿をみたことはない。彼の知らない来客の予定でもあるのかと、訝しんだところ、当の本人がやってきた。
短く挨拶のような文言を口にし、まっすぐに彼がその包み紙を手に取る。
なんとなく、聞きそびれたまま、従者は彼の背中を追いかけていく。
常の鍛錬が終わり、布で軽く汗をぬぐったあと、再び執務室へと将軍と従者が歩き始める。
そこへ、いつもと同じように、小さな子供が一心不乱に掃除をする姿が目に入る。
思わず相好を崩し、子供に近寄ろうとした従者ではあるが、彼よりも先に動いたものがいた。
上司、ニラノである。

「受け取れ」

素っ気無く、いや、嫌われているかと思うほど短い言葉を紡ぎ、例の包み紙をティナへと差し出す。

「え?」

その態度に、自分が受け取ってもいいものか判断できない彼女が、大男を見上げる。

「太れ」
「・・・・・・、ありがとうございます」

無理やり感が付きまとうほど、強く差し出されたそれをようやくティナが受け取る。
ニラノは常日頃彼のそばにいるものしかわからないほどの変化で、だが確実に満足そうな顔をして、静かに立ち去っていった。

「えっと、なんか、心配、してたのかな?」

不可解な出来事に、ティナと顔を見合わせた従者は、思わず思ったことを口にする。だが、その思い付きが案外大当たりなのでは、と、その強面の外見からは考えられないほど他者の様子に気を使う上司の性質を思い出す。
首をかしげ、それでもうれしそうに包み紙を見つめる子供をまじまじと見つめる。
確かに、ティナは年不相応に小さく、貧弱な子供だ。
数年前父親と共にここへやってきたころから余り変化がないようにも見える。たまたまこのあたりは、騎士団の連中が滞在し、平均よりも大きな男がうろうろしている環境において、彼女の脆弱さは、子供の、まして女の子だから、という思いで注視されることはなかった。
だが、改めてティナの体を見れば、男女の区別どころか、年齢の区別すらはっきりとはわからないありさまだ。
これは、誰かが心配したとしてもあたりまえのことだろう。
それが、鬼人、マグヴァルンであったことが、驚きではあるのだが。
ティナと二言三言言葉を交わし、遅れて上司についていく。
そういえば、彼女は頻繁に発熱する、と父親が言っていたことを思い出す。
病気のせいなのかな、と、思ったところで、従者の意識は上司が苦手な事務仕事をいかに快適にこなさせるか、という目下最大の悩みへと切り替わっていった。



「不穏な動き?」

話を持ってきた文官に騎士が詰め寄る、それをなだめながらユリフィルが先を促す。

「おそらく魔物、がいたのではないかと」
「魔物?いまさら?」

この世界には魔術と呼ばれる技術が存在する。
それは、一握りのそれを使える才能のあるものか、魔力というものを溜められる器、があるものが操ることができる稀有な技術である。前者は、魔術師と呼ばれ、後者は才があれば魔術師ともなれ、また、なければただの魔力の配給源として扱われる。先の戦争では、数は少ないものの、そのようなものたちが後方支援を勤め、大いに活躍したようだ。だが、その人数も、結局はその戦争によって減り、今では数名が、王宮に魔術師として勤めるのみだ。それはもともと、このプロトアが技師としての魔術師しか必要とはせず、兵器としての魔術師を忌避していたからでもあるのだけれど。

「はい、魔力の配給源がどこかにあるようで、それで」
「動物が魔獣になったと」
「調べによると」

魔力が溜まるのはなにも人間の中だけではない。
植物や石、場合によっては他の生物などにも、その力は宿ることがある。
植物ならば、異様な姿に発達し、石ならば魔石と呼ばれ尊ばれる。
だが、生物、となるととたんに悠長なことなど言っていられなくなる。

「被害は?」
「村の三分の一が」
「残りは?」
「第七部隊が避難させました、ですが」
「やられちゃったと」
「幸い負傷者のみで、死人はでませんでしたが」
「で、こちらにお鉢が回ってきたと」
「申し訳ございません」

今現在この国には第一から第十部隊までの騎士団が存在する。一部隊あたり三十名ほどのそれは、数字が大きくなるにつれ階級も、その能力も低くなっていく。ただし、第六部隊だけは、諜報部隊として機能しており、兵士としての能力の高低では判断することができない。 各々がその能力に見合った仕事をまかされ、今度の出来事は、第七部隊で十分だ、と判断した上の誤りであり、結局最高峰の第一部隊へと運ばれることとなってしまった。

「うーーん、じゃあ、さっくりと片付けましょうか」

一見優男に見えるユリフィルの言葉に文官は安堵し、一向に馴染めない第一部隊の詰め所を後にした。

5.29.2010
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