御伽噺の乙女/序

 ローレンシウム、プロトア、フェルミの三国を巻き込んだ戦争は、危うい均衡を保ちながら長期化し、徐々にそれぞれの国力を疲弊させていった。
繰り返される小競り合い、荒らされていく農地。
人々は荒み、ただ神へと祈るほかはなかった。
幾たびかの大規模な衝突ののち、豊穣の女神を主神とするローレンシウムに、その娘が遣わされた、と言う噂がまことしやかに広がった。
最初は一笑に付した人々も、その奇跡を目の当たりにし、その力と姿に徐々に畏怖の念を抱いていった。
やがて、三国がそれぞれ元の位置におさまることで、無益な戦争は終結し、ようやく人々の下に安寧がもたらされた。
それと同時に、人々が祈り、その出現を願った神の娘は、ただひっそりと姿を消した。
母の元へ帰ったと信じられている神の娘は、その奇跡の足跡だけを残し、再び彼らの前へ現れることはなかった。
この奇跡は、人々の間にいまでも生き生きと語られ、また、これからも語り継がれていくだろう。
たとえそれが、どれほど真実とかけ離れていたとしても。

10.5.2010
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