こんな恋の迷い方 7.22.2005
02・小さな棘(1)

「驚きましたよ、あれは」
「ごめんなさい」

肩をいさめるポーズをとる彼女はたいして悪い事をしたとは思っていないらしい。

「で、あの子ってほんとーーーーに彼女なの?」

聞き出したいことはやはりそのことなのかと、軽い驚きと共に、同級生の好奇心の旺盛さに少々呆れてしまう。

「彼女ですよ、もちろん。それ以外に有り得ないでしょう。あの時間にあの場所にいるのは」
「それはそうだけどさ、でもあの子若すぎない?」
「・・・・・・それはまあ、そうですが」
「なんか意外。一ノ瀬君ってもっと大人の女性が好きなんだと思ってた」
「彼女も十分に大人ですが?」
「んーー、それはまあそうなんだろうけど、なんかもっとこう・・・。前の彼女達は全然違ったじゃない」

テンションが上がっているせいなのか、ここがどこなのか忘れたように話している彼女を一瞥する。個人部屋の開け放たれたドアの向こうではそれこそ壁に貼りついて学生が立ち聞きしていないとも限らないのに。

「清水さん、ここどこだかわかっていますか?」

妙に棘を感じさせる彼女に僅かな不快感を覚え、それでも勤めて冷静に嗜めてみる。

「あっと、ごめんなさい。ふさわしくないわね、こんな会話」
「彼女のことなら教授にも紹介していますし、きちんとしたお付き合いをしています。あなたが心配されるようなことは何一つありませんので」

新学期は仕事が山程あるため、本来ならこのような雑談に裂く余裕はないのだけれど、元同級生という懐かしさで少々話し込んでしまった。そろそろ仕事に戻りたい。散乱した申請書を横目で見つつ、彼女が自分のスペースへ帰ることを願ってしまう。

「やっぱり、忙しいわよね・・・。私の方も忙しいし。まあいいわ、少し時間が空いたら一緒に飲みにいかない?」
「二人きりでですか?」
「ええ、そうだけど」
「お断りします。いらない誤解は受けたくないですから」

眉間に皺を寄せ、不思議なものでも見るような目つきでこちらを眺めている。

「呆れた、そんなに彼女って嫉妬深いわけ?」
「いいえ、彼女は私の交友関係に口を挟むような人ではありません。ただ、私自身が嫌なだけです。ただの同級生とはいえ千春さんが男性と二人きりで、というのは考えたくもありませんから」

呆然とこちらを見つめながら、何かを言いたそうにしている。やがて半開きになった口をいったん閉じる。頭の中で色々反芻しているのか少しためらったのち、口を開く。

「一ノ瀬君変わった」
「内面の変化を感じ取れるほど親しくはなかったと思いますが」

こちらの余裕のなさのせいか、彼女の千春さんに対する態度に怒りを覚えたためなのか、珍しく攻撃的な受け答えをしてしまっている。それを自覚するぐらいの分別は残っているのに、抑制することが難しい。

「まあいいわ・・・、先輩と一緒ならいいでしょ」
「それならかまいません」

もう一度言いかけた言葉を飲み込んだ彼女が部屋を出て行く。彼女から感じたかすかな棘はそのまま違和感となって胸の中に。どうしたもんでしょうね、そう呟いた声は学生の呼ぶ声にかき消されていった。





「おい、一ノ瀬飲みに行くぞ」
「・・・・・・今日ですか?」
「今日だ。申請書類の締め切りは5時だろう。それが終われば一段落っしょ」
「まあ、そうですが」
「何々?今日もあのお嬢ちゃんが来てんのか?」
「それは・・・ないですが」

多忙を極め、あの日以来会えない日々が続いている。彼女はいつでも笑ってこちらを待っていてはくれるけれども、それに甘えるわけにはいかない。というよりも、こちらの方が限界で参ってしまいそう。

「そういうことで」
「ちょっと待ってください。ひょっとして清水さんも一緒ですか?」
「ん?そうだけど。あんま親しくないのか?」
「ええまあ」
「じゃあ、これを機会に親睦を深めるのもいいんじゃねーの?」
「はあ・・・」
「終わったら連絡してくれ、どっちみち車は置いてかないといけないからな、3人まとめてタクシーで行こうや」



そういい残して先輩が立ち去ってしまった。勢いに飲み込まれてしまった自分を取り残して。

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