02・小さな棘(2) |
「あれ?一ノ瀬君その人」 私の一歩後ろに控えている青年に視線を送る。 「高岡君です。清水さんと一緒で4月から、研究室の方に来てくれました」 「はじめまして、高岡です。ドクター卒業したばかりですが、よろしくお願いします」 「へー、また若いの連れてきたな。一ノ瀬んとこ平均年齢若いよな」 「そうですね、教授自体が若いですから」 「助教授のおまえも若いしなぁ」 「そんなしみじみ言わないで下さいよ」 「まあ、いいや。高岡君、お酒はいけるほう?」 「いえ・・あんまり得意じゃないです」 「ダメだな、一ノ瀬。今度から面接事項に要飲酒って書き足さないと」 「私に言わないでくださいよ。まあ・・・、教授も私もざるなのは認めますけど」 「ははは、おまえんところは底なしだからな。って立ち話もなんだな。じゃ、ぼちぼち行きますか」 先輩の合図にぞろぞろと飲み屋に向う4人。 清水さんはなんだか少し機嫌が悪そうにしている。彼女とは同じ学年だった、としか共通項がないせいか、まだまだつかめない。もっともこれ以上親しくするつもりはないけれども。 「それでは、新しく赴任してきた二人にかんぱーい」 すでにできあがったような趣のある先輩は、すでに焼酎を片手にしている、巻き込まれて私まで行き成り焼酎を飲むとは思いませんでした。明日はただの平日だというのにこの人は朝まで引き連れていくつもりじゃないでしょうね、学生の頃のように。 6人掛けのテーブルに私と高岡君、先輩と清水さんがそれぞれ対面するように座っている。私の真正面に座る清水さんはビールで、高岡君はこっそりソフトドリンクで乾杯をする。 それぞれに注文した品が次々と運ばれ、話し上手な先輩のリードで座は一応の盛り上がりを見せている。 「おまえ、あの子どこで見つけたんだ?」 「やっぱりそれですか」 「あたりまえだろう、超鈍感野郎の一ノ瀬がちゃっかり彼女を作ってやがるんだから、聞かないでおく方が難しいだろう」 「まあ・・、鈍感というところは、反論しませんが」 「ちゃっちゃと報告してくれないとな、俺の方も世界中に発信する準備ってもんがあるし」 ニヤリと笑う先輩は十分本気。この間5つ下の女性とのお付き合いが発覚した同級生は1時間後には日本中はおろか、留学先の人々まで知れ渡っていた、恐ろしい事に。異様に発達したメールのシステムの弊害というと大袈裟ですが。 「やっぱりむこうから押しかけてきたの?今までみたいに」 “今まで”という単語を妙に強調しているような気がしないでもないけれど、これもまた言われても仕方がない。 「いえ、私の方から、ですよ」 その時の自分を思い出して、赤面しそうになる。あれはどう考えても今までの自分にはない行動。 「おまえから??ほう、変れば変るもんだな、一ノ瀬も」 「そういえば、おいくつなのかしら彼女」 嫌な質問が・・・、ぼかすのも変ですし、答えないのもあれですし。 「・・・・・・・・・20、です」 渋々と答えると案の定、3人が固まったまま動かないでいる。だから言うのが嫌だったんですが。 「はい?まじ?」「俺より下っすか?」「少女趣味?」 3人が3人ともそれぞれに感想を言い合い、一気に収拾がつかなくなってしまう。 それから先は、怒涛の質問攻撃をいかにかわすか、最近振られたばかりという高岡君の泣かんばかりの抗議を(ここで気が付きましたが、ソフトドリンクに焼酎を入れられていた、むろん先輩に)宥めるのに精一杯で、自分自身が飲んで楽しめる雰囲気ではなくなる状態。 恐ろしいほどの酒量をあっさりと胃袋に収めてもなお乱れない先輩は、飽きたのかターゲットを高岡君に絞った模様。自然と高岡君は先輩に拉致され、代わりに清水さんが自分の隣に。 「希のこと覚えてる?」 「覚えていますよ、もちろん」 唐突にふられた話題は以前の彼女の話。この場でその話題を選ぶ彼女に再び違和感を感じてしまう。 「結婚したって知ってる?」 「はい、お子さんもいますよね」 同じサークルだったせいで、自然とそういった情報は耳に入るのに。もっとも、清水さんは知らないかもしれないけれど。 「彼女、後悔してたみたいよ」 「後悔?」 「一ノ瀬君と別れた事」 彼女に感じる違和感がますます大きくなるのを感じている。彼女がどうしてそんなことをわざわざ告げるのかわからない。 「そうですか。でも私は後悔していませんから」 笑顔でその話題を遮断する。 なぜだか無性に千春さんの笑顔を見たいと思う。 これ以上彼女が傍にいるのが耐えられない。空になったグラスにそれ以上お酒が注がれることはなく、なんとか午前様で帰宅する事ができた。それでもメールをするには遅い時間で。千春さんのメールを読みながら溜息をつく。 早く彼女に触れたいのだと。 |