消去法の王様/第1話

 ジクロウが即位したのは、実母アルティナの計略や人脈によるところが大きいものの、当時の王家の情けない事情による緊急避難的側面も否めない。
まず、第一に正妃に子がなされなかったことが一番の理由だろう。
どれほどぼんくらであろうとも、身分的に適正かつ、それなりの知性をもった正妃の子供であらば、気の利いた役人たちでもりたてれば、平和の続くこの王国を運営していくことは難しくは無い。前陛下の時代から戦争がなくなって久しい。この国で今必要なのは、現在を持続していく能力であり、領土を広げ、獲得していく英雄王ではない。
それがたやすくないことは誰にとっても真実ではあるが、伝統ある王家の嫡男、といった後ろ盾は、それなりに今の時代にも通用しやすいことも事実である。
その圧倒的優位に立つような王位継承者がいない上に、どの側室の息子たちもそろって間抜け、もしくは野心だけは一人前、といった者たちだったのだから王家も末期だ。
その状況にいち早く気がついたギログラ宰相家は、あまりにも選ぶべきところが少ないカードにおいて、最も平和的、かつよりまともであろう候補を選び出し、その子を玉座につけることに腐心した。
それがたまたまジクロウであっただけであり、彼は本人の知らない間にできてしまった流れに身を任せていたら、いつのまにか頭に王冠をかぶっていた、という状態だ。
宰相家とのつきあいはその頃からであり、現在は現宰相レデ=ギログラ=スルリディがしっかりと平凡な陛下をもりたてている。
その前宰相も、よもやこのようなことで息子や自らが選んだ陛下が悩むとは思いもよらなかっただろうけれど。

「失敗したな」
「失敗してしまいましたね」
「申し訳ありません」

武人であり、リティの夫であるジニルス=ローンレーが項垂れながら答える。
もはや何度目かわからないユリ奪還作戦は、見事に失敗し、おまけに次回からはダレンという魔術師が彼女の味方になることがわかったのだ、気落ちしない方がどうかしている。

「こちら側はうまくいったみたいだがな」
「それは、もちろん首尾よく」

留守番をしていた宰相は、貧相な体に、狡猾な笑顔を浮かべる。
陛下と違って、権謀術数に長けた彼は、こういう種類の笑みが良く似合う。

「と、もうしましても後お一方はもう少し慎重にせねばなりませんが」

宮廷魔術師アーロナがユリの居場所を探っている間、宰相は予てより計画していた側室たちの一掃作戦を試みていた。
ちなみに、アーロナは物理的な魔術が得意なあまり、細かい作業は得意ではない。
ユリを探索するにしても、大雑把な位置を地図より探し出し、後はコツコツ実地で、つまり実際に現地に転移しながらその居所を突き止めていく方式をとっている。
それには当然時間がかかり、最初の取り掛かりの土地から正反対の国にユリが存在すれば、それだけ突き止めるのに時間がかかるのは当然だ。
今回は割合と近くだったせいか、今までに比べて短時間ですんだものの、それでも一日二日で済む話ではない。
そのようにアーロナが努力している間、宰相も努力し、以前より探索していた側室たちの動向を完全に把握することができつつあった。
現在の側室は三名、それぞれにジクロウが即位するさい、さまざまなところから縁付くことを条件とされたものたちであり、当然各々きな臭い後ろ盾が存在する。
それでも即位したのち、六年ほどは側室話を中断させていたのだから、前宰相の腕前はたいしたものだともいえる。
一番古くに側室としてあがった姫君は、友好国の没落貴族であり、本来ならば側室といえどもこのような大国に輿入れすることなど叶わない身分だ。それが可能になったのには、当然後ろめたいわけがあり、王国内にはびこる反対勢力と相手貴族の野心がうまい具合に一致した結果、ジクロウの側へと上がることとなった。彼女自身は聡明であり、逆に彼女がなんの後ろ盾ももたないのならば、ジクロウとしては正妃に近い存在として遇してもかまわないと考えてはいた。
だが、あまりにも彼女自身にも野心がありすぎた。その野心が男子を産めば満足する程度ならばかまわないのだが、心の奥底に、この王国そのものをのっとってしまいたい、といった苛烈なものが含まれる。平凡で人畜無害そうな陛下を見れば、そのような気持ちを抱くのもわからないではないが、そう易々と彼女側の意図に組するわけにはいかない。
次に側室としてあがった姫君は、比較的最近王国に合併された属国の第三王女だ。身分的にはジクロウの実母とそう変わらない。プライドだけは常に高く、だが悲しいまでに知性の足りない王女は、その気まぐれで激しい性格にさえ目をつぶれば、それほど危険なものではない。
だが、頭の足りない王女につけこむ輩が問題だ。
王女はいつのまにか宰相家と並び称される名家の策略に飲み込まれ、いまではすっかり彼らの手のひらの上で踊っている状態だ。
これも、現政権側としてはおもしろいわけがない。
最後に輿入れしてきたのは国内勢力をなだめる意味で、娶った姫君であり、彼女は最初からすでにその存在がきな臭い。彼女自身も自覚してそう振舞っている節はあり、そのあからさまな政治姿勢はかえって好感がもてるほどである。
何も恋愛感情のみで婚姻関係を結んでいるわけではないのだから。
どれをとってみても引っこ抜いてみればそこにくっついているものが危なそうな側室たちにおいて、まず目をつけたのは一番頭の残念な第三王女だ。
彼女は宰相の手にかかり、あっけなくも名家の人間との不義密通の罪に問われた。
それが事実にしろ捏造にしろ、その醜聞は外へもらすわけにはいかず、さりとて国へと返すわけにもいかず、彼女はその名家が管理する僻地へと幽閉された。
表向きは子を成せない王女の転地療養のため、政権側の本音としては画策をしていた張本人たちへと押し付けた形だ。
ジクロウが何も知らない、と思われている間に事は起こり、なされていった。
反撃の隙もなく、あっけなくも火種を抱え込むこととなってしまった名家は、さぞ地団太を踏んでいることだろう。
それと同時に国内から輿入れした側室にも手が入れられた。
野心溢れる彼女は、当初から陛下を侮っており、自分が何を企てても陛下は全てを見逃すだろう、と考えていた。最初のころは身内を高位につける、といったわかりやすい画策ではあったが、徐々にその態度は目に余るものとなっていった。
また、唯一女とはいえ子を成していたのも、彼女の強気に拍車をかける結果となった。
フィムディア王家は、男がつぐことが多いものの、かつて女王が存在していなかったわけではないのだから。
彼女の野心は日に日に高まり、陛下を蔑ろにするまではよかったものの、国政にも嘴を突っ込み始めたのはいきすぎだ。まして頭が良い、と自負するものの、所詮身内レベルの褒めあいの粋をでていない知性だ。国政を担える器ではない。
その彼女は、傲慢から来る隙により、異教徒とのつながりを証拠につかまれ、あっさりと実家へと帰されてしまった。もちろんその子供である王女は身分を剥奪され、適当なところへ養女としてもらわれていった。
そんなきな臭いやりとりを嬉々として宰相が行いながらも、陛下は相変わらず凡庸との烙印を押されたままだ。
もちろん凡庸だが、これだけの有能な部下をそれなりに使いこなしている、という点において、前宰相の目は確かだったともいえる。
そんな彼らも、結局呪いの問題はとけないまま、今日も五名に増えた茶会が行われる。

「あと一人、が難しい」
「捨てるものがありませんからね、必死ですよ彼女も」
「背景さえなければ、そのままでよいのだが」
「それでは罠になりませんし、彼女と背景は切っても切り離せません」

政治的嗜好が高いにも関わらず、彼女は失脚した側室のようにうるさく口を挟むまねはしない。
あくまでも強かに、水面下でそれらを行うのが彼女のよいところだ。
まるでジクロウの母のように。

「それは、そうだが」
「しかしなぁ」
「簡単に間男にはまるような女性ではありませんからね、今のところたいした証拠もありませんし」
「それほど間抜けではないだろう、彼女は」
「ええ、ですから今のまま子がなせなければ、彼女のとりかかりはありませんからね、不幸中の幸いともいえます」

いくらその能力が高くとも、たかが側室の身分で政治にあれこれ介入することはできない。必ずそこには王家を担うべき人材、跡継ぎを介さなければならないのだ。ましてジクロウは美姫に篭絡されるような男ではないのだから、その美貌も使いようがない。せいぜい身内を役人にとりたてたり、少々の金子を実家へ融通する程度だ。



8.10.2009
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