愛と呪いを込めて/第4話

「今考えれば、それが一番いい案、だったのかもしれない」

幾度となく上ったその案は、確かに次善の策ではあった。
もちろん、呪いが解ければそれに越したことはないのだが、傍系から世継をもってこられないわけが、もちろん彼らの中には一応あったのだ。
第一に、ジクロウ自体が、あやうい玉座の上に座っている、という事実。
彼の母親は正妃ではない。ただ一番に生まれた男であり、その容姿がそれに相応しく、また一番年嵩であった、というのが表向きの理由で、裏には側室であった母君の画策がうごめいていた。
上手に張り巡らされたその画策は、彼女の存在が消えるとともに徐々に表面に浮かび上がり、それが一部のものの中には、火種となって今でも厳然とくすぶり続けている。
それが主流にならないのは、他の王子たちが五十歩百歩のぼんくらぞろいである、といった理由からである。王家としては悲しいことに。
ただ、ジクロウそのものに頭の切れは全くないが、彼は判断力と人を見る目だけには長けていた。そのせいか、今までこれといった失策はなく、無難につつがなく、この巨大な王国を率いてこられたのだ。
その彼に跡継ぎが生まれない、というのは反対派の格好の材料となりうる。
それぞれの兄弟にそれぞれの後ろ盾あり。
その後ろ盾にはさらに賛同する貴族や、裏につながる他国の思惑がある。
そういったものに易々と足元を見られるわけにはいかない。その一点において、彼らの意見は一致している。
立場上王太子についている、別の側室の子供は、凡庸を通り越し、愚鈍であり、さらには側室が他国出身なこともあり、簡単にあちらの立場に取り込まれるのは目に見えている。
他の兄弟についても同様に、どう考えても、王国が内部から他国の傀儡政権になることは、頭が多少残念なジクロウにも理解できる。
だから、そういったものの子供を、彼の次に据えるわけにはいかない。
自分の子供を玉座につけようと必死だった母君の行動が、結果として現在この国を救っている皮肉。
だが、リティの中に、どこか彼らの行動と今現在もたらされた結果に齟齬が生まれ始めている。

「だけど、遠い親戚にでもいるでしょ?気の利いたのの一人や二人」

確かに、少女の言うとおりなのだ。
現在中枢に近い王子王女だけではなく、さらに数代前に傍系となってしまった縁戚を調べれば、それに該当する人間はいないことはない。そこの子供を黙ってジクロウの側室の子として育てれば、必然的に彼が世継であり、次の国王陛下である。
この国も安泰で、四方八方が丸く収まる。何より彼は国王なのだから、それぐらい政治的思惑が絡んだ人事配置などは、ごくごく秘密裏に行なえるはずである。

「政治なんて、私がわかることじゃないけどさー」

のんきそうにそういい捨てた少女が、リティが手渡したこの国の簡単な歴史について触れた書物を開く。
陛下の物言い、魔術師の笑み、宰相の後ろめたさを隠そうともしない表情。
その全てが合致して、リティは悟ってしまった。
少女が、ここに連れ出されたのは、たんなる陛下の思いつきと、魔術師の自負と意地のために他ならない、というあからさまな事実に。
そもそも、よく考えなくとも、どこからか赤子を連れてくるのも、少女を連れてくるのも、その理不尽さを考えれば大差ない。いや、同じ世界で国王にするため連れてこられる赤子の不幸と、わけもわからず子供を生めと、迫られる少女の不幸とでは比べものにならない。まして、その手間たるや、魔術師の負担を考えれば、比較するまでもないだろう。
そのことに本来気がつかないほど、リティは愚かな女ではない。
つまるところ、彼女が一番この事実を知りうる人間の中では追い詰められていた、ということだ。
国王は、最悪どこかから連れてくればよい、と算段しており、宰相もそれに気がついていた。
魔術師は自分の上に立っていた筆頭魔術師スリリルの術をかいくぐる、ということに最も腐心しており、それ以外のことは考えていない。
彼女だけが、このままだと生理的に伴侶としてはうけつけない陛下の妃に立つ可能性があり、それは城下に流れる川に身投げをしても避けて通りたい悲劇だ。
だからこそ、陛下の気まぐれのような一言に簡単に乗ってしまったのであり、根本的解決にはならないものの、自分に対する災厄さえ逃れられればいい、という、狭量な心根を見透かされていた、ということにもなる。
陛下は、頭は悪いが、王国にとって最終的にどういう結果を齎す人物なのかを見極める目、というものだけは持ちえている。むしろ結果論的にそれが最善の策であった、という原因と過程と結果の因果関係がつかめない現象を引き起こす人物だ。その流されるままに判断をしても、むしろ良い、といった状況にリティが慣れ過ぎていたのかもしれない。
今回としても、リティが、切羽詰ったとはいえ同意し、魔術師が施した術で、少女が現れた。
少女が子を成せば、誰も彼も安泰だ。
王国にとっては、利害関係が全くない少女のなした子は、扱いやすく、また、確実にジクロウの子ではあるため、大儀的に全くもって問題はない。
王国にとっては、確かに最善の策である。
スリリル嬢のかけたのろいを解く危険性や、時間を考えれば、これ以上ないともいえる。

「あの、貨幣についてもう少し詳しく教えてもらえませんか?」

歴史書を机の上へおき、金貨と王国に流通している貨幣をその上へ置いた少女が、リティに尋ねる。
少女はどちらかというと、歴史よりも地理、礼儀一般よりも市井の規則、といったものに興味があるらしく、今日もこの間教えたばかりの貨幣価値について好奇心を示している。
罪悪感と、後悔と、色々なものがないまぜになった彼女は、丁寧にそれらのことを少女に教える。
やがてそれが、少女の自立につながってしまうとも知らずに。



「あんた魔術師?」

突如現れた赤みがかった茶色い髪を持つ女に、少女が口の端を開く。
あの四名以外の人間など全く見ることのできないこの小部屋で、第三者が侵入したにもかかわらず、少女は平然としている。
当初取り乱した姿など、思い出すこともできないほど、少女の態度は落ち着いている。

「驚かないの?」
「スリリル、とかいう魔術師でしょ、あのぼんくらに呪いをかけた」
「その減らず口を閉じないと、あんたにも呪いをかけるわよ」
「じゃあ、平凡顔の男」
「痛い目にあわないと黙らないみたいね」
「別に、私にどんな呪いをかけてもいいけど、私がどうかしたら別のを呼び出すよ?あの連中」

言葉につまるスリリルに、少女は夜着を着替え、簡単な、だけれども上等な生地をたっぷりと使った日常着に着替える。

「私自身に拘ってるわけじゃないからね、私程度の条件ならどこからなりともまた呼び出すでしょ?一度成功しているんだし」

彼らは、有里という少女個人に執心しているのではない。
この国で、呪いをかいくぐり、世継たる男を産める、と予言されている彼女を欲しているのだ。
その修飾部分さえ可能ならば、その個体は交換可能だ。現に、有里がそういわれているのなら、その他にも可能性のある人間がいないとも限らない。
最も、魔術師アーロナが、もう二度とこんなことはできない、と、呟いているのを有里は知っているが、そんな余計な情報は彼女の耳には当然いれない。

「で?用があるんでしょ?」

この部屋には対魔術師用の結界が張ってある、というのは聞いている。
物理的な魔術はアーロナの方が上だが、そこはさすがに稀代の天才魔術師と言われる彼女は、幾度ともない試行を重ね、彼らに気がつかれないようにここへ潜り込む技術を見つけ出したらしい。

「っていうか、あんたにとって私が邪魔ってわけよね?」

リティから聞いた話では、陛下に横恋慕したあげく逆上した蛮行だ、と有里は聞いている。
スリリルの気持ちなど知らずに次々と側室を増やしていく国王、近いうちにはリティかもしくはこの国に継ぐ伝統と格式の或る王家から正妃を貰い受ける、というまことしやかな噂話まで持ち上がる始末だ。
一向に気がつかない陛下と、その立場には一生立てない己を省みて、いたずらの一つや二つを仕掛けたとしても仕方がない。
それが今現在、少なくとも一人の人間の人生を蹂躙する結果となったのだけれど。

「臆病な上に卑怯者でもあるわけね」

挑発を続ける有里は、さりげなく本の上におかれた金貨と、流通通貨を手に取りしまいこむ。

「あんたに、あんたになんか何がわかる!」
「わかるわけないでしょ。察して察してって地団駄踏んでる小心者の気持ちなんて!!!」

次の瞬間、有里の姿は掻き消えた。
一粒の涙を流し、スリリルの姿もまたこの小部屋から消えていく。
ようやく異変に気がついた魔術師は、夜着が乱雑に置かれた寝台と、スリリルが自分のために調合した香料の残り香を感じ取る。
後から駆けつけた陛下と宰相は、魔術師の後姿を見て、全てを悟る。

「スリリルさまにしてやられました」
「他はもう呼び出せないんだよな」
「はい、彼女以上の条件のものはおりませんし、私の体ではもう」

彼は、有里を呼び出したことによる対価、のように左目を失明し、またその後遺症は生涯続くと医療系の魔術師や医者に宣告された。

「ならば彼女を探すしかないのか」

該当するように都合の良い傍系の女、というものが現在見当たらない陛下にとっては、宮廷内から沸き起こる世継を求める声にこたえるには、この方法しかない。
そちらの方は引き続き宰相に画策してもらうとして、本当に今のところは有里を追うしか術がない。

「はい…、申し訳ありません。いよいよ、というときに」

ようやく落ち着き、その賢さと豪胆さを見せ付けた有里に、そろそろ跡継ぎを、と思っていた矢先の出来事だ。
いや、そんな時期だからこそ、スリリルが動いたともいえるのだが。
その唯一の望みは、スリリルの香りだけを残して掻き消え、再びしょぼくれた陛下が残された。

「すぐに、すぐに探して見せます」

魔術師が再び有里の姿を見つけ出したのはその半年後のことで、さんざんその身を案じていた有里が、たくましくもしたたかに生き抜いていたことに驚き、また、簡単に返り討ちにあったことにも驚くことになる。
陛下と魔術師の旅は続く。
陛下の本心が、どのあたりにあるのかはわからないまま。

5.1.2009
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