帰還/第1話

 ユリが捕まったのは、有体に言えば、不幸な出来事が次々と起こった結果、である。
大人しく内職仕事に精を出していた彼女は、陛下一向に捕まらない非常に平和な生活を満喫していた。
行動範囲が極端に狭められるのも、手仕事さえあれば諦めがつく上、現金が手に入るのは気分的に落ち着く、と、毎日毎日飽きもせず、針子仕事を続けていた。
また仕事を終え、帰ってきたダレンに魔術の基本を習ってもいた。アーロナの魔術なのか言葉を聞き取ることも、文字を読めることもできるユリだが、唯一書くことができないため、基本的な読み書きからはじめることとなったが。そういう方面に才能があるとは思わなかったが、知らないでいるのと知っているのとではこれから違うこともあるだろう、というダレンの説得で、大人しく課題をこなす日々だ。
ダレンの家は、王国の隣国にあり、この地方では珍しくも無い平屋の一軒家だ。台所と食事をする空間、玄関から入ってすぐには一応狭いながらも客をもてなせる部屋、寝室に物置までもがついている。一人暮らしにはもったいないほどの作りだ。
だが、扶養家族としてユリが増えた今、本来ダレンのものである寝室はユリへと明け渡され、彼は客間で寝起きをするはめに陥っている。
それについてはさんざんユリが異議を申し立てたものの、玄関と隣接している部屋に彼女を寝させるわけにはいかない、というダレンの強い意志が勝っている状態だ。
そんな負い目もあわさり、部屋という部屋は磨かれ、ダレンが帰ってくれば常に温かい料理が振舞えるように努力をしている。
また、村の何でも屋のような仕事をしているダレンは、日中は家にいることが少なく、彼女は思う存分家事と仕事に明け暮れることができる毎日だ。
これを幸せといわずして、何を幸せというのだろう。
幸福へのハードルが微妙に低くなっているユリは、その生活に大変満足していた。
だが、ユリのもった特性か、異分子への風当たりか、その幸福はあっけなく幕を閉じる。



「あのう、私を縛っても金目のものなんてないと思うんだけど」

見知らぬ男二人組みが玄関の鍵をぶち破って進入してきたとき、ユリは針をもって細工仕事をしていた。
村のことなど全く知らない彼女でも、彼らの風貌が、善良な村民でないことはすぐに飲み込めた。
普通、村人は刃物を人に突きつけたりはしない。
明らかに強盗と思わせる彼らは、手際よく彼女の両手を後ろで縄で縛り上げ、否応なく家から引きずり出す。
ダレンは、必要十分以上の金を受け取ることはしない。あれだけ使える魔術も、この村では隠しているようで、ごく平易な医療行為や、単純作業へその魔術を使い、それに見合うだけの糧を得ている。したがって、魔術師といえども、この家には余分な蓄えなどあるわけもなく、今でもユリのスカートの裏に縫い付けてある僅かな小金が、この家の全財産とも言える。

「ち、しけてやがる」
「しょせん、貧乏な村だ。これが手に入っただけでもよしとするか」

まるで荷物のようにユリは泥棒の一人に担ぎ上げられ、まさに、金目のものとして盗まれようとしていた。
ダレンは、子供が熱を出した、という相談を受け、村はずれへ出かけたまま帰ってはこない。
いくら大声をあげようとも、彼女の声は誰にも聞き取れないほど、この家は村人の家から離れてしまっている。
だが、そんな彼女に救いの手を差し伸べるものがいた。

「ユリ様!!!」

魔術師と、騎士、といういつもの二人組みだ。
いや、今回は間抜け面の陛下がいない、変則的な組み合わせ、ともいえる。いてもいなくても、役には立たないから差しさわりはないが。
ユリに近づくと全く魔術が使えなくなるアーロナは、騎士に指示をだし、彼は全くもって無駄の無い動きで、強盗二人を切り捨てる。
断末魔もあげられないほどさっくりと切られた二人をみないようにしながら、ユリは無頼者の方から、騎士の肩の上へと担ぎなおされた。

「聞くのも無駄なような気がするけど、どうする気?」
「少々窮屈かもしれませんが、もう少ししたところで馬車を控えておりますので」
「手回しがいいわね」
「ええ、いい加減学習しませんと」

諦めきったユリは、二人にあっけなく連れ去られ、強盗二人の死体だけが森に残された。
それにダレンが気がついたのは、次の日の朝になってからだった。



「ユリ様」

目尻を潤ませながら、リティがユリへと駆け寄る。
後ろ手を縛られたままだから、おかしな光景だが、なんとなく目の前の人は憎めない、と、ユリはため息をつく。

「で、結局ここなわけ」

秘密裏に運ばれたのは、ユリが最初に閉じ込められていた王宮内の部屋で、はるか昔のことのように、懐かしそうにその豪華な内装を眺める。

「あのさ、子供生まないし」
「……もう少し待っていただければ、次善の策があるかもしれません」

リティの笑顔に、つられて笑顔になる。
とりあえず、怒ってばかりいては時間を無駄にするだけだ、と、用意された茶菓子に手をつける。

「甘い、おいしい」
「ええ、もっとお食べになって、いくらでも用意いたします」

困窮した生活を送っていた彼女は、こういう生活に必要のない、嗜好品を口にするのはあまりに久し振りで、思わず口に素直な感想が上る。

「陛下は?」
「会議に参加しておられます。アレでも一応国王ですから」

リティが曖昧な笑顔を浮かべる。リティは中程度の文官として城に勤めているため、そういう表立った政には口を出さない建前だ。あくまで建前だけれど。

「ユリ様、申し訳ありません。手荒なまねをして。それにしても前回は危ない目にお会いになったそうで。早くお救いできなくて、申し訳ありません」

色々策を弄している間、なんとか怪しい地点を探りあてたアーロナは、ジニルスと共に、例の鬼畜領主の領土へとたどり着いていた。だが、どれほど探そうにもユリの姿は、働いていた、という農家から消えており、肝心の農家も、仕事が辛くて逃げ出したのだろう、という認識しかもっていなかった。
怪しいところはしらみつぶしに探し、ようやくゆるい結界が張ってある城内を残すのみになった彼らは、こっそりと忍びこんだあげく、領主が残した残骸、多数の白骨を発見するにいたった。
そのときの驚愕と、狼狽は、長年アーロナを見ていたジニルスも初めて見る有様だったようだ。
散々探し、それでもそこにユリがいない、と悟った彼は、次の標的を自分より能力のあるダレンへと絞り、彼が住みかにしている土地を次々に洗う作業へと突入した。
その結果が、偶然にもユリを強盗から助ける、ということになったのだが、そのことに関してユリは全く感謝などしていない。

「別にいいけど。死んでないし」

すっかり元気になった、しかしながらかすかに残る足枷の跡をリティとアーロナが沈痛な面持ちで見つめる。

「で、結局子供生めってこと?」

アーロナとリティが顔を見合わせて沈黙する。
正直なところ、ユリに陛下の子供を生んでもらう、という気持ちは二人とも薄れつつあった。
リティは同情から、ユリに強制することをためらい、アーロナは彼女を召還した、という義務感と罪悪感が混乱した状態であり、また政から遠い学者のような立ち位置のためか、原因と結果の不均衡にも混乱したままである。

「いえ、それに関しましては、一応そうならないように策を…」
「陛下を痛めつけて呪い解かせれば?あの女に」

ユリの中で最善の策、だと思っているため、サラリとそんなことを口にする。さすがに陛下に対して大概不遜な態度をとっているリティもその綺麗な眉根を寄せる。

「確かに、それはいい考えかもしれませんが」

だが、係累が脅しの材料として通用しないスリリルに対しては、意外といい材料になるのかもしれない、と、リティの中に、いくつかある次善の策として組み込まれてしまった。

「とりあえず、当分ゆっくりなさって。悪いようにはしません」
「ならダレンのところに帰してくれる?結構平和に暮らしてたし」
「それは」
「……はぁ。じゃあ、なんか仕事ちょーだい。退屈で死にそう」

仕事中毒を地で行くユリは、悲しい顔をしたリティにあっさりと次の要求を告げる。
しばらく呆れた顔をして、次に笑みを作ったリティは、しっかりとそれを約束し、ユリは、当初泣き暮らした天蓋付きの豪華な寝台に一人取り残された。

(何も言わないで来ちゃったなぁ、大丈夫かな)

随分とよくしてくれたダレンのことを思い出しながら、ユリはまぶたを閉じる。
めまぐるしい一日だったせいか、彼女はあっけなく睡魔に取り込まれていった。


8.24.2009
++「Text」++「Chase目次」++「次へ」