雨に濡れて露おそろしからず/第1話

「ねぇねぇ、知ってる?」

常日頃からあまり接触のないグループに所属する、どこからどうみても学校に何をしに来たのかわからない格好をしたクラスメートが訊ねてくる。
どちらかというと、無愛想で、由貴や真以外の友達と言えば汗臭い部活に所属している連中、という私にとっては青天の霹靂で、彼女の次の言葉を待つ。

「隣町の鉄塔ってあるじゃん、おばけ鉄塔とかって言われているやつ」
「まあ、なんとなく」

恐らく、子どもがあまりにも殺風景なところにポツンとたっている鉄塔を意味もなく恐がるあまりについてしまったニックネームだが、現在では有る一定の年齢以下の人間にとってはそちらの方が呼び名として定着してしまった、というやつだろう。

「そこってさ、でるらしいよ」
「何が?」

間髪いれずに突っ込み返した私に、少々驚いたようすで、彼女は改めてもったいぶった表情を作り出す。

「なにがって、出るっていったらあれしかないでしょ?」
「あれ?」
「そう、あれ」

何の事だかわからない私は、一応頭の中を引っ掻き回すようにしながら考える。チラリと由貴の方に視線をやると、素知らぬふりで紙パックの牛乳を飲んでいる。くやしい、私だってまだご飯の途中なのに。

「いいかげん、はっきりと言ってくれないか?」

うっとうしい、という言葉を辛うじて飲み込む。クラスメートはややむっとしながらも、こんな事も知らないの?という顔をしている。

「幽霊よ、幽霊。出るっていったらこれに決まってるでしょ?」
「幽霊?」
「そう」
「ばかばかしい」

思いっきり良く吐き出した私の言葉に、クラス中がこちらを振り返る。今までは珍しい取り合わせもあるものだ、ぐらいの興味しかなかったはずなのに、あからさまに驚いて、こちらを凝視までしているやつもいる。

「何かおかしなことを言ったか?」
「別に、翠ちゃんなら、そう言うでしょ」

ぐぐっとこちらを見つめているクラスメートの一人が、意を決した、と言う風に口を開く。

「佐伯、おまえ、霊感少女るりっちの友達の癖に!」

子供向けのアニメ番組のようなタイトルをつけられた皆川ルリは、確かに友人と言えなくもない程一緒に甘いものを食べる中ではあるが、いつのまにか、彼女と私が友達同士だとクラスメートに認識されるほどになっているとは思わなかった。目立つ行動などした覚えはないというのに。

「るりるりなんてばりばり霊感少女じゃねーの」
「まあ、そう言われればそうかもしれないが」
「って、あれ?やっぱ佐伯ってそういうの信じてないの?」
「信じているというか信じていないというか」

どちらかといえば、摩訶不思議世界に片足どころか膝のあたりまでどっぷり浸かっている自分としては、返す言葉がみつからない。

「別に翠ちゃんは否定しているわけじゃなくって、そういう噂はくだらないって言ってるだけっしょ?」
「ああ、まあなぁ、小学生じゃあるまいし、どこそこで何がでた、なんて都市伝説まともに信じる方があほっちゃあほだよな」

まだまだ自動交霊だの、トイレの伝説だの、所謂噂やら都市伝説が大好物な年代のくせに、一人のクラスメートがやや大人ぶった見解を示す。まるで自分がばかにされたかのように、最初に話し掛けてきた派手目のクラスメートが怒りだす。

「まあまあ、そういうのを全否定しているわけではないから」
「じゃあさ、今日行ってみない?皆で」

クラス中から様々な意見が飛び交う。もちろん好意的な意見も否定的な意見も。どちらかといえば攻撃的な派手目少女達の、「あんた、そうやって言って恐いんでしょ」という弱虫認定されたかのような意見にひきずられ、あまり団結力のあるほうではないと思っていた我がクラスは、何かがでる、という鉄塔へと赴く事へとなってしまった。
なんとなく、由貴が私を「そういう星の下に生まれた」と称した事を思い出しながら。



「寒い」
「まじ寒い」

まだ11月中旬だというのに、ぐっと気温が冷え込んだ夕方は、やはりコートなしではつらい。うちの学校は12月から指定のコートが解禁となり、まだまだ制服の下に下着を着込むだけ着込む、という方法でしか対処ができないでいる。そんな中で、ただの野原にある、吹きっ晒しの鉄塔を見に行く、などという酔狂なことはできればしたくはなかった。本当に心底うんざりしつつ、それに付き合う私は相当お人よしだといえる。現に、由貴は習い事があるの、という裏を完璧に隠した柔らかな笑顔でとっとと帰宅している。あの子に習い事があったなどとは、1年生からの付き合いだが初耳だ。おまけに、どこから嗅ぎ付けたのか他校生である皆川さんが同行している、となるとうんざり度が増す。
はしゃぐわけでもなく、なぜだか日常生活を淡々と語り合えるようになった皆川さんは、普通にしていれば普通に美少女だ。私や、特に由貴あたりと付き合うようになって、どうやら奇行も減ったらしい。由貴の、どちらかというと達観した人生観あたりに触発されたのかもしれない。

「こういうことは苦手じゃないのか?」

彼女の見える、と言う言葉を全て信じているわけではないけれど、琥珀のことを見抜いた彼女の何がしかの能力は認めてもいる。だからこそこうやってふざけ半分でそういう噂のあるところにやってくるのは嫌なのではないかと思う。
だが、そんな心配などよそに、皆川さんは鼻で笑いながら、エキセントリックですぐにお札を持ち出していた今までの彼女とはまるで異なる反応を示す。

「ふん、どうせ噂でしょ?たいていそういうのって眉唾だし、それにもし本当だったとしても、見えるだけでたいしたことないし」
「お札を持って琥珀を追い掛け回していた人間とは思えないセリフだな」
「……忘れてちょうだい。あの時の私と今の私は違うのよ」
「まあ、ならいいが」
「実態がある連中の方がどれほど面倒くさいか。あいつらなんて透けて見えるだけで、なーーんにもしないんだから、その辺の雑草と同じよ!」

日本中に増えまくったセイタカワダチソウを睨めながら力強く言い切る。
よっぽど牡丹にひどい目にあったのだろう、彼女のトラウマになっていないといいのだが、と、責任の一端を担っている私が思うのもあれだけれど。

「やっぱ、いねーよな」

あれほど晴れていた空があっという間に分厚い雲に覆われ、徐々にくれるのが早くなった太陽がそれを助長する。日光があまり届かなくなった鉄塔以外なにもない原っぱというのは、結構それだけでも雰囲気があるものだ。
寒さだけではないのだろう、幾人かのクラスメートは両腕をさすりながら居心地が悪そうにつったっている。

「なんだ、噂は噂か」

言い出しっぺの少女が、半分がっかり半分安心したかのように呟いた途端、それはみなの前に唐突に現れた。
沈黙がクラスメートを包み込み、つばを飲み込む音さえも聞こえない中で、さすがというのかあれな経験値が違うというのか、皆川さんがそれを差しながら冷静に呟く。

1.11.2008/Miko Kanzaki
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