俳句(過去分)

                           

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俳句俳句(過去分)

季節ごとに並べています。

財界を率ゐるその手目刺焼く             28年2月作      28年08月 「ホトトギス雑詠」

これは言わずと知れた財界の土光さんのお姿です。NHKで昭和57年に放送されたこともあり、その質素な暮しぶりが有名になりましたがまあ、ご本人が焼くことはなかったでしょう。

欠伸する河馬の歯白し夏隣              28年3月作 28年9月「ホトトギス天地有情

ふる里を捨てかぎろひの人となる     27年3月作   27年6月発表 勾玉

その先に黒潮展けゐる春田    27年2月作  27年10月発表「ホトトギス雑詠

茹であがるまでのパスタや花ミモザ     27年3月作  27年9月発表「ホトトギス天地有情

風光る百年載せてある瓦      27年3月作  27年8月発表「ホトトギス天地有情

家の小屋を修理したりするのですが、何しろ古い家ですので、瓦も今の瓦ではなくて重くて不揃いです。子供の頃はよく屋根に上って祖父に叱られました。

今日神田明日は目白へ大試験   27年3月作  27年8月発表「ホトトギス雑詠

東京の私立大学をはしご受験してもう40年以上になります。下手な鉄砲ではないですが、その頃は受験料のことなど考えも及ばなかったのですが。

一村へ入るも出づるも桜かな    24年3月作  24年9月発表「ホトトギス天地有情

潮の香もともに擲つ白子干      24年1月作  24年7月発表「ホトトギス天地有情

すみれすみれぢつと見つめてゐる菫   23年3月作  23年10月発表「ホトトギス雑詠

ゴム跳びに知らぬ子一人風光る    23年4月作  23年09月発表「ホトトギス天地有情

今時「ゴム飛び」なんてする子はいませんが、昔は数が足らないと言っては女の子に無理やりやらされました。

陽炎やかごめかごめの輪に消ゆ子  23年3月作  23年08月発表「ホトトギス雑詠

昔、これをやると必ず夕日が差していつのまにか一人一人といなくなっていった記憶があります。

ぞろぞろと猫の出て来る彼岸墓地   23年3月作  23年08月発表「ホトトギス雑詠

猫を捨てる(置き去る)人は本当にエゴの塊りです。

すりむいてちちんぷいぷい二月果つ   23年2月作 23年07月発表「ホトトギス天地有情

昔は少々すりむいても唾を付けて呪文を唱えたものです。今はカットバンという魔法のような武器がありますが。

さくらさくら桜のなかに散るさくら     22年4月作  22年9月発表「ホトトギス天地有情

桜とは出会ひ別れの中にかな      22年4月作  22年9月発表「ホトトギス天地有情

屋根這うて星に近づく恋の猫          22年3月作  22年8月発表「ホトトギス天地有情

田舎の一軒家である我が家では、隣近所にすぐ猫がいる訳ではありません。屋根上で鳴く猫は何を呼んでいるのか。

初蝶の空に譜面のあるごとく          22年3月作  22年8月発表「ホトトギス天地有情

缶けつてみんな消えたる朧かな       22年3月作  22年8月発表「ホトトギス雑詠」

缶蹴りなど、今の子はしません。しないと云うより危なくて出来ないのでしょう。鬼になって一人取り残されるあの寂しさは、懐かしい思い出でもあります。

ひとの膝さけてそろそろ恋の猫   22年2月作  22年7月発表「ホトトギス

子供のころから家に猫が居まして、家には猫が飼われているものなりと育ちました。転勤族となってからも、無理やり社宅で猫を飼って周りに多大な迷惑を掛けましたが。

墓ですよ桜の下のそのあたり    21年3月作   21年9月発表「ホトトギス」

我が佐川には「牧野公園」という桜の名所があり毎年多くの花見客で賑わいます。少し上がったところに牧野富太郎博士の墓地があります。

街角はピカソの構図四月馬鹿    21年3月作   21年9月発表「ホトトギス」

なんとなく春の街は苦手です。それだけ年老いたという事です。

たんぽぽや地球は丸く明日も晴れ   20年4月作   20年10月発表「ホトトギス」

どうと云う事のない、春の終わりの自宅近くの休耕畑に、いくつかのたんぽぽが絮をまるく付けて風を待っていました。休日は田舎に帰って身近な自然にいくらでも触れることが出来、それが当たり前の生活ではありますが、我が3人の孫の時代にはどのようになっているのでしょうか。種の絶滅、資源枯渇、温暖化など、直接には政治とあまり関わりのない面でも、この地球の未来が揺らいでいます。でもきっと、これらの問題を解決するための「叡智」というものを人は持っているものと信じます。

豆蜷の親より零れ旅立てる          20年3月作   20年9月発表「ホトトギス」

我が家は家の中を用水路が通っています。幅は約1.5メートルで、このホームページのどこかでも紹介しています。家では「汲み路(くみじ)」と呼んでおり、昔は用水路すべてが石垣で築かれていたのですが、いまでは我が家の敷地だけその石垣が残っています。そんな環境ですので、夏は自宅に蛍が飛びます。この石垣に蛍の餌となる蜷(淡水産の巻貝で、大きいもので約3p)が生活しています。春先になると、この蜷の子が孵化して沢山育ってゆくのです。蜷さんが居てくれてこその蛍です。

卒業や三々五々にちりぬるを    20年2月作   20年8月発表「ホトトギス」

小学校、中学校、高校、大学とそれぞれ卒業してからも音信の通う人と違い、卒業以来一度も会っていない人をふと思い出して、思わず口を衝いて作りました。ちりぢりになったあの頃にはもう戻れませんが、友垣はいつまでも記憶のなかに刻まれています。

みうと鳴く子猫鞄に入れて来し  19年5月作  19年7月発表「勾玉」

作ったのは昨年ですが、実際に子猫をもらって、鞄に入れて帰ったのは松山に勤務をしていた20年以上前のことです。取引先にシャムの子猫が数匹生まれたとのことで、大きな黒鞄に入れて持ち帰りました。鞄の中で「みゅう、みゅう」と鳴くので、「みゅう」と名付けました。このホームページの「みゅうたんと」はそれから取っていますが、写っているのは三代目四代目です。

迂回路のある筈もなく春の泥  26年2月作 26年7月発表「ホトトギス雑詠」

新客の見えて華やぐ春障子  26年1月作 26年7月発表「ホトトギス天地有情」

双子の兄の一人娘が嫁に行きました。兄の勤めなどの関係で、高松で生まれ徳島で育ち、宮崎で鹿児島の人と巡り合いました。でも高知の血が半分入っています。幸多かれと祈るばかりです。

風光る竿竹売の村に来て   25年2月作  25年7月発表「ホトトギス天地有情」 

「竿や〜竿竹〜」 もうほとんど聞く事もなくなりましたが、たまにテープの音を軽四輪に積んで走っています。

自販機の胴震ひしてゐる極暑                      28年6月作   28年9月「勾玉」

蛍狩水のにほへるところまで         28年6月作    28年11月「ホトトギス天地有情」

母衣蚊帳は母の胎内かも知れず     28年5月作       28年11月「ホトトギス雑詠」

母衣蚊帳(ほろがや)とは、ほろの形に作った幼児用の小さな蚊帳のことですが、私自身の記憶では、大きな部屋いっぱいに吊った蚊帳の中で、母と子三人が寝た記憶があります。父は一人で別の部屋に寝ていました。 よく庭で蛍を捕まえて蚊帳の中に放し遊んだことでしたが、父母に見つかると必ず叱られました。蛍が可愛そうということでなく、蛍をめがけてムカデが出て来るからだと諭されましたが。

母ひとり残る浮世の金魚玉          28年4月作      28年10月「ホトトギス天地有情」

一斉に震へて風の花藻かな          28年8月作     29年1月「ホトトギス天地有情」

踊の連八分仕上げて夏に入る       8年5月作   28年05月「四国ホトトギス大会」

徳島での句会の折のことですが、公園や川べりで阿波踊りの練習を見ることが出来ます。徳島の阿波踊りや高知のよさこい踊りは、連という単位で集団の踊りを披露します。有名な連は早くから振付師がその年の踊りを考え、徹底して鍛えます。私も阿波踊りを4回、よさこい踊りを10回以上踊りましたが、腕のほうはともかく、楽しいものです。

滴りの珠となるとき震へけり            28年4月作     28年10月「ホトトギス天地有情

緑蔭に荷物番して吸ふ煙草     28年5月作   28年05月「四国ホトトギス同人会」

読みかけを捲り飛ばして青嵐                    27年6月作     28年10月号「花鳥諷詠」

鮎の骨一気に抜いて香り立つ  27年6月作  27年12月発表「ホトトギス雑詠

私の暮している高知県中西部には仁淀川という清流があり、鮎も土佐弁でこじゃんと旨いのです。鮎の塩焼の食べ方の一つに、背骨を抜いてあとは丸ごと齧る方法があります。まず、頭と胴体の分かれ目に箸を挿し入れて背骨を断ち切り、後は箸で縦に強く押して行きます。その後一気に尻尾を引きぬくと背骨だけが抜けて来るのです。もちろん焼きたてでないと。

風揺れていま起し絵の動き出す    27年6月作  27年12月発表「ホトトギス天地有情

明治の灯点したるまま立版古    27年7月作  27年12月発表「ホトトギス天地有情

高知市の少し西に椙本神社という大国様を祀っているところがあり、毎年夏には立版古が飾られます。句会のみんなが欠かさず見にこられます。

全長の定まりつつを梁の蛇    27年5月作  27年11月発表「ホトトギス天地有情

飛ぶと云う動作隠して蟾蜍     27年5月作  27年10月発表「ホトトギス雑詠

昨年の夏、汀子・廣太郎先生をお迎えして四国ホトトギス大会が高知で開催されましたが、翌日一部の方々と牧野植物園に行って、入口の小さな池を覗きこんでいると、少し小ぶりですが、まるで置物のように磐にへばりついている蟾蜍を見つけました。

短夜の夢の続きの繋がらず      27年5月作  27年7月発表「勾玉・皋鶴集

まづ女滝見えて轟く男滝かな     27年5月作  27年8月発表「勾玉

生涯を土佐で暮らして男梅雨     24年6月作  24年10月発表「花鳥諷詠

まあ、生涯と言う訳ではないですが、勤務の関係で高知を離れていたのが12年ほどですので、ほぼ土佐っ子です。高知の梅雨で閉口するのは土が剥ぎ取られることです。毎年、梅雨明けには近くの山から土を運んで庭に補給をしなければなりません。

豆飯や子に逞しき喉仏         24年5月作  24年11月発表「ホトトギス天地有情

双子の兄が幼い頃、異様に好んだのが豆ごはん。私はそれほどでもなかったのですが、兄はご飯の中から豆をより出して後で食べるのです。兄は4人の子を設けましたが、その兄の男の子3人も立派に成人して巣立って行きました。私の方は女の子2人だったので、いまだにごろごろと近くに居ます。

万緑の襞にこぼれし峡百戸       23年4月作  第22回日本伝統俳句協会全国大会出句

高知県はそのほとんどが海と山で、しかも川が多く、少し奥に遡ると峡ばかりです。ここに「ひょうたん桜」の名所があり、まさに山にへばり付いて大樹が花を咲かせます。人々の多くは源平の世から住み着き、営々とその暮らしを守っています。

田蛇ゆく頭一点揺るがさず    23年4月作  23年11月発表「ホトトギス天地有情

我が家の周りは田んぼに囲まれていて、おまけに石垣で囲まれた用水が家の中を流れているので、蛇にとっては楽天地です。水を張ったばかりの田をまっすぐに進む蛇。

尺蠖のいま日を掴みたるところ    23年4月作  日本伝統俳句協会四国大会出句

尺取虫は木のでも草にでも居て、てっぺんに来ると、まるで空を掴むかのように、しばらくくねくねしています。そう、全身に日を浴びて。

飛魚の飛ばねばならぬ海の紺     23年5月作  23年10月発表「ホトトギス雑詠

フェリーに乗っていて見ましたが、魚が空を飛ぶなんて、よっぽど深い事情があるのです。

雨蛙足で目玉を洗ひけり     23年6月作  23年11月発表「ホトトギス天地有情

休みの日に玄関を開けると、アルミのドアに、変色した雨蛙がへばりついて、一所懸命後肢で目玉をさすっていました。変色してもまだ足りないのか、よく見えるようにと頑張っているのでしょう。

継ぐ襷汗もろともに渡しけり      23年7月作  23年12月発表「ホトトギス天地有情

昔、会社のマラソン同好会に入っていました。同好会ですから駅伝なんかも一人の持ち分は2〜3Kmです。それでも、順位を落とす訳にはゆかないと必死でした。

一滴の一滴を押し滴れる      23年7月作  23年12月発表「ホトトギス雑詠

俳句の会で愛媛県の滑床渓谷に行きました。バスを降りて渓谷沿いに滝まで30分くらいあるのですが、句会の皆さんの足の早い事早い事!吟行となると日頃のおっとりとした行動からは想像もつかないほどのパワーがみなぎっています。

潮引いて水母の形残りけり       22年8月作  23年1月発表「ホトトギス天地有情

田一枚剥がす遺構や西日中     22年8月作  23年1月発表「ホトトギス天地有情

三號で終へし詩集や黴にほふ    22年7月作  22年12月発表「ホトトギス雑詠

学生の頃、詩集を発行した事があって、文学に造詣のある叔父に見せたところ、「三号誌と云って、三回発行すれば上々」と言われました。果たしてその通りに。書棚の隅に今でも鎮座しています。

夜店の灯見えて子は引く手のちから   22年7月作  22年12月発表「ホトトギス天地有情

まとまらぬ話に飽いてゐる団扇     22年7月作  22年12月発表「ホトトギス天地有情

アルプスの岩塩振つて初鰹        22年6月作  22年11月発表「ホトトギス雑詠

高知はいつでもカツオの刺身を食べます。タタキと云って、醤油味のたれとにんにく、アサツキを掛けて食べますが、最近では「塩タタキ」と云って、塩を振りかけて、山葵で食べるのも凄く美味しいです。

難しき話を遁れ氷水  21年8月作   22年2月発表「ホトトギス」

会議が延々と何やら難しい方向に・・・・、抜け出してぶらぶら、氷旗につられて。

麦稈帽化石打つたびずれにけり  21年8月作   21年11月発表「勾玉」

別に暑いから被っている訳ではなく、上から石や蛇が降ってくるかもしれないからですが。

目に入る汗にかまはず化石打つ  21年8月作   21年8月発表「勾玉」

特に珍しい化石に出会うと、汗だろうが蛇だろうが蜂だろうが、一切お構いなし。

万緑や五体満足てふ宝    21年6月作   21年12月発表「ホトトギス」

地球も五体満足で次世代につないでゆきたいものです。

廃鉱の錆びしトロッコ花卯木    21年6月作   21年11月発表「ホトトギス」

高知県の中央北部にある廃鉱「白滝鉱山」に行った時、あちこちに咲いていました。廃鉱は公園になっています。

蚊帳吊つて母の寝床を構へけり  20年6月作   21年1月発表「ホトトギス」

昔は、夏になると蚊帳を吊って寝るのが当たり前でした。今のように冷暖房など無く、夏は開け放しで寝るのです。蛍を捕って来て蚊帳の中に放して、「ムカデが来る」と母に叱られた遠い記憶も風化しようとしています。

両の手に掴めば鯰くうと鳴き   20年5月作   

いまでは鯰を見たことが無いという子が普通です。あのユーモラスな顔で、実はとても獰猛な魚で、少々汚れた川でも平気ですが、稲作の減少と大規模な圃場整備により、私たちの周りから姿を消しつつあります。春の田などの産卵場所が奪われ事が原因と思われます。
子供の頃は田に行ってオタマジャクシと変わらないほどのものをよく掬ったものです。色の黒さとヒゲでオタマジャクシと区別するのですが。その親を手で捕まえると、ぬるぬるしているので、思わず強く握り締めます。すると「くう、くう」と鳴くような音を出します。

照らされて観念もせず夜盗虫    20年5月作   20年11月発表「ホトトギス」

春の終わりに、胡瓜や茄子、オクラ、カボチャなどの苗を植えるのですが、結構高価な苗を植え、やっと根付いたかなと思う頃、突然萎れたようになっていることがあります。手にとってみると根がありません。こんな症状が出始めたころ、懐中電灯を持って夜中に菜園の畝を観察すると、いるのです。2〜3pの夜盗虫が。根切り虫とも呼ばれているのでしょうが、昼間は土の中で丸くじっとしています。

目高の子針撒くやうに散らしたり   19年5月作  19年7月発表「勾玉」

国道33号線を高知市から約20kmほど西に行ったところに日高村の運動公園(看板があります)があり、その手前の池に「メダカトラスト」があります。地元の方々の世話により水鳥の集まる楽園となっており、四季それぞれを楽しませてくれます。

身に纏ふものなき自由なめくぢり  25年6月作  25年11月発表 ホトトギス雑詠

滴りのひとつふるへてより落つる   24年4月作 24年4月投句「伝俳四国高知大会」

地蔵会やこの子どこの子仏の子    28年7月作   29年1月「ホトトギス天地有情」

幼いころ、我が町にある名刹、乗台寺の地蔵会(文殊様と言っていましたが)によく行きました。その頃は10円か20円くらいだったか小遣いをもらって、竹筒に流した水羊羹を買うのが楽しみでした。

秋晴れて二十四万石の城     28年10月作   28年12月「勾玉 皋鶴集」

頬の砂無言で払ふ勝相撲                 28年8月作     29年2月「ホトトギス雑詠」

稀勢の里関の初優勝と横綱昇進に沸いた大相撲初場所でした。今後の精進を期待しましょう。

飛入りの姉に倒かされ草相撲        28年8月作     28年8月「伝統俳句四国大会」

草相撲ではありませんが、小学校から中学校のころは、勉強はおろか腕力でも姉に敵いませんでした。双子の兄と一緒にかかっていっても簡単に負かされていました。なにしろ50代にスキーを始めてすぐに1級を取った人ですから。

こころざし折れず曲らず糸瓜の忌        27年9月作    28年1月号「花鳥諷詠」

新豆腐貴船は水の匂ひ立つ         28年8月作   28年9月高知新聞朝刊掲載

卒業して何十年も経ってから親しくなった連中と同窓会や旅行に行きますが、これは秋の京都の貴船に泊まった時の事を思い出しての句です。出されたのは湯豆腐で、川床も取り外されて、むしろ紅葉の風情ですが、俳句をするには空想も必要です。

冬仕度母の匂ひのものばかり           27年10月作   28年3月「ホトトギス天地有情

手花火を終へてきし子の手の匂ひ  27年8月作  28年1月発表「ホトトギス天地有情

古希過ぎてまだまだ嫁や秋茄子     24年8月作  25年2月発表「ホトトギス雑詠

私が入っている句会の一つに、90歳過ぎの方が2名、80歳過ぎの方が2名、 全員で9名の会があります。当然私が一番若くヒヨコです。耳が聞こえづらい方や、足が弱っている方もおられますが、皆さん本当に俳句が好きで、毎回欠かさず出席されます。あやかりたいものです。

家族皆老いて明るしとろろ汁      24年7月作  25年1月発表「ホトトギス天地有情

一様に育たぬ子らよ鰯雲       23年10月作  24年12月発表「花鳥諷詠

この年でまあ平均的と言うか孫も5人となり、やかましいけど、まあ丈夫に育ってくれています。男の子が4人でそれぞれ性格も全く違いますが、どのように育って行ってくれるのやら。

天井に百の眼のある夜寒かな   23年10月作  24年4月発表「ホトトギス雑詠

幼い頃、父母の勤務の関係で、一時母の里に預けられていました。昔からの産院で家が古く、天井が異様に高かったように記憶しています。

仕上りは光に任す松手入       23年9月作  24年3月発表「ホトトギス天地有情

無蓋車の長き連結ゆく花野     23年9月作  24年3月発表「ホトトギス天地有情

大観の描くわらべや稲の花     23年9月作  24年4月発表「ホトトギス天地有情

祖父の大好きだった横山大観、幼いころはよく悪戯をして怒られました。酉年の祖父が大嫌いな蛇をみかん箱で飼っていて見つかった事もありましたっけ。

水ととも売られてゆける新豆腐    23年8月作  24年2月発表「ホトトギス天地有情

子供の頃、家から1kmもない先の豆腐屋さんに、時々おからを買いに行かされました。少し豆の匂いの残るちっとも白くない塊を。店の奥でザアザア水があふれている中に真っ白い豆腐が泳いでいました。

はぎれ屋の間口一間秋の風      22年9月作  23年2月発表「ホトトギス雑詠

大仰に飛んで一間いぼむしり       22年9月作  23年2月発表「ホトトギス雑詠

「いぼむしり」とはカマキリの事。人が近寄ると威嚇し突然飛びますが、たいして飛べません。

風の道知り尽くしたる芒かな      22年9月作  23年2月発表「ホトトギス天地有情

邯鄲や廃鉱既に形無く               22年9月作  23年2月発表「ホトトギス天地有情

邯鄲とは鈴虫に似た虫で、「りゅうりゅう」ときれいな声で鳴きます。高知県の白滝鉱山に鉱物採集に行った時の作です。

木の実独楽倒るるまでの話かな   21年11月作  22年4月発表「ホトトギス

倒れる間までの時間は、実はほんの1〜2分ですが。

新米に耀ふ卵落しけり     21年11月作  22年4月発表「ホトトギス

子供のころ父が庭鶏を飼っていまして、気が向いたら草を切って糠に混ぜやっていました。たまにミミズや虫をやると大喜びで寄ってきます。翌日の朝卵を取りに小屋に行きます。

秋気澄む仰臥に鼻の穴ふたつ   21年9月作   21年10月発表「勾玉」

横倉山にはたまにハンマーを持って出掛けますが、最近では採集がとても困難です。乱獲とでも云うのでしょうか、遠いところから来て根こそぎ。それでも谷の見晴らしの良いところで岩の上に寝転んで深呼吸をすると、化石が採れなくても爽快このうえ無しです。

正装の父は茶髪の七五三  20年10月作   21年4月発表「ホトトギス」

普段は茶髪に染め、耳にピアスをしていたりする若い男が実はもう子の父で、神社に正装で乗り付け、子の手を引いています。もちろん、本人の意思とは限りませんが、それでもその神妙さがなんとも微笑ましくて楽しくなりました。

暮れなづむ嶺は八尾の風の盆    25年9月作  25年11月発表「花鳥諷詠」

銀行に勤めていた頃、金沢の財務事務所出身の方と幾度も風の盆に連れてゆかれました。たぶん運転手として。高知のよさこい踊とは180度違いますが。

露ふれて蟻もろともに落ちにけり     25年9月作 26年1月発表「ホトトギス天地有情」

蜻蛉の生れて乗らねばならぬ風    25年5月作 25年10月発表「ホトトギス天地有情」

峡の二戸稲架でつながれゐる暮らし   26年9月作  27年3月発表「ホトトギス天地有情

冬桜風が研ぎ出す枝の隙      28年11月作   29年1月「勾玉 皋鶴集」

白菜のごろりごろりともう日暮れ            27年11月作      28年05月  「ホトトギス雑詠」

研ぎあぐる刃先の匂冬めける         27年11月作    28年1月発表 勾玉・皋鶴集

獅子舞のうしろの足が覚つかな       27年1月作  27年6月発表「ホトトギス雑詠

あちこちで器量捨て来しうかれ猫      27年1月作  27年7月発表「ホトトギス雑詠

昔は猫をよく飼っていました。シャムから縞猫まで、代代の猫にみゅうと名前をつけて。最後に東京で飼って転勤で高知に帰ってからも数年いた雄の縞猫でしたが、春先には3〜7日くらい帰らないことがよくありました。帰って来る頃には見るも哀れな痩せ姿。

マスクして氏も素性もなかりけり   26年11月作  27年5月発表「ホトトギス雑詠

綿虫の空の広さを余したる      26年10月作  27年5月発表「ホトトギス天地有情

咳の子のひとり鶴折る夕まぐれ     24年10月作  25年4月発表「ホトトギス天地有情

風邪の子の何を訊うても肯けり    23年12月作  24年5月発表「ホトトギス天地有情

まだ願う事調はぬ初詣       23年1月作  23年06月発表「ホトトギス天地有情

肝心が飛んで失せたる嚏かな   23年1月作  23年06月発表「ホトトギス雑詠

だ、大事なところで、あれ?   「嚏」はくしゃみと読み、ここでは「くさめ」と読みます。

見聞きせし事は言ふまじ竈猫   22年12月作   23年05月発表「ホトトギス天地有情

「竈猫」なんてもう死語に近いものですが、かまどの近くや焚いた後の窯口は暖かいので、猫が暖をとります。

小春日へ猫の臥所を出しにけり   22年12月作   23年05月発表「ホトトギス雑詠

猫は神経質なので、その寝床は良く手入れしておかないと、押入れや箪笥の上に引っ越してしまいます。

兄の手を離さぬいもと七五三  22年11月作 23年04月発表「ホトトギス天地有情

床の間に眠りこけたる鏡餅    22年1月作  22年6月発表「ホトトギス

毎年、正月には普段から使っていない表座敷の床の間に鏡餅と三方(さんぼう)を飾ります。

初凪の磯の匂ひや化石掘る    21年1月作   21年7月発表「ホトトギス」

元旦から化石採集に行った訳ではありませんが、室戸岬周辺は「ジオ・パーク」としても有名です。

昭和より転がり出づる炭団かな 21年1月作   21年6月発表「ホトトギス」

母家の前に小屋があり、いろいろとガラクタを仕舞っています。昔、母が茶道をやっていた頃の幾許かの炭を取りだそうと掻きまわしていると、火消壺と共に、50年くらいは経っていそうな炭団(たどん)が勢い良く出てきました。(炭団といっても「マメタン」と云う小さなものですが)

注連を綯う綯うてちからの置きどころ 21年12月作   21年6月発表「ホトトギス」

昔は、正月の注連縄(しめなわ)と云えばよく家で作っていました。今のような豪勢なものではなく、どちらかと言うと、荒縄に近いものでしたが、祖父や近所の古老が、ムシロなどに座って藁を綯(な)っていたものです。飾り付けをしていて、子供の頃それを飽きもせず眺めていた事を思い出します。

猫の耳傾ぶく先の枯葉かな  20年12月作   21年5月発表「ホトトギス」

その昔、猫を3匹飼っていましたが、その中の母親猫が庭で日向ぼっこをしていると、僅かな物音にも耳がぴくぴく動くのを思い出しました。子猫の安全を思っての事か、はたまた狩りの本能のなせる事かは定かでないのですが。

爪先に十一月のありにけり  20年11月作   21年2月発表「花鳥諷詠」

冬を真っ先に感じるのは爪ではないでしょうか。今も通勤は自転車を使っていますが、時々手袋の中で指先を折り畳んでみたり、蒲団の中で足の爪先をこすったり。

牡蠣打と間違はれつつ化石掘る  19年11月作  20年2月発表「勾玉」

何年か前、山口県の津布田というところに三畳紀化石を求めて海岸に出て、ところどころにある岩を叩いていたところ、地元の牡蠣打ちをしている媼に、「もっと西の方がとれるよ」と親切に助言いただきました。もちろん現世の牡蠣ですが。

紙漉くや水の命をかたちとし  25年1月作  25年6月発表「ホトトギス天地有情」

大綿の飛んで現の国を去る     24年11月作 25年4月発表「ホトトギス雑詠」

留め置く昭和の日差し青写真    25年12月作 26年2月発表「勾玉」

この青写真とは日光写真のことです。今の子はこんなもので遊ぶほど単純ではないでしょうが、昭和30年代にはハイテク玩具でした。

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