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ゴム跳びに知らぬ子一人風光る 23年4月作 23年09月発表「ホトトギス天地有情」 今時「ゴム飛び」なんてする子はいませんが、昔は数が足らないと言っては女の子に無理やりやらされました。 陽炎やかごめかごめの輪に消ゆ子 23年3月作 23年08月発表「ホトトギス雑詠」 昔、これをやると必ず夕日が差していつのまにか一人一人といなくなっていった記憶があります。 ぞろぞろと猫の出て来る彼岸墓地 23年3月作 23年08月発表「ホトトギス雑詠」 猫を捨てる(置き去る)人は本当にエゴの塊りです。 すりむいてちちんぷいぷい二月果つ 23年2月作 23年07月発表「ホトトギス天地有情」 昔は少々すりむいても唾を付けて呪文を唱えたものです。今はカットバンという魔法のような武器がありますが。 さくらさくら桜のなかに散るさくら 22年4月作 22年9月発表「ホトトギス天地有情」 桜とは出会ひ別れの中にかな 22年4月作 22年9月発表「ホトトギス天地有情」 屋根這うて星に近づく恋の猫 22年3月作 22年8月発表「ホトトギス天地有情」 田舎の一軒家である我が家では、隣近所にすぐ猫がいる訳ではありません。屋根上で鳴く猫は何を呼んでいるのか。 初蝶の空に譜面のあるごとく 22年3月作 22年8月発表「ホトトギス天地有情」 缶けつてみんな消えたる朧かな 22年3月作 22年8月発表「ホトトギス雑詠」 缶蹴りなど、今の子はしません。しないと云うより危なくて出来ないのでしょう。鬼になって一人取り残されるあの寂しさは、懐かしい思い出でもあります。 ひとの膝さけてそろそろ恋の猫 22年2月作 22年7月発表「ホトトギス」 子供のころから家に猫が居まして、家には猫が飼われているものなりと育ちました。転勤族となってからも、無理やり社宅で猫を飼って周りに多大な迷惑を掛けましたが。 墓ですよ桜の下のそのあたり 21年3月作 21年9月発表「ホトトギス」 我が佐川には「牧野公園」という桜の名所があり毎年多くの花見客で賑わいます。少し上がったところに牧野富太郎博士の墓地があります。 街角はピカソの構図四月馬鹿 21年3月作 21年9月発表「ホトトギス」 なんとなく春の街は苦手です。それだけ年老いたという事です。 たんぽぽや地球は丸く明日も晴れ 20年4月作 20年10月発表「ホトトギス」 どうと云う事のない、春の終わりの自宅近くの休耕畑に、いくつかのたんぽぽが絮をまるく付けて風を待っていました。休日は田舎に帰って身近な自然にいくらでも触れることが出来、それが当たり前の生活ではありますが、我が3人の孫の時代にはどのようになっているのでしょうか。種の絶滅、資源枯渇、温暖化など、直接には政治とあまり関わりのない面でも、この地球の未来が揺らいでいます。でもきっと、これらの問題を解決するための「叡智」というものを人は持っているものと信じます。 豆蜷の親より零れ旅立てる 20年3月作 20年9月発表「ホトトギス」 我が家は家の中を用水路が通っています。幅は約1.5メートルで、このホームページのどこかでも紹介しています。家では「汲み路(くみじ)」と呼んでおり、昔は用水路すべてが石垣で築かれていたのですが、いまでは我が家の敷地だけその石垣が残っています。そんな環境ですので、夏は自宅に蛍が飛びます。この石垣に蛍の餌となる蜷(淡水産の巻貝で、大きいもので約3p)が生活しています。春先になると、この蜷の子が孵化して沢山育ってゆくのです。蜷さんが居てくれてこその蛍です。 卒業や三々五々にちりぬるを 20年2月作 20年8月発表「ホトトギス」 小学校、中学校、高校、大学とそれぞれ卒業してからも音信の通う人と違い、卒業以来一度も会っていない人をふと思い出して、思わず口を衝いて作りました。ちりぢりになったあの頃にはもう戻れませんが、友垣はいつまでも記憶のなかに刻まれています。 みうと鳴く子猫鞄に入れて来し 19年5月作 19年7月発表「勾玉」 作ったのは昨年ですが、実際に子猫をもらって、鞄に入れて帰ったのは松山に勤務をしていた20年以上前のことです。取引先にシャムの子猫が数匹生まれたとのことで、大きな黒鞄に入れて持ち帰りました。鞄の中で「みゅう、みゅう」と鳴くので、「みゅう」と名付けました。このホームページの「みゅうたんと」はそれから取っていますが、写っているのは三代目と四代目です。
潮引いて水母の形残りけり 22年8月作 23年1月発表「ホトトギス天地有情」 田一枚剥がす遺構や西日中 22年8月作 23年1月発表「ホトトギス天地有情」 三號で終へし詩集や黴にほふ 22年7月作 22年12月発表「ホトトギス雑詠」 学生の頃、詩集を発行した事があって、文学に造詣のある叔父に見せたところ、「三号誌と云って、三回発行すれば上々」と言われました。果たしてその通りに。書棚の隅に今でも鎮座しています。 夜店の灯見えて子は引く手のちから 22年7月作 22年12月発表「ホトトギス天地有情」 まとまらぬ話に飽いてゐる団扇 22年7月作 22年12月発表「ホトトギス天地有情」 アルプスの岩塩振つて初鰹 22年6月作 22年11月発表「ホトトギス雑詠」 高知はいつでもカツオの刺身を食べます。タタキと云って、醤油味のたれとにんにく、アサツキを掛けて食べますが、最近では「塩タタキ」と云って、塩を振りかけて、山葵で食べるのも凄く美味しいです。 難しき話を遁れ氷水 21年8月作 22年2月発表「ホトトギス」 会議が延々と何やら難しい方向に・・・・、抜け出してぶらぶら、氷旗につられて。 麦稈帽化石打つたびずれにけり 21年8月作 21年11月発表「勾玉」 別に暑いから被っている訳ではなく、上から石や蛇が降ってくるかもしれないからですが。 目に入る汗にかまはず化石打つ 21年8月作 21年8月発表「勾玉」 特に珍しい化石に出会うと、汗だろうが蛇だろうが蜂だろうが、一切お構いなし。 万緑や五体満足てふ宝 21年6月作 21年12月発表「ホトトギス」 地球も五体満足で次世代につないでゆきたいものです。 廃鉱の錆びしトロッコ花卯木 21年6月作 21年11月発表「ホトトギス」 高知県の中央北部にある廃鉱「白滝鉱山」に行った時、あちこちに咲いていました。廃鉱は公園になっています。 蚊帳吊つて母の寝床を構へけり 20年6月作 21年1月発表「ホトトギス」 昔は、夏になると蚊帳を吊って寝るのが当たり前でした。今のように冷暖房など無く、夏は開け放しで寝るのです。蛍を捕って来て蚊帳の中に放して、「ムカデが来る」と母に叱られた遠い記憶も風化しようとしています。 両の手に掴めば鯰くうと鳴き 20年5月作 いまでは鯰を見たことが無いという子が普通です。あのユーモラスな顔で、実はとても獰猛な魚で、少々汚れた川でも平気ですが、稲作の減少と大規模な圃場整備により、私たちの周りから姿を消しつつあります。春の田などの産卵場所が奪われ事が原因と思われます。 照らされて観念もせず夜盗虫 20年5月作 20年11月発表「ホトトギス」 春の終わりに、胡瓜や茄子、オクラ、カボチャなどの苗を植えるのですが、結構高価な苗を植え、やっと根付いたかなと思う頃、突然萎れたようになっていることがあります。手にとってみると根がありません。こんな症状が出始めたころ、懐中電灯を持って夜中に菜園の畝を観察すると、いるのです。2〜3pの夜盗虫が。根切り虫とも呼ばれているのでしょうが、昼間は土の中で丸くじっとしています。 目高の子針撒くやうに散らしたり 19年5月作 19年7月発表「勾玉」 国道33号線を高知市から約20kmほど西に行ったところに日高村の運動公園(看板があります)があり、その手前の池に「メダカトラスト」があります。地元の方々の世話により水鳥の集まる楽園となっており、四季それぞれを楽しませてくれます。
はぎれ屋の間口一間秋の風 22年9月作 23年2月発表「ホトトギス雑詠」 大仰に飛んで一間いぼむしり 22年9月作 23年2月発表「ホトトギス雑詠」 「いぼむしり」とはカマキリの事。人が近寄ると威嚇し突然飛びますが、たいして飛べません。 風の道知り尽くしたる芒かな 22年9月作 23年2月発表「ホトトギス天地有情」 邯鄲や廃鉱既に形無く 22年9月作 23年2月発表「ホトトギス天地有情」 邯鄲とは鈴虫に似た虫で、「りゅうりゅう」ときれいな声で鳴きます。高知県の白滝鉱山に鉱物採集に行った時の作です。 木の実独楽倒るるまでの話かな 21年11月作 22年4月発表「ホトトギス」 倒れる間までの時間は、実はほんの1〜2分ですが。 新米に耀ふ卵落しけり 21年11月作 22年4月発表「ホトトギス」 子供のころ父が庭鶏を飼っていまして、気が向いたら草を切って糠に混ぜやっていました。たまにミミズや虫をやると大喜びで寄ってきます。翌日の朝卵を取りに小屋に行きます。 秋気澄む仰臥に鼻の穴ふたつ 21年9月作 21年10月発表「勾玉」 横倉山にはたまにハンマーを持って出掛けますが、最近では採集がとても困難です。乱獲とでも云うのでしょうか、遠いところから来て根こそぎ。それでも谷の見晴らしの良いところで岩の上に寝転んで深呼吸をすると、化石が採れなくても爽快このうえ無しです。 正装の父は茶髪の七五三 20年10月作 21年4月発表「ホトトギス」 普段は茶髪に染め、耳にピアスをしていたりする若い男が実はもう子の父で、神社に正装で乗り付け、子の手を引いています。もちろん、本人の意思とは限りませんが、それでもその神妙さがなんとも微笑ましくて楽しくなりました。
まだ願う事調はぬ初詣 23年1月作 23年06月発表「ホトトギス天地有情」 肝心が飛んで失せたる嚏かな 23年1月作 23年06月発表「ホトトギス雑詠」 だ、大事なところで、あれ? 「嚏」はくしゃみと読み、ここでは「くさめ」と読みます。 見聞きせし事は言ふまじ竈猫 22年12月作 23年05月発表「ホトトギス天地有情」 「竈猫」なんてもう死語に近いものですが、かまどの近くや焚いた後の窯口は暖かいので、猫が暖をとります。 小春日へ猫の臥所を出しにけり 22年12月作 23年05月発表「ホトトギス雑詠」 猫は神経質なので、その寝床は良く手入れしておかないと、押入れや箪笥の上に引っ越してしまいます。 兄の手を離さぬいもと七五三 22年11月作 23年04月発表「ホトトギス天地有情」 床の間に眠りこけたる鏡餅 22年1月作 22年6月発表「ホトトギス」 毎年、正月には普段から使っていない表座敷の床の間に鏡餅と三方(さんぼう)を飾ります。 初凪の磯の匂ひや化石掘る 21年1月作 21年7月発表「ホトトギス」 元旦から化石採集に行った訳ではありませんが、室戸岬周辺は「ジオ・パーク」としても有名です。 昭和より転がり出づる炭団かな 21年1月作 21年6月発表「ホトトギス」 母家の前に小屋があり、いろいろとガラクタを仕舞っています。昔、母が茶道をやっていた頃の幾許かの炭を取りだそうと掻きまわしていると、火消壺と共に、50年くらいは経っていそうな炭団(たどん)が勢い良く出てきました。(炭団といっても「マメタン」と云う小さなものですが) 注連を綯う綯うてちからの置きどころ 21年12月作 21年6月発表「ホトトギス」 昔は、正月の注連縄(しめなわ)と云えばよく家で作っていました。今のような豪勢なものではなく、どちらかと言うと、荒縄に近いものでしたが、祖父や近所の古老が、ムシロなどに座って藁を綯(な)っていたものです。飾り付けをしていて、子供の頃それを飽きもせず眺めていた事を思い出します。 猫の耳傾ぶく先の枯葉かな 20年12月作 21年5月発表「ホトトギス」 その昔、猫を3匹飼っていましたが、その中の母親猫が庭で日向ぼっこをしていると、僅かな物音にも耳がぴくぴく動くのを思い出しました。子猫の安全を思っての事か、はたまた狩りの本能のなせる事かは定かでないのですが。 爪先に十一月のありにけり 20年11月作 21年2月発表「花鳥諷詠」 冬を真っ先に感じるのは爪ではないでしょうか。今も通勤は自転車を使っていますが、時々手袋の中で指先を折り畳んでみたり、蒲団の中で足の爪先をこすったり。 牡蠣打と間違はれつつ化石掘る 19年11月作 20年2月発表「勾玉」 |