晴れて免許を取得した日、僕は初めて乗る愛車で早速エドワードさんを職場まで迎えに行った。
それまで散々しつこくアプローチを繰り返した所為ですっかり警戒されていたけれど、エドワードさんだって小柄ながら立派に一人前の大人の男だ。その気になればいくらでも僕から逃げることなど可能なのだから、エドワードさんが本気で抗わない限りは遠慮なく強引な姿勢を貫く事にしていた。勿論強引に押すばかりではなく、時には心優しい彼の情に訴える事も決して忘れなかったけれど。
とにかくその日、お世話になったお礼に食事をご馳走するという名目で彼を愛車のナビシートへと誘い、そのまま自分の部屋へと連れ帰る事に成功した僕は、すっかり有頂天だった。
これまでの彼との会話で得たデータから彼の食べ物の嗜好はある程度分かっていたから、趣味といえる程度には『出来る』料理の腕を存分に発揮し、僕はエドワードさんの笑顔見たさに甲斐甲斐しく尽くした。エドワードさんは何度も『美味しい』『旨い』と繰り返しては、幸せそうな笑顔を浮かべながら僕の料理を残さず食べてくれた。
―――――だからつい、魔がさした。
今日この部屋に彼を呼んだのは、ただ僕の作った料理を彼に食べてもらって、ふたりで会話を楽しみ、それから今までよりもほんの僅かだけでも互いの距離を縮められたら・・・・・と、本当にそれだけだったのだ。明日も定時で仕事があるエドワードさんの都合を考え、そう遅くならない内に彼のマンションまで送ってあげるつもりでいたのだ。
けれど、彼と過ごす時間の甘美な味わいを知ってしまったが最後、僕の中で猛烈な欲求が瞬く間に膨れ上がり、理性や常識を吹き飛ばしてしまった。
彼を帰したくない。このままずっとここに居て欲しい。今日も、明日も、明後日も、その次の日もずっとずっと・・・・・・・・彼がこの部屋に居てくれたら・・・・・・と。
気付けば僕は、彼を送って行くつもりで一度は手にした車のキーを握りしめたまま玄関先で膝をついて懇願していた。
『エドワードさんお願いだから、今日だけウチに泊ってください。僕をこの世に生みだしてくれた両親に誓います。貴方に不埒な行為は絶対にしない・・・と・・・・・!』
さぁ帰ろうという段になってからいきなりの僕の行動に、パーカーに片袖を通していた彼は目を見開いたまま動きを止め驚きの表情を隠さなかった。けれど、彼は僕を拒絶したりせずに、律義にも次の言葉をじっと待ってくれた。
仕事で偶々出会ってしまった男にあろうことか同性でありながら言い寄られ、付け回され、隙あらば口説かれ・・・・・。それに時たまキレる事もありはしたけれど、彼は大抵いつだってこんなふうに僕の言葉をきちんと聞きとって何かしらのリアクションを返してくれるのだ。
暫し逡巡した後『仕方ねぇな、じゃあ今日だけ世話になるか』という言葉を聞いた僕は、文字通り躍り上がって喜んだ。
改めて小脇に抱えていた荷物を床に置く彼に背を向け、こっそり拳を握り決意を新たにした。
――――――僕を信じて危険な男の部屋に泊ってくれたエドワードさんの気持ちを裏切ることは絶対にしない。けれど出来る限り快適な場を演出し、明日もまた泊ってやってもいい・・・・・明後日もまた・・・・・と彼に思わせ、帰宅を延ばし延ばしにして、あわよくば同棲に持ち込んでしまおう!
かくして、幸せと煩悶の狭間を目まぐるしく、しかも光速で行きつ戻りつする生活が幕を上げたのだった。
目論見通り、もう一日、あともう一日・・・・と、彼を宥めすかして連泊から同棲へと雪崩れ込む計画は着実に進み、彼が僕の部屋から職場に通うようになってから一週間が過ぎた。
エドワードさんは出会って間もない内から、『アルフォンスって長くて言いにくいからな』と僕を愛称で呼んでくれていたけれど、僕は教えを請う立場であり年下という事もあり敬意を持って彼をさん付けで呼んでいた。そんな彼の呼称を『エドワードさん』から『エド』に変えていいと御許しが出たのは、5回目の夕食の時だった。
いつも大抵仏頂面しか見せない彼だけど、職場まで迎えに行く僕を驚かせようとトイレの小窓から出てきてみせたり、可愛らしいお爺さんのコスプレで目を楽しませてくれたりと、なかなかサービス精神旺盛な一面もあり、そんな新しい彼の魅力を発見するたびに惚れ直してしまうから、僕の彼に対する恋心は日々雪だるま式に大きくなる一方だ。
さて、そんな有頂天どころか半分天国に行ってしまってる状態の僕だったが、その一週間目に、ある困った事態に直面した。
ぶっちゃけ言うとつまり、男の生理というヤツだ。
今まで『彼女』の存在を切らしたことがなかったから、そっち方面で欲を持て余すという経験をしたことがない僕は、初めて『好きな人を目前にしながら手を出せない』という苦しみを味わった。これは、辛い。
そもそもこの生活は、彼に決して手は出さないという約束の上に成り立っているのだ。その約束を破るわけには断じて行かない。せめて彼がもっともっと僕に心を開いて、僕と同じ想いで僕を好きになってくれるまでは、なんとしても耐えなければならなかった。
しかしひとつ屋根の下どころか、そう広くはない独身住まいのマンションだ。帰宅して食事をするまでは、まだ良い。その後入浴を終えた瑞々しい肌と濡れた髪を惜し気もなく晒して僕の目の前を歩き回る美味しそうな彼を見て、何度襲いかかりそうになったか知れない。さらに同じ部屋の隣のベッドですっかり僕を信用しきって安らかに寝息を立てている彼に、ふしだらな手を伸ばすことは許されないと思いつつ、目を閉じれば脳裏を過ぎるのは彼の悩ましい艶姿ばかりだ。それでも気合で眠った振りをしている内になんとか眠りにつくことが出来るものの、夢の中ではまた直視できないほど素敵過ぎる恋人をこの腕に抱き、とても口では言えないような恥ずかしいとんでもない行為を飽きることなく繰り返している。
それならば彼に帰宅することを許してやればいいのだが、そんな選択肢は僕の中に一切存在しなかった。
もう、一時でも彼と離れていることが辛くて堪らなくなってしまう程、僕は彼の虜になっていたからだ。昼間それぞれの職場で働く間に会えないことすら、僕にとっては辛いことだったのだ。
彼は多分、僕にそれほど特別な感情を抱いてはいないと感じていたから、今はまだその時期ではない。
彼が毎日この部屋に帰って来てくれるのは、僕の為に。ただ、それだけなのだ。
彼がハイエースのドアを自分で開けて乗り込む。
自分の足でこの部屋まで歩き、仏頂面で『ただいま』と言って靴を脱ぐ。
二人用のミニテーブルの定位置に座り、僕が買った揃いの茶碗で食事をし、『美味しい』と微笑む。
テレビの何てことない場面で一緒に笑い声を上げる。
ベッドに入ってから少しだけささやき声で交わすちょっとしたやり取り。
朝、隣のベッドで伸びをしながら舌足らずなかすれ声で『はよ』と短く挨拶をする。
その瞬間瞬間、僕は自分がどんなに幸せそうな表情を作っているのかを知っていた。だからきっと、彼は自分がここにいることでどれだけ僕が幸せなのかをよく理解している。
エドがここに居てくれるのは、自分の為にではない。たた、僕の為に・・・・・・それだけなのだ。
『彼』は、そういう人なのだった。
だからこそ、そんな彼との約束を違えるわけにはいかなかった。
しかし、浅く不十分な睡眠しか取れない生活を続けるうち、着実に疲労は蓄積していった。結果、僕はとうとう職場で倒れてしまった。
運び込まれた病院の処置室で目を覚ました僕は、職場経由で緊急連絡先を調べた病院の担当者から彼に連絡がいくだろうと思い、ここに来てきっと僕を問い詰めるだろう彼に対する言い訳を考えた。だが、適当なものを思いつかない内に彼がやって来てしまった。腕時計で確認した時間からみて、職場で知らせを受けてそのまま大急ぎで来たのだろう。彼には申し訳ないと思いながら、それに嬉しい気持ちを抱いてしまうのはもうどうしようもないことだった。
やがて処置室にやってきた彼の呼びかけに応えれば、彼は一応気を使ってカーテンの向こうで待っていてくれていた。寛げていた衣服を手早く直して立ち上がると、床が揺れているような気がする。自分で思っている以上に状態は良くないようだが、これ以上心配をかけて彼の手を煩わせることは避けたかったから殊更明るい表情を作り、カーテンを引いた。
「アル・・・・・・・ッ!おま・・・・・ホントに大丈夫か?荷物貸せ、俺が持つ。ホラ、俺に掴まって歩け。」
僕を見るなり血相を変えた彼が、半ば無理やり僕の手から荷物を取り上げ腕の下に肩を差し入れて身体を支えるようにする。慌てた僕が『いいから』と声を上げた途端、怒号が飛んだ。
「バッカ野郎!病人は黙ってろ!お前なー、普段はさんざん俺に手を洗えウガイしろ好き嫌いするなハラ出して寝るなと口煩く言っといて、自分はコレかよ?今日からは暫く俺がお前の面倒見てやるから、お前は大人しく俺のいうコトだけ聞いてりゃいいんだ。分かったな?」
それをまるで夢見るような気持ちで聞きながら、まだ力が上手く入らない体を支えられつつ病院を後にした。
呼んだタクシーに乗ったところで、職場に置きっぱなしになっているハイエースの中に仕事の重要書類を置いてきてしまったのを思い出し、一度僕の勤める財団法人の入ったビルに立ち寄り、足取りの覚束ない僕に代わってエドが運転席に乗り込んだ。
乗り込む際、彼が一瞬躊躇するようなそぶりを見せたが、僕は直後にその理由を知ることになるのだった。
そういえば、彼に運転を指導して貰った事はあっても、彼が運転する姿を見るのは初めてだった。
いつもと逆の方向から見る横顔に胸をときめかせつつ、教習所の人気指導員のドライビングテクニックはどんなものなのだろうかと僕は興味津津だった。
―――――――ところが、彼の運転は僕が想像していた範囲を果てしなく凌駕するものだった。
キーを回し、エンジンを始動させるや、彼の目がギラリと光った。
「クククク・・・・・・この俺様の運転する車に乗れるとは、お前は幸せなオトコだぜアルフォンス。天国見せてやる・・・・イっちまわないようにチンコの根元をしっかり握っとけ?」
耳を疑うセリフに見開いた目に映る彼の横顔。
艶めかしく舌なめずりをし、いつものハスキーヴォイスに堪らない色気を滲ませた囁きで言って寄こす表情は、いつもの彼とはまるで別人だった。
「エド・・・・まさか、ハンドル握ると性格が変わる人・・・・ッ!?」
「その怯えた表情も可愛いぜハニー」
男の色気満載の彼に、うっかりこの人になら抱かれてもいいと一瞬思ってしまったことは秘密だ。走り出すなりのっけからアクセル全開の走りっぷりに、リアルで天国にいけそうだと感じた。身体にかかる重力負荷は6Gを軽く超えているかもしれない。下手な絶叫マシンどころのレベルではない。
嗚呼神様仏様。僕は無事に部屋まで辿りつけるのでしょうか。神仏に問いかけてみたけれど、それは多分彼のみが知っている。
・・・・・やってしまった。
俺は自己嫌悪に打ちひしがれるまま、テーブルに突っ伏していた。
実は俺には、ハンドルを持つとスピード狂の気が現れ、ついでに助手席に座っている相手を口説いてしまうという困った癖があった。車を降りればこうして我に返るのだが、その間しでかしてしまった事はどうにもならない。
更に悪い事に、俺の口説きはどんな相手にも百発百中の命中率だったから、後の事態の収拾に要する苦労は尋常じゃなかった。すっかりその気になってしまったオンナを宥めすかし、ひたすら謝り倒し、時には間男扱いをされて散々な目にあったこともあった。だから俺はたとえ自分一人の時でも極力運転席に座らないように、いつも心がけていたのだ。
ところが今回は、状況が状況だ。見るからにフラフラの状態のアルフォンスに運転させる訳にもいかないし、また例の発作(?)が出たとしても助手席に居るアルフォンスは男だ。ノーマルの俺が男を口説くとは考えにくかったから、一瞬躊躇ったものの数年ぶりに運転席へ座ったのだ。
けれど、アルフォンスのマンションの駐車場へギャリギャリとタイヤを鳴らしてハイエースを駐車しエンジンを切った途端、俺は浅はかな自分を悔いた。
恐る恐る助手席に目をやれば、顔面蒼白なのに目だけを熱っぽく潤ませて陶然としているという訳のわからない表情を浮かべたアルフォンスが居た。そして、嬉しいんだか悲しいんだか全く理解できない顔で言ったのだ。
「エド・・・・・知らなかったよ。あなたが男でもOKで、しかも『タチ』だったなんて・・・・!」
・・・・・・俺は一体、アルフォンスに何を言っちまったんだ・・・・!?
俺とアルフォンスの間におかしな空気が漂っていたが、部屋に戻り軽く食事とると、シャワーを終えたアルフォンスをベッドに放り込み、ヤツの安眠を妨害しないよう音を立てずにコーヒーを淹れた後、ダイニングのテーブルでひとり反省会とあいなった。
―――最初の方は、まだ記憶がハッキリしている。思いだしたくもないが思いださねばならない。俺は自らの記憶に蓋をして消去しようとする無意識と必死に闘い、先程の自分の行いを反芻した。
「うう・・・・・最初は・・・・『この俺様の運転する車に乗れるとは、お前は幸せなオトコだぜアルフォンス。天国見せてやる。イっちまわないようにチンコの根元をしっかり握っとけ』だっけか・・・バカか俺は!ええと・・・次は・・・『その怯えた表情も可愛いぜハニー』・・・・だったか・・・・あんな図体のデカイ野郎に向かって言うか?どこのゲイだ俺は!?畜生!」
思いだす度に自分ツッコミを入れずにはやっていられない。しかし恥ずかしい記憶の発掘作業はまだまだ続く。頭を抱えて暫くうんうん言っている内に、次第に会話の全体像が蘇ってきた。
「・・・・そうだ・・・俺、どうしてアルフォンスに眠れないのか聞いたんだ。」
―――『眠れないってセンセイが言ってたぜ?お前、俺を無理矢理自分の部屋に縛りつけておきながら、実は俺に乗っかられてアンアン言わされるのが怖くて眠れなかったんじゃねぇ?』
―――『エドッ前見て前!うわぁぁぁぁぁ!減速無しで交差点曲がらな・・・・・ッ』
―――『可愛いお口を閉じてなベイベ。舌噛むぜ!』
―――『・・・・僕はあなたに乗っかられる事を怖がってたんじゃなくてね・・・・うああああ!信号黄色ーーー!』
―――『しゃらくせぇ。黄色はアクセルを踏み込めっちゅう意味だーッ!』
―――『アナタ教習所の指導員でしょう〜〜〜ッ!?・・・だ、だから僕はアナタとの約束を破ってしまいそうで、それが怖くて・・・・そこッ!一方通行だから!!!』
―――『イッツー!?知ったこッちゃねぇ。こーゆーのはな、突っ込んだモン勝ちなんだよ!お前さては見かけほどモテねぇな?これ以上惚れた相手を前にしてウダウダしてるようなら、今夜俺がお前を美味しく頂いてやるぜハニー』
・・・・・・や っ ち ま っ た
この所為で、一体何度苦汁を味わってきたか知れないというのに俺と言う奴は!!
アルフォンスが俺に惚れているのは、嫌というほど知っていた。いままで同性にその種の感情を持てた事が無かった俺は、アルフォンスの気持ちが本物だと分かった時点でヤツを突き放すべきだったのかもしれない。けれど、アルフォンスへの同情と、信頼と、少しばかり芽生えてしまった愛着を言い訳に、俺は『無理矢理そうされている』というポーズをとりながら、実は自分の意志で奴の隣に居続けていたのだった。
それはあまりにも身勝手で、アルフォンスの信頼を裏切ることだと自覚しながら、俺はどうしても奴の傍を離れる決心をつけられずにいた。
何故なら、奴の傍に居る事は、とても気持ちが良いからだ。
こんな全てに恵まれたような人間に無条件で好かれ、求められ、大事にされる。そんな僥倖は、誰もが持ち得るものではない。俺はその気持ち良さを味わう為に、自分の心と向き合うのを後回しにしてしまった。
そんな卑怯な俺が、よりによってそのアルフォンスを『美味しく頂いてやるぜハニー』だと!?しかも今夜だと!?
そこで時計を見てギョッとした。時間はもう23時を回っている。まさか今頃アルフォンスがベッドで俺が来るのをドキドキ待っていやしないだろうかと考え、イヤイヤと首を振って打ち消す。
ハンドルを持った途端性格が豹変する人間は、俺ほどでなくとも他にもわりと普通にいる。だからきっとアルフォンスだってあの俺が正常な状態でない事くらい分かっている筈で、だとすればそんな状態で口にしたセリフなんぞ酔っ払いの戯言程度に受け取っている筈だ。
「そうだ・・・そうだよな・・・ハハッ、何を本気でアホな事を考えてんだ俺・・・・・ピギャーーッ!!!」
ひとり百面相を展開していると、突然音もなく背後にデカイ人影が現れ肩に手を乗せてきた。俺はまるでコントの様に大袈裟に飛びあがり、危うく椅子ごと転がりそうになったところをアルフォンスに助けられた。
「ゴメン、びっくりさせて。やっぱり・・・眠れなくて・・・・少し、話をしても?」
控え目にそう言いながらも、その目は俺を逃がすまいとじっと此方を見据えていて、それだから俺は分かってしまった。アルフォンスはベッドで少しも眠らず、この宙ぶらりんな関係に決着をつける為にそれをどう俺に切り出そうかと考えていたのだ・・・と。
「あ、コーヒー・・・・っと。コーヒーは良くねぇな・・・茶でも飲むか?」
立ち上がろうとした俺を軽く上げた手だけで制し、アルフォンスはテーブルで向かい合わせに座ると、前置きなど一切せずにいきなり本題から話し出した。
「さっきの車の中での会話、ちゃんと覚えてる?」
「う・・・・う・・・お・・・・おぼ・・・・・覚えて・・・る・・・」
恥ずかしさに目がくらみそうだったが、俺は何とか耐えた。アルフォンスは自棄に静かな様子で頷くと、穏やかだが有無を言わせぬ口調で続けた。その目は、じっと俺を見据えたままだ。
「さっき、僕の言葉は途中で途切れてしまったから、もう一度言う。エド・・・・・僕は、アナタに手は出さないという約束でこの部屋で過ごして貰った。でも、今は・・・・・ううん。もうずっと長いこと、それが辛かった。あなたを自分のモノにしたくておかしくなりそうだった。気を抜くと隣で眠っているあなたを襲ってしまいそうで気が気じゃなかったし、眠れば眠ったで夢の中でアナタを滅茶苦茶に抱きつぶしてた。何度想像の中でアナタを抱いたか、もう・・・とても数えきれない・・・・ごめんなさい・・・」
こんな強烈な告白があるだろうか。嬉しいんだか恥ずかしいんだか怒りたいんだか自分でも理解しかねる感情が一気に膨れ上がって頭に血が上り、勢い余ってカッとなった俺は、どこかが酷く痛むような表情で苦しげに眉をひそめる男に、思わず立ち上がりテーブルを叩いて叫んだ。
「それはお前アレか!?この俺をオナネタにしてたって事か!?」
・・・・おい違うだろ俺。
テンパるあまり、突っ込む方向を完全に間違えた俺に、これまたアルフォンスが真面目腐った顔で答えた。
「そうとも言う」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!信じらんねぇ!俺なんぞオカズにして何が楽しいんだお前ッ!?」
面と向かって、しかも同性から『お前をオカズにしてマスかいてました』的な事を言われて平静でいられる人間はいないと思う。だから俺のこの反応は、人としてまっとうなもののはずだ。しかし、アルフォンスがそれに酷く傷ついた顔をするものだから、こちらの罪悪感がジクジクと刺激されるのだ。実に割の合わない話だ。
勢いよく立ちあがった拍子に倒れてしまっていた椅子を直しながら、コホンとワザとらしい咳払いをしつつアルフォンスの様子を伺えば、まるで医者から余命告知を受ける患者のような表情をしている。
――――――ヤバイ。絆されるな、俺!
アルフォンスはいつでも喜びや悲しみを隠さない。ありのままの感情を全て包み隠さず、ストレートに表現する。だから、いけない。
その感情を全て受け止めて、共有したくなってしまうのだ。
自分の感情を置き去りにしたまま、口が勝手に言葉を紡ぐのを止められなかった。
「アル・・・・・・あのな・・・・・・・お前、俺を抱きたいのか?」
俺は一体、何を言っているのだろうか。これにアルフォンスが『そうだ』と答えたら、俺はどうするつもりなんだ?思わせぶりなセリフを振っておきながらその手を拒んで、そしてこの純粋な男を傷つけるのか?
アルフォンスはテーブルの上で組んでいた手に力を入れ、またしても痛みに耐えるような表情を見せた。そして。
「・・・・抱きたい・・・・!」
絞り出すように発せられた言葉に思わずギクリとする程の色香を感じて、全身が泡立った。
「お・・・マエ、なんって声、出すんだ馬鹿・・・ッ!」
怪しい方向に行きかけた雰囲気を誤魔化そうと、わざと茶化すように言ってコーヒーを淹れなおす振りで席を立った俺のテーブルについた手首を、アルフォンスのデカイ手が掴んだ。
目を合わせてはいけなかった。けれど視線を向けてしまった先には、全身で俺を欲しがっている男の熱い瞳があって・・・・・・だから、俺はあっけなく落ちてしまったのだ。
「逃げないで・・・・・・ううん。もう、逃がさない。」
これまで耳にした事がない、そのアルフォンスの低く掠れた甘い声が、熱に浮かされたようにぼんやりした俺を雁字搦めにした。
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