ふたりだけの真理P〜暴露大会再び
「・・・・・・・だから、朝っぱらから妙に甘やかな場をいそいそと形成するのはやめてくれ」
「って、兄さん。僕はただ、兄さんのジャケットの襟が内側に入り込んでいたのを直しただけなんだけど」
「だったら説明してもらおうか。たかが襟を直すのに、腰に手を回す必要性が一体どこにあるんだ?」
「そんなにビクビクしないでよ。可愛いんだからもう兄さんってば」
「うをっ!!とっ、トリハダもんの発言しやがった!いい加減にしえねぇとブッとばすぞてめえ・・・!!」
「照れちゃって〜もう、本当に可愛い人・・・・・・・あぶなっ!いきなり踵落としなんて無茶やめてよ。その機械鎧、錬金術で仮に装着してるだけなんだからね?ああ、それにしても色気ないなぁ。あの夜のあなたは・・・・・あんなに、素敵だったのに・・・・・」
「あの夜って一体どの夜だ?しかもその声で俺に話しかけるんじゃねぇ!このっエロボイスマスターが!!」
「不思議だよね。そんな呼び名もあなたにいわれると・・・この上もなく栄誉ある称号に思えてくるよ・・・・」
「・・・・・・・・・お前・・・・いい加減、このあたりで止まっとけ?」
また例によって、出勤早々職場のエントランスホールでのことだ。
兄弟で、しかも男同士でする会話では決してないという事は、この俺だって重々承知している。しかしここ数日、弟のアルフォンスは頭半分が天国にいったまま四六時中がこの調子で、いくら軌道修正を図ろうとも一向に戻ってくる気配が無く、正直俺も持て余し気味だ。
かくいう俺だって、自分と弟の気持ちが同じものであるのを確認した直後は、時間が経過した今となっては恥ずかしすぎて滝汗もののセリフを垂れ流していたけれど、あれは特別であって多分もう二度とあんな背中がむず痒くなるような事は言えないだろう。
それなのに、こいつときたらほれこの通り、俺のジャケットの裾をガッチリと掴んで離しゃしないのだ。
俺、そろそろ自分の研究室に行っとかないと時間的にヤバイんだけどなあ、あるほんす君よ。
「兄さん兄さん。僕達の研究室ってあまりにも離れすぎてると思わない?2階と4階で、おまけにこのだだっ広いフロアの端と端だよ。ねぇ僕兄さんのいる鉱物部門に異動させてもらおうかなぁ。どう思う?」
「お前は初めてナーサリースクールに連れて行かれた3歳児か?」
「うん。ほぼそんな感じ」
イヤミも通じないときてる。こいつは相当重症だ。
「このゆるみきった男は一体誰?」と、途方にくれる俺の背後から女としてはかなり低めな声がした。
「マ・・・・マイラー・・・・・・」
いつのまに近づいたのか、その声に振り向いてみるとかつての交際相手であったマイラー=フォーグルがその長身から俺を見下ろしていた。
そうだった、今頃になって俺は結局別れることになってしまったコイツに酷い仕打ちをした事を思い出し、今の弟とのやり取りを見せてしまった事に罪悪感を覚えた。
「エドワード。そんな顔しなくていいから。大体、この際だから暴露しちゃうけど、君のその気持ちに気づいてなかったのは本人の君一人くらいなもので、実はね・・・・・・・・」
「怒らないでよね」といいながらマイラーが俺の顔のまえにばらりと広げた手のひらサイズのカード様のもの。
「・・・・・・・・・・これが、何?」
理解不能な俺の後ろで、あ、とアルフォンスが声を上げた。
「トトカルチョ?」
「ご名答。当事者の参加は禁じられてるんだけど、そこは主催者の厚意で、ね。でもってこれが実はなかなかの配当でねえ。まあ、それはそれでおいしい思いもしてるって訳さ」
わざとらしく腰に手をあてて豪快に笑い声をあげたマイラーだったが、そこで俺と目線を合わせるとふと、穏やかな表情をみせた。
「だから、エドワードが負い目に感じる必要はどこにもないのよ。分かったわね?」
自分で意識してなかったとはいえ、他に意中の相手がいる身で恋人としての関係を続けていた俺に対し、怒るどころかこんな風に接してくれるマイラーの気持ちを思うと、俺はなんともやり切れない気分になった。
情けなくも、涙が出そうになった俺は照れ隠しに言ってやる。お前、ホントいい女だよなぁ と。
にやりと不敵な笑みを弟に向けつつ俺の頬にキスを落として、颯爽と遠ざかっていく格好良い背中からこちらに言ってよこす声がした。
「もうけさせてもらったお礼に貫通祝いあげるから、報告ぐらいはちゃんとしてよね。アルフォンス?」
「了解」
「???“貫通祝い”ってなんだ?」
「兄さんの”バックバージン喪失祝い“の事みたいだねぇ。ふふふ」
「んな・・・・・・っ!?おっ、お前らっ!よりによってなんてコト言いやがる!」
俺は思わず廊下の向こうに遠ざかってく背中に叫んだ。
「マイラ !!このやろうっ!イイオンナ宣言は取り消しだ !!」
廊下の角を曲がる間際、こちらを見ないまま片手をひらひらさせるマイラーの様子が見えた。
「さすが彼女は役者が上だね。実は僕、かなり彼女が好きになったよ」
「当たり前だろ。半年とはいえ、この俺が付き合った相手だぞ・・・・・・・・んん?まてよ?」
平和的にマイラーが去ったあとを見送っていた俺だったが、ここで大きな事実を見落としていたことに気がついてしまった。そう、“トトカルチョ“。
「トトカルチョで・・・・・何を賭けたってか・・・?」
「分かってると思うけど、端折って言えば僕と兄さんがくっつくか、マイラーと兄さんで現状維持か、の2択」
つまり・・・・・?
「兄さんもそれどころじゃなかったし、もしかして気がついてなかったかも知れないけど。あのね兄さん。」
「そもそもの発端になった、ここで僕が兄さんにしたアノ行動とそのあとの告白劇だけどね、その場にどれだけの人がいたか覚えてるでしょう?それをまさか、誰も僕達のことを見てなかったとでも思っていた?」
思っていたもなにも・・・・・そんな事今の今まで考えてもいなかった俺は恐ろしい現状を認識して、てっぺんから爪先まで真っ青になった。
「実は僕もつい最近自分の研究室の部下から聞いたばかりなんだけど、研究所の所長が発起人でこのトトカルチョが広まったらしくて・・・・・・」
それで・・・?と目線で先を促した。なぜならあまりにも不吉な予感に押しつぶされそうになっていた俺は、声を出すこともままならない状態になっていたからだ。
「最終的にはこの研究所の殆どの人がこれに参加していたみたい。つまり・・・・・」
「僕と兄さんの関係は逐一マイラーを通して情報が流出していた訳で・・・というか、今ここで僕と兄さんがこうしている間にも周りの人達は、常に聞き耳を立てていたりするんだよね」
・・・・・そういわれてみれば、そんな気がすごくしてきた。
後ろ頭の辺りにちりちりと音がしそうな視線を複数感じながら、これは実はマイラーなりの俺に対する報復なのではと疑心暗鬼になってきた俺の耳に、ひそひそと囁きあう悶絶ものの会話が聞こえてくる。
「え、嘘!あのエルリック主任がまだ手をだしてなかったの?これは意外だわ〜」
「やっぱりさ〜あ、本命相手だとさすがのあのひとも躊躇するんじゃないのォ?」
「でもさでもさ、その割には最近のエドワード姫、・・・・・・・ますます色気増してない?」
「だよねぇ〜私も実は思ってた!腰つきとか何気にエロいよね」
「確かに。未貫通ながら実際イイとこまでいってるんじゃないデスか?」
「おいおい、あんたら女の癖になんつー下劣な会話してんだよ」
「は?あんたこそ自分だけ棚上げ?じゃあ聞くけど、あんた一度でもあのエドワードさんで抜いた事がないとでも?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
その現実として受け入れ難い研究員達の会話は、次第に周囲を巻き込みながら延々と続く模様だ。
俺はアルフォンスがこの事態を打開するべく何がしかの策を講じてはくれないかと、一縷の望みをかけて隣の横顔に縋るような視線を向けたのだが。
「そうだよねー。うんうん。やっぱり兄さんって前からエロいなーとは思ってたよ僕も」とか、「何?僕の兄さんをオカズにしてるって?後で少し痛い目みてもらおうかな・・・・・ふふ」 などと穏やかな表情で不穏な台詞を吐きながら、ドス黒い笑いをこぼすのみだ。
「弟よ。これについて言いたい事がそれか?」
「え?いっそ死んでもらったほうが・・・・って?」
「違くって!自分でいうのも何だがな、俺達は実の兄弟でしかも男同士でありながらだ。所謂その・・・・」
弟相手にそのセリフをズバリいうのも気が引けていいよどんでいると、すかさず合いの手を入れてくるアルフォンスだ。
「恋人関係?」
「・・・だ!それが職場のすべての人間に知れ渡ってるんだぞ?お前には羞恥心とか、お天道様に顔向けできないとかそういう気持ちはないのか?」
「ないけど。別に恥ずかしいことじゃないでしょ?」
あっさりと即答しやがった弟に俺は地団駄を踏んで反論した。
「俺は恥ずかしい!!いたたまれない!!いっそ研究所辞めてリゼンブールに帰りたい!!」
「あ、それは素敵だね。村の教会で結婚式とかしたいなあ僕・・・・」
物騒な科白をウットリとつぶやき、本気で生まれ故郷で近親相姦と同性愛のカミングアウトな結婚式を計画しそうな弟に、俺は恐怖を覚えた。
「・・・・ぜぇっっってぇ帰りたくね っ!!!」
「ああもうウルウルしちゃて・・・、兄さんってば落ち着いて?いいじゃない?公認の仲って事で」
「その“公認の仲”であることが問題なんだ っ!!!」
俺は、アルフォンスを見誤っていたのかも知れない。
これから先、こんな人間と共に歩む俺の人生って、かなり見通し暗くないか・・・・?
「もういいや・・・俺、働いてくる・・・・研究に没頭して、ヤな事全部忘れてえ・・・・・・・」
弟に背を向け、とぼとぼと自分の研究室へと歩き出そうとした俺の身体はまたしてもがっちりとアルフォンスに掴まえられてしまい・・・・よしてくれ。もう、うんざりだ。
「兄さん・・・・・・それならば今夜。僕が、嫌な事なんて考えられない程、あなたを愛してあげるよ・・・・」
「うわー!うわー!うわー!」
エロボイスだ!エロボイスかましやがったコイツ!!
途端に膝といい、腰といい、力の入らなくなった俺が床に座り込むなり、周囲からは今度こそ遠慮なしに野次が飛ぶ。
「きゃーんステキーエルリック主任―!!今夜は思う存分エドワード姫を啼かせてあげてー!!」
『誰が啼くかウラー!!』
「だけどちゃんと手加減してあげないと・・・、俺前にシャワー室で見ちゃったけど通常時にあるまじきサイズなんですからねエルリックさんの!」
『こ・・・・っ怖いこと言うなー!』
「あーよかったら私―、前もって病欠届け受理しときましょうかね?」
『総務部の副部長がこんなトコで油売ってんじゃねーよ!!』
「ああ、じゃあ俺、それに添付する診断書いとくか?傷病部位及び状態の欄はズバリ“肛門部裂傷”でいいかあー?わははははは!」
『てめぇは、この間の医局の医者!まだマイラーに担ぎ出されたこと根に持ってるのか!?』
いつぞやの大暴露大会を彷彿とさせるシチュエーションで、今回そのターゲットには自分も含まれているという信じたくない事態に、俺の堪忍袋の緒はぶち切れた。
「前言撤回!俺の中にある真理とお前の中にあるそれは絶対断じて同じモンなんかじゃない!俺がこんな死ぬほど恥ずかしい思いしてんのに、同じ立場のお前が涼しい顔してられんのが何よりの証拠だ!!」
下劣で卑猥な冗談(本気か?)が飛び交う輪の中心で、相変わらず優雅な立ち姿でニコニコと上品な笑顔を振りまいている弟に、びしいっと人差し指を突きつけ、俺は引導を渡してやった。
「言っとくぞ!俺は絶っ対セックスなんかさせてやんねーからな!!」
いい加減俺も自棄っぱちになっていたらしく、公衆の面前でそんな恥ずかしい宣言をするなり、自分の研究室へと逃げ込むべく走り出した。
「「「「「「「ええええ〜!?なんでぇ〜っ!?」」」」」」」
半泣き状態で階段を駆け上がる俺の耳に届いたのは、至極不満そうなアルフォンスと研究員達の大合唱だった・・・・・・。