ふたりだけの真理O〜“ひとつ”

 




 

 帰宅するなり、突然鬼気迫る様相へと変貌したアルフォンスに掴まって、俺は尋常じゃなくパニクっていた。

弟であるアルフォンスの俺に対する気持ちが、たとえ一時の気の迷い的なものだとしたところで、奴だって男だ。当然性的な衝動にかられることもあるだろうと、俺は一応常に刺激しないように気をつけてはいたのだ。必要以上に近づくことは止め、性的な話題を避けるようにし、まさか本気で男である俺の身体に欲を感じることはないだろうと思いつつも、念の為以前のように裸でうろつく事も止めた。それなのに。

 

 『あなたを、抱くよ               』

 

 俺のどんな言動が、弟の情欲の食指を動かしてしまったのかは全く理解できなかったが、このまま弟であるアルフォンスと、性的な行為に及ぶわけにはいかないのだ。一度でもそれをしてしまえば、もう俺たち兄弟の絆は絶ちきられてしまうから、俺は、なんとしてでも弟の行動を阻止しなければいけないと思い、我武者羅に暴れた。 

 

 

 弟の力は強かった。しかも信じられないことに奴は、錬金術で右腕と左足の機械鎧をもぎ取るという暴挙に出ることで、俺の逃げ道を完全に塞いでしまった。

為す術がなくなった俺は、ああ、これで自分は一時アルフォンスを手に入れた後、間もなくその存在を根こそぎ失う事になるのだと、死刑宣告をうけた重罪人のような気持ちでただ涙を流すしかなかった。

 

しかし、そのとき             アルフォンスの唇が、俺の唇に触れた、その瞬間だった。 

  

                 

 それは、禁忌を犯し、はじめてあの扉を開けたときの感覚にとてもよく似ていた。理屈ではなく、身体の芯に直接響いてくる、圧倒的で絶対的な真実が突如となく現れて膨れ上がり、俺の中で渦巻いている。


 

俺は、唐突に“理解”する。 

 

 アルフォンスと俺は、絆で繋がっているのではない、ということを。

 

 俺とアルフォンスは、互いの魂や、細胞や・・・・・自分自身を構成する全てのものが、原子レベルで混ざり合い、融合し、そしてそれが二つに分かれたような、そんな存在だったのだ。

 

“繋がっている“のではない。

 

俺達は、初めから”ひとつ“だったのだ。

 

 だから、ふたりの関係性がどう変化しようとも、そのことが俺達を分かつ原因には成りえないのだ。

 

切っても切れない存在。


 

ふたりが離れることは、互いの存在の消滅を意味し、どちらか片方の命が終わるときは、もう片方の命の終わるときでもあるのだ。

 

  

 

 「・・・・・・今、真理を見た。俺の・・・・中に、俺だけの真理を・・・・・・見つけた・・・・・」

 
 「ううん。兄さん・・・・・・・・僕の中にも、それと同じものがあるよ」

  

不意に頬に雫の落ちる感覚があって、俺はアルフォンスの腕の中から、その表情を見上げた。

 

 「馬鹿・・・、何泣いてんだよお前・・・・・」

 「だって・・・・・だって、嬉しくて。ごめん、みっともないよね・・・・・ふふ」

 いつもは取り澄ました端正な貌を歪めて金茶色の睫を濡らす弟の頭に、残された方の左腕をまわして首元に引き寄せた。抱き込んだ手の中にある弟の、さっき俺が傷つけてしまったこめかみの傷に唇をよせ、乾きかけた血を舐め取ると、口の中に鉄の味が広がる。これがアルフォンスの血の味だと思うだけで、なぜか甘味さえも感じさせる。人間の感覚とは、不思議なものだ。

 
 仰向けに身体を投げ出した俺に折り重なるようにして、アルフォンスはその俺の胸元に頭を預けたまま、暫くの間、ただ静かに涙を流していた。

 

 



 

 「          そういえば、サーモンのグリルがどうとかって、言ってなかったっけ?」

 
       と、いきなり現実に引き戻されるような、弟らしからぬ強引な話題転換だった。

 
 「えっ?あ、ああ。さっき丁度焼きあがったトコだったんだ。もう冷めちまってるな。温め直して喰うか?」

 「・・・・・僕がやるよ。ゴメン。兄さんその身体じゃ、しばらく満足に動けないよね・・・・・」

 そうだった、俺の右腕左足は今、目の前のシーツの上に転がっているんだった。そして突如として故郷の幼馴染の女らしからぬ怒号と、スパナの連続攻撃を思い浮かべた俺は、起こしかけた上半身を再びシーツへと沈ませて低く唸り声を上げた。

 「ううううう〜」

「ゴメン。今回は僕が全面的にウィンリイのお叱りを受けるから、兄さんは心配しないで。ね?」

  「さ。それじゃ、さっさとキッチンに行こう?」

 俺が着ていた服は、さっきの乱行でボタンが千切れているため、弟は自分のバスローブを羽織らせると手早く前を合わせ紐を結んでくれた。その、あまりにも不自然極まりない程の素早さに弟の顔を見やれば、いつも大抵の事態は涼しげな顔で飄々とやり過ごしてしまう人間にあるまじき、明らかな照れの表情がみてとれて、俺は瞠目した。 

 「・・・・おま・・・・・っ、何、赤くなってんの?」

 「・・・・・・・・忘れて。今の僕は、見なかった事にしといて。」

 俺に背を向けて、これまたらしからぬ乱暴な男っぽい仕草でがしがしと自分の髪をひとしきりかき乱すと、よし、とばかりに俺を抱き上げ部屋を出てキッチンへと足を向けた。抱き上げられて見るその頬は、まだ赤かった。

 「・・・・お前、何かすげーカワイイんだけど。ちゅーしていい?」

 「よしてよ。折角なんとか我慢してるんだから、煽らないで。」

 「・・・・・・・・?何を?」

 俺をキッチンの椅子にそっと座らせると、弟はそのまま床にへたり込みうな垂れた。

 「あのねぇ・・・・・。一応僕もオトコな訳で、分かるでしょう?兄さんにだってそれくらい」

 「?むしろ俺には、なんでお前があそこでセックスしなかったのかが疑問だ」

 そう。さっきの状況からして、あのままコトになだれ込むのが自然な流れなのだと感じたし、俺はそれでも別にかまわないと思っていた。それをこの弟が、“サーモンのグリル発言”で強制的に軌道修正を図ってきたのだ。              

 「          あっ!あの、ねぇ!兄さんだって、両思いになったからって、いきなりその場でセックスしたりしないでしょ?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 
                     いや、俺・・・・・・いつもその場でヤっちゃうかも・・・・。    


 俺の無言の回答に全てを悟った弟は、そのまま力なくバタリと床に倒れ込んでしまった。  


  「兄さんて・・・・・見かけによらず、手が早かったんだね・・・・・」

「・・・・・・・・・・おまえこそ、噂と違って回りくどく手順踏む奴だったんだなぁ・・・」


  お互いに、変な確認をしあった俺達だった。

 

 

  そして、なかなかの出来だと弟に評された“サーモンのグリル”で、久しぶりに打ち解けた気持ちで夕食を終えた後、いつもどおりリビングのソファでふたりのんびりと過ごす。行儀よく座って持ち帰ってきた研究資料に目を通している弟にもたれて本を読むのは久しぶりで、俺は嬉しさのあまり本に集中することができずそのままずるずると弟の腿に頭を乗せた。その俺の髪を優しい手がそっと撫でていく感触に、眩暈がしそうだった。幸せすぎて・・・・・・。    


  「「・・・・愛してるよ・・・・・」」


 ふたり、同じタイミングで同じ事をつぶやき、笑った。



 

ついさっきまでの、まるで終わりの無い闇の中を彷徨い歩いているようだった自分を思い出す。冷静に最良の選択をしていたつもりが、まったく違う方向へ突き進んでいたということを、今になって改めて知る。あのまま戻らなければ、最悪俺はアルフォンスを失っていたかもしれない。また、それとはまったく別の、予想外の結果を見ていたのかもしれない・・・・・・。

とにかく、俺はアルフォンスを、弟を失わずにすんだのだ。あの、俺達が初めて交わした口付けで、俺はここに戻ってくることができた。最愛の、自分の命を共にする者のもとに。

 

「いばらの城のお姫様か・・・・・。」

 「グリム童話がどうした?」

 「ううん。ね、兄さん。また、あなたが自分の行く先を見失ったり、迷ったりするような事があっても、イバラのお城に閉じこもったりしないでね」

 「・・・・分かった。そんなときはちゃんと、王子様のキスをもらいにお前ンとこに戻ってやるよ」

  

 そんな言葉の戯れをしつつ、俺達はそっと、啄ばむような口付けを交わした。  

 

 

 

 

 

 

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