ふたりだけの真理M〜十字架

 

 

 

 

 

 

 「兄さん、愛しているよ。僕は決して、自分の気持ちを見誤っているわけじゃない。本当に、心の底から、あなたのことを、あなただけをずっと愛しているんだよ。いますぐに僕の気持ちを受け入れて欲しいなんて言わない。でも、どんな時でも、たとえ何があっても、これだけは忘れないでいて。僕が愛する人は、これまでも、これからも生涯ずっと、ただ一人、あなただけなんだって事を」


 

  まだ、夢の中にいるのかと思った              。

 

 

 目を覚ますなり、覗き込むように俺を見下ろしている弟の姿があって、その後ろに見える室内の様子と、独特の薬品の臭いとで、俺は自分が意識を失いここに運び込まれたのだと悟った。

その俺に向けて、久しぶりに聞く、いつもの優しい話し方で、まるで歌うように語られる言葉が降り注ぐ。

愛している、愛している、愛しているんだ・・・・・・・と。

そんな弟の顔を見上げ、ただ、紡がれ続ける声に耳を傾けながら俺は、今までの飢餓感が溶けるようになくなっていく感覚を覚え、同時に満たされていく自分を知った。

 

その、弟の言う“愛”とは、明らかに家族に向けられるものではなく、本来恋人や人生の伴侶となるべき人間に対して向けるべきものだ。俺は兄で、弟は、この世で唯一自分と血を分かつ者、そして同じ性を持つ者でもあって・・・・・・・・・。それなのに、俺の中から嫌悪感や、拒絶する気持ちが湧き出すことは、まったくなかった。禁忌を犯すことに対する背徳感さえも、だ。 

 ただそのときあったのは、アルフォンスに愛されているという途方もない幸福感と、安堵感。そして、それらを凌駕して余りあるほどの恐怖感だった。
その幸せ手に入れた後失うことが、俺は・・・・・・・・本当に怖かった。

 

 

「ア、ル・・・・」

 「はい。兄さん」

 「アル・・フォンス・・・・・」

 「うん。大丈夫。ここにいるよ」

 呼びかけると、力の入らない手を、弟の暖かくおおきな手で包みこまれた。

 

 既に俺の中では、その愛がどんな種類のものでも、もうどうでもよくなっていた。弟の求める愛の形が家族のそれならば、家族としての暖かい愛情を注いでやろう。同じ禁忌を犯した者同志として縋りあいたいのであれば、好きなだけ俺に縋ればいい。肉体的な繋がりを望むなら、こんな身体いくらだって与えてやる。そう思ったけれど・・・・・・・・・・弟のその“想い”にすべてを委ねる事は決して出来ないのだ。

 

 

ただでさえ、恋愛の情は、容易く移ろうものだ。思い込みにも似た感情だ。

いつの日か弟が自分の中の真実に気付いた時、実の兄である俺と一度でも恋人としての想いを通わせてしまっていれば、その事実はどんなにかその身を責めさいなむ事だろう。そして、きっとその苦しみのままに、俺のもとから去っていってしまうだろう。そのとき俺は、“弟”という存在だけでなく、“アルフォンス”そのものまで失うことになってしまう      そんな事、とても耐えられない。

考えるだけで胸が張り裂け、身体が凍りつきそうだ。

その存在を失った後、俺は自分が生きていられるとは到底思えなかった。

 

だから俺は、“アルフォンスの望む愛“ではなく、弟の存在を“兄弟の絆”で縛り付ける方を選ぶ。

 

 

 「アル。愛しているよ。お前は俺の大事な、本当に大切な、たった一人のかけがえのない家族だ」

 「僕も、愛しているよ。あなただけを、ただひとり」

 「絶対に失くすことなんか、考えられない大切な弟だ」

 「うん。僕もあなたを失うのは耐えられない。きっと生きていけない」

 「ずっと、ずっと、俺がお前を守ってやる。お前の幸せが、俺の生きる糧だよ。アルフォンス」

 「愛してる・・・・・・愛してるよ兄さん。愛してるんだよ。僕の言葉はあなたの心に届いてる?」

 「・・・・・・愛してるよ。アル」

 「兄さ・・・・・・・・・・。エドワード・・・・・・」

  

 弟の口調が突然切ないものに変わり、俺の頬をはその両手につつみ込まれた。その暖かさに、思わず安堵を感じ、目を閉じてしまいそうになると弟の唇が近づいてきて、俺は口付けられようとしているのだと分かった。

 

駄目だ・・・・・・・・・!  


 

 咄嗟に両手を口元で交差して、寸でのところでその意図を遮った。

 

「エドワード・・・・・・・」

 

 優しい声が、俺を甘やかすように耳を掠めてくる。だけど、流されてはいけない。

 

「駄目だ。それはいけない、アル」

 「なぜ?愛する人に口付けしてはいけないの?」

 「俺達は、兄弟だ。これは、兄弟でするべきことじゃないんだよ」

 出来るだけ、穏やかに感情を含めないように、俺は、“兄が弟に諭す”口調でアルに言った。

 「エドワード」

 「兄と呼ぶんだ、弟よ。名前でなんか呼ぶんじゃない」

 まだ間近にある弟の両頬をぐいっと掴んで、俺は目の前の額に自分の額を打ちつけてやる。

 「・・・・・・っいた・・・・!なにするの、この人は・・・まったくもう。分かったよ」

 

突飛な俺の行動に毒気を抜かれたような弟が、額を押さえつつ不満顔で俺の上から離れていったのを見届けると、にやりと不適な笑顔を向けてやる。  

 

 「帰ろうか、心配かけたな。・・・・悪かったよ、アル」

 「うん。やっぱり僕がいないと何にもできないって身に染みたでしょう?大事にしてね、僕の事」

 「・・・・・調子にのるな。・・・・・・まあ、でも、せいぜい大事にしてやるさ。なんてったってお前は、大事な大事な、可愛い俺の弟なんだから」

 立ち上がりよろける身体を横から支えてくれる弟の背中を、俺はポンポンとあやすように叩いて笑った。

 

 

・・・・これでいい。俺達の関係は、こうでなければいけないんだ。

 今はまだ、もう少し、お前とふたりでこんな風に笑っていたい。

 お前を愛しているよ。アルフォンス。

お前に対するこの想いを、何と呼べばいいのか知らないこの感情を・・・・・・・・・・・この十字架を背負い、俺は生きるよ。

そしてやがてお前は、本当の伴侶を見つけて幸せになるといい。そうすれば俺は幸せそうに笑うお前と、その家族をずっと見守っていよう。

俺は生涯、そうして生きていきたい。

 

お前の傍で、生きていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

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