ふたりだけの真理E〜悪戯

 

 

 

 


 

 「・・・・おい。アルフォンス君よ。兄ちゃん、ちょーっとお前に聞きたいことがあるんだけどな?」

 「何かな?兄さん?」

 


当初はさすがに血の気の引いた顔で、滝のように汗を流していた弟だったが、早くもこの状況に順応したらしく、ほぼいつもと変わらない様子でのんびりと壁にもたれて腕を組み、あろうことか面白そうに群集を眺めている。一体全体どんな神経をしているんだか。


目の前で繰り広げられる、極めて下劣な暴露談義の暴露者とは到底思えないほど、その全身からノーブルな雰囲気すら醸し出している弟に、俺は力なく溜息をつきつつ問いかけた。

 「羞恥心って、知ってるか?」

 「失礼な。恥知らずなのは僕じゃなくて、この人達でしょう?」


俺の質問に眉をひそめて、顎で目の前の人々を指し示し、それにね、と続ける。

 
 「もういっそここまで凄い状況だと、逆に開き直るのが賢明だと思うんだよねぇ」


 そういって笑う弟の笑顔は、子供のころとなんら変わらないようにみえた。が、その笑顔をおさめると、不意に上体を屈めて、隣で同じく壁に身を預けていた俺と目線をあわせてくる。その弟の目が一瞬妖しく光ったようにみえたのは、俺の気のせいだろうか。

 

「ごめんね、ビックリしたでしょう。家ではあんまり、こういうあからさまな話、したことなかったし」

 「アル・・・・・・」

 「かなり誇張されてる部分もあるけど、大体この人達が言ってるような、そんな人間なんだよ、僕って」

 「まっ、待て・・・・・!アル・・・・・・!」

 
 弟は何時に無く強引に、俺の制止の声も聞かず、変わらず真摯な表情で切々と語りつつ、じりじり俺との距離をつめてくる。いつの間に掴まれていたのか、弟の大きな手のひらが俺の肩にあって身を引くことも叶わなかった。それに何だか今のお前の目、すげー怖いんだけどな兄ちゃん。


 「兄さん・・・・。失望した?それとも、軽蔑、されちゃったかな・・」

 「ア・・・・・ッ!アル・・・・・ッ!止め・・・・・・・・・」


弟のアレな声が耳のすぐ近くで炸裂する。ふざけんなよアル、と言って突き飛ばしてやりたいのに、俺の体にはまったく力が入らず、膝までガックガクだ。何考えてんだコイツ!?やっぱり大丈夫そうに見えていて、実はさっきの衝撃が大きすぎてどこかの神経が切れていたのかも知れない。俺がロクな抵抗が出来ないのをいいことに奴は押せ押せとばかりにさらに接近し、その唇は今まさに、俺の耳たぶに触れるか触れないかとういう位置にある。ヤバ過ぎる!はっきりと、これ以上ないくらいにピンチな俺。 

 

 

「ね、にいさん・・・。僕のこと、嫌いになった・・・・?」

  「んんん・・・っや、め・・・・・・・・・・・ああ、ん!」

 

 

やめろ!やめてくれ!なんで俺の口からこんなオゾマシイ音が出てくるんだ!今この手が自由に動かせたなら、弟のその両耳を塞いでしまいたい。しかし力が入らない上に、デカイ手でがっちり両側から腕を掴まれていて、悲しいかな、そんなこと出来る状態じゃなかった。どうか頼むから、今の俺の声は聞かなかった事にしておいてくれ、弟よ。

しかしそんな自己嫌悪に打ちひしがれる俺の耳に、再び弟のヤバイ声が吹き込むように送られてくる。

 

「にいさん・・・・・・答えて?僕がきらい?」

   「ヤ・・・・・・ツ!うあ・・・・・ん、ア、ル・・・・・・・・」

 

ああああ       !!ヤバイよー!だから何でわざわざそんな声で話しかけてくんだよお前は!?                

というより、もうこうなってくると、この男は本当に俺の弟のアルフォンスなんだろうか?という馬鹿馬鹿しい疑惑までもが湧き上がってきて、今の俺は、さながらごった返すバザールの人ごみの中で痴漢にあっているような気分になっている。

 

「いって・・・・?嫌いじゃないって・・・・・」

「・・・・・ひあっ!・・・・・・や・・・・ふ・・・・・ああ、あ」

 

・・・・・・・・いや違う、まんま痴漢行為だ。これをそういわずになんといおう。

オイ!唇で耳たぶはむはむしてんじゃねーよ!手!その弄るような怪しい手の動きは何だ!テンパっている俺が気づかないとでも思ってるのか?ああっ!ケツに手ェ這わせんのはよせ        ツ!!

 

 「ね、・・・・いって?・・・僕が好きだ・・・って、いって・・・」

 「いああ・・・・っ!!・・・・・はう、あん・・・」

 

ああ、何だか俺、気が遠くなってきちゃった。タスケテ母さん・・・・!

 

「兄さん。にいさん、にいさ・・・・・・・」

 「ああああ            っ!!」

 

 

 

 

―って、いー加減にしやがれ!兄にエロボイス効かせて何が楽しいかコラー!!!」

 

 

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」」」」」

 

 

 たくさんの研究所員達が溢れ返るエントランスホールに俺の怒号が響き渡るやいなや、それまで弟をスケープゴートよろしく猥談のネタにして談笑していた奴らが一斉に口を閉じ、俺たち兄弟へと視線を集中させてきたのだった。

 

 

 

                  

 

 

 

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