ふたりだけの真理D〜暴露大会U

 

 

 

 

 

 

 僕は、僕が目当ての人を口説いたりするときや、目上の人(女性限定)に少し無理な頼みごとをする際ほぼ無意識で使う声音に、そんな俗っぽい呼称がつけられていた事実をついぞ知らずにいた。そしてそれに付随して、“エロボイスマスター”なる称号までもが自分の知らないところで勝手に与えられていたなんて、まったく以って不愉快なことこのうえない。せめて、エロじゃなくて“セクシーボイス”とかにしてくれれば、もう少しはマシだったかも知れないのに。もっとも、最初にこの呼称を周囲に広めた人間が、おそらくは僕に恋人を奪われた事に対する意趣返しのつもりで付けたのだろうと安易に推測できたし、つまりそれは、仕方のないことなんだろう。
        

得意技(?)に付けられた不名誉な呼称と、これまた不名誉な称号をあえて受け入れるしかないと、僕は静かに覚悟を決めた。なぜなら、おそらく今日のこの一件で、それらが僕の知るところとなった事で、今までは僕に気づかれない様に使われてきただろうこれらの呼称・称号も、今後はおおっぴらに使われる事になるはずだからだ。

だから、新鮮な気持ちで「今日も一日頑張ろうかな」などと出勤するなりその称号で呼びかけられる自分なんてのを迂闊にも想像してしまい、少し落ち込んだ僕だ。


 

 さて、ホールクロックを見れば、驚くべきことに始業時間をとっくに過ぎている事に気がついた。にもかかわらず、このホールの非日常的な光景はどうだろう。そこでよくよく思い返してみれば、そもそもの発端は僕たちの兄弟喧嘩にあったという事実に思い当たり、この騒動の責任問題等を考えて憂鬱な気分になりかけた僕だったが、その僕の目の前には、部下である僕の下半身事情を捏造して、面白おかしく喋り捲る医療錬金術部門の責任者とその秘書の女性の姿があった。・・・・・・・・・・・・まあ、問題ないか、この調子なら。

 よりによって、僕の暴露話などで延々と盛り上がる研究所の職員たち。常日頃、余程の鬱憤を溜め込んでいたと見られる面々の弾け具合は相当なもので、誰一人として自分の持ち場へ足を向けようとする者はいない。ただでさえ錬金術なんてジャンルに携わる種類の人間だ。その探究心や好奇心は、おそらく他の一般人のそれよりも大きいというのは分かっている。つまり、僕の本来隠しておくべき性生活はその彼らによって、隅々まで暴かれ、様々な観点から考察され、議論され、そして捏造されていて。さらに恐るべきことに、誰ひとりとしてコノ話題から逸れていかないのだ。

ああ、これだから「錬金術をやるような人間にロクな奴はいない」なんて、故郷の幼馴染から言われてしまうんだろうな。今となっては、僕もその意見に諸手を挙げて賛成したい気持ちでいっぱいだ。

まあ、こうなったら仕方がない。下手にじたばたするよりも、ここは開き直って、この事態を静観するほうが得策と考え、僕はホールの壁にもたれて、このお祭り騒ぎのような光景を気楽に見守ることにした。

 

  そうして、一向に変化する気配さえみせない状況を見守ること数分、ふと僕は、左隣で同じように壁に背を預け、半ば呆然とこの事態を傍観している兄に目をやった。さっき出掛けに後ろで結んだばかりの綺麗な金色の髪は、ところどころがほつれ、その頬に落ちかかっている。僕より頭ひとつ分程下にある、小さな横顔を覗き見ると、金の睫が節目がちに瞬きを繰り返し、思いきり眉を顰めている様子が見て取れた。

 

               これは、僕や、前述の馴染みとその祖母、あとはごく限られた数人の人達のみが認識する事実だが、実は、僕たち兄弟でどちらがより繊細な精神構造をしているのかと問われれば、それは意外なことに兄の方だった。その破天荒ともいえる行動力や大胆不敵な言動のせいか、それに気がつく人はほぼ皆無だけれど、兄は比較的人より鷹揚な性質を持つ僕と違い、割と神経質で几帳面な一面と普通の感性を持つ常識人なのだ。だからこのとんでもない状況に気持ちが追いつかず戸惑っているのは至極当然の事で、さらに、この兄の困惑ぶりには他にも原因が存在する。

僕たち兄弟の仲の良さと絆の深さは、誰もが認めるところだが、互いのプライベートな部分は結構きっちり守って暮らしていた。
世間一般では、男だけの兄弟は、性的な話題を割りと開けっ広げに口にするらしいが、僕ら兄弟はいささか特殊な事情もあり、あまり昔からその手の会話を口にすることが無かった。そして、恋愛に関してかなり奥手なところがある兄に対し、僕は結構早熟な子供だったように思う。  
 
 .そんな兄と僕の性格は大人になった今でもあまり変わらず、色恋よりも研究に心血を注いでしまう兄の恋愛遍歴は、僕の知る限りでは非常にお粗末なものといわざるを得ず、逆に僕の方はといえば、まあ、このとおりというわけだ。そんな兄だから、ここにきて(おそらく多少の噂ぐらいは耳に入っていただろうが)急にまとめて弟の恋愛事情とか、強烈に生々しくセクシャルな部分を知らされた事に、相当な衝撃を受けたに違いなかった。

 

ふ・・・と、いう微かな音に、僕は思考の世界から現実に引き戻された。兄が、ため息をついたのだ。

まだ同じ姿勢のまま、目前の光景に目をやっている兄を見下ろした僕は、何とはなしに、先刻の兄の表情を思い返してみる。


頬を真っ赤に染めて、金の目を潤ませて、ちいさな桜色の唇を血が出るほどかみ締めて、僕の両手の中からものすごい勢いで逃げていったっけ。自分の体をかき抱く生身の方の指先を震わせたりなんかして、僕もまさかあの声が長年一緒に生活してきた兄さんにまで効果を発揮するとは、予想もしていなかった。と、いうよりもむしろ、あれ程顕著に敏感な反応をしてきた人も、兄が初めてだった。



                ふと。僕の中で悪戯心が芽生えた。

 


 
 もう一度、さっきの可愛らしい兄さんが見てみたい、と。

 

 

                

 

 
 

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