ふたりだけの真理C〜暴露大会T
なんなんだよ、一体!?お前、オレに何しやがったんだよ !?
弟と別れ際に、家から引き摺ってきた喧嘩が再燃し、さすがに「職場でいい加減やばいんじゃねぇかコレって?」などと思いつつ、後に引くことも出来ず半ば自棄っぱちになっていた俺の状態を、はたして奴は分かっていたのか。 突然拳を引っ込めると俺を宥めすかしにかかり、あろうことか、あまりにもアッサリと、謝りやがったのだ。
それまで俺に向けていた、冷たく含みのある視線をがらりと変えて、普段の穏やかな目に戻ると、まだまだヤル気全開だった俺の顔を覗きこむようにしながら、思いっきり優しげな声で大人な科白を吐く弟に、俺は不覚にもこれ以上無いくらいの敗北感と、そして妙に誇らしげな気持ちを同時に感じた。
くそ〜!ホントは俺の方が悪かったはずなのに、この事態を収める為に、自分の主張も意地も後回しに出来る大人な弟。アル、お前って奴は、よくぞこんな出来損ないを兄貴に持ちながら、立派な人間になってくれたもんだなぁ、なんて。場所が場所でなければ、俺は弟に飛びついて、その頭を思いっきりグリグリ撫で回し、今ではすっかり男っぽくなってしまった両頬にちゅーをかましてやりたい気分になってしまった。
しかし、同時に妙な感覚が俺を襲う。奴がその、いつもより低目の、優しい、囁くような甘ったるい声を発するたびに、俺の体中に怖気が走り、ぞわぞわと鳥肌が立つのだ。思わずぎくりと動きを止め、その感覚に戸惑いながらもじっと耐える俺に、再び弟が心配そうに、やばいアレな声を掛けてくる。
うああ・・・!まじヤバイ、まじヤバイからって!たのむからもう止してくれ。っつーか、もしかしてコイツ、この声の威力分かっててやってねえ?だとしたら反則もいいトコだ。とんでもねー反則技だ。はっ!?それともこれは、俺に内緒で開発した新しい錬金術の一種かも知んねぇぞ。ホントに油断のならないオトコだコイツは。
などと、一瞬前の感動はすっかり彼方遠くへと蹴り飛ばし、今や俺は、てのひらを返すかのごとく弟への不信感と恐怖心でいっぱいだ。と、そこで俺の耳に入ってきた不穏な単語。その第一声は、おそらく弟に向けた他愛のない野次だったのだろうが、それが俺にもたらした衝撃は、生半可なものではなかった。
その名も、“エロボイス”と、きたもんだ。
えろぼいす・・・なんだそれ?性交渉時に、主に女側が発する、アノ声のことか?・・・いや、何か違う気がする。それにしても、よりによって俺の弟に向かってエロとはなんだエロとは!まったく以ってけしからん、と
相変わらずわが身を苛む先程の怖気の余韻に引き続き耐えながら、心の中で憤慨する俺だった。
しかし、事態がそれだけで収束することはなかった。いつしか俺と弟の周りを取り囲むように集まっていた(おそらく皆この研究所の関係者だろうが)人々がざわざわと囁きあう会話の中から、俺は自分の耳を疑うような、信じられない単語(おそらく新造語も含む)の数々を聞き取ってしまった。
「おいおいマジかよ。とうとう実兄相手にエロボイス行使かぁ?タラシのエルリック主任てば」
“タラシノえるりっくシュニン”・・・?
「あのエロボイス、相当強力だってハナシだぜ・・・?」
相当、強力・・・・・。
「そうそう、あの声使ってあちこち摘まみ喰ってるらしいヨ〜。それこそもう男女問わずに」
あちこち摘み喰い・・・・しかも男女問わず・・・?
「なんたって、エロボイスマスターの称号を、あのロイ・マスタング中将からもらったとか」
“えろぼいすますたー”?新しい国家資格か何かか?しかも、何故ここであの火トカゲの名前が出てくるよ?
「高身長、高収入、眉目秀麗、頭脳明晰に加えて人あたりも良し」
おっ!今コレ言った奴、分かってんなー。こうゆうやつが出世するんだよ、うん。
「さらに、絶倫!!っとくればもう、濡れ手に粟、引く手数多。その上エロボイスマスターの称号まで付与されたときた日にゃあ、一体俺らはど〜すりゃいいの?」
やっぱコイツ、出世取り消し。なに“絶倫”って。弟のことをどっかの種馬みたく言ってんじゃねーよ!
と、こんな感じで次々と暴かれていく弟の性態(造語だ)に、むろん俺は半信半疑でいたのだが、横にいる本人に何気なく目をやれば、顔面蒼白で尋常でない量の汗をかいている。ただ、不自然なほどにその表情だけが穏やかで爽やかで、そんな態度が逆に、あんな事実やこんな事実を自ら肯定しているかのようだった。
今や、この研究所のエントランスホールのそこここでは、当の本人を置き去りにしたまま、アルフォンス=エルリックの輝かしき武勇伝の数々が語りあわれているという、摩訶不思議な光景が繰り広げられていた。
その上この一群は、確実にその規模を拡大しつつあり、ちょっと見、労働組合の定期総会のような趣だ。
それにしても、なんて非常識に大規模な暴露大会なんだろうか。しかもここで暴かれているのは、弟の赤裸々な性生活についてだ。筆下ろしの相手は30歳も年上の女上司だったとか、過去の女性遍歴とか男性遍歴(!)とか、好きな体位だとか、○○○の寸法や事細かな特徴、膨張率、最長耐久時間云々・・・。ああ、なんてゆーかもう兄の俺でさえ耳を塞ぎたくなるような内容ばかり。
てゆーか、大体なんでこんなありえない位データ駄々漏れなんだよお前!
俺だったらとてもじゃないが、恥ずかしくていたたまれなくなって、絶対今頃ダッシュで泣きながら家へ逃げ帰ってるに違いない。だから、こうして逃げも隠れもせずに、この場に留まり続けることが出来る、弟のその精神構造が俺には理解できなかった。