ふたりだけの真理BEV発動!

 

 

 

 

 

 最初の回し蹴りをいとも簡単にかわされた事で、ますます頭に血が上ったようだ。

この状況の中で、信じられないことに二の手三の手と攻撃してくる兄の神経って、鋼で出来ているんじゃないだろうか。さすが、“鋼”という銘を背負っていた過去を持つだけはあるなぁなんて半分本気で感心しながら、兄の打ち込みや飛び蹴りを適当にいなしつつ、このデモンストレーションを取り囲んで眺めるギャラリーを横目に見て、僕はふと妙な違和感を覚えた。


「・・・・・・・・・・。」

試しに軽く右中段突きを、相手の顎下目掛けて繰り出してみる。兄がそれをバク転でかわした途端、方々から零れるのは歓声ではなく、なぜか息を飲むような音だ。

「・・・・・・・・・・・・まさか、ね」

今度は兄が仕掛けてきた足払いを飛んで避け、着地とともに回し蹴りを返せば、上半身を大きく後ろに反らして避ける兄に、またあの息を飲むような音が・・・。いや、今度はそれに混じって生唾を呑む音まで聞こえてきたのは、きっと僕の気のせいではないはず。いや〜な予感というものは、大抵当たってしまうのが通例だが、僕はまさかと思いつつギャラリーの面々の表情をぐるりと見回してみた。

 

「・・・・・・・・・・・。」 

 

案の定。ビンゴ・・・・・!!

 

奴らの・・・いや、ギャラリー達の表情といったらなかった。まるでケダモノの、それだ。もちろん取り囲んでいる人達全員がそうだったわけではないが、あきらかに半数近くの人間(ほぼ全員が男)が見るからにいかがわしい表情を浮かべていた。腹立たしい事に、その中には顔を赤らめたり、あまつさえ息を荒くしている野郎までいる始末。きっと兄の上着の裾が捲れて素肌がちらりと覗いたりする度に、握り拳でもつくっていたに違いない。

気がつけば、このエントランスホール一帯には、爽やかな朝の出勤時間帯にあるまじき、なにやら怪しげな熱気が漂っていたのだった。

 

あの、みなさ〜ん。今、朝ですから。いやそれよりもココ、職場ですから。

 

そう、兄は異様に同性からモテる。もういっそ何か特殊なフェロモンでも錬成しているのでは、というくらいだ。

喧嘩っ早く、口を開けばべらんめい調で罵詈雑言のオンパレード。何時でも上目使いなその目つきは物騒で、たまに殊勝にニッコリと笑いかけた相手にさえ、悪巧みをしているのではと疑われることもしばしばだ。

しかし、そんな凶暴極まりない性質とは裏腹に、綺麗に整った繊細な容貌。小柄ながら均整のとれたすらりとした肢体に、女性でさえも憧れるほどに綺麗な金髪。この人の弟として20年以上、四六時中一緒に生活している僕でさえ、時々うっかり見蕩れてしまうことがあるくらいだ。だから、同性でありながら兄の存在を所謂性的な対象として認識してしまう男達の気持ちも、正直理解出来ない訳ではなかった。なかったが、そこは、それ。自分の肉親が、ケダモノ達の穢れた視線に晒されて平気でいられる人間は、おそらくあまりいないと思う。僕は、ギラギラと音をたてて注がれ続ける邪な熱視線から兄を救済するべく、行動を起こした。

 「・・・・・兄さん。とりあえず、休戦協定結びませんか?ほら、もう始業時間だし、ね?

ファイティングポーズを引っ込めて、平和的にニコリと笑いかけながらの僕の提案に、兄は

「い・や・だ・ね!こうなったらもう、お前がアノ科白を訂正して謝るまでゼーッタイゆるさねぇぞオレは!!」

ビシィっと音が聞こえてきそうな程の勢いで僕に向かって人差し指を突きつけ、徹底交戦の構えだ。

いやんなっちゃうなあ、もう。大体謝るのは別にいいけど、小さい云々は事実であって、それを訂正しろだなんて、僕に白々しい嘘を吐けって事?なんて無茶をいうひとなんだろうこの馬鹿兄は。
 しかしこれ以上汚らわしい視線の中に兄の身を置いておくのも僕としては非常に不本意であるし、ここはひとつ、大人の男としての度量の深さって奴を発揮しておこうか。きっとそれが、一番無難な方法だ。

 

僕はスッと姿勢を正して、まだ幅広にスタンスをとり拳を握ったままの兄に近づき、おもむろにその両肩に手のひらを置くと、その眼をじっと見た。僕の行動が読めないらしく戸惑う表情をみせた兄に向かって、出来る限り静かな落ち着いた声音で、ゆっくりと言った。気分はもうほとんど猛獣使いだ。

 

「ごめんなさい、兄さん。僕が悪かったよ。このところ忙しかった所為か、少し気持ちに余裕がなかったのかも知れない。兄さんの気持ちも考えずに、イヤな事言って傷つけちゃって、本当にごめんね?」

「・・・・・・・・・・・・」

「許してくれる?兄さん。・・・・・・・・・・・・・・・兄さん?」

 

 どうした事か、兄さんからのリアクションがない。いつもは、打ったと同時に返ってくるぐらいの反応をしてくる兄が、僕の眼を見返したまま、なぜか唇半開き状態で固まっている。心なしか、目の焦点が合ってないようにも見受けられ、少し不安になった僕は、より兄に顔を近づけて、両肩をそっと揺すった。


「兄さん、どうかしたの?・・・・まだ、怒ってるの・・・?」

「ぐあ・・・・っ!!!」

 突然奇声を発して後ろに跳びすさる兄の顔は、何故だか真っ赤になっていて、僕は自分でそうと気づかないまま何かとんでもないことをしでかしたのでは・・・?と不安になり、さっきからの自分の言動をすばやく反芻してみた。しかし、何も思い当たることがない。

兄は飛びすさった場所で立ちすくみ、両腕で自分の体を守るようにかき抱いたまま、じっとこちらを睨んでいる。その顔は変わらず真っ赤なままで、唇をギュッと引き結び、目は潤んでいたりして・・・困ったな。何だか、見ているだけでこっちが恥ずかしくなってくる。
 
 「あ・・・・の・・。に、兄さん?ごめん。っていうか、どうしたの?え・・・僕、何かしちゃった・・・?」

 
 さっきまでの攻撃態勢はどこへやら。今の兄は、恐怖で身を縮込ませて震える、捕食される間際の小動物みたいな様相を呈している。一体どういうことだろうか。


 そのときだった。本気で不安に苛まれている僕に向けて、ギャラリーの中からなにやら破廉恥な単語が投げつけられたのは。

 

 「出たよ。エロボイス・・・・!」

        






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