ふたりだけの真理A〜喧嘩勃発エドVer

 

 

 

 

 

 今日の朝         っていっても、今だって朝なんだから、それは、ついほんのさっきの出来事だ。


 別に俺ら兄弟にとって珍しくもなんともないことだが、朝メシの最中に喧嘩した。その発端は弟の不用意な

言動にあった。改めて口にするにも忌々しい、その一言。

 

  「それだから兄さんは、いつまでたっても   んだよ?」

 

 てンめー!! 云うに事欠いて小さいだと           っっ!?   

うあ!ヤベ。自分で言っちまった・・・・・。

ま、人並み以上に思慮深さを持ち合わせたこの弟が何の理由もなしにソレを言ったわけもなく、その前には当然のごとくそれなりの経緯があった。             

 

 俺と同じ研究所で働く弟が所属している部門では、今ちょうど新しい蛋白質の練成術式の研究が佳境に入ったとかで、その研究グループの主任という立場にある弟がとんでもなく忙しい身であるのを、俺だって忘れていた訳ではなかったが。ただ今朝はタイミングというか、間が悪かったというか、奴と俺の歯車がほんの少しだけ食い違っちまってたんだな。


 毎度毎度「歯は磨いたか」「腹を出すな」「夜更かしはやめろ」とか、奴が俺に向かって叩きつけてくる呪文のレパートリーは他にもまだまだ数知れず存在する。しかし、最近研究所の資料室でたまたま見つけてしまった文献に興味をひかれた俺は、ここ連日睡眠時間を極限まで削ってそれを読み耽っている。当然そんな俺に向かって「早く寝ろ」といつも以上に口うるさくまくし立てる弟が寝静まった頃、こっそり起きだしては文献に噛り付きそのまま転寝してしまう俺だって、自分が悪いと一応反省してはいた。だから、朝になって机で転寝している状態で弟に見つかりその場でガミガミとやられてもおとなしく聞いていたし、いつもはまかせっきりの朝食の支度を手伝ってみたりなんかもした。

そんな常になく殊勝な俺の様子に、ようやく弟も溜飲を下げたかと思った矢先、その俺の手元に置いてあった新聞が拙かった。何故よりによってこのタイミングでそんな記事が目に入ってしまったのか。その新聞には、今まさに俺が夢中になっている文献についての記事が載っていて、否が応でも俺の注意はそっちに逸れる。文字を目で追いながら、どこかで弟の声がするな〜と思いつつ適当に相槌をうち、手探りでつかんだカップをそのまま口に持っていった一瞬後、とたんに俺は派手に噴き出した。そのカップの中にはコーヒーではなく、例のおぞましき白い液体が入っていたからだ。

 

弟にしてみればこの超多忙な時期にもかかわらず、手間のかかる俺の面倒や(と、自分で言ってしまっているあたり)家事その他諸々をきっちりこなした上、さらにここ連日の俺の不摂生ぶりに手をやき、たった今反省の色を見せたかという人間が早速自分の話を上の空で受け流しているのだ。もし俺だったら、テーブル引っつかんで投げつけてやるぐらいには怒るだろう、そんな状況だ。だから、そんな俺のカップと自分のカップを交換してみるなんて悪戯を思いつき、それを実行した弟を誰が責めることが出来ようか。

 

はい。すいませんでした。思いっきり責めちゃいました、俺。

しかし、考えてもみて欲しい。普段からあれほどに忌み嫌って遠ざけている液体が、突然何の心構えも出来ていない口の中に流しこまれる様を・・・!

 あまりの衝撃に、思わず真理の扉を開けちゃいそうになった俺には、弟の心中を察してやるだけの余裕はもちろんなかった。

 

「アルッ!お前なんてコトしやがる!?いい年した大人がガキみたいなイタズラしてんじゃねーよ!うぇ〜マジきもわりー!水、水      ッ!!」  

青筋を立てて怒鳴り散らし、水差しから直接ごくごくと飲んでいる俺を、やけに冷めた目で見ながら、奴はしれっとこう言った。

「だけど、僕はちゃんと兄さんに聞いたでしょ?“兄さん、牛乳いる?”って。そしたら“ああ”って返事してたでしょ」  

 さっき上の空でいた時に、そうだと知ってわざわざそんな事を聞いてきやがったのか。あいかわらずおっとりを装いながらもつくづく油断のならない男だ。そしていつもならここで他の話題を振ったりなんかして場の鎮静化を図るはずのコイツが、今日にかぎって畳み掛けるように続けて言う。

 「大体ホワイトソースとかデザート系にすれば食べられるのに、なんで原液をそこまで嫌うかな。いっそ不思議だよね。牛乳にかえて他の食物からカルシウムを摂取させようとしたって、兄さん小魚も大豆も海草類なんかもほとんど手をつけないし。“いい年した大人”として、ちょっとは恥ずかしがったら?そのお子様味覚」

 すらすらと一字一句言いよどむことなく棘のあるセリフを吐き続ける奴の表情は、もうこれ以上ないくらいに穏やかだ。しかしその眼光は、野生のライオンでさえをもたじろがせるに違いない程に凶悪、ときてる。

ああ、鎧の頃を彷彿とさせるその固定された表情に、俺は内心“やっちまった!”と思ったが、兄としてのつまらん矜持が、よせばいいのに反撃するべく俺の口を使って勝手にがなりたてる。

 

「うっせー!この兄に向かって“お子様”っつたな!?

誰がガキと見紛うほどのミニマム錬金術師か         !!!」  

 

「・・・・・・・自分でミニマムとか言っちゃってる時点で、それを認めているようなものだよ兄さん」

余裕しゃくしゃくの体で言い返してくる弟をみれば、いつのまにか食べ終えた食器をテーブルの左端によせた上で椅子にふんぞり返り、子憎らしいくらいに優雅に足を組んだ状態で俺に目線を向けている。

 

そして。

 

そして、フフっと天使のような悪魔のようなどちらとも判別のつかない無駄に爽やかな笑いを漏らした後、奴は言ってのけたのだ。     ・・・・・・・・・・・・・・そう、冒頭の科白を。        

                       

 

                      

                          

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