今朝、兄さんと喧嘩をした。
喧嘩の原因なんて、気をつけていなければうっかり忘れてしまうくらい些細なことで、わざわざ口にするのも億劫だ。
朝食のテーブルで件のゴングは鳴り、いつもなら朝食後の片付けは兄の役目なのだが、当然の如く自分が使用した食器のみを各々で洗い、そのまま共に家を出て職場に向かう道中でさえも無言のまま、お互い目を合わせることすらなかった。そんなに口をききたくないのならわざわざ一緒に行かなければいいのに、とも思わないではなかったが、不思議に自然に並んで黙々と歩いている。なんだかなぁ。
やがてポプラ並木が途切れると、今ではもう見慣れた煉瓦造りのむやみやたらに頑丈そうな大きな建物にたどり着く。ここはかつて軍の資料などを管理する分室があった場所だが、現在その総ての所有権は民間へと移譲され、(あくまで表向きには、だが)政府や軍からは介入される事のない錬金術の研究施設となっている。
そう、ここが兄と僕が勤務している、錬金術研究所だ。
兄と僕が、“持っていかれた”肉体を取り戻す為にそれこそ世界中を彷徨い続けていたのは、もうずっと何年も前の、過去の出来事だ。僕の身体を“あの扉”の向こう側から引き摺り出した兄は、結局自分自身の手足を取り戻すことまでは出来なかったのだけど。
紆余曲折あり、結局故郷に戻ることはせずこのセントラルに家を構えた僕らは、中央軍の中将ロイ・マスタング氏のツテで錬金術研究所の研究員として働くことになり・・・・・(と、これもあくまで表向きのハナシ)今に至る、というわけだ。
同じ研究所勤務といっても、この大規模な研究施設内には様々な分野へと枝分かれした錬金術の研究をするセクションがある。兄は鉱物系中心の無機化合物を対象とした部門に所属しており、対する僕は有機化合物の練成に関する、主に医療関係の錬金術を研究する部門に所属していた。だから当然建物に一歩入れば、そこでお互いの目指す行き先は別々になる。
「じゃあな、馬鹿アル」
・・・・・・はい?今なんて云ったのエドワード君?
起きぬけの掠れた声よりも、さらにわざとらしくトーンダウンさせた声で、兄がその小さな背中で言ってよこした余計なヒトコト。折角黙ってやり過ごした通勤中に治まりつつあった僕の心の平安を、見事なまでに逆なでしてくれる兄よ。あんたはなんて偉大なヒトなんだ。
「・・・あとでね。馬鹿兄」
フッと思わず鼻で笑って返す自分も自分だが、お約束どおりそれに喰い付いてくる兄だって兄だ。
「てめ・・・っ!コノヤロ・・・ッ!」
しかもよりによって朝の始業時間帯の職場のエントランスホールで派手な回し蹴りを仕掛けてくるバイオレンスな兄。いつもいつも思ってるんだけど、そういう短絡的な振る舞いって、大人としてどうなの?ほら、周りの同僚達もそんな非常識な兄に熱い視線を送ってるじゃないか。
・・・・・ん?熱い視線?————— なにソレ?