ひかりへと続く扉2〜E変化

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数人の医師や看護士、医療錬金術師と手術の経過を記録をする研究者、そして俺とアルフォンスが取り囲む中で16時間もの時間を費やした手術を終え集中治療室に運ばれた『マスタング氏の遠縁の娘』は、その後も順調な経過を辿り、その手術の日から2日後に無事意識を取り戻したとの事だった。上司との続柄の真偽は無論初めから信じてなどいなかった俺と弟だったが、手術に立ち会った関係者として一度は見舞いに行っておくべきかと、この日仕事帰りに連れ立って軍施設内の病院に立ち寄ることにしたのだ。

 

 

花の種類や女の趣味嗜好に全く無頓着な俺に代わり、途中足を止めた軍施設近くの花屋でアルフォンスが選んだのは淡い杏子色の薔薇だった。薔薇独特の派手さはないが、弟の見立てらしく品良く纏まったブーケに俺は懐かしさを覚えた。その俺の表情を読み取ったらしい弟が言った。

 

「これはね、昔母さんが庭で育てていたのと同じ品種の薔薇だよ。ジュリアっていうんだって。僕も今お店の人から聞いて初めて名前を知ったんだけど。柔らかくて、優しい色合いだよね」

 

ふわりと笑って薔薇の包みを優しく抱くその様がなんと絵になることかと、俺はあきれ返った。

 

「でも兄さんに贈るなら、やっぱりクリムゾン・グローリーかな」

「クリムゾン・・・・真っ赤っかなど派手なアレか?つか、冗談じゃねえ、男が花なんか贈られてたまるかっての!お前言うこと悪趣味だぞ!」

「ええ?似合うと思うんだけどなぁ。例えば、そう・・・・・深紅の薔薇を敷き詰めたベッドにしどけなく横たわる兄さんの姿とか想像したら・・・・・・・うわぁ・・・!ね、今度やってみない、そういうの?」

「錬金術でその口縫い付けてやろうか?」

 

勝手にトリハダものの映像を脳内に作り上げて陶酔している気味の悪い男を置き去りにして、俺はとっとと足を速めて丁度辿り着いた目的地の門を潜る。後ろで俺を呼び止める弟の声がしたけれど、聞こえない振りを決め込んだ。

 

 

 

 

ひょろりとした体に白衣を纏った若い医者に目的の人間がいる病室まで案内され、控え目な力加減でドアをノックすると、少し間をおいて内側からドアが開いた。その隙間から覗いたのは見知った顔だった。

 

「ホークアイ中佐」

「こんにちは。2人で来てくれたのね、丁度よかったわ。彼女目を覚ましているから、少しなら話ができるわよ」

 

俺達を室内に招き入れた中佐は一般の病室のものとは明らかに違う厚みのある頑丈そうなドアを閉めると、がちりがちりと二つの鍵をかけた。室内に入ってすぐの場所に置かれている衝立の向う側へ行くよう促され、そちらに足を踏み入れると、装飾らしきものがほとんどない形ばかりの天蓋付きの大きな寝台があり、その上に身を起し幾つも重ねられたクッションに背を預けて此方を見ている若い女の姿が目に入った。

 

輝くような艶を放つ癖のないプラチナブロンドの長い髪をゆるく編みこんで、物怖じする様子もなく向けてくる瞳は翡翠のようだった。青白くはあっても陶器のようなつるりとした頬には、まだほんの僅かに幼さを残していて、歳の頃は17,8といったところだろうか。自分や他人の外見に頓着しない俺にしては珍しくその女をまじまじと見てしまっていたらしく、弟からさり気ない仕草で背中を押されてようやく口を開いた。

 

「はじめまして。貴女の手術に立ち会わせてもらった、エドワード=エルリックといいます。こっちは弟のアルフォンス。術後の経過が良好だと聞いていましたが、直接お会いできて良かった。先日の手術室でお見かけしたときよりも随分と顔色が良くなられているようで、安心しました」


 常日頃から周囲の人間に『礼儀知らず』だと言われている俺だって、この程度の愛想を使う事は出来るのだ。相手が病人ということもあり、俺は殊更アルフォンスの柔らかな口調を真似て言いながら、にこりと控え目な笑みを付け足した。女は鈴の鳴るような声で自分の名をサーシャとだけ告げ、手術の際には世話になったこと、見舞いに足を運んでもらったことの礼を用意してあったかのような淀みない口調で返してきた。緊張しているのか、それとも元々表情が乏しいタイプなのか、ほとんど感情を表に出さないままでいたのだが、タイミングを見計らい俺の横からアルフォンスが優雅な仕草で花束を差し出した途端、ほどけるような自然な笑みがその頬に上った。


 その後、ホークアイ中佐が用意してくれた紅茶を片手に当たり障りのない会話をしている間も、そのサーシャという女はアルフォンスだけに笑みを向け続けた。正直「またか」というのが俺の感想だ。

昔から常にそうなのだ。人当たりがよく物腰の柔らかな弟とぶっきら棒でガサツな言動の多い俺が並ぶと、女に限らず大抵の人間はアルフォンスの方に好感を持つのだ。しかもこれは・・・・・・鈍い俺でも分かりやすいほどにハッキリとした態度だった。なにしろ始めの内こそ青ざめていたその女の頬が、アルフォンスを前にしてすっかり赤みを取り戻し、硬い口調が生き生きと弾むようなものに変わっているのだから。

 

アルフォンス・・・・・何て罪作りな男なんだろうか。だから言ってるだろうが。もう少し自分が回りに与える影響を考えて、無闇やたらに愛想をふりまくんじゃないって。

 

そんな事を心の中でぶつぶつと言いながら、俺は少し身を引いて二人の会話を聞いていた。薔薇の品種や育て方なんて、とてもじゃないが俺がついて行ける類の話題ではなかったからだ。そして今しがた自分が差し出した薔薇の雰囲気が良く似合うなどと歯の浮くようなセリフを吐いた挙句、また再び見舞いに訪れる約束まで交わしているのだ。


 ここでこんなつまらない気持ちになる俺をせせこましい人間だと言うならば言えばいい。そう、俺は面白くなかった。社交上とはいえ、アルフォンスが恋愛の対象になり得る相手とこうして仲睦まじくしている様子を間近で見るのは、言ってしまえば不愉快でさえあった。

そういえば昔から、クラスメイトの女から告られたりプレゼントを貰ったりしている弟を見てはこっそり拗ねていたなあ、などと情けない過去を振り返り、その気持ちに至る原因は異なるけれど考えていることはその頃と大差ない自分の度量の小ささに苦笑を洩らした俺だった。



 

 

その軍の病院からの帰り道。特に会話するでもなく、弟と並んで家までの道を歩いていた俺は唐突にある考えに思い至った。

 

もしかするとアルフォンスは、あのサーシャという女に『そういう意味』で好感を抱いたのではないか、と。

 

そう、サーシャは・・・・・・本当に美しかったのだ。男なら誰でも、いや、きっと同じ女でも見蕩れるだろう、そんな例えようのない美しさを持っているのだった。アルフォンスが外見だけで人を愛したり愛さなかったりする侘しい人間ではないということは、この俺が一番知っている。けれど・・・・・・・・。

 

 

「サーシャって言ったっけ・・・・・・。マジで綺麗だったよな、あの女」

 

何でそんな如何でもいいセリフを口にしてしまったのかは分からなかったけれど、その言葉を受けてアルフォンスが返してきた反応が、俺に思ってもみなかった痛みを与える事になった。

 

「・・・・・そうだね。兄さんがそんな風に女の人を褒めるなんて今までなかったものね。・・・・うん、確かにそれくらい美しい人だった。綺麗な髪、長い睫、可憐な唇、小さくて華奢な肩、細い指、小鳥みたいな声・・・・・・・・そして何より『女性』だ・・・・・あんな人が恋人だったらいいよね、兄さん」

 

静かな声で、全くいつもと変わらない口調で、まるで今日の夕飯は何を作ろうか・・・・・そんな事を話すようなさりげなさで言う弟。ちらりと目だけで弟の横顔を見ると、目を細め、並木道の木々の枝の間から見える星を眺めるようにしながら、うっとりと歌うような口調でその先を続けた。

 

「初めてみたよ、あんな人。兄さんだって最初、見蕩れていたでしょう。またお見舞いに行く約束もしたし、次は何を持って行ってあげようかな。楽しみだね?」

 

「アル・・・・・、お前・・・・・・・」

 

「何?どうかした、兄さん?」

 

 そう言ってこちらに顔を向けてくるのはいつもの弟の表情だ。

 

 一体なんだ、この違和感は?

 

 「・・・・・・な・・・・んでも、ねえ」

 

 「そう」

 

 その返事さえそっけなく聞こえるのは、俺の気のせいだろうか。弟はそれきり此方に目を向ける事無く、やがて小さな声であの歌を口ずさみだした。つい数日前に、風呂場で2人で歌った懐かしいメロディーを。あの時はこの上なく穏やかな満ち足りた気持ちで歌い耳にした旋律なのに、今耳にするそれは、まるで違う種類の音を俺の心に響かせた。


 

 なぜこんなにも突然に、アルフォンスが遠いと感じるのか。俺はその明確な理由を見つけられないまま、とうとう家へと辿り着いてしまった。

 

その後、全くいつもの通りにチェルニーを交えて食事を取り、後片付けをし、シャワー浴び、弟は自室に引き上げて行った。全ていつもどおり。ただ、弟のその目だけが不自然に俺から逸らされているのだった。そのことで、ようやく俺にもはっきりと答が見えてきた。

 

 

弟の・・・・アルフォンスの中で、何かしらの変化があっただろうことは確実で、その変化は軍の病院でサーシャに会って起きたものだという事もはっきりと分かっていた。そしてその『変化』とは・・・・・・・・。

 

 

信じられないことに、俺はすんなりと、そしてひどく静かな心で認めていた。

 

 

アルフォンスの中に芽生えた、恐らくアイツが生まれて初めて持ったに違いない『真実の恋心』というものの存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

******急に書きたい発作が出て書いてしまいました。プロット・・・・?それは何?食べられるの?*********


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