ひかりへと続く扉2-C〜frustration Alphonse side

 

 

 







 

昔は欠かすことのない毎日の習慣だったという筋力トレーニングと組み手。大人になり、日々の糧を得るために働くようになってからは次第に体を鍛えることから疎遠になっていたのだと兄から聞かされた僕は、改めて心身を鍛え直す為に毎朝の筋力トレーニングを自分に課した。仕上げの組み手だけは当然のことながら相手がいなくてはできないから、それだけは眠っている兄を起こして付き合ってもらっている。それにしてもこの兄の凄いところは、何の準備運動もしない起き抜けの状態なのにも拘わらず、既にトレーニングで暖機運転の済んでいる僕とほぼ対等に組み手をこなすという事だ。そして更に、その攻撃のバリエーションの多さと防御の的確さに僕は毎回不意を突かれるのだ。小柄ながらも、バランスよく筋肉が付いた関節の可動域が広い柔軟な身体は、格闘技というよりもむしろ舞うような美しい動きを見せ、僕の目を釘付けにする瞬間がある。そしてその一瞬の隙を見逃す甘い兄ではないから、そこを狙って繰り出される鋭い攻撃をぎりぎり寸でのところでかわすという場面もしょっちゅうだ。今もまたうっかりその人の美しい動きに見入っていた僕は、危ういところで兄の突きをどうにか受け止めた。

 

「何ボーっとしてんだアル、実戦だったらやられてるぞ」

そのまま腕を取り関節を極めにくる兄の動きを察知した僕が仕掛けた足払いをひらりと受け流して素早く体勢を整えると、突きや蹴りの連続攻撃を寄越してくれる。

 

「ゴメン、あまりに綺麗で見惚れた」

攻撃をいなしながら僕が不用意にこぼした本音を耳にした途端、兄の目にぎらりと殺気がこめられるのを感じた。これはマズイ。

 

「こんな男前捕まえて、素っ頓狂なコト抜かしてんじゃねえ!!アホたれが!!」

 

あまりにも素早い踏み込みに一瞬反応が遅れた僕の鳩尾に、ほんの僅かだけ手加減された突きが見事に入った。角度といい、位置といい、的確なそのインパクトに呼吸ができなくなった僕はたまらず倒れこむ。

 

「・・・・・っしゃ!今日は俺の勝ち!!!」

力強くガッツポーズをキめ声高らかに勝ち名乗りを上げるその姿を、庭の芝に転がったまま見上げた。

 

黒いタンクトップにパジャマのズボンといういでたちで、昨夜僕が念入りに手入れをしたはずの金の髪はすっかり寝乱れ、手櫛さえ入れられている様子はない。

早朝とはいえ、夏真っ盛りの今は少し動けば否が応でも汗が噴出す気温だから、僕は勿論兄もすっかり汗で濡れそぼった状態だ。額や首筋や項・・・・・胸元にまで汗の雫を滴らせたその人から、こんな爽やかな朝の時間帯には似つかわしくないくらいの色香を感じ取ってしまうのは僕だけだろうか。

 

「アル・・・・・・その、もの欲しそうな目は止せ」

 

まだ寝転がったままの僕の上に、そんな兄のセリフが凄みをきかせているつもりらしい低めのトーンで降ってきた。顔には出していないはずなのに、どうして分かったのだろうかと思いながら肩越しに僕を見下ろしている兄と視線を合わせた。

 

「ああ?何で分かったかって?お前から不穏なオーラが『わーっ』と出てんだよ!頼むからチェルニーの前で盛るのだけは止せよな!?」

 

行儀悪く僕に人差し指を突き付けながらそう言う兄は、まるで全身の毛を逆立てて威嚇する猫のようだ。しかしそれも致し方ない事なのだとは、僕も思う。きっかけを作ったのは兄でも、抑えるべきところを抑えられなかったのは確かに僕の方で・・・・・・つまり、その原因となっているのは、まだ一昨日の夜の新しい出来事なのだった。

 

 

 

 

医療錬金術部門の一研究チームを任されていた時の僕の下で働いていたというチェルニーが、実は例の爆破事件の実行犯の一人だったのだと本人の口から聞かされたのは10日程前の事。チェルニーに関する記憶も当然なくしていた僕だから、部下として面倒を見て貰っていた身でありながら申し訳ないことをしたと涙ながらに訴えられてもいまいち実感が湧かず、逆にその彼の境遇に同情すら覚えてしまった。確かにあの一件が兄と僕にもたらしたものは大きな傷となり、それから半年以上経過した今でさえ僕自身がそれを引きずっている状態だ。けれどチェルニーにもチェルニーなりのやむを得ない事情があり、しかも彼はずっと事後を確認できずにいた僕とそして兄の身を気にかけていて、だからこそ再び国外へ出たのを機に、危険を承知でこのアメストリスにまでやってきたのだ。そんな相手を責める気にもなれず、また、初めのうちは掴みかからんばかりの勢いだった兄も、そのチェルニーのこれまでのいきさつを聞いて僕と同じ気持ちを持ったのだろう。口では嫌々仕方なくを装いつつも全面的に協力する気になったらしく、チェルニーを自宅に匿う事をその場で即決し、有無を言わさず彼を連れ帰って来てしまったのだ。勿論そんな兄の懐の深さに誇らしい気持ちになった僕だから、兄の行動に異論など抱く訳がなかった。しかし困った事に、ひとつだけ問題があったのだ。

 

 

晴れて恋人としての関係を取り戻してからというもの、兄からは口喧しくこれでもかという程に注意を受けるので、僕は自宅以外の場所では人並みの兄弟らしからぬ振る舞いをしないようにと相当気をつけているつもりだ。でも、愛する人にはいつでも触れていたいと思うのが人として持つべき当然の感覚であって・・・・・・。つまり、家での僕は普段人目がある場所で耐えている反動もあってか、自分でも自覚できる程に兄に対して“タガが外れた”状態でいる。姿が見えなければ居場所を探し、同じソファに座ればその身体を腕に抱きこみ、揃ってキッチンに立てば作業の合間に隙をうかがってキスをし、恋人から“お赦し”を貰った夜には特に念入りに甘えさせてもらう為、終盤にはとうとう兄が息も絶え絶えに音を上げるなんて事も少なくなかった。また、始終こんな具合だから兄のプライベートな時間は皆無に近かった。兄が一人でゆっくりと息をつけるのは、僕が深夜書物を相手にしている間くらいのものだ。(自室にもベッドがあるけれど、僕が眠る場所は大抵兄のベッドだ)

確かに、自分でもどうかしているとは思う。ここまで兄に精神的に依存している状況は良くないと分かっていながら、だけど僕は自分でどうすることも出来なかった。記憶として残ってはいなくても、兄が危うく命を落としかけたあの出来事が精神的な外傷として僕の中深くに刻み込まれている所為なのだろう。このかけがえのない人を守れるだけの力と自信を手にするまでは、僕の中にあるこの不安がなくなる事は決してない。兄にもそれが分かっているから、きっと内心では辟易していても何もいわずにこの鬱陶しい男を優しく抱きしめ返してくれるのだ。だから、今だけはこれで良い。そう、今までは、それで良かった。

 

それがチェルニーの目があるという理由で、好きなだけ触れることが許されているはずの家の中でさえ満足にスキンシップが出来なくなり、その上同じ屋根の下に第三者がいるというだけで、神経質な恋人は性的な触れ合いを頑なに拒んだ。チェルニーに限らず、この研究所の人間たちはどうやら僕たち兄弟の只ならぬ仲を知っているようなのだけれど、兄は僕がそのことに気がついているとは思っていないらしく、それはもう向きになって僕たち二人が普通の兄弟なんだと主張するように振舞っている。その必死な様子があまりにも健気なので、事実を告げるのも気の毒な気がした僕は、兄の“普通の兄弟の振り”ポーズにこれまで付き合ってきたのだった。だからといって、今ここで僕が「チェルニー君も、研究所の人たちも、それから軍の一部の人たちも皆僕と兄さんが恋人の関係だって知ってるよね」などと爆弾発言をしたところで、状況は逆に悪い方へと傾いてしまうに違いない。しかしこのままチェルニーの問題が片付かない限り兄に触れることが出来ないとなると、これは僕にとっての死活問題だ。流石に欲求不満のあまり、なりふり構わず恋人に襲い掛かるようなマネなどしない自信はあるけれど、ただ精神的に厳しくなるばかりのこの状況は打破しておきたいところだった。


 

そして実際に“事”が起きたその夜。この家の地下の書庫の存在を知ったチェルニーが、書物を現在の彼の仮住まいである1階のゲストルームに持ち込む許可を兄に貰い、それは嬉しそうに十数冊もの分厚い本の山を抱え暫く自室に篭るらしい様子だった。もちろんこの絶好の機会を逃す手は無いから、僕も思いを遂げるべく速やかに行動を開始した。

 

夕食の片付けを終え、少し時間は早いけれどチェルニーも今日は自室で過ごすだろうからと1階の明かりを落とし、2階のどこかにいるはずの兄の姿を探した。

 

「に・い・さ・ん」

 

開いたままの扉から湯気を吐き出しているバスルームの中を覗くと、バスローブを羽織っただけの兄が湯上りの髪もそのままに洗面台の前で歯を磨いていた。僕とひょいと視線をあわせると、むごごむごごと歯ブラシを咥えたまま意味不明な音を出している。きっと『お前も風呂入っちまえば』とでも言っているんだろう。

「うん、じゃあちょっと失礼してお風呂はいっちゃおうかな。いいからゆっくり磨いてて」

夏場だけれど、本格的なトレーニングを始めた僕の為に兄は毎日こうしてバスタブに温めの湯を張ってくれる。自分の事はお構いなしの癖に、どうして僕のこととなるとこう気が回るのかと不思議だ。

身体を洗い終え、シャンプーの瓶に手を伸ばしたところで兄から声がかかった。

「いいからアル、身体洗ったんなら湯に入っちゃえよ。今日は兄ちゃんが頭洗ってやる」

バスローブの袖をぐいっとたくし上げ洗面台の脇に置いてあった椅子をうきうきとした動作でバスタブの横に移動させている。

 
 「どうしたの?随分楽しそうだね」

 「おお、楽しいぜー?可愛い弟の面倒を見る事こそ兄として至上の幸せってな」


 普段はガサツな動作で自分の髪を括る指が、別人のように繊細な動きで僕の髪を洗っている。その気持ちよさに目を閉じながら、さてどうやって兄貴モードの恋人を口説き落とそうかと考えていると、兄の口ずさむ懐かしいフレーズが耳に心地よく響いてくる。初めて聞くはずなのに、僕はこのメロディを知っていた。このどこか切ない、郷愁を感じさせる美しい旋律を・・・・・。

 歌いだしが低すぎたらしく、兄の高めの声では苦しくなった低音のフレーズを僕が引継いでハミングしてあげる。一瞬だけ驚いたような表情をしたその人が、その後見せた笑顔のすばらしさといったらなかった。

 少し首を傾けて僕を優しい目で見下ろしながら、囁くように僕と同じ旋律をなぞる唇に笑みを浮かべ、乾きかけの金の髪は下を向いている為にはらりと輪郭にかかって、それと同じ色の睫がゆっくりと瞬きを繰り返している。

 この世に天使なんてものが本当にいるとするならば、きっとこんな姿をしているんだろうなと大真面目に思ってしまった。

 

 「なんだ、じっと見て。見惚れたか?お前の兄ちゃんはイイ男だろ?ん?」

目をそらせずにいたら、ご満悦な表情でそんな事を聞いてくる。見惚れていたのは確かだけれど・・・・・・この人には、願望によって事実を歪曲させない程度の客観性でもって自分自身の容姿について正しく認識する必要が大いにあると感じた僕だ。でも今そんな事を言ったら、目の前のご馳走を食べ損ねることは必至だから、悪賢い僕は兄に羨望を抱く従順な弟を演じた。


  「そうだね。見るたびに格好良くて困るよ、僕の兄さんは」

「わははっ!お前、コノヤロ・・・・・っ!」


 あまりにも白々しいセリフが逆効果だったのか、それとも額面どおりに受け取って照れているのか。バスタブの淵に乗せていた僕の頭をお湯に沈めると自分もバスローブのままザブンと飛び込んできて、楽しそうに笑い声を上げている。

濡れそぼって落ちた前髪を両手でかき上げながら「まったく子供みたいな真似をして」と溜息を吐く僕の首に兄の両腕が巻きついてきたかと思うと、そのまま唇を奪われた。いつになく積極的な口付けに戸惑いを覚えながらも兄の腰を引き寄せて、僕はソレに気付いた。

 

「あ・・・・・・」

「・・・・・・リアクションすんなよ。恥ずかしいだろ」

 

引き寄せたことで直接密着した兄の中心が、既に反応していたのだ。いつもであれば、こちらが段階を踏みつつソレらしい雰囲気にしてようやくその気になる兄なのに、今日は珍しく先に火がついてしまっているらしかった。顔を赤くしながら、上目遣いで睨みを効かせて口早にまくし立てる。


 「そもそもだな、俺は2、3週間にいっぺんでも十分な体質だったんだぞ?それを・・・・お前が・・・・いろいろ・・・・しょっちゅう・・・するから・・・」

「つまり、僕が兄さんのカラダを無駄に開発してしまったと?」

「か・・・・!カイハツとかゆーなッ!!」


 僕の一言でさらに赤みを増した兄が、ゴツっと至近距離から素敵な頭突きをお見舞いしてくれた。羞恥で気が動転していたせいか加減が利かなかったらしく、それはかなりの衝撃だった。


 「ちょっと。今のは本気で痛かったよ、兄さん」

「奇遇だな俺もだ、許せよ弟。・・・さて、言っとくがそんな訳で今日の兄ちゃんはソッチモード全開かもしれんが、お前ちゃんとついてこれる?」

なんて刺激的なセリフを挑発するような表情で言われた僕の理性は、もはや風前の灯火だ。

 

「ふふ、頑張るよ。お手柔らかに」

 

男としての最後の矜持で、そんな余裕を含ませたような態度を装ってはみたものの、その実僕の心臓は恐るべき速さでフル稼働していた。この人からこんな熱烈な求愛を受けて平静でいられる男がもしこの世にいるというのなら、お目にかかりたいぐらいだ。普段ならばこちらの言動に少しでも性的な含みをもたせるだけで面白いように赤くなる人なのに、ほんの時たま何かのスイッチが入ったかの如くこうして僕を求めてくることがあって、その度に僕は自分の理性が鍛え上げられていく事を実感する。もし僕が激しい情動のままに兄を抱いたらきっと大変なことになってしまうだろうから、それだけはすまいといつでも必死に耐えるのだ。その僕の懊悩を知ってか知らずか、ひとたびこの状態になってしまった兄はまるで悪魔のように僕を誘惑してくる。

 

バスタブの側面に背を預け足を伸ばした僕の上に跨り、いつも自分がされているとおりの手順で僕の身体に愛撫を施す兄の目にはいつもの鋭利な光はない。常にどこかに纏っているはずのストイックな空気さえ、今のこの人からはひとかけらも感じる事が出来なかった。明かりを落とした暗い部屋ではなく、ここは煌々と照明の点いたままのバスルームだというのに、兄は恍惚の表情を惜しげもなく晒して、無心に僕の肌のあちらこちらに唇と舌と手のひらで触れてきた。

耳の裏に吸い付いて耳朶を唇で挟み込むようにするのは、まるっきり僕の癖を真似ている動きだ。そうしながら手のひらで胸や背中、腰を撫でさすり、やがてためらいがちに僕の熱を持ち始めた部分にも手を伸ばしてきた。俯き加減の顔を覗き込めば、羞恥と情欲を混在させた表情が否応なく僕の理性を削ぎとっていく。でも、まだこちらからは動かない。なぜならば、少しでも動いたが最後、自分を抑えるだけの自信が今日の僕にはなかったから。だから・・・・・・。

 

だから今日は、あなたが頑張って・・・・?

 

「どうしたの・・・・・そんなに、僕が欲しかった?」

僕の熱を上げようと、懸命に両手を動かすその人の赤く染まった耳朶に唇で愛撫を送りながら囁くと、ただそれだけで全身を可愛く震わせてくれる。ゆらゆらと揺れ動く湯面の下に見える恋人のものは、愛撫を与えられないまま既にはち切れんばかりになっている様子だ。辛いだろうに、僕の目の前で自ら慰める行為をする事をためらってか決して自分のものに手を伸ばすことをしない。無意識にだろう。腰を揺らめかせるその妖艶な仕草が、いよいよ僕の最後の砦を切り崩しに掛かる。

お湯をたっぷり含んで重くなったバスローブの厚みのあるパイル地が、肩から腕にかけて纏わりついて自由に動く余地を奪われている恋人の身体を引き寄せ、互いの身体をぴたりと密着させる。全身の至る所が過敏になっているらしく、しきりに震えを伝えてくるその肌は熱かった。


 「どうしよう・・・一度、イッておこうか?」


 今にも限界を迎えてしまいそうな熱源を手の中に収め少し動かしてあげるだけで、兄の口からは悲鳴のような掠れた呼吸音が搾り出されるように上がる。僕の手から逃れようと腰を引きながら、首を左右に振り、切れ切れに荒い呼吸の合間に訴える言葉が、僕を堕とそうとさらに追い詰めた。

 

「早く、いいから・・・・も・・・入って・・・・・・来い・・・・!」

 

なんという事だろう。僕をショック死させるつもりかと疑いたくなるようなその言葉。こちらが本気を出して思う存分抱いてしまえば、最後には必ず泣いて許しを請うくせに、何故こんなにも僕を煽るのだろうか。

 

「駄目だよ、ここでは出来ない。潤滑剤の代わりになるものがないでしょう?」

あわてて頭の中から捻り出した言い訳を盾に、ひとまず間を置いて落ち着いた後に仕切り直そうとするこちらの意図を完全に無視した兄が手に取ったのは、バスタブの横にあったバスオイルの瓶だった。「デリケートな場所にそんな刺激の強いものは使えない」と言う言葉を黙殺し、僕の手のひらに勝手にバスオイルを注ぐと、すかさず合わせた両手をその上にかざした。

 

「これでいいだろ?」

 

刺激のある成分だけを分解したらしく、瓶を開けた時から香っていたハーブの香りが消えていた。

 

「兄さん・・・・本当にどうしちゃったの?まるで発情期の猫みたいだよ」

「るせ、万年発情期のお前よりマシだ」

「失礼な」

「事実だろッ!いいからつべこべ言ってねえで、とっとと慣らして入って来い。ぐずぐずしてっと俺が突っ込むぞ」

「うわ。ムードないんだ・・・」


 その容姿に似合つかわしくない粗野なセリフに笑いを零しながら、膝立ちになったその人の双丘を両手で割り広げつつ、ゆっくりと奥に指を挿し入れる。

 

何度情交を重ねても慣れる事のない兄の身体は、僕を受け入れる度に入念な下準備が必要だった。慎重に傷つけないように、ゆっくりと兄の内部を探るように開いていく。苦痛を感じているだろうけれど、そうすると途端に表情を歪め、悩ましく身体を捩らせるのはいつもの事だ。目を閉じ、金の睫を妖しく震わせて眉を顰め、薄く開いた唇からは小刻みに熱い吐息と僕の名前が紡ぎ出される。僕を求めるあまり、苦痛でさえもそうして享受しようとする愛しい人の媚態に、僕の心は翻弄される。

 

「アル・・・・・ッアル・・・・・もう・・・!」

「駄目。まだキツイよ、我慢して」

 

早く早くと急かす恋人と自分の中の走り出しそうな情動とを交互に宥めながら、僕は思った。
 やはり、いつでもこの行為に逃げ腰でなかなか理性を飛ばすことが出来ずにいる、いつものかたくなな兄でいて欲しい・・・と。
 毎回これでは、こちらの精神が参ってしまう。只でさえ手加減をするのに神経をすり減らせているところに、さらに恋人からこんな追い討ちをかけられては堪らない。

 

ようやく溶きほぐれてきた場所から指を引き抜き、震える腰を両手で引き寄せた。

 

「いいよ、ゆっくり・・・・おいで」

そう言う僕の声も、欲望に掠れている。


 僕の手に導かれるまま、素直に後ろに熱をあてがい、ゆっくりと身を沈めてくる愛しい人の快楽に染められていく姿を夢中で見つめた。

 

うわごとの様に僕の名を繰り返し呼びながら、切ない吐息を漏らし、時には抑えきれない嬌声を上げ、涙を流し、身を捩らせ震わせる。


 ああ・・・・この美しい金の獣が僕だけのものなのだと思うと、幸福感に気が遠くなりそうだ。

この人に苦痛を感じさせる事なく快楽だけを与えて上げられるのなら、自分の中で猛り狂うこの凶暴な情動など、いくらでもねじ伏せてみせようと思えるのに・・・・・。

 

「アル、アル・・・ッ!手ェ抜くな・・・・・・うあ・・・・こんなんじゃ、イケねぇ」

 

緩慢にしか動かない僕に爆弾を投下する命知らずな恋人には、正直もうお手上げだ。自分も同じ男の身でいながら、何故こうも男の性衝動の本質を理解しないのかと不思議でしかたない。

 

「いい加減にしなさい。もう、知らないからね?そんなに言うなら一瞬だけ本気になるよ?どうなっても、もうあとはあなたの責任だよ、いいね?」

 

むっとした口調で言う僕に、掠れた吐息のような声が「望むところだ」と応えたのを合図に兄の身体を反対側のバスタブの側面に押し付け、既に力が入らなくなっているらしい両足を大きく開かせると、わざと少し乱暴に腰を引き寄せた。

 

「ウアアア・・・・・・ッ・・・・あ・・・・・」

 

思ったとおり口ほどにもない恋人は、たったそれだけで仰け反り言葉を失ってしまった。それでいい。もうこれ以上僕を焚き付けるような台詞を口にして欲しくないから。

 

それなのに。

 

 

「ごめ・・・・・んな、アル・・・・・!俺・・・・・・ッマジで、どうかしちまってる・・・・ふ・・・・・・」

 

揺さぶられ、全身を大きく震わせながら、喘ぐように兄は言葉を紡いだ。その頬は、情欲に支配されているだけではなく、羞恥の色に染まっている。

 

「すげ・・・・・恥ずか、し・・・・・・・・忘れてクレ・・・・・ッ今の、俺・・・」

 

「あんなに大胆に誘っておいて、今更・・・・・そう、言うの?」

 

分かっている。性的な要素を含む情緒に疎い兄のことだから、これは断じて手管ではないのだ。でも、だからこそ、僕の心は乱されてしまった。もうとても抑えることの出来ない熱い奔流が、僕のすぐ背後まで迫ってきている。

 

「・・・・アル・・・・・・ッ」

 

それまで閉じていた恋人の瞼が開かれて、その濡れた金の睫と潤んだ瞳を目にした事が、最後のタガを外すきっかけになってしまった。

 

「ゴメン、もう止まれそうもない。覚悟して・・・・」

 

そう言って恋人の汗ばむ首筋に噛み付きながら、どこかで遠くで鳴る電話のベルの音を聞いたような気がした。

 

 





 

 

 
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 ****R18・・・・。16くらいじゃないですか?ゆる〜い感じでスイマセン。初心ッ子なのでこれで精一杯です******