ひかりへと続く扉2-Qひかりへと続く扉

 

 

 

 

 


 

 

 

2人そろって家へ辿り着いたのは、東の空が薄らと明るくなり始めた頃。中将の指示でここまで送り届けてくれた軍の車を見送ってから、庭先の門の扉をくぐる。ポーチの階段を上り僕が取り出した鍵で玄関のドアを開ける間も、薄暗い室内へと足を踏み入れ砂埃にまみれたジャケットを脱ぐ間も、僕たちが言葉を交わす事はなかった。

互いに黙ったまま、けれどそこにあるのは柔らかく穏やかな空気だ。

 

 僕もそして兄も、これからすべき事が何なのか分かっていたから、二階のバスルームへとごく自然に足を向けた。

 バスルームの乾いたタイルの上にそれぞれの衣服を脱ぎ捨て、シャワーの下で抱き合いながら互いの身体を洗い清める。時々短いキスを何度もして、頬や額を擦り合わせ、その度に止まってしまう手を再び動かしたりしながら・・・・・やがて、兄が僕の目をある意思を持って見上げてきた。

 

 

 「しくじるんじゃねえぞ、アル。今度こそしっかり相応の身長にしなかったらタダじゃおかねぇからな」

 

 ニヤリと笑いながら片方の眉を上げているその人の唇に、もう一度軽いキスを落として僕は答える。

 

「あなたは中身が強烈だから、体格的にはこれくらいの相対比で丁度いいんだよ・・・・さ、始めようか」

 

「ん・・・・」

 

 

一糸纏わぬ互いの身体からは雫が滴っていた。僕たちは向き合い、長い長い深呼吸をひとつしてから、静かに手を合わせた。互いの目を見つめながら、その頭の中では愛しい相手の身体の組成が複雑な構築式として一瞬にして浮かび上がり展開されていた。

 

 

 

肉体と、魂と精神・・・・・・・・・・そして記憶。まばゆい光の中で、全てがあるべき場所へと正しく再構築される。

 

 

扉が開く。

 

 

兄さん、あなたもこれと同じものを見ているでしょう?

 

 

あの向こう側にあるものは、封印したい程に悲しい記憶や、二度と取り戻す事が出来ない愛しい人達・・・・・そんなものばかりではきっとない。

恐らくこの先もう二度と、僕たちがこの扉を開ける事はないだろう。何故なら、今僕たちがこの手に取り戻すものは唯一無二のもので、またそれ以上に必要なものなど他に存在しえないのだから。

 

 

 

やがて青白い光が消えさり、もとの薄暗いバスルームのタイルの上に佇む僕と・・・・・兄。

 

 

自分の身体に違和感は全くなかったけれど、兄はどうだろうか?僕は正しく彼を錬成する事が出来たのだろうか。心臓が激しく自己主張を繰り返す。

 

先に動いたのは兄の方だった。

 

「アル・・・・アル?何ともないか?目は見えるか?声は?呼吸が苦しかったりはしないか?」

 

そう言いながら、僕の身体のあちこちに手のひらで確認するように触れてくる。

 

 

いや・・・・・違和感は、あったのだ。そう、今まで消え去っていた記憶の全てを、僕は取り戻していたから。

 

 

「アルッ・・・・・オイッ!?」

 

僕の顔色が変わったのを敏感に感じ取った兄が見る間に形相を変え、僕の肩を乱暴に掴むとガクガクと揺さぶってきた。

 

「俺・・・・何か間違えたか・・・・!?どこだ?どこがヘンだ!?呼吸は?出来てるか!?アル!アルフォンス!!!」

 

興奮のあまり放っておくと何をしだすか分からない兄に、僕はひとまず自分の感情を横に置き、彼を落ち着かせる為に出来るだけゆっくりした口調で宥めた。

 

「ごめん。ちょっと驚いただけ・・・・兄さんこそ、身体に違和感はないね?」

 

 「アル!驚かすなバカ野郎ッ!!」

 

 僕にしがみつくその人の裏返った声がすぐに嗚咽に変わる。何とか泣く一歩手前で耐えているらしいけれど、ここで僕が言葉を選ばすにいればきっと堪らず泣きだしてしまうに違いない。

 

「兄さん・・・・・ごめんね。大丈夫。すべて思い出したよ。母さんを錬成しようとした日の事も、師匠の下で厳しい修業をしたことも、兄さんが僕の身体を取り戻してくれた日の事も・・・・・・・あなたと初めて結ばれた夜の事も、ね」

 

「阿呆!ソレは・・・・余計だ・・・・ッ」

 

 

兄の手が、僕の背を抱きしめている。温かい、生身の両腕が。記憶をなくしていた間の僕は、兄の生身の右腕左足を目にしておぼろげながら安堵らしき物を覚えてはいたけれど、ここまで鮮明な強い感情で喜びを感じる事が出来ないでいた。

 

ずっと取り戻したいと切望していた、兄の左脚と・・・・・そして僕の為に失った右腕。

構築式に組み込む身体の情報は遺伝子から取り入れるから、生まれた後にできた傷などは当然再現される事はない。かつては機械鎧の接合部だった場所にあったはずの痛々しい傷痕や、過去の激しい戦闘による傷痕・・・・それらすべてが消え去った兄の身体を抱き寄せ、右の肩に口付けた。

 

嬉しい、嬉しい・・・・・!!触れている唇に温もりを伝えてくる、これが兄の生身の右肩の感触なのだ。湧き起る熱い感情に突き動かされるまま、僕はそこに軽く歯を立て、舐り、吸い上げ、唇で愛撫を贈る。するとそれまで強い力でしがみついていた腕が全く逆の動きをして、首を竦ませながら僕の頭を押し返そうとしてきた。でも、離れない。放したくない。

 

「あ・・・・ッアア・・・・・ん、アルッ、こん、なトコで・・・・・・サカるんじゃね・・・・て」

 

そう窘めてくる吐息交じりの声にさえ、僕は煽られるだけだった。壁のフックにかけてあったタオルで兄の体を包むと、少し乱暴な仕草で横抱きに抱え上げ、バスルームを出た。もう、一秒だって、一瞬だって待てない。

 

入った部屋のドアも開けたままで、兄の体をベッドに下ろしながら待ち切れず口付けた。こんな時、いつもなら囁く甘い睦言も、今は口にする余裕など無かった。触れたい。感じたい。早くひとつになりたい。気ばかりが焦って、これではまるで初めてセックスをするティーンエイジャーだ。けれど余裕がないのは相手も同じ事で、まだ何も施していない内から身を震わせ、目を潤ませ、熱を集め始めた中心は早くも泣き始めていた。それを手の中に収めるだけで岸に打ち揚げられた魚のように全身を大きく反らせ、悲鳴にも似た吐息を漏らす。

 

「ヒア・・・・ッ!ま・・・・・待て、やっぱり少し待・・・・・・」

 

「待てない」

 

荒い呼吸の合間にかけて来る静止の声にかぶせる様に短く返して、背を向けようとする身体を力任せにシーツに縫い止め、汗ばむ首筋に甘く噛み付き、手探りで探し当てた胸の飾りを指先で弄ぶ。

 

「あ・・・・・アアアッ・・・!い・・・・ヤダ、待てッて・・・・・うあ・・・」

 

 激しく首を振ってなおも言い募る兄の様子に、どうにか手を止めその顔を見下ろすと、まるで初めての時の様に不安な表情をしながらも僕を睨みつけている。

 

 「何か・・・・不満でも?」

 

「とぼけんな!お前・・・・・お前ッ!オレの身体をどうしやがった・・・・!?」

 

「・・・・・・は?」

 

兄の言う言葉の意味を図りかねて、何とも場違いな間の抜けた返事をしてしまった僕の胸を押し返しながらガバリと起き上がると、兄は両腕で自分の身体をガードするように抱きベッドの端までズルズルと後退してしまった。困ったのは僕だ。まさかここで『おあずけ』なんて食らった日には、その反動でこの人にどんな仕打ちをしてしまうか・・・・・・というくらいには十分に切羽詰った状態なのだ。

 

 「『どうしやがった』って、まだ何もしてないでしょ?どうしたの、何を怒っているの?」

 

 「いつまでシラを切るつもりだ!?構築式に妙なモン組み入れやがったなテメェ!もう一遍やりなおしだ!!」

 

 恥じらいの為ではなく怒りのために頬を紅潮させた恋人は、かき集めたシーツを自分の体に巻きつけてベッドの上に仁王立ちすると、いつもの如く僕に指を突きつけて怒鳴り散らした。・・・・・・今までのシリアスな雰囲気はすべて台無しだ。

でもそこで兄の言わんとすることがおぼろげながら分かってきた僕は、まずいと思いつつも、堪らず笑みを零してしまった。先ほどからの、僕の軽い愛撫にさえ逐一激しく反応を返してくる兄の様子。心を伴ってするこの行為が久しぶりだからというだけではなく、一度失ったはずの温もりを再び取り戻すことができたという心理的な要因が、いつも以上に兄の感覚を鋭敏にしているに違いなかった。しかしそれをまさか、僕が兄の身体を『感じやすい身体』に練成した為だと思い込むなんて・・・・・!

 

 

「そんなに、感じちゃった?でも僕は本当に何もしていないんだけどな」

 

「ウ・・・・・う・・・・う・・・・嘘吐けッ!!じゃあ、なんでこんなんなるんだよ!?」

 

「あなたが僕を愛しているからだよ。それに・・・・・・」

 

ほら、と、その人の引き寄せた手を自分の熱を帯びた部分へと導いた。一瞬ビクリと手を引きそうになったけれど、兄はさらにもう片方の手を添えてじっくりと熱い視線をそれへと向ける。

 

「ね・・・・・僕も、なんだよ。あなたが愛おしくて、早く欲しくて仕方がないよ。今日はみっともないところを見せてしまうかも」

 

「アル・・・・・・すげ・・・・・・なあ、ドキドキしねぇ?」

 

「うん・・・・心臓が壊れそうなくらいドキドキするよね、もう余裕なんか全然ないよ」

 

 素直な気持ちでそう白状すると、くしゃっと笑った兄が僕の唇に音をたてて軽いキスをひとつくれた。そして「お前・・・・可愛いよ、アルフォンス。なんて可愛い男だ・・・・・!」などと言いながら僕の頭を抱き寄せて、髪をぐしゃぐしゃと掻き回している。

 

 「信じてくれた?ちゃんと真面目に練成したんだよ、僕」

 

 「ワリ。いくらお前でも、そこまではやんねぇよな・・・・」

 

 「ちょっと。『いくらお前でも』って、それはないんじゃないの?」

 

 「あー・・・ソレは・・・・あれだ、ほら。いくらお前ほどの錬金術師でも、流石に咄嗟にそこまでの理論を組み立てて構築式に組み込むのは難しいかな・・・・と」

 

「・・・・・じゃあ今はそういう事にしておいてあげるよ。・・・・ねぇ、それより兄さん、分かってる?」

 

すっかり艶っぽさを失った雰囲気を立て直すべく、僕は兄の右腕をとり、それに唇を滑らせながら囁きかけた。

 

「あ・・・・・・ッ!アル・・・・・だから、そんな・・・・・すんな・・・!今日はホント俺ヤバいんだって!」

 

たったそれだけの事に感じてしまうらしい兄の、さらに弱い部分を唇で探る。兄の生身の右腕と左脚を取り戻すという事を、僕は本当に長い間切望していたのだ。ようやくその願いが叶った時、皮肉にも僕の記憶は失われてしまい、兄と共にその喜びを分かち合う事が出来なかったけれど・・・・・でも、今は・・・・・もう。

 

「あなたが危うく命を落としかけて、僕が記憶をなくしたあの日から・・・・・どれだけの時間が経ったと思ってる?その間、あなたと僕は離れ離れになっていたようなものなんだよ?僕が今、過去やこの瞬間やこれから先にあるだろう全てをあなたと分かち合える自分に戻ることが出来て、それがどんなに嬉しいか・・・・分かる?」

 

「ふ・・・・・アル・・・・・・・」

 

右側の肩から指先までを丹念に唇と舌で愛されただけで、その人はもう恍惚とした面持ちで熱い吐息を繰り返し吐くばかりだ。その身体を再び横たえ、雑に巻き付けられたシーツを抜きとり全てを露わにすると、今度は左足の膝裏に手を入れて、腿の内側にキスを落とした。その瞬間、恋人の果実がふるりと形を変えこれまで以上に蜜を滴らせ始める様子を目の端に捕えながらも、僕はそれに手を出さなかった。恐らくそれは、何の愛撫を施すまでもなく弾けてしまいそうに見えたから。

 

足の甲に口付けながら、恋人の媚態を見下ろす。

 

乱れたシーツにしどけなく横たわり、足を広げられているから全てが僕の目に晒されている。その全身は既にうっすらと桃色がかり、それぞれの手は掻き寄せたシーツを掴み、くぐもった声に目をやればぎゅっと目を閉じた恋人は、シーツを口に含んで噛み締めていた。金の髪はすっかり乱れ散らばり、涙がその頬を濡らしている。今はまだ、この行為のほんの始まりでしかないのに・・・・・・・。抱いてしまえばきっと瞬く間に気をやり、意識を失ってしまうに違いない。

 

僕はしばし逡巡した。確かに、自身をこの人の熱い身の内に埋めて、ひとつになって快感を分かち合いたいとは強く思う。けれど今この状態の彼にそれをすれば、きっと意識を保ってはいられないだろう。それでは意味がないのだ。ふたりで互いの存在を確認し合い、愛を確かめ合い、温もりを実感する・・・・・・大事なのは、どちらか一方がではなく、ふたりで全てを等しく分け合う事なのだから。

 

「にいさん・・・・・辛いでしょう。やっぱり一度出しちゃおう・・・・・ね?」

 

「な・・・・・に・・・・?アル・・・・・・アウ・・・ッ!ア、ア・・・」

 

抵抗する隙を与えずに兄の熱を口に含むと、感じさせることよりもただ放出させるだけの為に性急に刺激を与えた。苦痛を訴えるような悲鳴にも似た声を上げ、兄は身体を丸めると瞬く間に逐情してしまった。

 

放出の余韻にまだ身体を痙攣させ、途切れ途切れの呼吸の合間にも僕に向けて文句を投げて寄越す可愛い人を胸に抱き寄せた。

 

「なに・・・・す・・・・・いきなり・・・・ヒトを、殺す気か・・・・っ!?」

 

「でも、これで少し落ち着いたでしょ。お願いだから、早々に気を失ったりしないように頑張って?思う存分、僕を甘えさせてよ・・・・」

 

僕の言葉に、まだ整わない呼吸のまま両手を伸ばして僕の頭を撫でると、嬉しそうに苦笑しながら兄が言う。

 

「ホント、甘ったれで困ったヤツだなぁお前。じゃあオレの“お願い”も聞いてもらわねぇといけねえな」

 

「なに」

 

「ん・・・・滅茶苦茶にすんのは、やっぱ止めだ。極力手加減してくれ・・・・俺も、なるだけ長くお前を感じてぇんだ。・・・出来るか?」

 

神妙に頷いて見せた僕に、兄はそれまで浮かべていた笑みを真剣な面持ちに変えると、トサリとシーツに身を投げ出し、右の手を此方に差し出して僕を誘った。

 

「アル・・・・・・おいで」

 

言われるままに兄の上に身を被せ、口付けを交わし、抱き合う。

ゆっくり。ゆっくりと愛し合おう。確かめよう。急ぐことなどないのだ。この人が、僕の傍にいてくれる。吐息が触れ合うほど近くにいて、その温かい両腕で僕を抱きしめてくれている。

 

 

ただ・・・・・・幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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