ひかりへと続く扉M〜溶解

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この人は、記憶を失くす前の僕に抱かれていた。

 

記憶を失くす前の僕は、確かにこの人を抱いていた。


 


きっと“兄”は・・・・・・・僕の、恋人だった。



 

なぜそれを、あたりまえな事のように受け止めていたんだろうか。

 

僕と彼は、真実血を分けた兄弟で、男同士で・・・・・・なのに。




 あの男が吐いた、本来の感覚ならば耳を塞ぎたくなるような事実を露呈する言葉達。
 
 

 それなのに。


 

 それを聞いた瞬間の僕の胸が、どんなに激しく歓喜に打ち震えたか、言葉では言い尽くしようもなかった。
 
 僕は、紛れもなく、そして途轍もなく大きな喜びを実感していた。



 あの人は、僕のもの。

 他の誰でもない、僕だけのもの。




 ”近親相姦”だと?

 たったそれだけの事に、一体何の問題があるというのか。

 そんなもの、所詮人が創った下らない枠組みでしかない。

 そんなちっぽけな道徳心に囚われていたら、目の前のこの人を手に入れることなどできやしない。

 そんな事さえ理解できない愚かな人間が、低俗な言葉でその人を傷つけようというのか。

 お前になど、この美しい人を汚す権利はない。この人の何かを語る資格など、ある訳が無い。

 

 僕とこの人が愛し合う事。
 
 まるでそれが罪であるかのように、穢れた事であるかのように言うこの男の言葉に、僕は逆上した。


 
 









 その後、“兄”とふたり家へと帰る道を辿りながら、僕は自分の気持ちを抑えるのに、只々必死だった。

 ともすれば、肩を並べて歩くこの人を抱きしめてしまいそうになる衝動に駆られ、その度にこっそりと溜息をついては、胸の内にこもった熱を逃がす事を繰り返した。


 “にいさん”。

 僕は、あなたを抱きしめたい。

 抱きしめてもいいの?

 口付けてもいいの?

 
 今日の朝、あなたの首筋に見つけてしまった口付けの痕。

 あれだってきっと、何か事情があったんだよね?


 あなたは、本当に僕のものなんだよね?




 だって、“この事実”はあまりにもすんなりと、僕の失った記憶を心地よく補ってくれるように思えるんだ。


 ずっとずっと探していた大事なものにようやくめぐり逢えたような、そんな喜びと安堵を感じるんだ。

 

これを、探していたんだ。


 僕が失くしていたのはきっと、この愛しい人の存在だったんだ。

 



そう、思っていたのに・・・・・・・・・・・。

 

 

 

そこに愛はなかった、と言い切るその人に、一瞬殺してやりたくなるほどの怒りを覚えた。

 




如何にも物馴れなさそうなその唇で、清潔そうなそのまなざしで、はっきりと自分の爛れた性癖と、それを窘めてくる弟に身体の関係を強要していた事を僕に告げた、その人。


想いあっていた訳ではなかった。

ただ欲望を処理するためだけに弟を利用していたのだと、その唇に笑みさえ浮かべてそう言った。

 

本当に・・・・・・・・・・?

 

信じられなかった。

 そして、なにより信じたくなかったのは、その人の表情や素振りの端々から感じ取ることのできる恋人の存在だった。僕に対してそういう“愛”を感じていなかったというのなら、他にそう呼べる存在がいるという事だ。

 

 そんなこと、認めたくない。認められない。

 僕の中にある何かが、この人は自分のものだと、分別のつかない子供のように叫び声を上げていた。

 

 それなのに、その人は更に言ったのだ。それは大した事ではない、と。


 その身体に誰が触れようと、あなたは頓着しないというの?僕がこんなに求めているのに、愛おしくて大切だと思っているのに、その自分をぞんざいに扱って、貶めて、平気な顔で笑っている。

 それだからこそ言った、半ば本気ではなかった誘いさえも拒まれ、そして恋人がいるような素振りを見せられたことで、火がついてしまったのだ。


 胸の中で凶暴な衝動が沸き起こって・・・・・・・だから僕は、どうしてもそれを抑えることが出来なかった。

 

 

 





 

 全身で持てる力のすべてを行使して抗い続けるその人を、強引に自分の部屋へと引きずるように連れて行き、ベッドの上に押さえつけた。灯りをつける余裕などなかったから、青白い月明かりだけがぼんやりと差し込む暗い部屋の中、ほとんど引き裂くようにしてその人の衣服を取り去った。身体の下で暴れている人は必死な様相だったが、それはこちらも同じことだった。僅かでも油断しようものなら、容赦なく急所めがけて肘や膝を当てようとしてくるのだから、そんな相手を傷つけないように抑え込むのは、とんでもなく至難の業なのだ。

 上から圧し掛かり、両手両足を駆使して全身を押さえつけても、諦めることなく抵抗をしてくるその胸の先に唇を落とすと、悲鳴のような静止の言葉が投げかけられたけれど、すべて無視した。そして、全身で拒みながらも、その人の身体が僕の愛撫に素直に応えてくることが、どうしようもなく悲しかった。

 

相手が誰でも、そうやって身体を震わせて快感を伝えるの?僕以外の誰かとも、平気で身体を重ねていたの?

 

その身体をうつ伏せにして背後から抱きしめた途端、それまで以上に激しく抵抗をしてくる身体をさらに強い力で押さえつけながら、僕は思い通りにならない白い背中にきつく歯をたてた。身体が強張ったところで、今度はその血の滲むすぐ横に吸い付くような愛撫を与えると、明らかに感じているらしい悲鳴のような声を上げ、全身を震わせ、僕に快感を知らせてくる。

その場所に与えられる愛撫の感触を、この身体は既に知っているのだと分かる。こんな事をするのはきっと、その相手は女ではなく男なのだろう。

本当に、恋人がいたのだろうか。こんな風に後ろから抱きしめられながら、背中に愛撫を受けてその身を快感に捩じらせたのだろうか。その、恋人の名を呼びながら・・・。

 

そう思った刹那、湧き出してきた目が眩むほどの怒りに突き動かされるまま、その傷に噛み付くように口付けた。

 

 

許せない。

許さない。

絶対に渡すものか。

この人の心も身体も、何もかも全てが僕のものだ。誰にも渡さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の下にあるその小さな身体から、かたかたと振動が伝わってくる。

 

本当は、もっと、優しくしてあげたかった。でもその心はここには無く、その人は今、僕の腕に抱かれながら僕ではない誰かを想い、その身を堅く閉ざし、ただ震えている。

出来ることなら、その人の目を見ながら優しく抱いてあげたかった。でも、その心の中で、ほかの誰かの名前を呼びながら苦痛と悲しみに耐えているだろう顔をみる勇気は、僕にはなかった。

いくら解しても受け入れることを拒み続ける蕾に、無理やりねじ込むようにして最初の侵入を果たすと、その小さな身体はますます強張り、動かすたびにその背を苦痛にそらし、痛々しい悲鳴を上げ続けていた。

全てを受け入れさせて、そのガクガクと震える腰を腕で抱え込み、さらに深く繋げると、それまで堅くシーツを握っていた白い手袋のままの両手を前へと伸ばし、何かに縋るようにあたりを探っている。

 

「ア、・・・・・ア、ア、・・・・・・いや・・・・いや・だ・・・・・っ!」

 

恋人の手を、探しているのだろうか。

 

さ迷いながらシーツを掻き毟るその両手に自分の手を重ねあわせて指を絡めた瞬間、それまで胸の中で消しても拭っても滲み出し続けていた気持ちが突然堰を切ったようにあふれ出し、津波のような勢いで僕の全身を覆いつくした。

 

 

この人が、愛おしい。

 

 

大事にしたい。慈しみたい。
 こんな風に傷つけたくなんかない           

 

こんなに、愛しているのに。

 

 

 

汗ばむ項に、耳の後ろに、首筋に、優しくキスを送りながら言った。

 

「僕を・・・・・・その人だと思っていいよ・・・。怖がらないで、愛してる。愛しているよ、だから、そんなに震えないで・・・?」

 

「い、や・・・・・アルッ、アルッ・・・・・・・アル・・・フォ・・・助け・・・!」

 

「・・・・・動かす・・・・・よ・・・・」

 

「アアア・・・・ッ!?イッ・・・・・うああっ!!」

 

「ニイサン・・・・・ゴメン・・・痛い・・・よね?」

 

「んあ・・・・・・・・っアル、アル、アル・・・ウッ!アルフォ、ンス・・・!」

 

 

 

何故、そんな切なそうな声で僕の名を呼ぶの?

 

 

 

「はあ、は・・・・・あ、アルッ、アルフォンス・・・・アル・・・!」

 

 

 

あなたが愛している人は・・・・・誰?

 

 

 

「アル・・・・・ッ、言って・・・・・あ・・してるって・・・・・言って、アル・・・・ふ・・・っ」

 

 

 

それは、もしかして・・・・・・。

 

 

 

「にいさ・・・ん?」

 

 

 

 

「いって・・・くれ・今だ、け・・・・・・・アルフォンスッ・・・・・!」

 

 

 

 

 

それは、              僕?

 

 

 

 

 

 

動きを止めてその人の肩越しに唇を寄せると、その頬は、たくさんの涙で濡れていた。

 

嗚咽を漏らさずに、僕に気付かれないように、いつからそんな風にひどく泣いていたんだろうか。

 

 

 

 

どうしてそれだけで分かってしまったのか、自分でもよく理解できなかったけれど、僕はその涙を見ただけで全てを悟った気がした。

 

 

すべてが、嘘だったのだ・・・・。

 

酔って誰とでも身体を繋げるという事も、それを窘める弟に身体の関係を強要したということも。

 

そして      

 

 

 

そして、他に恋人がいるという事も。

 

 

 

 

「泣かないで。ごめんね。だけど、僕はあなたを愛しているんだ」

 

「いう、な・・・・!」

 

さっきは、“言って“って言ったくせに。

 

「何度でも言うよ。愛してる。愛してるよ。あなたを、愛しているよ」

 

「だめだ・・・・・俺たちは・・・・・」


 


愛しているという僕の言葉を聞いた刹那見せたその人の表情が、もう総てを物語っていた。


怯えているのに、それを裏切るように紅潮する頬が、そのひとの嘘を暴き出していた。

 

 

「兄弟だから?血が繋がっていながらこんな関係になってしまったことを悔いて、それで僕から離れようとしてあなたはあんな嘘を吐いていたの?」

 

僕の気持ちの中では、もう総ての破片がキレイにあるべき場所へと納まって、もはや嵌め変える余地など寸分もなかったけれど、彼にその事実を認めさせるために敢て、そう訊ねた。

 

「嘘じゃねえっ!」

 

「関係ないよ。兄弟だとか、男同士だとか、今更そんなことにどんな意味があるというの?大事なのはあなたが僕を愛してくれてるのか、そうじゃないのか、ただそれだけだよ」

 

ようやく解れてきた身体を再び強張らせ肩を震わせているその人の中から、一度身を引いてその身体を仰向けに直し、片足を自分の腕に掛けるようにして持ちあげる。その僕の動きを止めるように、まだ震えを残す手が弱々しく僕の肩を押し返してきた。

 

「アル、もういい。もういいから。今日はもう俺・・・・・満足、したから・・・・・これで、終わりでいい。お前だけ・・・・・その、・・手で・・・・・やってやるから・・・」

頬を染めながら、おずおずと僕の中心に手を伸ばしてはそんなことを言う。

この期に及んでまだ、自分と僕との関係を身体だけのものだと言って押し通すつもりなのか。

 

「・・・本当に、嘘が下手な人」


 「う、嘘なんかじゃ・・アウ・・・・ッ!」

 

今まで僕が納まっていたしっとりと濡れたそこに、少し乱暴な仕草で指を挿し入れた。

 

「誰とでも平気で寝るような人が、なんでそんなにぎこちなく愛撫を受けるの?それにココも言うほど経験ないみたいだよ。なかなかほぐれない」


 「やめ・・・・・!お、まえが・・・・・下手だから・・・・っだろ・・・・」


 「そのセリフを口にしたこと、後悔させてあげようか?」

 

本当に、なんて可愛い顔をしながらも口の減らない人なんだろうか。傷つけないようにそっと指を動かして内側を愛撫すると、びくりと身体を震わせる仕草がたまらなく扇情的だ。

 

「アル・・・・・・も・・・マジで、今日は・・・・」

「いや?」

「・・・・・・・・」

「本当に、嫌?」

「・・・・・・・・・」


 僕の下でギュッと目を閉じたその人は、じっと何かに耐えているようだった。

 



 

なぜだろう、

 

不意に・・・・・・本当に突然に、

 

その言葉は僕の脳裏にぽっかりと現れた。

 

 

 

「イバラの・・・お城に・・・閉じこもらないで・・・・・・」

 

 

「・・・・・・アル・・・・・・・っ!?おまえ・・・・・」

 

 

 

するとどうだろう。
 それまで頑なだったその人の表情が一瞬にして解かされるように変化した。

その人が欲しいと思っていた言葉を、僕はあげることが出来たのだろうか。

 

 

ひかりが、見えたような気がした。

 

 

「僕は、僕だよ。他の誰でもない、僕だよ。分かる?兄さん。記憶を失くす前の僕も、失くしてしまった今の僕も、同じ僕なんだよ」

 

目を見ひらいたまま僕を見上げてくるその人の額に自分の額を擦り合わせて、続ける。

 

「愛しているよ。どんな経緯で僕とあなたがこんな風に愛し合うようになったのかは分からないけれど、例えばまた、今の記憶を失くすようなことがあったとしても、僕はあなたを同じような心で愛するんだろうな」

 

動かない、何も言わないその人の唇をそっと自分の唇で愛撫する。僕は、この感触を知っている。身体が・・・・憶えている。


 ・・・・・嬉しかった。


 

「ねえ、兄弟なんだから当然、そんなロマンチックな出会いとかじゃないんでしょう?だからきっと僕は得をしたんだと思うよ」


 「・・・・・・・・?」

 

不思議そうに見上げてくるその瞼にキスを落とした。

 

「だって、あの病院で初めてあなたを見たとき、僕はあなたに一目惚れしたんだよ。なんて綺麗な人なんだろうって思ったよ」


 「・・・・・・・バカか・・・・お前」


「やっと普通に口をきいてくれたと思ったらソレですか。ふふふっ照れてるんだ?」


 「るせ・・・・っンア・・・ゆ・・・・・指・・・・・ふ・・・」

 

挿しいれたままの指の感覚を思い出したらしいその人が、びくりとその身体を震わせて目元を赤く染める。

ああ、本当に、なんという美しさだろうか・・・・。

 

さっきまでの、ささくれだって氷のように冷えていた心が、瞬く間に溶きほぐれて温度を取り戻していく様が手に取る様に分かる。実感できる。

大丈夫だ。もう僕は、この人を悲しみや痛みに泣かせることなく、優しい気持ちで慈しみ、愛を与えてあげられる。

頭で考えるのはやめよう。きっと、この身体のどこかに愛しい人の記憶の破片が眠っているはずだから、今は心の内にあるものを、僕はただ正直に見せてあげればいいだけだ。

 

僕の体の下。大人しく伸ばした躰を横たえたまま、熱に浮かされたような潤んだ金の瞳で僕を見上げてくる可愛い人の胸の中心の窪みにそっと唇を押しあてた。

薄い皮膚を通して、僕の唇にかすかな鼓動が伝わってくる。

 

愛しているよ。愛しているよ。愛しているよ。

 

そういって、何度も何度も繰り返し、一生懸命僕に伝えているようだ。

 

「ごめんね。ちっとも気付いてあげられなくて」


 直接、皮膚の下の命の中心に言葉と、キスを贈る。

 

「アル・・・・・お前・・・・・・・ぅ・・・・ッ」


 「・・・・・・・・・どうして、泣くの」

 

僕の発した言葉のどの部分が、彼の心の琴線に触れたのだろうか。突然、幼子のように顔を歪め、はらはらと涙を溢れさせ、声をだして泣きじゃくり始めた。

 

「ふ・・・・う、うっ・・・・・うう〜・・」


 「にいさん?」

 

顔を覆い隠していた両手をそっと開かせて、激しく泣き続ける顔のあらゆる場所に思いの丈を込めてキスを贈る。

 

「ア・・・・・ア、ルッ・・ご、ごめ・・・・んオレッ」

「いいよ、ゆっくりで。まだ無理して話さなくてもいいよ、待ってるから」

「いまっ・・・い、ま、・・・いい・・・いたい・・ん、だっ・・・」

「うん・・・・・」

 

しゃくり上げ、つっかえつっかえしながら、拙い言葉で、自分の本当の気持ちを懸命に伝えようとしてくるその人言葉に耳を傾けた。

 

「ごめ・・・・・・ん、な?俺は・・・お前を、こんなっ・・・道に引きずり込んだらいけないって・・・・だから、ただの兄弟だったことにしようって・・・・・思ってた、ケド」


 「・・・・・・・うん」


 「違った・・・・・ホントは、自分、が・・・・こ、怖かったから・・・・・お前のことが、こんなに好きで、好きで、他の事なんか全部どうでも良くなるくらい・・・・・頭がおかしくなるくらい、お前ばっかりで・・・・だから、もし失くしたりしたらどうしようって、そんなことばかり考えて、そんな俺がいつかお前を駄目にしちまうんじゃないかって、怖くて仕方なかった。だからお前が忘れてるんなら、そのままでいようって、きっとその方がいいって・・・勝手に決め付けて、お前の気持ちなんか全然考えてなく、て・・」

 
 「うん。分かるよ。大丈夫。僕も同じだよ。あなたがもし急にいなくなってしまったり、その心がどこか違うほうへいってしまったり・・・・そんなことを考え出したらきっと怖くてどうしようもなくなるよ」

 
 「アル・・・ッ!!アル、アル、アル、アルフォンス・・・・!」

 

その両腕が僕の背にまわされて、きつく抱きしめてくるのが嬉しかった。変わらず涙をこぼし続けながら、額を僕のあごの下に押し付けて、まるでそれ以外の言葉を忘れてしまった人のように、何度も何度も僕の名前だけを呼び続けるその人が、どうしようもなく愛おしいと思った。

 

「にいさん。ああ、もうそんなに泣いて・・・・・目が溶けちゃうよ?」


 「・・・か・・・って、に・・・・て、くる・・・・・・・っ」

 

しゃくりあげて殆ど言葉になっていない声を僕に向けてくるその人の両手の指先ひとつひとつ、手袋の薄い布越しに順番にキスをする。本当は、直接口付けたかったけれど、いつでも手袋を外すことを頑なに拒むその人の気持ちを大事にしてあげたくて、今だけはその秘密ごと抱きしめてあげようと思った。

ゆっくり、ゆっくり、その感触を自分の唇が覚えているはずの記憶になぞらせる様に、ことさらゆっくりと。

 

左手の小指から、薬指、中指、人差し指、親指。そして・・・・。

 

見上げてくる濡れた金の瞳を見つめ返しながら、今度は右手の親指に・・・・・・。

 

「・・・・・・・・なんだろう・・・・」

「・・・・・・・アル?」

 

「ん。なんだか今ね、右手の親指にキスをしたら、じんわりと胸が暖かくなった・・・・」

「・・・・・・・アル・・・ウ!」

「わ!?なに?まだこれからさらに盛大に泣くつもり?」

 

どうしたことか、せっかくおさまってきたと思っていた涙が再びその頬を濡らしていく。本当にもう、今日のこの人はとことん駄目らしい。

 

「わ・・悪ィ・・・ッオレッ、き、今日マジでぶっ壊れちまってるから・・・・・き、気にすんな、したかったら、勝手に泣いて、る・・・から・・・・・・・気にしないで、ヤっちまってていいぜ・・?」

 

どうやら途中で投げ出されたままの僕の欲望の処理について気を使っているらしく、嗚咽を漏らしながらあまりにも雰囲気のないセリフを吐いてくるから、僕は思わず噴出してしまった。

 

「ふ・・・・っふふふっ!あはははははは!」


 「な・・・・・笑うなっ馬鹿!ひ・・ひとの真心をなんだと思ってやがるっ!?」

 

真っ赤になって、その額にうっすらと汗さえ浮かべながら恥ずかしそうに怒っているその人の身体に両腕をまわし、しっかりと胸に抱きこんだけれど、抵抗されることはなく大人しくされるがままになってくれていた。

僕よりもふた周りくらい狭い肩幅はキレイに僕の両腕の中に納まるサイズで、抱きしめられているその人の唇は僕の鎖骨に触れるか触れないかの場所にある。

なんて僕の身体にしっくりくるんだろう。いや、それとも僕の身体がこの人の身体に合うように出来ているのかもしれないな。そんな取り留めもないことをぼんやりと思っていると、腕の中の人までがこんな言葉を呟いた。

 

「なんで俺の体ってムカツクくらいキレイにお前の腕ン中に納まっちまうんだよ。クソッ。あんときもっと小さくお前の身体を錬成してやれば良かった。なんでそんなオイシイ事思いつかなかったんだ俺・・・・・!」

そんなふうにぶつぶつと、例の一件の際に行ったという錬成の事をいっているらしい。


 「ありがとう、にいさん。僕をちゃんと創ってくれて。僕はあなたのことをこんなふうに包みこんであげたいって、いつも・・・・いつでも思っているんだよ。だから今、とても嬉しい。貴方にどう伝えたらいいんだろう?この気持ちを。僕と兄さんをこの世に生みだしてくれた父さんと母さんにも、感謝する気持ちでいっぱいだよ。愛してる。愛しているよ、エドワード」


 「・・・・っよしてくれ・・・・・っ!!目が、マジで溶けちまう・・・・・!」

 

くしゃりと泣き笑いのような表情を一瞬したあと、また僕の胸に顔を押し付けて肩を震わせている愛しい人の頭を、その背を、想いの丈を込めて何度も撫でた。

 

何度も、何度も。

 

今の僕のこの気持ちが、腕の中の人に、少しでも沢山伝わるようにと祈りながら・・・・。

 

 

 


 



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******はいはい。まだまだいちゃいちゃしますよ〜。甘くて嫌んなっちゃいますよ〜****