ひかりへと続く扉L〜絶望

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今からしようか?」

 

 

不自然な沈黙のあと、なんの前触れもなしに、その言葉は投げかけられた。

抑揚を抑えたその声からは、何の感情も感じ取ることが出来ず、俺はどう返せばいいのか困惑した。

 

「は・・・・・、何・・・言ってんだ・・・・お前?」


 「どうしたの?そんな顔して。いつものことだったんでしょう?誰とでも出来るんでしょう?だったら別にいいじゃない。やろうよ」


 「あ・・・・・今日・・・は、そっそんな気分じゃねえ・・!」


 「僕はそんな気分だな。ねえ・・・・・・?」

 

いつの間に距離を詰められていたのか、すぐ隣にいたアルフォンスに左腕を掴まれ、思わずその貌を見上げる。感情をどこかに置き忘れてきてしまったかのような暗い目が、じっと、俺を射止めるように見下ろしていた。

 

「どこまでしてたの?やっぱり最後までやっていたのかな?当然あなたが入れられる方なんでしょ?」

「ふざけんな・・・・はなせ・・っい・・・つ・・!」

 

咄嗟に背を向けようとしたけれど、もう片方の手首も掴まれて、逆に対面させられるかたちになった。尋常じゃない強さで掴まれた手首が悲鳴を上げていた。振りほどこうと力を入れているのに、びくともしなかった。
 そこで初めて俺はアルフォンスの常になく怒りを露わにした表情を見て、自分のやり方が間違っていたことに気がついたけれど、事態を修復することは最早叶わなかった。


 恐らく、自分の兄である俺の堕落した現状を聞かされたことが、弟を精神的に追いつめてしまったのだろう。何しろ記憶が無い以上、唯一の拠り所とも言えるたった一人の家族である俺が、こんな不道徳極まりない行いをしていると思えば、アルフォンスのこの動揺も当然のことかも知れなかったけれど。

しかしこのままでは、いつかと同じ轍を踏むだけだと力の限り抵抗を試みても、悔しいかな体格の差ばかりではなく、昔から体術に関しては常に自分の上をいっている弟に本気になられれば、当然なす術もないのは道理だった。それでも何とか逃れることは出来ないかと往生際悪く足掻く俺に、怒りが最高潮に達したときに出す、弟の平淡な、しかしぞっとするような冷たい声が浴びせられた。

 

「放してなんかあげないよ。それとも今は恋人がいて、その人に操立てでもしているの?」

 

愕然とした。


 それは、昨日の朝にも聞かれたことだった。いくら記憶が無いとはいえ、またしてもそんなことを平然と聞いてくるアルフォンスに、もうずっと長いこと押さえこんでいた絶望と悲しみが、熱い塊となって胸をせり上がってくる。


 

他でもないお前が。お前が、それを俺に云うのか・・・・・?

 

 この俺が“恋人”と思える相手なんて、今も、これからだって、お前以外にはありえないのに。

 言えるものなら言ってしまいたかった。「それはお前なんだ」と。

 

 

答えられずに言葉を詰まらせている事を肯定と受け取ったのだろう。なるほどとでも言いたげな表情でこちらを見ながら数回頷いている相手を、とうとう俺は直視することができなくなって視線を背けた。

 

「・・・・・・・・・・・・」


 「へえ・・・・そうなんだ・・・?」


 「放せ」


 「駄目。僕に恋人が出来るまでは、今までどおり付き合ってもらうよ、ニイサン」

 

有無を言わさぬ口調でそう言われざま、ものすごい力で引き摺られ、連れて行かれた。

 

「よせっ・・・て・・・・・・・!」

 

信じられない。
 記憶を失くしているくせに、どうして自分の兄などと関係を持とうとするのだろうか?


 やはり、さっき俺が言ったセリフに弟として怒りを感じるあまり、心のタガの外れたままに、混乱して妙な行動に走ってしまっているのかも・・・・・・・。

 

 

 








 

 

精一杯の抵抗も難なく封じられ、いとも簡単にアルフォンスの部屋へと引きずり込まれた俺は、そのベッドの上で無意味にも抗い続けていたのだが、今では両の手袋以外、着衣の全てが取り払われて、思うがまま身体中を貪られていた。拒絶したいのに、しなくてはいけないのに、アルフォンスを求める俺の身体は意に反して反応してしまう。

 

「へえ・・・・感じやすいんだ。それに、スゴク色っぽいよ・・・・・何だか本気になっちゃいそうだな」


 「うあ・・・・い、や・・・・だっ!やめてくれ・・・・・」

 

まるで弄ぶかのような言葉を吐きかけられて、確かに心は傷ついているのに、いう事を聞かない自分の身体が恨めしかった。

 

「男相手でも、慣れてるんでしょ?なんでそんなに怖がってるの?」

 

ベッドから逃げ出そうと足掻いても、ことごとく動きを封じられ、その身体の下に引き戻される。

 

「もう、イヤだ!放してく・・・・・ん、ああっ」


 「力抜いて、出来るでしょ。これじゃ入れられないよ?」

 

後ろに無理やり潜り込ませようとしてくる指から逃れようにも、前を握りこまれてそれもまた封じ込められる。もう、形振りなど構っていられる状況ではなかったから、俺は何とか情に訴えられないかと一縷の望みをかけて懇願した。

 

「ヤダ・・・っ!イヤだ、イヤだ!頼むからもう、止めてくれ・・・・俺が悪かったから!もうやめ・・・・」

 

けれど、そんな俺の言葉など全く聞こえていないかのように弟の手が、舌が、唇が身体中を這い回って、俺に残されたこの行為をとめる術は、自分の舌を噛み切って命を絶つくらいしか思い浮かべることが出来なかった。今のアルフォンスにとって拠り所となる存在が、俺のほかにもいるのなら、そんなこと容易くやってのけたのだろうけれど。


 
 そして、突然身体をシーツの上でうつ伏せに返され、有無を言わさぬ勢いで腰に手を掛けて引き揚げられた途端、俺の全身から血の気が引いた。


 

違う・・・・・・!これは、俺の知っているアルフォンスじゃない・・・・・。


 

想いを通わせて、初めてアルフォンスと身体を繋げたあの日から、まだそんなに月日が経過しているわけではなかったけれど、すでに俺たちは幾度となく互いの肌を合わせてきた。だから、いくらその度に余裕なく相手の様子に気を配れないでいる俺でも、さすがにアルフォンスの癖というか、抱き方・・・・・というか、そいうものを覚えているのだ。

 

これは、違う。アルフォンスは・・・・・・・・アルは・・・・・・・。

 

どんなに俺が苦しい体勢になったとしても、たとえ嫌だと訴えても、これだけは決して譲らなかった。

 

繋がるときは、いつでも必ず正面を向かされるのだ。

 

背を向けようとしても、必ず引き戻されて向きを変えられたし、身体的な構造上その体勢がどうしたって辛くなる時があっても、謝りながら、宥めながら、決してそれだけは聞き入れてもらえなかった。

 

『ごめんね、でも僕はちゃんと確認したいんだ。コレが、夢なんかじゃないって。僕は現実にあなたを抱いているんだって、いつでも実感したい。他の誰でもない、あなたを愛しているんだって・・・あなたの目を見て・・・・この心に、刻み込みたいんだ』

 

そういって、俺の瞼の上に唇を押し付けて、髪を優しく撫でられる・・・・・・・。

いつも、いつも、いつも、だ。

 

「イ・・・・・ッつ・・・・!」


 何の前触れもなく、背中に鋭い痛みが走り、思わず身体が強張った。アルフォンスが背中に歯を立ててきたのだ。

右の肩胛骨の内側。今はもう無い機械鎧と、生身の身体の接合部だったところ。丁度その場所には、最後にアルフォンスと愛し合った時に付けられた傷がある筈だった。


 行為の最中、恥ずかしさからいつものように背を向けようとする俺の背中に、同じようにアイツが噛んでつけた傷跡がそこには在るはずだったのに。

だけど今では、それすらも消えていた。

あの日の錬成を境に、すべてがリセットされてしまった。

今同じ場所に同じ様な傷をつけられたからといって、これはもう、あの時の傷とは全く違うものなのだ。

 

その背中の痛みの余韻が消える間もなく、無理やり後ろに押し入ってくる熱いものに身体を引き裂かれるような痛みを与えられて、無様にも俺は叫び声をあげながら、自由にならない身体でのた打ち回った。何処までも強引に、容赦なく、まるでわざと苦痛を与えることが目的だとでもいうような行為に、身体だけでなく、俺の心が悲鳴を上げた。

 

 

まるで、まったく知らない、見ず知らずの男に身体を開かれているようだった。

 

 

「うああっ・・・・アル・・・・・ッ!アル・・・・・・!」

 

 

・・・・・悲しくなんかない。傷つくことなんか、ない。

だってこの身体は、アルフォンスの身体だ。今感じている体温だって、正真正銘アルフォンスのものだ。匂いだって、声だって、全部変わらない、同じアルフォンスだ。

 

 

アルフォンスのはずなのに・・・・・どうしてか、俺の身体が拒んでしまう。

 

 

アルフォンスのその心は、俺の中にちゃんとあるのに。その記憶も、俺を愛してくれた心も、すべてこの俺の中にあるのに。

 

 

俺の、この中に・・・・・・・・・ある。

 

 

 

 

いや、ちがう。

 

 

 

 

もう、俺の中だけにしか・・・・・・・・・・・ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*******ごめん、ごめん、ごめんね。兄さんごめん・・・・*******

 

 

 

 

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