終わった……。

 あたしの全身から力が抜け、あたしはがっくりとひざを付き、前に倒れた。

 まるで……身体中から血が全部流れ出てしまったみたいな感じだった。荒い息をつくことにさえ、身体中の力を振りしぼらなければならなかった。

 チャムがあたしの額に前足を当て、あたしの顔色をうかがっていた。

《チャム……力が……、力が入らないわ……》

『魔力を使い尽くしたのだな。無理もない、あれだけの魔力を続けざまに操った人間は、おそらく史上そなた以外におらぬだろうよ。危機は去ったのだ、しばらく身体を休めるが良い』

 ローザがあたしの横に来て、そっと肩を支えてくれた。他のみんなもそばに来て、あたしの顔色をうかがう。

 そんなあたしたちをよそに、ディノクラと他の精霊王たちはにらみ合いを続けていた。

 口論の口火を切ったのはシファー。

「ディノクラよ、なぜこの世界を破壊しようなどとする? この世界は我らが幾千年をかけて育て上げてきたもの。そなたも精霊王のひとりならば、なぜ我らのこれまでの労力を無に帰するようなことを望むのだ?」

 ディノクラは平然と答を返す。

「この世界は我らにとって足かせでしかないからだ、風の王シファーよ。目覚められよ、おのおの方。この世界など、我ら精霊王にとってちっぽけな泡に過ぎぬ。なぜこんな世界に執着するのだ? こんな小さなものにこだわり、我らは本来あるべき姿を見失ってしまったではないか!」

 燃えさかる炎……火の王ガラードが言い返す。

「何を言うか、ディノクラよ。たしかにちっぽけな世界なれど、ここは我らが互いに争うことなく語り合える憩いの場。この世界がなければ、我らは今でも際限なく争いを続けていたことであろう」

「それが良くないのだ、火の王ガラードよ。この世界ができて以来、我らは互いに争うことを忘れた。このちっぽけな世界を育てることに熱中し、さらにちっぽけな生き物を増やすために互いの力を費やすようになってしまった。かつてのように、自らの勢力を伸ばすために戦うことはもはやない。なぜか? 答はわかっているであろう、おのおの方よ」

 ディノクラの闇の身体が、他の精霊王を見据えるようにうごめく。

「……言ってやろう。我らは老いたのだ!」

 意外な言葉だった。老いた……? 不死の精霊王が?

 ばかげた言葉に思えた。でも、その言葉は他の精霊王の心の深くを打ったようだった。他の精霊王が沈黙する中、ディノクラは言葉を続ける。

「我らは精霊王。我らは永遠に不死。されど、我らは老いるのだ! 思い出せよ、おのおの方。この世界ができるまで、我らは活気に溢れていた。互いに覇権を競い、力の限り戦い続けたではないか。

 それがどうだ! 今の我らはこのちっぽけな世界を見守り、指図するばかり。自ら力を振るうことを忘れて久しい。これが老いたということだ!」

 さらに沈黙。精霊王たちは、ディノクラの言葉に圧倒されたように凍り付いていた。

 それから、水の王シターレが波打ち、ためらうように話す。

「それもまた……悪いことではないでしょう。人間たちは子を生み、育てるものです。ほかの動物や植物もしかり。親となり、自らの子の成長を見守ることが彼らの喜びなのです。自らは老いても、子供たちが、そしてそのまた子供たちが新たな時代を切り開く。

 ディノクラよ、私たちも親となってもよいではありませぬか? この世界の親となり、この世界に生きるものすべての成長を見守ることを喜びとするのがいけないことなのでしょうか?」

「人間ならば、それもよかろう。人間の命は限りあるもの。親となり、自らの生み出したものの成長を見取りながら、静かに老いてゆくのもまた一つの道。されど、我らは永遠に不死。その我らが老いるということはいかなることか? それは、老いが永遠に続くということぞ! 水の王シターレよ、そなたは老いたまま永遠に生きながらえることに耐えられるのか?

 目覚めよ、おのおの方。こんなちっぽけな世界など消し去ってしまおう。そして、我らが互いに争っていた、活気あふれていたあの頃に戻ろうではないか!」

 そうか。そうなんだわ。

 ディノクラは怖いんだ。自分たちが老いてゆき、活気を失ってゆくことが。

 ただそれだけのために、ディノクラはこの世界を消し去ってしまおうとしたんだ。

 そして、おそらく他の精霊王たちもまた、老いを恐れている。

 無限の力を持ち、永遠に不死の精霊王。でも、その精霊王でも恐れるものがある。完全に苦悩を超越した存在など、ありえないっていうことか。

 そして、ディノクラは老いを恐れるためにこの世界を消し去ろうとし、他の精霊王は逆にこの世界の成長を心の支えにしようとしている。

「どうやら、そなたと我々とでは意見の一致はありえぬようだ」

「そのようだな、地の王ジーよ」

「ですが、あなたのもくろみもこれで潰えましたね。あなたに仕えていたランセムは倒され、『世界の核』は無事に守られました」

「ふはは……、はたして、そうかな?」

 ディノクラがそう言い放つのとほとんど同時に、

 ピキッ。

 何かが砕けるような小さな音が、静まり返ったこの場に響きわたった。

『なんだ?』

 また同じ音が響いた。今度はもう少し大きく。

 そして、今度はこの場にいる全員がその音の源に気が付き、そちらを見て驚きの声を上げていた。

 音の源は「世界の核」そのものだった。そして、その表面には一本の亀裂が走っていたのだ。あたしたちが呆然として見守る前で、また音がして、そのたびに表面には新たな亀裂が生まれていく。

 八大元素の力が乱れているのが感じ取れた。さっきまでのように整然とした流れでなく、「世界の核」の中で渦を巻き、その表面の亀裂から力が漏れ出している。

 「世界の核」は、砕けようとしているんだ。

『ばかな!』

 チャムが叫び声を上げた。

 あたしたちは、呆然としてその光景を見守ることしかできなかった。

 ただひとりを除いては……。

「ふははははははは!」

 沈黙の中に、ディノクラの笑い声が響いた。

 

 笑い続けているディノクラ以外、この場にいるあたしたち全員は、砕けていく「世界の核」をなすすべもなく見つめていた。

「ばかな……。『世界の核』がなぜ砕けるのだ!」

 シファーが叫んだ。その声には驚愕と、そして恐怖がはっきりと感じ取れた。

 ディノクラはほくそえむように蠢いた。

「おのおの方、忘れたのか? 『世界の核』を破壊するには何をなす必要があるのかを!」「忘れるものか。『世界の核』を破壊するには、我ら精霊王の力を借りた強力な魔術師が、破壊の儀式を執り行う必要がある。そなたが自らの僕に行わせていたようにな。だが、彼の儀式は完成してはいなかった。儀式が完了しなければ、『世界の核』が砕けるはずはない……」

「そのとおりよ。だが、『世界の核』を破壊するにはもう一つの方法があろうが」

「なに……? そんな方法などないは……」

 言いかけたシファーは、ぎょっとしたように言葉を切り、その身体がびくっと震える。

「まさか……もう一つの方法とは……」

「そのとおりだ。そなたたち自身忘れておったであろう。それは、決してあるはずのない方法だからな」

 ディノクラはいまや勝ち誇っていた。まるで無知なものに教え諭すような口調で彼は説明を続ける。

「もう一つの方法とは、その周囲で八大元素すべての力が使われることよ!」

「……そうだった。だが、そんな方法は……」

「本来ならありえぬこと。八大元素すべての力を使える魔術師などおらぬし、我ら精霊王すべてがその者に力を貸すこともありえぬ。だが、そこの魔術師はこの世ならぬ者。そして、その魔術師におのおの方は愚かにもそろって力を貸した。

 この愚かな魔術師は七つの元素の力を使ってくれた。ランセムの使った我が力と合わせて、八大元素すべての力が揃った。それが、『世界の核』を破壊したのよ」

 ディノクラの言葉に、あたしは胸を貫かれたように愕然とした。

 そんな! それじゃ……あたしがやったことなの? このあたしが自分の手で、「世界の核」を破壊して、この世界の運命を決めてしまった……そういうこと?

『終わりだ……』

 チャムががっくりとくずおれ、両前足で顔をおおった。

《そんな……。本当にもうどうしようもないの? この世界は……消えてしまうの?》

『「世界の核」がなければ、八大元素のバランスを取る方法はほかにはない。「世界の核」を魔法で直すことも、新たに作ることも不可能だ。それができる者がいるとすれば……最初に作り出した者だけ。そして、その者はとうにこの世には……』

《じゃあ……どうしようもないわけ?》

 あきらめることなんか、できない。なにか……何か方法があるはず。なくってたまるもんか!

《ねえ、チャム! どうしたらいいの? 何かあるでしょ? 教えてよ! 答えてよ……!》

 チャムは何も答えない。力なくうなだれて、弱々しく首を振るばかり。

「シファーよ、精霊王たちよ! あなたたちは世界の王でしょう! 無限の力を持っているのでしょう。この世界を救ってください……お願いだから!」

 シファーが答えた。

「残念だが……こればかりは我らの力も及ばぬ。この世界を救う力を持つのは、ただそれを作り出したもののみ。この世界には……終わりが来た」

 死のような深い沈黙があたりを支配した。その沈黙を破るのは、ディノクラの高笑いだけだった。

 

 そのとき、思いもかけないところから、小さな、だけどはっきりとした声が響いた。

「まだ……終わってはいない」

 全員がその声に、はっと振り返る。

 それはエレジーの声だった。彼女はローザたちの後ろからゆっくりと進み出て、あたしの方に歩いてくる。

 ……でも、これが本当にエレジーなの?

 さっきまで、あたしたちの戦いをただ見守っていた無力な少女だった彼女は、いまはまるで違う雰囲気を漂わせていた。なにものにも怯まない超然とした雰囲気。それは、彼女が突然人間を越えた何ものかに変化してしまったみたいだった。

「やっと……思いだした。わたしが……なぜ……この世界にきたのか。この世界を守るため……。そう、わたしが作りだしたこの世界を……」

「わたしが作りだした……世界だと? いったい何を……」

 シファーはいぶかしげに口にしてから、はっと気付いたように言葉をついだ。

「……まさか、そなた……。そうか、そなた、ルシフィーラ……!」

 ルシフィーラって……、この世界を作りだしたっていう女神のこと?

 ……あ、そういえばチャムが言ってたっけ。ルシフィーラはこの世界に何度となく転生して、この世界を見守っているんだって。

 じゃ、じゃあ……このエレジーは、ルシフィーラの転生した姿?

「『世界の核』はわたしが作り出したもの。もう一度作るのは間に合わない……時間がかかりすぎるから。でも、方法はある……。

 『世界の核』はもともと、わたしの力をうつしたもの。『世界の核』にできることは、わたしにもできる……。だから、わたしが『世界の核』の代わりになる。わたしがずっとここにいて、八大元素のバランスを取り続ける。そうすれば、この世界は救われる……」

 そうか……。もともとルシフィーラは「均衡の神」。八大元素のバランスを取ることが彼女の力なんだ。「世界の核」は、彼女の代わりをするものだったってことなのか。

 あ。いま、わかった。どうしてエレジーにどんな魔法も通用しなかったのか。彼女は八大元素のバランスを取るための神。その彼女に、元素の力を使った魔法が通用するはずがないじゃない。

 だけど……。

「だがエレジー、そうしたらそなたは……永久に、ここから出られなくなる」

「わかっている……だけど、他に方法がない……。わたしが作り出したこの世界を、すべてを無に帰するわけには……いかない……」

 そう言うと、エレジーはあたしに歩み寄り、片手を差し出してそっとあたしの頬をなでた。

「ありがとう……フレイン。一緒にいた間、楽しかった……。ずっと一緒にいたかった……」

 彼女はにっこりと微笑みながら、両の目から涙を流していた。

「悲しまないで、フレイン……。これがわたしの役目。この世界がいつまでも平和に続くことが、わたしにとって何よりの幸せ……」

 そして、彼女は振り返り、「世界の核」に歩み寄る。

 何も言えなかった。言うべき言葉を何も思いつけなかった。

 彼女がひび割れた「世界の核」の表面に触れると、それは彼女に反応するかのように虹色に輝いた。そして彼女の体は、まるで水に潜るようにその中に溶け込んでいった。

 彼女の着ていた衣服だけが、音もなく下に落ちた。

 見守る間に「世界の核」の割れ目は消え、元の滑らかな表面に戻っていく。そして、エレジーをその中に閉じ込めたまま、「世界の核」は元通りの完全な姿に戻った。

 八大元素の力がその中に流れ込み、そしてその表面から「世界を支える樹」に流れ出していくのが感じ取れた。「世界の核」はふたたびその機能を取り戻したのだ。

 エレジーの自由を代償として。

 これで、この世界は救われたのだ。でも……。

 あたしたちの間に、また沈黙が降りた。

 その沈黙を破ったのはシファーの声。

「これで終わりだな、ディノクラよ。そなたの手駒であるランセムが失われた以上、そなたにはこれ以上何もできまい」

 ディノクラは忌々しげに返事を返す。

「……確かに今回は我が負けと認めねばなるまい。まさか、この場にルシフィーラが来ていたとは誤算だったわ。今のところは引くとしよう。だが覚えておれ、おのおの方よ。いつの日か、この世界を消し去ってしまわなかったことを後悔する日が来るであろうよ」

 その言葉を最後に、ディノクラの姿は黒い霧となって散っていき、消滅した。

 それを見届けると、他の精霊王たちも一人づつ消え去っていく。すぐに、その場に残ったのはシファーだけになった。

「フレイン、チャム、それにほかの者たちよ。ご苦労であった。そなたたちの働きにより、この世界は守られた。礼を言うぞ。では、さらばだ」

 そう言って、シファーも消え去ろうとする。

「ま……、待ってちょうだい!」

 あたしはとっさに叫んでいた。

「……なんだ、フレインよ?」

 実のところ、何を言うべきなのかはっきりとは考えていなかった。あたしはとっさに考えた疑問をシファーにぶつけていた。

「あ、あなたは何とも思わないのですか、シファーよ……。確かに、世界は救われました。ですが、そのためにヤクザは命を落とし、エレジーはここにいつまでも閉じ込められることになった。ランセムだって、ディノクラの道具として使われただけ。彼が悪いわけではなかったのです……」

 話しながら、あたしは自分で何が言いたいのかやっと気がついた。

「シファーよ……、あなたたち精霊王は、この世界の親となるのだと言っていたでしょう? 親ならば、せめて犠牲になった子供たちを弔うべきではないのですか?」

 シファーはあたしの言葉に動じた様子もなく、平然と言葉を返す。

「言ったはずだ。我らが気にかけるのはこの世界の存亡のみ。人間一人一人の運命など、我らの関知するところではないと」

 そんな……。精霊王にとって、あたしたち人間とは価値もないもの?

 確かに……確かに、この世界全体さえもちっぽけな泡と言い切ってしまう精霊王にとって、人間一人なんてそれこそ塵のようなものかもしれない。でも……違う。間違ってる!

 あたしの中で、なにかが切れた。

「あなたは、それでも世界の王なの!」

 自分でも驚くほどの大声で、あたしは叫んでいた。

 肩に乗ったチャムがあわててあたしの顔をゆすって、止めろと催促したけど、あたしは止めなかった。心の底からこみあげてくる衝動のままに、あたしはシファーに怒りをぶつけていた。

「自分の支配するものすべてを愛してこそ、本当の王でしょう! あなたには……あなたには世界の王の資格なんかないわ!」

 その場を沈黙が支配した。チャムも、ローザたちも、そしてシファーも口を開かなかった。その沈黙は、耐えがたいほどの息苦しさを感じさせた。

 わかってた。あたしがいま言ったことは、途方もないこと。この世界を支配する精霊王を非難する……それは、この世界では許されない冒涜。

 沈黙。しばらくの間、誰も口を開かなかった。

 それから、不意にシファーが

「ふはははははは……」

笑い出し、風が震えた。

「気に入ったぞ、フレインよ。精霊王に向かってそこまでものを言った人間は、そなたが初めて」

 シファーは穏やかな声になって言葉を継ぐ。

「そなたの言うことももっともかも知れぬ。我らはこの世界の親となることを願っていた。ふ……確かに、子供を弔わぬ親はおらぬな。よかろう。本来なら我が直接この世界に力を振るうことは許されぬのだが……弔い程度はしてやっても実害はなかろう」

 シファーの前に風が吹き寄せ、それはみずから風の印を作り上げた。

 その風がランセムの骸に吹き寄せ、その周囲を取り巻く。そして、ランセムの身体は見る間に復元されていく。

 もう一陣の風がずっと遠くに伸び、戻ってきたときにはその腕の中にヤクザの死体を抱いていた。そして風は彼の死体をも復元させていく。

 風がやんだとき、二人の死体は傷一つない、生前と変わらない姿に戻っていた。

「死者をよみがえらせることは禁じられておる。してやれるのはこの程度だ」

 シファーはそう言ってから、また新たな風の印を作る。

「世界を救うために命を落としし者たちには、我が心よりの哀悼を。そして生き残りし者たちには我が祝福を。おまえたちの前途に風が幸運を運ぶように」

 あたしたちの周りを風が吹き抜ける。その風は澄んだ香りを運び、その匂いを嗅ぐと、こころの中に満ち足りた気分が浮かび上がった。

 一瞬、なにか未来を見たような気がした。どこか別の場所で、あたしが何かと戦っている姿。それは今度の戦いよりもはるかに大きく、もっと重要なもので……。

「ふ……。きっとそなたはいつの日か、またこの世界の運命に関わることになるだろうな。そんな予感がする。そのときまで、さらばだ」

 そして、シファーはあたしたちの周囲に風を起こした。風はあたしたちを包みこみ、激しく渦をまく。

 ふっと身体が浮かぶ感触があり、周囲の光景が消え、何も見えなくなった。次の瞬間、頭上からまぶしい光が差し、暗がりに慣れていた目をくらませる。

 気がつくと、あたしたちは地上から出発した場所……「天への滝」の岸辺に立っていた。真昼の太陽がまぶしくあたりを照らし、湖面が光を反射してきらきらと輝いている。

 シファーが、一瞬のうちにあたしたちをここまで送り返してくれたんだ。

 ローザ、チャム、ゼバス、シルファス……みんな一様に、呆然とした顔つきで周囲を見回していた。

 エレジーの姿は……なかった。

 とにかく……終わったんだ。

 あたしは草の上に座り込んだ。草原を吹き抜ける風が木々の匂いを運び、疲れた身体と心を癒してくれる。

「生きて帰れたのだな……」

 ゼバスが感慨深げにつぶやく。

「わたしたちは……ですね」

 シルファスが寂しそうに答えた。

 そう。生きて帰れなかった者も……いる。

 ヤクザ。エレジー。そして……ランセム。

 ……そうだ。ローザは……大丈夫?

「ローザ。その……ランセムのことは……」

 そなたの兄だったのでは……とは、あたしの方からは聞けなかった。

 ローザはあたしの顔をじっと見つめたまま、しばらく何も言わなかった。

 彼女の目がにじみ、なにかを叫ぼうとするかのように口が開く。

 そして、ローザの目から涙がぽろぽろとこぼれ……

「フレイン様ああああああああああっ!」

 彼女はあたしに抱きついて胸に顔をうずめ、泣きじゃくった。

「フレイン様……兄は……兄は……ううっ……」

 はじめて見た……。ローザが泣くところ。

 あたしは、ローザの頭を両手で抱え、そっと髪をなでてあげた。

「ローザよ。そなたの兄は……きっと生きている。いつか、どこかで必ず……会えるだろう」

 彼女は顔を上げ、あたしの顔を見上げる。

「ほんとう、ですか……?」

「ローザ……。わたしは『風使いのフレイン』だぞ」

 彼女はかすかに微笑む。

「そ、そうでした……わね。私は、何が起きようと、フレイン様を……信じます」

「そうだとも。信じるのだ」

 心の奥が痛んだ。あたしは……嘘を言っている。でも、いまのローザを落ち着かせるには……こう言うしかなかった。

 ふと思った。ランセムは知ってたんじゃないかしら。自分がローザの兄だと。

 そして、彼の心に残っていた最後のローザへの思いやり……、それは、もうディノクラの道具となってしまった自分が、兄だということを彼女に教えないことだったのかもしれない。ランセムが自分の兄だと知った上でその兄が目の前で殺されたら、おそらくローザは立ち直れなかっただろうから。

 わからない。ランセムがいなくなった今となっては、それを確かめる方法はない。そして、あたしはそのことをいつまでも自分の胸だけにしまっておかなくちゃいけない。

 ローザが落ち着くまで、あたしは黙って彼女を抱きかかえていた。

第四章 風はわたしのために吹く!:3

エピローグ すべてを操る者はだれ?

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