エピローグ すべてを操る者はだれ?

 ギルドホールは、魔術師ギルドの会員たちであふれかえっていた。

 ホールの正面に置かれた祭壇の前に置かれた一つの棺。その脇にはたくさんの花が飾られていた。棺のふたは開かれて、その中はギルドの正装を着せられた一人の男が横たわっている。

 あたしたちが連れ帰った、ヤクザの遺体だった。

 地上に戻ってからあたしたちは、ザンジア魔術師ギルドにすべての事情を報告した。

 ランセムがディノクラと手を結んで、ザンジアとロイグリードを征服し、さらに世界を破壊しようとしていたことは、魔術師ギルドからザンジア国王のへイン三世陛下に伝えられた。そして、へイン国王陛下とゼインダンのイジード王との間で直ちに和平が結ばれ、戦争の危険は回避された。

 イジード王の病気も、やっぱりランセムが何かの魔法か毒を使っていたみたいで、ランセムが消えた後でイジード王は順調に回復し、もうすぐ完治して公務に戻れるそうだ。

 ただ、あたしたちは、ヤクザがランセムと手を組んでいたことだけは報告しなかった。ヤクザがたとえ悪事に加担していたにしても、最後にこの世界を救うため命を捨てたのは間違いのない事実。そのヤクザの名誉をわざわざ汚す必要はない、そう考えたから。

 その結果、ヤクザは魔術師ギルド会員としての任務における殉死者として、こうしてギルドの正式な葬儀により葬られることになった。

 壇上に立っている、ザンジア魔術師ギルドの現ギルド長のザイドールが長い弔辞を述べ続けていた。故人、つまりヤクザがギルドの会員として成し遂げたさまざまの功績、そして最後に世界を救うための任務にその命をささげ、それによってこの世界に住むすべての者が救われたことを。

 ホールを埋め尽くした会員たちは、静かに彼の弔辞に聞き入っていた。おそらく、会員たちの中には生前はヤクザのことを嫌っていた人も、敵対していた人も多いはず。でも、今こうしてギルドにより正式な葬儀にふされる彼に嘲笑を浮かべたりする者はいなかった。

 そして、泣いている者も多かった。頭をたれてうなだれ、心底から悲しんでいることが分かる者もたくさんいた。ヤクザには敵も多かったろうけど、本当に慕っている者も少なくなかったんだ。

 ヤクザの態度や振る舞いを思い出すと、そのことがなんとなく納得できる気もした。

 壇上のザイドールは弔辞の最後に、重要な声明を口にした。

「なお、故人の勇敢なる行為、ならびに故人がこれまで当ギルドにてなしたる功績をかんがみ、ザンジア魔術師ギルドは、故人ヤクザ・デストレールに名誉ギルド長の称号を与え、ギルドの名において葬るものとする」

 会員たちの間からどよめきが上がった。ギルド長の地位はザンジアでは王族に次ぐ地位。たとえ名目上のものでも、めったに与えられるものではないからだ。

 じつはこれもあたしたち、と言うよりチャムのたっての願いだった。ずっとこの地位に付くことを望んでいたヤクザを、ぜひともギルド長として葬ってやりたいというチャムの熱意にザイドールも説得され、このことを承認したのだった。

 ザイドールは弔辞を終え、祭壇を降りると、棺の横に飾られていた赤い花の一輪を取り、棺に横たわるヤクザの遺体の上に置くと、そっと両手で祈りの印を作った。

 それを皮切りに、すべての会員が一人づつ前に進み出て、棺に花を供えていく。やがてヤクザの遺体は、色とりどりの花に埋め尽くされた。

 そして、あたしも棺に歩み寄り、チャムと一緒にヤクザの遺体に花を添える。

 花を置きながら、チャムがつぶやいた。

『ヤクザよ……。そなたは、あれほど望んでいたギルド長の地位に付いたのだぞ』

 すべての会員が献花を終えると、花で埋め尽くされた棺のふたが閉じられ、くぎが打たれた。そして棺は外に運び出され、広場の真ん中に置かれた。

 ヤクザの後輩だった、同じ火の魔術師である会員が進み出て、火の魔法の印を作る。

「火の王ガラードに仕え、炎を使い、火とともに生きし者よ。炎となりて元素に還れ。かくして新たな命となり、ふたたびこの世界に生まれよ……」

 言葉とともに、ヤクザの棺に火が付き、棺全体を包んだ。

『ギルドの葬儀では、その者が仕えていた王に応じた方法で葬るのだ。これでヤクザは火の元素に戻るということになる。魔術師に限らぬがな。人間は八大元素から生まれ、また元素に還ってゆくのだ』

 あたしの肩でチャムがつぶやいた。

『さようなら、炎のヤクザよ……。そなたの名はいつまでも忘れはせぬ』

 あたしも、指先で祈りの印を結び、彼のために祈りをささげた。

 ヤクザ……。約束は守ったわよ。

 

 ギルドへの報告、ゼインダンとの和平会議への助言、ヤクザの葬式、そしてあたしたちの功績を称えるための祝典……。

 そういう面倒な後始末からやっと解放されたのは、あたしたちが地上に戻ってから半月もたってからだった。

「ふう……。やっと解放されましたわね、フレイン様」

 ローザが腕を上げて伸びをしながら嬉しそうに言った。

「シルファスさん、ゼバスさん、あなたたちはこれからどうなさいますの?」

 ローザの問いに、シルファスは笑みを浮かべて答える。

「僕は自分の故郷に帰ることにしますよ。今回のことで、一族に認められるだけの名誉を十分に得ましたしね。もう、家の誰にも大きな顔はさせません。父も文句なしに、僕を家長にしてくれるでしょう」

「わしは……。どうするかな。どうせ行くあてもない身。またどこか遠くの国でも訪ねるとするか」

 歩き出そうとしたゼバスの肩を、シルファスがつかむ。

「いけませんよ。あなたほどの腕前を持つ人が、あてもなく放浪するなんて。あなたには、もっとふさわしい居場所があるはずです」

「居場所? そう言われてもな……。話しただろうが。わしには帰る場所もないのだ」

 シルファスは額に手を当てて少し考え込んでから、また口を開いた。

「ゼバスさん。どうです、一緒に僕の故郷の街に行きませんか?」

「おまえさんの故郷……か?」

「そうです。あなたならば、僕の街で警備隊長でも執政官でも、望みの職が得られますよ。あなたにそれだけの度量があることは、十分に見せてもらいましたから」

「……ふ、冗談を言うな。わしはおまえの街ではただのよそ者だぞ。そんな重要な地位に付けるはずがなかろう」

「言ったでしょう? 僕の一族は名誉を重んじるんですよ。名誉ある人なら誰でも、たとえ遠くの一族の人であろうと、賓客として歓迎するんです。あなたほどの人ならまったく文句なしですよ。なにしろ、あなたはこの世界そのものを救ったんですからね」

 それから、彼はいたずらっぽく笑って付け加えた。

「それに、僕自身のお客人としてもぜひ来ていただきたいのです。今回の冒険の顛末を一族に報告するのに、僕一人が話すよりも、一緒にいたあなたの口からも証言してくれた方が説得力がありますし。かの賢者エクレーゼも語っています。『汝のために口を開く者を最良の友とせよ』と、ね」

「なるほど……結局は自分のためか」

「僕自身のためにもなり、あなたの利益でもあります。いちばんいい方法でしょ?」

 シルファスは片目をつぶってみせ、ゼバスはにやりと笑い返す。

「ふ……そうだな。よかろう、行くか、おまえの街までな」

「故郷に到着したら、一族をあげて歓迎の祝典を開かせましょう」

「そいつは結構だが……ワインのビール割りはもうごめんこうむるぞ」

 ゼバスの言葉に、あたしたちは一斉にぷっと吹き出した。

 地上に帰ってきた後で、あたしたちの内輪でお祝いをやった夜だった。シルファスはどうしてもワインで乾杯すると言い、ゼバスはビールだと言ってきかなかった。お互いに譲らないから、しかたなくあたしたちはワインのビール割りで乾杯することになって……。

 ……うん、もうあれは飲みたくないわね。

「あなたが、ビールにこだわったからですよ!」

「い〜や、おまえさんがワインにこだわったからだ!」

 二人は笑いながら言い争う。

 それから、二人は並んで歩き出した。

 ゼバスが感慨深げにつぶやく。

「わしにも、まだまだやるべきことが残っているのだな……」

 その二人の後について、あたしとローザも歩き出す。

「これでやっと、フレーゼの街に帰れますわね」

 嬉しそうに話しかけたローザに、あたしは首を振る。

「いや……わたしはフレーゼの街には帰らない」

「……え?」

 ローザは意外そうな顔をする。

「もう十分に役目は果たしたしな。わたしは、しばらく旅を続けることにする」

 あたしの言葉にチャムがあわてて、ポケットから顔を出す。

『こ、こら、何を言うのだ! 今回の功績で、そなたが次期ギルド長に任命されることはもう確実なのだぞ。ザイドールの引退もそう遠い話ではない。そなたには山ほどのつとめが……』

 あたし、チャムの口をつまんで黙らせる。

《や〜だ》

『むぐ、むぐぐむ、ぐむぐ、ぐむむ……』

《だって、せっかく別の世界に来たんだから、いろいろ見て回りたいじゃない。この世界を救うために呼ばれたけど、もうその役目は果たしたでしょ? ギルド長の面倒な仕事までやるなんて、ごめんだわ。それに……》

 にんまり。

《シファーの信徒は風のままに生きるのが道……でしょ?》

 そう、それがこの世界の風習。

 信徒は、自分の仕える王の流儀に従う。シファーの信徒は定住よりも旅を好み、流転する運命の中で生きることを幸せとする。ジーの信徒は生まれた土地をめったに離れない。ガラードの信徒は命の炎を激しく燃やして生き、シターレの信徒は流れのままに静かに暮らす。

 ここは、すべてが八大元素に支配されている世界。

『……こら、こんなときだけシファーの教えを持ち出すな』

《だ・い・た・い》

 あたし、チャムの額をちょんとつつく。

《あなただって、本当はめんどくさいこと嫌いなんでしょ? わかってんだから。そろそろあなたの性格読めてきたし》

『ま、まぁそれはそうだが……』

《だから、面倒なことはギルドにまかせて……あたしたちはとんずらしましょ》

 チャムは困ったようにあたしのことを見つめ……そして笑い出した。

『そなたとは気が合いそうな気がしてきたぞ、フレインよ。確かにわたしも面倒な役目は好かん。よし……逃げるか』

 あたしとチャムは、顔を見合わせてにやりとする。

 話においてかれてるローザが口をはさんだ。

「フレイン様……結局、フレーゼの街にお帰りにはならないのですか?」

「そうだ」

「それでしたら……」

 ……ローザの次の台詞、読めた。

「私はどこまでも、フレイン様とご一緒しますわ」

「……駄目だと言っても、ついてくるのだろうな」

「はい!」

 ローザ……顔に「逃がしませんわ」って書いてあるって……。

「……ま、いいか」

 旅は道連れ、花よ咲け……違ったっけ? ま、なんでもいいや。

 もう、元の世界には帰れないけど……あたしには、ここに新しい人生がある。

 

 街の外に通じる大通りを歩いて行く。

 頬にさわやかな東風を感じた。この世界に初めて来たときと比べて、寒さもずいぶんと穏やかになっていた。

 空を見上げると、いままで上空を流れていた水はずっと北に遠ざかっている。代わりに、東の空には風が流れていくのが見え始めていた。

『水の季ももう終わりだ。そろそろ風の季が始まる』

 空を見上げているあたしに、チャムが説明してくれた。

『やがて火の季が来れば、南の空に火が流れる。そして地の季が訪れ、また水の季が来る。これがこの世界の一年なのだ』

《本当に、不思議な世界なのね……》

『そなたの元の世界から見ればな。この世界ではごく当たり前のことだ』

 街を出る門の近くに来たとき、どこからともなく楽器の音が聞こえてきた。

 流れる水のようなハープの旋律。

 そして、複雑な韻律にのせた魔法語の歌。

 ターナスの村の宿屋で聞いたのと同じものだ。

 

 為されるべきは果たされし

 闇は光の影に退き

 平衡の乙女は眠る

 真の試練のとき訪れんまで

 

 やがて来たるべきものあり

 そは八つに縛られぬ第九の王

 命のあかし試されんとき

 乙女は水晶の奥で世界を支えん

 

 シフォスだ!

 歌の聞こえた方に振り返ったとき、もう音楽は止んでいた。シフォスらしい人影もどこにも見えない。彼はまた、必要なことだけを伝えて去ってしまったんだ。

《ねえ、チャム! 聞こえた、あれ?》

『うむ、聞こえたぞ。あれがそなたの言っていた、謎の吟遊詩人の歌か?』

《うん。ターナスの村で聞いたのと同じ声だった。たしか、『ドゥルシラの使者のシフォス』って、そう言ってたわ》

『ドゥルシラ……? はて、どこかで聞いたような気がする……』

 チャムは右の前足を口に当てて考え込む。

 あたしの頭に、彼がターナスの村であたしに語りかけた言葉がよみがえった。

 

 世界を救う旅は汝を運ぶ

 風の宿り、王の宿り、天の国、そして世界の中心へ

 

 あの後で、あたしたちはシファーの聖地に行き、そこからランセムのいた王宮に向かい、そして……天上界から、「世界の核」にたどり着いた。

 それだけじゃない。

 

 汝の身内に留めよ

 闇の跡に残しし幼き者

 

 そう。あたしたちがエレジーを一緒に連れて行ったことが、最後に世界を救う決定的な鍵になったんだ。

 何もかも、すべて彼が予言したとおりのことが起こった。

 どうして? 彼はなぜ、あの後で起こることをすべて知ってたんだろう?

 考え込んでいるあたしの耳元で、不意にチャムがはっとしたように大声で言った。

『ドゥルシラ! そうか、思い出したぞ!』

《え……? 知ってるの、チャム? ドゥルシラってなに?》

『うむ……。伝説なのだ。古い、覚えている者も少ない伝説だ……。世界の歴史すべてを裏から操っている一族がいるという。小さな一族で、どこに住むのかさえ誰も知らず、決して表舞台に姿を見せることはない。だが、この世界の歴史を常に裏から動かし、自分たちだけしか知らない目的のために導いているというのだ。その一族は自らを「ドゥルシラの使者」と自称しているのだという……』

 そう言ってから、さらに深く思い出すようにチャムは言葉を継いだ。

『彼らが歴史を動かすときには、決して自分たちが行動を起こすことはない。その代わりに、歴史を動かす運命を持つ者を見出し、その者に暗示を与え、思うとおりの行動を取らせるというのだ。そうして、すべては彼らの計画したとおりに動いていくのだという……。今の今まで、ただの伝説と思っていたのだが……』

《じゃあ……、そのドゥルシラの使者っていうのは伝説じゃなく、本当にいるっていうわけ?》

『そういうことになるな。しかし、彼らは何のために、そなたに接触してきたのか……』

 不意に思い出した。ソルバの街でリーラから聞いた話。王宮にやってきた謎の吟遊詩人のこと。そして、その後でランセムがディノクラと手を結び、ザンジアとロイグリードの征服に乗り出したこと。

 もしかしたら、ランセムを操っていたのは本当はディノクラじゃなく、彼ら……ドゥルシラの使者だったんじゃないかしら。……そして、あたしもまた、同じように操られていたのかも。あたしたちがランセムと戦ったのは、すべてが彼らの差し金だったのかもしれない。

 考えてみれば、当然。誰も想像もしなかった方法で「世界の核」が破壊されたとき、ちょうどその場に、唯一「世界の核」を直すことができるエレジーが来ていたなんて、偶然にしてはできすぎじゃない。誰かがそのすべてを仕組んでいたというほうが、よっぽど納得がいく。

 でも、彼らはなんのためにそんなことをしたの?

 ……その答が、さっきの歌なのだとしたら。

 いつの日か、八大精霊王の支配を受けない九人目の精霊王がこの世界にやってくる。

 そして、そのときにこの世界を守るためには、「世界の核」に封じられたルシフィーラの力がどうしても必要となる。そのことを予知した彼らは、ルシフィーラを「世界の核」に封じる、そのためだけにランセムを、元のフレインを、そしてあたしを操って、今回の事件を引き起こした、そういうことになる。

 でも、そうだとしたら……。シフォスは……ドゥルシラの使者たちは、ディノクラやシファーたち精霊王の行動さえも、影で操っていたことになる。

 彼らはいったい何者なんだろう。

 そして、ドゥルシラとは誰……それとも何、なんだろう?

 あたしは精霊王たちに会った。八人の精霊王は世界の支配者、人間の到底力及ばない絶対の存在だってことを嫌というほど思い知らされた。

 だけど、もしもその精霊王たちさえも操っている者たちがいるのだとしたら……。

 あたしたちとしては、彼らの意図がこの世界にとって善きものであることを願うしかないのかもしれない。

- END -

第四章 風はわたしのために吹く!:4

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