第三章 ランセムと「世界の核」
1
あたしは、肩に乗ったチャムに問いかけた。
ラガンの町の「船着場」っていうのは、町外れにある空き地だった。周囲には倉庫と、事務所か何かに使われてる小屋があるだけ。船なんてどこにもないし、近くに川や海もなかった。
『そうだ』
《でも、川も海もないじゃない?》
チャムは小さく笑った。
『それはそうだ。ここから出るのは「浮き船」、空を飛ぶ船だからな』
《空を飛ぶ船? そんなのがあるわけ?》
『あるとも。あっちに木が生えているだろう? よく見てみろ』
チャムの指した方向には、小さな林があった。幹が細くて高く、広がった枝には細長い針のような枝がたくさん付いていた。元の世界では見たことがない木。
《あの木がどうかしたの?》
『気がつかないか? あの枝や葉の付き方が変わっていると思わないのか?』
そう言われてよく見ると、確かに妙だった。木の枝はわずかに上に向かって曲がっている。そして、枝に付いてる葉は枝からまっすぐ上を向いていた。
『あの木はネルステアーレ……、「浮かぶ木」だ。あの木の葉は、空気よりも軽い。その葉を編んで作ったのが、「浮き船」だ。そら、来たぞ』
遠くの空に黒っぽい点が見えた。見つめるうちにその点は大きくなり、それが本当に船だということがわかった。それも、帆船だった。船体から二本のマストが立って、たてと横の方向に白い帆を張っている。
空を飛ぶ帆船……。この世界には慣れてきたつもりだったけど、それでもこの光景は衝撃だった。まるでSFXの映画を見てるみたい。
船はゆっくりと高度を落とし、音もなく地面近くまで降りてきた。小屋から出てきた作業員たちが、船から投げられたロープを地面の杭に結び付ける。船はロープで固定されて、気球みたいに地面のわずか上に浮かんだ。
木造みたいに見えた船体は、よく見ると確かに細長い葉を編んだものだった。複雑な編みこみ方で、ばらばらにならないようにしっかりとそれぞれの葉が結び付けられていて、要所は木材で固定されていた。
乗客が降りて、船の整備をする間、少し待たされた。それから、あたしたちは船に乗り込む。
中は小さな船室があって、木の椅子が置かれていた。へさきの方は別の部屋になっていて、そこは天井がなく、空が見えていた。船頭らしい老人がそこに立ち、前方をにらんでいる。
作業員がロープを解くと、船はゆっくりと上昇しはじめた。
船頭は両手を上げ、小さな声でなにかを話しながら、指先を複雑に動かす。それを見ていたあたしは、はっと気がついた。あれは風の魔法だ!
《チャム、あの人、風の魔法をかけてるわよ!》
『当然だ。浮き船は風を操って飛ばすものだからな』
《じゃあ、あの人も魔術師なの?》
『そうだ。この船は風の魔術師にしか飛ばせぬ。もっとも、浮き船の操縦は風の魔法のうちでも特殊な技術でな、代々技術を受け継いでいる職人にしかできぬ。わたしも、詳しい方法は知らないのだ』
船のまわりに風が起こり、帆をはためかせて船を進めた。船体の小さな窓から外を見ると、眼下にはラガンの町並みが小さく見え、遠くには大きな湖が輝いていた。
「すごい……」
あたしが感嘆の声を出すと、横のシルファスも同意した。
「すばらしいですね。浮き船に乗ったのは初めてですが、なんと感動的な体験でしょうね。風に支えられて空を進む船。まるでエレーンズの詩にある、『神の目で世界を見よ』を現実にしたようではありませんか」
ローザとエレジーも、見慣れた光景が眼下に広がるのを食い入るように見ていた。
ただひとりゼバスだけは、外も見ようとせず、床に座り込んでむっつりとしていた。
「ふん。空を飛ぶなどわしの性に合わん。わしが信用できるのは、この二本の脚だけよ。まあ、弓なんぞという卑怯な武器を使うやからにはお似合いではあるがな」
すっかりおなじみになったゼバスの毒舌に、これもお約束のシルファスの反論が始まった。
「またあなたは……。空を飛んで旅ができるなど、めったに体験できることではありませんよ。なぜ、そう偏屈なんですか。だいいち、ソルバの町まで歩いたら三週間はかかります。この船ならば、日が沈む前に着けるんですよ」
「それは承知しておるわ。だから仕方なく乗っておるのだ。誰が好き好んで、空を飛ぶ船などに乗るものか」
「別に、あなただけ歩いて来てもよかったのですよ?」
「そして、おまえたちが全員倒された後に到着して、葬式でもやれというのか?」
二人の言い争いは延々と続いた。これにはもうすっかり慣れっこになったあたしたちは、二人が飽きるまで好きにやらせておくことにして、眼下の光景に注意を戻した。
《それで、問題はどうやって国境を越えるかよね……》
あたしたちは船を降りて、オーワンの町の宿屋で夕食をとっていた。
この町はザンジアとゼインダンの国境の近くにある。反対側にある目的のソルバまで、歩いて一時間もかからない。だけど、問題はその途中にある国境の検問を通る方法だった。
町で聞き込んだ話では、ザンジアとゼインダンは現在緊張状態にあり、国境を通過する者は厳しく取り調べられるということだった。
それでも、国境を越えるだけならばそう難しくはない。問題は、あたしたちが国境を越えたことがランセムに知られたら、彼は総力をあげてあたしたちを捕まえようとするだろうってことだった。それどころか、もしもヤクザが本当にランセムと通じているのであれば、国境で逮捕される可能性もある。
『うむ。できれば、わたしたちがゼインダンに入り込んだことは知られたくないものだ』
《検問のある場所を迂回して、山の中とかを通ったら?》
『この付近の国境はすべて見張られている。それを迂回するとなると、数日は余分に必要になるしな。それに、この状況だ。どこかで警備隊に見つかってしまう可能性は高い。そうなったら同じことだ』
あたしたちが考え込んでいると、ウェイトレスの少女がビールのジョッキを運んできて、みんなの前に置いて立ち去った。
あたしの前に置かれたジョッキを持ち上げて、それが異様に軽いのに気が付いた。見たら、そのジョッキは空だった。ううん、違う。空じゃない。ビールが入っていない代わり、文字を書いた小さな紙が入っていた。
(あんたたち、ソルバに行きたいの?)
そう書いてあった。
あたしははっとして振り返る。その少女はカウンターのところであたしを見つめていた。小柄で短めの赤毛、肌が浅黒い女の子。元の世界だったら高校生くらいの年だろう。
「お客様、飲み物に何か不都合でもありましたか?」
そう言って、少女は新しいジョッキを運んでくる。
新しいジョッキを前に置くと、少女は問いかけた。
「お客様、もし問題がおありでしたら、後ほど右手の扉から厨房においでください」
え?それって……。
つまり、ソルバに行きたいのなら厨房まで来いってことなわけ?
あたしは、横にいるチャムを見やる。チャムはそれだけであたしの言いたいことを察し、強くうなずいた。
少女が立ち去ってから、あたしはチャムと相談を始めた。
《ねえ、どう思う?》
『うむ……。あの娘、どうやらかなり裏稼業に首を突っ込んでいそうだな』
《裏稼業っていうと……》
『盗みとか、禁制品の運び屋、情報屋といった仕事だ。もしかしたら暗殺などもな』
《つまり、信用できないってこと?》
『あまり信用するのは確かに考え物だな。だが、おうおうにしてああいった手合いは、街中のことは誰よりもよく知っているのだ。それに、普通では聞けないような重要な裏情報も』
結局、あたしたちは夕食を終えてから、少女に言われたとおりに厨房に行った。
お皿を洗っていた少女は、あたしたちを振り返ってにやりと笑う。
「来たね」
「そなたが、ソルバに案内してくれるというのか?」
「そうさ。あんたたち、見つからずにソルバに入りたいんだろ?」
「聞いていたのか?」
あたしが非難するように言うと、彼女は両手を広げて肩をすくめ、ちょっとだけ頭を下げた。
「悪かったよ、盗み聞きみたいなことして。でも、どうやら困っているみたいだってわかったんでね。それに、あたしは耳がいいんだ」
「まあ……。いいか。確かにわたしたちは、知られずに国境を越えてソルバに入りたい。どうすればいいか知っているのか?」
「ああ、知ってるよ」
そう言ってから、彼女はあたしのことを値踏みするように見つめた。
「金貨十枚で案内するよ」
「金貨十枚だって?」
一人が二、三か月は食べていける額。案内料としては法外だ。
「いやなら、別にいいよ。自分たちでなんとかするんだね。ただし言っとくけど、安全に入る方法はあんたたちじゃ絶対に見つけられないね。国境とソルバの入り口は厳重に警備されてるからね。警備兵に捕まっても平気なのかい?」
むかつく奴。だけど……、今は少々のお金をけちってる場合じゃないのも確か。
ちょっと考えてから、あたしは彼女に返事した。
「わかった。ただし金は後払いだ。無事にソルバに入れたときに払おう」
「払うって保証はどうするのさ?」
「こちらも、そなたがきちんと案内するという保証がない。お互い様だ」
「……わかった、それでいいよ。あ、あたしの名はリーラ。よろしく。あんたは?」
「わたしはフレイン。この猫はチャムだ」
「了解。それじゃ、九時になったらみんなを連れて店の裏に来な」
そう言って、リーラはまた皿洗いの仕事に戻った。
言われたとおりに店の裏で待っていると、黒っぽいフードつきのマントを着込んだリーラが裏口から現れた。マントはかなり古いようで、つぎが当たっていた。よく見ると、彼女の靴にも穴が空いている。
彼女は、フードを少しだけ開いて、あたしたちと周囲を見回す。
「準備はできてるね?」
「ああ」
「よし。それじゃ、ついてきな」
それだけ言って、彼女は先に立って街路を歩き出した。
街路をしばらく歩いて、とある教会の塀のところでリーラは足を止めた。
「しゃべっちゃ駄目だよ。音もできるだけ立てないように」
小声でそう注意してから、彼女は塀の前にしゃがんで何かをいじった。
塀から小さな音がして、その一部がわずかに横に動く。彼女はそこに手をかけて、注意深く動かし、人が通れるくらいのすきまを作ると、ついて来るように手招きしてその中に入っていった。
中はほとんど真っ暗だった。あたしたちは手探りでゆっくりと進んでいく。
少し進んだところで、リーラがかすかな声で注意した。
「ここから階段になってる。気をつけなよ」
かなり長い階段を降りると、また床が平らになる。
「さて……。ここまで来ればいいだろ。もうしゃべっていいよ。今、明かりをつけるからね」
「明かりなら、私がつけますわ」
闇の中でローザが答えた。小声で呪文を唱えると、彼女がいつも持っている杖の先に黄色い光がともり、周囲を映し出す。
シルファスが、目の前に手をかざしてその光を見つめる。
「ありがとうございます、ローザ。それにしても……不思議な杖ですね、それは」
「ああ……。実は、この杖は父の形見なんです」
そう言って、ローザは杖をじっと見た。
「私の一家は……、十六年前にザンジアの国王陛下が即位される前に起きた暴動で殺されました。父も母も殺され、兄は行方不明になりました……。そのとき私はまだ小さくて、ルミール教会に引き取られ、そこで育ったのです。そのとき、私の手元に残っていたのは、父が使っていたこの杖だけでした。だから、私にとってこの杖は、なくなってしまった家庭のたった一つの思い出なのです」
「そうだったのですか……」
「この杖には、強い光の魔法がこめられているのです。私の力だけでは扱えない難しい魔法も、この杖の助けを借りて使えます。それに……、この杖についている紋章は、私の生まれたクレシール家のものなのです」
ローザは、杖の上の部分を示した。そこは取っ手のように広くなり、飛んでいる鳥と剣をあしらった紋章が刻み込まれていた。
「この杖を持っていれば、いつの日か兄に再会できるような気がするのです。そういったわけで、私にとって何よりも大事な杖なのです」
そうだったのか。ローザが杖をいつも手にしているのに、そんな深い理由があったなんて。
そう言えば、確かにその杖は初めて見たときから不思議だった。ローザが手を離してもそのまま空中に浮いていたり、敵に投げつけてもひとりでに戻ってきたり。
話が終わるのを待っていたらしいリーラが、じれたように言った。
「さあ、昔話は後で好きなだけやってくれ! そろそろ行くよ」
あたしたちは歩き始めた。前方に伸びる通路は、岩を掘り進んでから要所を石で固めたみたいな通路で、ぞんざいな作りだったけど確かに人手で作られたものだった。
「オーワンとソルバの町は、すぐ近くにあるのを知ってるだろ?」
歩きながら、退屈しのぎのようにリーラが話を始めた。
「オーワンとソルバは、もともと兄弟町だったのさ。だけど、ここいらはザンジアとゼインダンとロイグリードのどれにも近いから、昔からこの二つの町はザンジアのものになったり、ゼインダンやロイグリードのものになったり、国がしょっちゅう変わったんだ」
リーラは、周囲の壁を手で指し示した。
「だから、いつの時代かの教会が、オーワンからソルバに通じるこの地下道を作ったのさ。何かあったときにもう一方の町に逃げるためにさ。それももう大昔の話。今じゃ、このことを知ってるのはほとんどいないよ」
「そなたはなぜ知っているのだ?」
「あたしは、小さい頃からこの辺でいろんな仕事をやってきた。オーワンとソルバの町のことなら誰よりもよく知ってるのさ」
なるほどね。チャムが彼女について言ったことはだいたい当たってたってことか。
「それでは、そなたはランセムについて知っているか? ランセムが最近何をしているのかということだが」
リーラは前を向いて歩き続けながら、右手をあたしの方に差し出した。
「なんだ?」
「情報料。銀貨五枚にまけとく」
「この上、まだ金を取る気か?」
「こっちだって、いろいろとお金が入り用でね。医者代とか薬代とか……」
「医者代?」
リーラはびくっとして、急にあたしに振り返る。
「な、なんでもない! あんたには関係のないことさ! で、どうするのさ? 情報、買うのかい?」
思わず口をすべらせてしまった、そういう表情だった。
まあ、確かに関係ないことに首を突っ込まないほうがよさそう。
「わかった、その情報を買おう。金は後で一緒に……」
「おっと、そいつはダメ。こいつは案内料とは別、今すぐ払ってもらうよ」
「まったく……」
しかたなく、あたしは銀貨を取り出し、リーラの手に渡す。
「ほい、確かに受け取ったよ」
リーラは銀貨を懐にしまいこむと、話を始めた。
「ランセムはゼインダンの宰相だってことは知ってるよね? 最近は国王のイジードが病気だから、ランセムが国を仕切ってる。なんだけど、ランセムは最近ソルバの王宮にこもって、ほとんど誰にも姿を見せないのさ。どうも、魔法を使って何かやってるってのがもっぱらのうわさだよ」
「そこまでは知っているのだ。他には?」
「ランセムの様子が変になったのは、ここ数ヶ月のことだよ。もともとランセムはゼインダンの首都のマルティーラにいて、ソルバには時々来るだけだったんだ。だけど、去年の地の季にソルバに来たとき、王宮に妙な吟遊詩人がやってきてさ、その頃からなんだよ、ランセムが変わっちまったのは」
「え? 吟遊詩人?」
「そうさ。黒っぽいマントで全身をおおって、ハープを持った奴だった。あたしもちらっと見たけど、すごい色白で、なんか雰囲気が不気味だったのさ。王宮に何日かいてからどっかに立ち去ったんだけど、その後でランセムは一人でどこかに出かけて、二週間くらい戻ってこなかった。そして、帰ってきてからはずっとソルバの王宮にこもるようになったんだ」
あたしの頭に、ターナスの村で出会った吟遊詩人……シフォスのことが浮かんだ。色白、マント、ハープ……。リーラの言う特徴とそっくり。もしかして……?
「なあ、その吟遊詩人……、シフォスという名前じゃなかったか?」
「さあね、名前までは知らないよ。とにかく、それ以来ランセムは変わっちまった。もともと無愛想で強引な性格だったけど、ますます人を寄せ付けないようになった。それからしばらくしてだよ、この近辺で魔術師の争いが多くなったり、骸骨や死体が街外れで歩き回るようになったりしたのは。そうそう、イジード王が病気になったのも、それから少し後だったな」
どういうことだろ? もしもリーラが言ってる吟遊詩人がシフォスだとしたら……。もしかして、ランセムが変わってしまったのはシフォスが何かを吹き込んだせい?
でも……、なぜその同じシフォスがあたしに接触してきたんだろ。まるで……あたしとランセムをそそのかして戦わせようとしたみたいに。何のために?
わからない。
「ま、知ってるのはそんなところだよ」
それから、リーラは思い出したように付け加えた。
「そうそう。あんたたちがランセムにどんな用があるのか知らないけど、奴に会うのは無理だと思うよ。たとえ宰相に面会する許可を取ったとしても、奴に会うのはずっと待たされて、みんな会える前にあきらめちまってるそうだ」
なるほどね。となると、ランセムに会うには普通に行ったんじゃダメってことか……。とすると、王宮に忍び込むしかないかしら? そうすると、また道案内が欲しいところだけど、さすがに、王宮に忍び込むのを手伝ってくれってリーラに頼むわけにはいかないし……。
考え込みながら歩いていると、リーラが急に立ち止まり、あたしたちの方を振り返って、黙るように合図した。
「ここが出口だよ。ソルバのシターレ教会の裏手に出る。ここからはまた、しゃべっちゃ駄目だよ」
入り口と同じような石造りの階段を昇ると、天井に石の扉があった。リーラはその扉を細く開けて、顔を出して外をうかがう。それから、あたしたちに向かって大丈夫という合図をして、扉を大きく開いて階段を昇り、外に出た。
後についてあたしたちも外に出た。そこは大きな建物の裏庭で、少し離れた場所にある街灯の明かりでかすかに照らされていた。
「さて、ここで約束の料金をもらうよ」
リーラが手を出し、あたしは懐から十枚の金貨を取り出して渡した。
「よっしゃ。じゃ、後はその裏門を開けて出るだけだ。案内はそれで終わり。道を少し行けば、まだ受け付けてる宿があるから、そこででも過ごすんだね」
彼女は裏門の錠をいじって、一分もかからずに開けた。
門をくぐったところで、リーラはあたしたちと別れ、
「宿はあっちにまっすぐ。それじゃ、達者でね」
それだけ言うと、立ち去っていった。
《ふう。さ〜て、どうするチャム?》
『うむ。早くランセムに会いたいのはやまやまなのだが。彼女の言ったとおりにランセムが誰にも会わないというのならば、どうするか考える必要があるな』
《ねえ、聞きたいんだけど……。ランセムに会ったとして、そのあとどうするの? その……本当に、殺すの?》
『ことと次第によってはそうなるな』
《でも、あの……あたし嫌よ、人を……殺すなんて。それに、ランセムってこの国の偉い人なんでしょ? そんな人を殺したりしたら、あたしたちも死刑なんてことになるんじゃないの?》
『殺さずに止められるのなら、それに越したことはないのだが。どうしても殺すしかないとなったら、そのときは覚悟するしかないぞ。それと、もし殺すことになったら、ランセムがディノクラと契約して世界の危機を招いていたという証拠を揃えて、国王に提示することになるな。ランセムが実際にそれをやっているのは明らか。国王が認めれば、わたしたちは無罪になるだろう』
《どっちにしても、あんまり気が進まないわ》
『やむを得ぬ。危機が迫っているのは確かなのだ。ことはザンジアとゼインダンだけの問題ではない』
そのとき、道の向こう側で叫び声がした。
「いたぞ、奴らだ! 捕らえろ!」