第二章 風の木霊する洞穴
ここはザンジアの両側にあるゼインダンとロイグリードという大国の両方に近く、三つの国の間で交易を行うための要衝となっている町だ。そのためにけっこう大きく、それぞれの国の商人と兵士でにぎわいを見せていた。
「グランの町に来たのは初めてですけれど……、お話に聞くとおりににぎやかですわね」
ローザが感想を口にした。あたしも同感だった。石造りの建物が立ち並び、馬に引かせた商人や鎧を身に着けた兵士が行き交い、周囲は城壁に囲まれている。お話で見たとおりのファンタジーの光景が目の前にあった。
『とりあえずシファーの教会に礼拝しよう。それから宿を探すことにする』
あたしのポケットでチャムが言った。
そのことをローザに告げると、彼女も同意した。
「では、わたしもルミールの教会に礼拝することにしますわ」
あたしは、ポケットのチャムに質問する。
《ねえチャム、あなた魔術師ギルドの会員って言ってなかった? どうして教会に行くわけ?》
『うむ、それはちょっと複雑なのだがな。つまり、わたしは風の王シファーに仕えているから、シファーの信徒だ。それゆえ、風を操ることを許されている。同じように、光の王ルミールの信徒もいれば、火の王ガラードや地の王ジー、水の王シターレの信徒もいる。だがそれとは別に、職業として専門的な魔法を使う者は、どの王に仕えているかに関係なく魔術師ギルドに属しているのだ』
《ふうん。つまり魔術師は、教会と魔術師ギルド両方の会員なわけね》
『そのとおりだ。そして、風の王に限らず信徒は、教会のある大きな町に立ち寄ったときには、自分の仕える王の教会に礼拝するのが習わしなのだ。よほど緊急の事情でない限りはな』
そんな話をしながら歩いていると、向こうから歩いてきた男の人があたしの姿を目にして声をかけてきた。
「おおこれは! フレインではないか」
背が低く太った中年のオジサンだった。短い黒い髪で、顔には不機嫌そうな表情が張り付いていた。正直、あんまりお話したくないタイプ。あたしが着ているのと同じような灰色の長い服を着て、その服には複雑な模様が描かれていた。
「あの……あなた、だ……」
言いかけたあたしに、肩に飛び乗ってきたチャムがささやく。
『この男はヤクザ。わたしと同じ、ザンジア魔術師ギルドの上級会員だ』
《へ……? ヤクザ? この人ヤクザなの?》
『……なにか勘違いしてないか? ヤクザという名前なのだ』
あ、あ〜。名前なのね。でも、その名前……。ちょっと笑いたくなっちゃう。
「ああ、その。ヤクザか。ここで会うというのも奇遇だな」
あたしがヤクザに答えると、彼はあたしを不愉快そうににらみ、
「いかにも奇遇だな、フレインよ。この町に何の用で来たのかな?」
あたしは、肩のチャムに相談する。
《ねえチャム、なんて答えればいい?》
『シファーの啓示を受けに、聖地に行くとだけ答えるのだ。あとはごまかせ』
あたしはヤクザに答える。
「その、シファーの聖地に行くのだ。シファーの啓示を受けるためにな」
「なるほど、この町はシファーの聖地に近いしな。しかし、なぜこのときにシファーの啓示を受けようと?」
「それは……、いまはちょっと述べられないのだ」
「なんと! このわしを信用できないと? ザンジア魔術師ギルド随一の火の使い手、『炎のヤクザ』と呼ばれるこのわしを」
ほ、炎のヤクザ?
その名前があんまりツボだったんで、あたしはつい吹いてしまった。
「ほっほっ、炎のヤクザですって〜っ? なによその名前っ? あんた東映にでも出てたの〜っ? あ〜っはっはっはっは〜っ!」
おなかを押さえて大笑いしてしまった。
『ばっ、ばかめ! なんてことを言うのだっ!』
ひとしきり笑ってからはっと気が付くと、ヤクザは殺意のこもった目であたしをじっとにらみつけてた。
背筋を冷たいものが走った。さすがのあたしも、とんでもなくまずいことを言ってしまったことに気がついた。
「フレインよ……。おまえのその侮辱には、どう応えてくれようかの? やはり、正式な魔法の決闘を望みか?」
「あ……、いや、別にそんなものは……」
「それとも、いまこの場で『炎のヤクザ』の魔力を見るか? 『風使いのフレイン』よ!」
ヤクザは両腕を顔の前に振り上げた。
げっ、魔法をかける気だ!
「む……、なんだおまえは? こら、離せ!」
いつの間にかヤクザの横に来ていたエレジーが、彼の右腕を両手でしっかりとつかみ、自分の胸に引き寄せていた。
「だめ……お願い……争わないで……」
「だれだ、おまえは……?」
突然あたしたちの間に割り込んだエレジーをいぶかしげに見るヤクザを、エレジーは悲しげな顔で見つめ返した。
「この世界で……争いが起きると……悲しくなる……どうしてだか……」
エレジーは声を出さずに泣いていた。彼女の澄んだ瞳からあふれる涙が頬に二筋の小さな流れを作る。
少女に泣かれて、激怒していたヤクザもしかたなく怒りを引っ込めた。
「ふ、ふんっ! まあいい、この娘に免じてこの場は見逃してやろう、フレイン」
……え〜と、こういうのって『泣く子と地蔵には勝てぬ』とかいうんだっけ?
「わ……わたしもすまなかった、ヤクザ。おわびする」
あたしもいちおう謝罪しておく。
「ふむ。おおそうだ、シファーの聖地に行くと言っていたな、フレインよ?」
「そうだが?」
「それは難しいかもしれんぞ。ヘイン国王陛下は魔法の乱用を抑えるという名目で、魔法に関する施設の立ち入りを制限する布告を発した。『風の木霊する洞穴』の周囲は今頃軍隊が警備しているはずだ」
『なに? なぜ陛下がそんなことを……』
あたしの肩でチャムが驚き、あたしはその質問をヤクザに投げかけた。
「理由ははっきりしない。ただ最近ゼインダンとの間で魔法を使った争いが増えているからな。両国の間で魔法の使用を制限する合意が結ばれたとしても不思議ではなかろう」
それ以上のやり取りはなく、ヤクザは立ち去って行った。
『やれやれ……。なんてことをしたのだ。いいか、この世界では魔術師を侮辱するというのは大変なことなのだぞ』
《う……ん。あれは確かに、あたしが悪かったわ。でも、『炎のヤクザ』なんて突然言われたから、思わず笑っちゃったのよ》
『まあ反省しているならいいとしよう。もっと気をつけてくれ』
それから、チャムは思い返したように付け加えた。
『実はな、ヤクザは長年魔術師ギルドの上級会員を務めているが、ギルド長の座をぜひにも欲しているのだ。そのため、次期ギルド長候補のわたしを目のかたきにしているのだ』
「そうなの。つまり、権力闘争ってやつね?」
『そうだ。もしわたしがいなければ、彼がギルド長になれる可能性もあるからな。実際ヤクザとしてはわたしに失脚してもらいたいのが本音だろう』
《……あなた、さりげなく自慢してるわね?》
『……ま、まあ、それはそれとしてだ。「風の木霊する洞穴」への出入りが制限されているというのはまずい』
《そのために、わざわざここまで来たんだしね。で、どうするのよ?》
『シファーの教会に行ってから、この町にある魔術師ギルドの支部に行ってみる。魔法の伝言で情報が伝えられているはずだから、それがどの程度の制限なのか確認してみよう。考えるのはそれからだ』
そこで、あたしたちはとりあえずシファーの教会に向かって歩き出した。
あたしたちは、今夜泊まる宿を探していた。
けっこう大きな町のこと、宿はいくつもあった。その中であんまり豪華でも貧相でもなく、気持ちのよさそうな宿を探していたあたしたちは、大通りから少し引っ込んだ場所にある「兵士の憩いの家」という宿にたどり着いた。
「この宿でいいかな?」
あたしの言葉に、ローザが答えた。
「フレイン様がお選びのところでしたら、どこででも満足ですわ」
エレジーは無言のまま、首をたてに振った。
チャムはポケットから顔を出して宿を一目見ると、あわてた様子を見せた。
『あ、ここは……』
《なによ、何かまずいわけ?》
『……い、いや、なんでもないぞ』
なんか怪しい。でも、ま、いいか。
扉を開いて宿に入ると、一階にある酒場のカウンターの後ろには、主人らしい二十歳過ぎの女の人が立っていて、忙しそうに客の注文に応じていた。優しいお姉さんという感じの人で、栗色の長い髪をていねいに編んでいた。
彼女はあたしの姿を目にすると、ぱっと顔を輝かせた。
「まあ、フレインじゃないの!」
言うなり彼女はエプロン姿のままカウンターから飛び出し、あたしに駆け寄る。
あっというまに、あたしは彼女に抱きつかれていた。
「ああ、フレイン! ずっとどこにいたのよ! どうして来てくれなかったの?」
あたしの胸に頬ずりしながら、彼女は訴えた。
「あ、あの〜……」
ローザ……そんなに怖い目でにらまないでよ。
あ、エレジーまで、「捨てられた子犬の目」で見ながらしがみつかないで……。
「フ・レ・イ・ン・様……。この人はなんなのですか……?」
う……。ローザのこめかみがぴくぴくしてる。こ、怖い……。
あたしはチャムをポケットから引きずり出し、尻尾をつかんで逆さづりにしてにらんだ。
《チャム……。これ、どういうことなの?》
『い、いや……。この宿はどうも見覚えがあると思ったが、やっぱりなぁ……』
《な・に・が、やっぱりなぁ……なのよっ?》
『う、うむ。その人はターニャといってな、この宿の主人だ。元主人であった夫が亡くなったので、この宿を切り盛りしている立派な方だ』
《で、その人とあんたの関係はっ?》
『あ、その。いやあ、一年ほど前にこの町に立ち寄ったとき、ターニャと二人きりになったので、ついつまみ食いしちゃったような気がしないでもないような……』
《こっこっ、この女ったらしっ!》
あたしは、チャムの尻尾をぎゅっとつかんで振り回す。
『い、痛い痛いっ!』
と、その様子を呆然と見つめていたターニャがあたしの手を止めた。
「何をしているの、フレイン? どういう事情か知らないけど、猫さんをいじめちゃだめよ。かわいそうに……」
あたしがしぶしぶチャムの尻尾を離すと、チャムは床に落ちた。ターニャはチャムを両手で持ち上げ、自分の胸に抱き寄せた。
「ほら、よしよし。かわいい猫さんね……。フレインもいじめちゃだめよ。あなたの猫なんでしょ?」
……いや、その、そっちが本当のフレインなんだけどなあ。
チャムはターニャの胸に頬ずりしながら、あたしを見つめてにんまりとする。
……こいつ、後で殺す。
「……それでフレイン様、この方とどういうご関係ですの?」
後ろからローザの冷たい声が聞こえた。
はあ……もういやだ。なんであたしがこんな苦労を……。
「あ〜、疲れた……」
あたしはカウンターの椅子について、ぐったりしながらビールを飲んでいた。
ローザとターニャの両方に、こってりと責めたてられてしまった。どっちも怒らせないように、泣き出されもしないようにごまかすのは一苦労だった。
そもそもの元凶であるチャムは、平気な顔をしてあたしの横でソーセージをがじがじとかじってる。
《チャム……。あんた、覚えてなさいよっ》
『い、いやぁ……。その、そなたの口車もなかなか立派なものだったぞ』
《ごまかさないのっ!》
あたしはチャムをにらみつけた。ターニャの手前、露骨にいじめるわけにも行かない。
『わ、わかった。わたしが悪かった。反省してる。してるともっ!』
チャムは両方の前足を合わせて哀願しだした。
はあ……。
《まあ、猫になっちゃったあなたをいまさら責めてもしょうがないわね》
そう言って、あたしはもっと重要な問題に話題を変えることにした。
《それで、『風の木霊する洞穴』にはどうやって行くの?》
『うむ……。どうやら正式な許可は得られそうにないしな』
あたしたちは、シファーの教会に礼拝した後で魔術師ギルドに立ち寄り、ヤクザに聞いた立ち入りの制限について確認した。その結果わかったのは、『風の木霊する洞穴』は魔法に関する最重要施設として、当面は全面立ち入り禁止となっているということだった。国王の直接の許可がない限り、だれも入れないらしい。
《魔術師ギルドってけっこう影響力あるんでしょ? ギルドから国王に公式な要請を出せばなんとかなるんじゃない?》
『そうなのだが……。実は、魔術師ギルドや王宮にも、ゼインダンに通じている者がいるのではないかという疑いがあってな。公式な要請を出すとなれば、シファーの啓示を受ける理由まで明らかにせざるを得ない。その話がゼインダンに伝わる恐れがあるから、なるべくならば避けたいのだ』
《じゃあ、こっそり忍び込むの?》
『できればそうしたい。魔法で軍隊を蹴散らすわけにも行かんしな。そんなことをしたら、ザンジア全体から追われるはめになってしまうし』
《でも、軍隊が警備しているところにこっそり入り込むっていうのは……》
『うむ……。魔術師はそういう行動は得意ではないしな。だれか周辺の地理に通じていて、隠密行動が得意な者でもいればなあ……』
そのとき、後ろのテーブルで言い争う声が聞こえた。
「なにを言ってるんですか! 弓はりっぱな武器ですよ。いや実際、剣や斧よりも実戦で役に立つ武器です」
「ふん。弓など邪道だ。戦士の使う武器ではないわ。戦士が使うにふさわしい武器は斧、そうでなければ剣。そのどちらかよ」
振り返ってみると、あたしたちの後ろにある丸いテーブルについた二人が言い争っているところだった。一人は長身で細身の上品そうな青年。もう一人は、背が低く灰色っぽい肌の、がっちりとした体格で粗野な感じがする中年の男の人。
中年の男の人の方が、青年の持っているグラスにいまいましげに目をやる。
「だいたい、そのグラスはなんだ? ワインなど上品ぶった貴族連中が飲むものよ。戦士の飲み物はビールだ」
青年も負けずに言い返す。
「まあ、確かにワインは宮廷の飲み物ですからね。味わうにもそれなりの作法というものがあるのですよ。あなたのように、行儀作法もわきまえない方の口には確かに適さないでしょうね」
ありゃ……。二人とも負けず劣らずの毒舌ぶりだわ。
どうやら、酒場で飲んでいた二人がささいなことから言い争いを始めたようだった。発端はどうでもいいことだったんだろうけど、お互いに引くに引けなくなってエスカレートしてしまったみたい。このままだと、殴り合いが始まりそうな雰囲気だった。
カウンターの向こうにいるターニャは、その二人の様子を見て
「あら、困ったわね。どうしましょうかしら……?」
とか言ってる。言葉とは裏腹に、あまり困った様子はない。けっこうのんびりした人みたい。
《ねえチャム、どうする?》
チャムは言い争っている二人をちらと見やり、面倒そうに口を開いた。
『う〜む。ほっといてもいいだろうが、なんだったらそなた止めてみるか?』
《あたしが?》
『いかにも。そなたもだいぶ魔法の修練を積んだ。あんなのを止めるくらい、わたしの助けなしでもできるだろう』
《結局、自分は何もしたくないわけね?》
『まぁ、そういうことだ。だが、このままだとローザが止めに入るかもしれんぞ』
ちらっと横を見ると、確かにローザがいかにも仲裁に入りたそうに、両手をわきわきさせてる。
フレインの家で初めて目覚めたとき、ローザが壁をぶち破ってくれたことを思い出す。
……あれをまた、ここでやられたらたまんないわね。
まあ、いいか。あたしもターニャの件でちょっとストレスたまってるし、気晴らしにちょうどいいかも。
二人の位置を振り返って確認してから、背を向けたまま印を作る。
魔法を発動させると、大声で言い合っていた二人の声が突然ぴたりと止み、酒場の中は急に静まり返った。
二人は突然声が聞こえなくなったことに呆然とし、なおもこぶしを振り回しながら大声を出すしぐさだけを続けているけど、その口からはまったく声が発せられていない。
これは、「静寂」の魔法。二人の周りの空気を操り、音を伝えないようにしてしまう魔法だ。難しくもない初歩的な風の魔法だけど、使い方によっては効果は抜群。
さて、もう一発。あたしは別の魔法をかけた。
二人の周りに突然突風が巻き起こった。二人はその風に押されてよろめき、お互いに抱き合ってしまう格好になった。
二人は口だけをぱくぱくと動かしている。きっと、
(こ、こらくっつくな!)
(あ、あなたこそ離れてください!)
とか言い合っているんだろう。
これくらいでいいか。あたしは立ち上がって二人に歩み寄る。
「そこのお二人。言い争うのはそれくらいにしてはどうかな?」
二人はあたしの姿を目にして、また口をぱくぱくさせて何か言い始めた。
あたしは「静寂」の魔法を打ち消す。
「そうか、おまえ魔術師か!」
中年の男の人が言った。あたしは魔術師らしくもったいをつけて答える。
「いかにも。わたしはザンジア魔術師ギルドの上級会員、『風使いのフレイン』」
決まったかしら……?
あたしが口にした名前に、青年の方が反応した。
「風使いのフレイン……? 聞いたことがあります。ザンジアで一番の風の使い手とか……。あなたがそうなのですか?」
「そのとおり」
言ってから、あたしは振り返ってチャムにささやく。
《チャム、あなたってけっこう有名なのね?》
『う、うむ……。自分から言うのもなんだが、確かにわたしのことをザンジア一の風使いと呼ぶ者もいる。「風使いのフレイン」という異名もそこからついたものだしな』
あたしはまた二人に向き直る。
「それで、いったい争いの元はなんだったのかな?」
あたしの問いに青年が答えた。
「あ、いや。僕は冒険を求めて旅している者で、弓を得意としているのですが。その、こちらの方が、弓なんて卑怯な武器だと言い出したもので。僕もつい言い返してしまいましてね。それでちょっと言い争いが起きてしまったのですよ」
「ふん、そうではないか。弓など物陰や遠くからこそこそと敵を狙うものだ。堂々と名乗りを上げて正面から戦うのが戦士。弓などは邪道の武器だ」
「いや、ですからね。剣や斧と弓では、使い方がまるで違うのですよ……」
このままだと、また二人は争いを始めそうだった。あたしは二人の間に割って入る。
「いや、そなたたちの言い分はわかった。お互いに文句もあろうが、この『風使いのフレイン』の名に免じて、この場は納めてもらえないか」
青年は微笑んでうなずいた。
「はい。高名なあなた様のお言葉とあらば喜んで」
中年の男の人は不承不承という様子だったけど、黙って首をたてに振った。
やれやれ、どうにか争いは収めたみたい。
でも、それで終わりにはならなかった。
「フレイン様。あなたとお近づきになれたのも何かの縁でしょう。ひとつ僕と同席していただけないでしょうか? 故郷に帰りましたら、あなた様の名声がさらに高まりますよう、お話を広めたいと存じます」
特に断る理由もなかったから、あたしたちはテーブルに移動して二人と一緒に話をすることになった。
青年は、ザンジアの北にある遠く離れた街の、有力な一家の息子だと名乗った。
「申し遅れました。僕の名はシルファイド・ジオール・レネンストローム。どうぞシルファスとお呼びください」
それから、シルファスはとなりの男の人にちらと目をやった。
「わしはゼバス。それ以外の名前はない。故郷もない。すべて捨てた」
「捨てた……? 故郷をなくしてしまったのですか? それはどのような事情で?」
「余計な詮索はしないことだ、若いの」
そんな調子で、快活でよくしゃべるシルファスに対して、ゼバスは口数が少なく、必要なこと以外は話そうとしなかった。
「僕の一族は名誉を重んじる慣習がありましてね。家長の地位を継ぐ前に、長い旅に出なくてはならないんです。その旅で、どれだけ世の中に貢献できたか、どんな名誉を得られたかを一族に報告します。その成果によって、一族での地位が決まるのですよ」
シルファスはそう語った。
「それはすばらしいことですわ。世の中の役に立つために身をささげるのは、ルミールの教えにもかなうことです」
となりに座っていたローザが同意する。
シルファスはローザに向かってにっこりとして、話を続けた。
「ありがとうございます。まあそういうわけで、僕としては誰かの役に立つ機会を探して旅を続けているわけなんです。……それでフレイン様は、どのような目的でこの町へ?」
「実は、シファーの聖地である『風の木霊する洞穴』へ行く途中なのだ。シファーの啓示を受けねばならぬ理由があってな。だがこの町に来たところ、洞穴は立ち入り禁止になっていると聞いて、どうしたものかと思案しているところだ」
「ああ、その話ですか。そういえば確かに、あの洞穴の周りには兵士がたくさん見張っていましたね。それと途中の道にも、何か所かで通行人を取り調べていましたよ」
シルファスの言葉に、チャムがびくりと反応した。
『洞穴に行ったのかと、彼に聞いてみてくれ。それと、検問をどうやってくぐり抜けたのかも』
あたしが質問すると、シルファスはこともなげに答える。
「あの洞穴そのものは入っていません。シファーの信徒でない僕には用がありませんからね。でも、その近くは通りました。検問ですが、僕はあの付近の抜け道を良く知っていますし、野外で見つからないように行動するのは僕の一族の特技みたいなものです。簡単に抜けてこられましたよ」
あたしは、思わずチャムと顔を見合わせた。
チャムもあたしが言いたいことに気付いて、強くうなずいた。
「シルファスどの、ものは相談なのだが……。実はわたしたちは、どうしても早急に『風の木霊する洞穴』に行かねばならない。軍隊と正面からやりあうわけにもいかぬので、こっそりと忍び込もうと思っていたところだ。だが、わたしたちは周辺の地理も良く知らないし、そのような行動は得意ではない。そこで、そなたに道案内を願えればと思うのだが」
シルファスは顔を輝かせた。
「すばらしい! 高名なフレイン様のお役に立てるなど、願ってもない機会です。ぜひともご一緒させてください」
「ありがたい。それで報酬だが……」
「いや、報酬などいただけません。もともと僕は報酬のために旅をしているわけではありませんのでね。申し上げたとおり、お役に立てることが報酬なのです」
そう言ってから、彼は黙っているゼバスに向き直った。
「ゼバスさん、いかがですか? あなたもご一緒に。ここで言い争いになったのも奇妙な縁かもしれません。しばらく一緒に旅してみるのもよろしいかと。……それに、あなたのご自慢の斧の腕前も拝見したい気がしますしね」
ゼバスはわずかに顔を上げ、一同を見回してから口を開いた。
「ふん……。まあよかろう。どのみち故郷もない身、どこへ行くのも同じことだ。だが、わしは報酬はきちんともらうぞ」
「決まりですね。いつ出発しますか、フレイン様?」
いつの間にかこの場を仕切ってしまったシルファスが、話に決着をつけた。
でも、なんだか楽しそうな展開になってきた。
やっと冒険らしくなってきた、そう感じてあたしは期待がふくらむのを感じていた。