20

 あたしたちは、広間の中心に出現した光点をぼう然と見つめていた。
 見守るうちにその光点は大きくなり、次第に形を取って、天使<エンジェル>くらいの大きさの白い輝きになった。そして、その中に少しづつ形をとっていく何かが現れた。
「あ……、あれは……」
 その何かがはっきりとした形になり、あたしはそれが何であるかに気がついて、驚きのあまり息が止まりそうになった。
「天使<エンジェル>……」
 あたしの口から、やっと一言だけ言葉がもれた。
 光の中から出現したのは、まさしく伝説の、本物の天使<エンジェル>だった。真っ白な人間の身体、輝く羽根。その顔には温和な、でもどこか超然とした微笑を浮かべている。
 ……でも、なにか変。あの顔はどこかで見たことがあるような?
 あたしの横で倒れているガルガディアがかすかに身じろぎし、
「ドルベロス……」とつぶやく。
 広間の向こうで倒れているリフネーラも同じように、「ミニューチャ……」とささやいた。
 光の中から出現した天使は言った。
「我はヴィスケラなり」
 ヴィスケラ!あの謎の古代種族。宇宙のあちこちに手がかりを残し、この神殿まであたしたちを導いた存在。そのヴィスケラの正体が、この天使<エンジェル>なの?
「あなたがヴィスケラなら、答えてちょうだい! いったいなぜ、ここにあたしたちを呼んだの?」
「後継者を選ぶためだ」
「後継者? つまり、あたしたちの誰かが……?」
「誰かかもしれぬし、誰でもないかもしれなかった。ここでおまえたちは最後の試験を受けたのだ。おまえたちは合格した」
「……どういうこと?」
「長い話だ。おまえたちに説明しよう。だがその前に、おまえたちの苦痛を取り去ってやろう」
 ヴィスケラの身体がふわっと浮いて、動き出した。彼はあたしたちに近寄ると、ガルガディアの身体にそっと手を触れる。
 その手からグリーンの光が発せられてガルガディアの身体を包む。そして……ガルガディアの身体は見る間に元の姿に復元した。
「オオ……」ガルガディアが驚きの声を上げた。
 次にヴィスケラは、あたしの天使<エンジェル>に手を触れる。同じように光が発せられ、あたしの天使<エンジェル>は無傷の状態に復元した。
 全系統をチェック。……すべて正常<オーノル>
 信じられない。これがヴィスケラの力? ほとんど……そう、神の力。
 ヴィスケラは、向こうで倒れているヌールも同様に回復させる。
「さて、説明しよう」治療を終えたヴィスケラは言った。「長い話だ。おまえたちの種族が誕生するよりもはるかな昔より続いて来た、我らが歴史を教えよう……」

 遠い昔、まだ人間、ゾガード、ヌールも存在しなかったころ、ヴィスケラは宇宙で栄えた種族だった。
 ヴィスケラの母星はここ、今シャングリラのある場所にあった。高度な技術、強じんな肉体、精神力を備えた彼らは、まさに宇宙で最強の存在だった。その力をもって彼らは宇宙の支配者として君臨していたのだ。
 さらに彼らは、高度な技術を活用して自分たちの身体を改造し続け、さらに強大な力を持つようになっていった。いまここにいるヴィスケラはそうした身体改造の果てに生まれたもので、あたしたちから見ればほとんど全能に近い存在なのだ。
 そして彼らはその力で、みずからの母星までも姿を変えてしまった。このシャングリラこそ、彼らが築いた理想郷だった。
 でも、理想郷を築いた彼らは、究極の罠に落ちいってしまった。
 強力で不老不死に近い身体。とほうもない精神力。すべての要求を満たしてくれる理想の世界。そういったものすべてを手にした彼らは、行き詰まってしまった。
 ありていに言えば、彼らはやることがなくなってしまったのだ。
 シャングリラで彼らは平和に生き続けた。それは個人にとっては理想の世界だったけれど、種族としては完全な停滞であり、ゆっくりとした滅亡だった。百年、千年、一万年……、何も変化のない世界。新しいものも生まれず、永遠に続く平和と安息。
 もはや、ヴィスケラ自身にその状態を変えることはできなかった。なぜって、それは理想の世界だったから。どうして、理想の状態をわざわざ変える必要があるだろう?
 そして、彼らはひとつの打開策を計画したのだ。

「我々はおまえたちを創り上げた」ヴィスケラは言った。「そして、我々の力である肉体の強さ、精神力、ものを作る能力を、おまえたちゾガード、ヌール、人間のそれぞれに分け与えたのだ。
 おまえたちを宇宙の遠く離れた星に置き、やがて発展して宇宙に出るようにしむけた。そして、互いを発見し、相争うように。そして最後に、ばらまかれた手がかりを追って、おまえたちの代表者がここに到達するように」

「なぜ……、なぜ、そんなことを?」
「言ったはずだ。後継者を選ぶためと。ここにたどりついたおまえたちを、互いに戦わせた。それらすべてが、試験であったのだ。おまえたちが後継者たり得るかどうかを試すための」
「私たちが後継者になるとは、どういう意味なのですカ?」
「我らはより強い力を求めて自らを改造し続けた。その結果、悟ったのだ。完全であることは……理想の姿であることは、すべてを停滞させることなのだと。種族として前進し続けるためには、不完全さが必要なのだと。永遠に自分たちの不完全さを補い、理想を追い求めることが、前進のためには必要なのだ。我らにはもはや、それを追い求めることはできない。だから、我らはおまえたちを不完全なものとして造った。おまえたちは我らの後を継ぎ、我らを乗り越えて前進を続けるのだ……」
 なんだか、勝手な言いぐさっていう気もする。自分たちが出来なかったから、やらせるためにあたしたちを創り出したなんて。でも、不思議と怒りの感情はわかなかった。なぜか、彼らの言うことはもっと深い真実を示しているような気がした。
「デハ、三種族の争イヲ終ワラセル力トイウノハ……?」
「その力はある。それをおまえたちに授けよう」
 そう言って、ヴィスケラは両手を合わせる。その手を少しだけ開くと、手の間から虹色の光がほとばしった。
 あたしの中に、突然何かが入って来た。胸に鋭い痛みが走り、その痛みはすぐになんとも言えないあたたかい感触に変わり、全身に拡がっていく。
 同時に、あたしの心の中に浮かんできた、数々の映像、言葉、色、匂い、感情。それらは心の中で渦巻き、やがて一つの認識を形作った。
「これで、おまえたちは力を得たはずだ」ヴィスケラは言った。
「理解という力を。おまえたちは、ほかの種族の思いを理解できるようになった。そしておまえたちは、その理解をほかの者に伝えることができる」
 言われるまでもなく、あたしにはわかった。
 あたしの心の中に、その理解はあった。今のあたしは、ゾガードとヌールのことを自分と同様に理解していた。ゾガードとして、ヌールとして生きるのがどのようなことか。どんな思いをいだいているのか。
「オオ……、ソウカ、我モ理解シタ」ガルガディアが言った。
「私も……、理解しましタ」リフネーラも。
 ガルガディア、リフネーラ、そしてあたしは向き合った。いまやあたしたちは、得体の知れない異星種族同士じゃなかった。お互いを真に理解し合った……同胞だった。
「おまえたちはそれぞれの故郷に帰り、その力をもって争いを終わらせるのだ。おまえたちならば必ずできる。そして将来、三つの種族が争いを止め、未来に向けて前進するようになれば……、そのときおまえたちは、我々の後継者となる」
 そうだったのか。これが、結末。
 勝者は一人じゃなかった。あたしたち全員が、勝者なのだ。
 でも……、何か釈然としない。
 あたしは、目の前のヴィスケラにその問いをぶつけた。
「ひとつだけ、教えてちょうだい。あたしたちは……、人間とゾガードとヌールは、なぜ戦わなくちゃいけなかったの?」
「教えよう。後継者となるためのもっとも重要な資質は、その精神。それもおまえたちの表面ではなく、おまえたちの種族の根源に埋め込まれた精神の強さなのだ。他の種族を仲間として受け入れる、それは必要なことだ。だが、それだけでは不十分なのだ。相手を仲間として受け入れながらも、必要であれば全力で戦う、その強さがどうしても必要であった。我々は、おまえたちの中にその強さがあることを確かめたかった」
「でも……、そのために、大勢の人間や、ゾガードや、ヌールが死んだのよ?」
「必要なことであった。未来の大いなる前進のための犠牲だ。他の者を受け入れる寛容さと、戦う強さ、おまえたちの中にその両方がなければ、やがておまえたちは行き詰まる。我々はその結果をはっきりと予見できる」
「聞キタイ。我ラハ、モハヤ戦ワナクテヨイノダナ?」
「そのとおりだ。お前たちの戦いは終わった。もはやゾガード、ヌール、人間が戦う必要はない。これから先もおまえたちの戦いはあるだろうが、それはおまえたちの間で起きるものではないだろう」
 黙って聞いていたリフネーラが言った。
「わたしも聞きたイ。あなたは私たちが合格したと言っタ。もしも、私たちが不合格になったら、どうなっていたのですカ?」
「おまえたちのうち、合格した者が後継者となっていただろう。もしもおまえたちすべてが不合格であったなら……、おまえたちの種族をすべて消去し、始めからやり直すことになっただろう」
「そんな!」あたしは思わず叫んでいた。
「消去するって……、合格しなかったら、あたしたちを全員殺すつもりだったっていうの!?」
 ヴィスケラは、その問いには答えなかった。リフネーラの方を向いたまま、
「だが、おまえたちは全員が合格した。これこそ我々の望んだ結果、最良の結末だ」
 そうか。
 さっきからなぜヴィスケラの言うことがすんなりと受け入れられなかったのか、気がついた。
 彼らは、はるか将来の大きな前進を目的としている。その目的のためには、いまの人間、ゾガード、ヌールの運命などは問題ではないのだ。彼らは、個人の運命など超越した視点でものごとを見ている。
 神……。そうだ。彼らは外見だけじゃなく、本当に神なんだ。
 これが、神の考え方なんだ。
「さあ、帰るがよい。そして、自らの種族のために尽くすがよい。心配するな、おまえたちの種族の将来は、いまや約束された。未来に向かって前進するがよい」
 そう言ってから、ヴィスケラはすこしだけ悲しげな表情で、最後の一言を付け加えた。
「そして……、いつか、私たちの果たせなかった夢をかなえてほしい……」
 ヴィスケラの姿が少しずつ薄れ、半透明になり、しだいに消え去っていく。
 その姿を見つめながら、あたしは彼の最後の言葉を考えていた。
 彼の言葉のほとんどは、ヴィスケラ族全体の言葉、種族の意志だったのだろう。でも……、最後の一言だけは、まぎれもなく彼自身の言葉だった。
 ヴィスケラも、やっぱりあたしたちと同じ心を持っているのか……。
 ヴィスケラが消え去ったのに続いて神殿の壁が消えていく。ほどなく、あたしたちは最初にたどりついた時のままの、何もない砂漠に立っていた。
 周囲には、色とりどりの明かりをともしたシャングリラの環<リング>が回転している。一瞬、その環<リング>のひとつひとつに大勢のヴィスケラたちが立ち、手を振っているような気がした。
 次の瞬間、あたしの天使<エンジェル>はふわっと持ち上がり、勝手にシャングリラを離れて飛び始めた。ガルガディアとリフネーラも、あたしと一緒に宇宙に飛び立っていく。
 二人は微笑を浮かべていた。彼らの微笑は人間とはまったく違うしぐさだったけれど、今のあたしには、彼らがほほ笑んでいることがはっきりと理解できた。
 速度はますます速くなり、シャングリラの外側の環<リング>が視野の後ろに去っていく。あたしと、ガルガディア、リフネーラの距離がしだいに離れていく。お別れだ。
 あたし、天使<エンジェル>の手を大きく振ってお別れの挨拶をする。ガルガディアは手を振り返し、リフネーラは翼を振って合図をした。
 やがて、シャングリラも、ガルガディアも、リフネーラも見えなくなり、あたしはひとりきりで宇宙を飛んでいた。
 そして、外部視野がゆっくりと薄れていく。周囲がしだいに明るくなり、宇宙の光景が消えていく。それと同時に、天使<エンジェル>の内部の各種ディスプレイが、一つづつ光を失っていった。
 やがて、視界が白一色になり、何も見えなくなって、それからしだいにその光は弱まり、操縦球の中は真っ暗になった。
 かすかな音とともに、ゲーマーズカードが排出される。操縦球のハッチがゆっくりと開いていく。
 ゲームは、終わったのだ。

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