19

 あたしたちは、砂の中から出現したその建物を見つめていた。
 原初の神殿……。神殿といえば、たしかにそんな感じもする。だけど、一目見た印象は、いったい何だか見当もつかない、奇怪な建造物だった。
 古代のお城か教会をベースに、近代建築で改装したような形だった。壁の一部は昔風の煉瓦造りにステンドグラス。飾りの付いた尖塔も付いてる。別の場所はぴかぴかの金属の壁に、透明なパイプが縦横に通っている。壁のあちこちには不規則な張り出しがある。
 そして、大きかった。天使<エンジェル>のサイズは人間の六、七倍だけど、そのサイズを基準にしてもとても大きい。実際のサイズでは、幅が優に一キロを越える。
 正面に大きな入り口がある。とにかく、行ってみよう。
 あたしたちは入り口をくぐり、建物の中に入った。
 まっすぐな通路が続いている。見た目は石かレンガでできてるみたいだけど、天使<エンジェル>の環境探査機能で、実際には未知の金属が使われていることがわかる。
 枝道があった。ちょっと考えてから、とりあえず枝道はパスして、まっすぐの通路を進んでいく。
 しばらく通路を進み、いくつかの枝道を行き過ぎてから、突然大広間に出た。天使<エンジェル>のサイズを基準にしても、大きな広間。実際のサイズは、差し渡し百メートルを軽く越えそう。
 広間の内部は、金属の床、石造りに見える壁、高い天井をおおった色とりどりの窓っていう、この建物全体に共通した不気味な様式。あちこちに弱い明かりが光を投げかけ、広間の中は明るい場所と暗い場所が入り乱れている。さらに、壁のあちこちに張り出しがあったり、二十メートル以上の高さに通路があったりという、非常に複雑な構造をしている。
 その広間の真ん中には低い台座があり、その上になにか彫像のようなものがある。
 その台座に近づいて行ったとき、ガルガディアがふとあたしたちから離れ、広間から抜ける出口の一つに向きを変えた。
「どうしたのですか、ガルガディア?」
 ガルガディアは振り返り、答えた。
「人間ヨ、ヌールヨ、休戦ハココマデダ」
「……いったいなによ、急に?」あたし、問いかけた。
「アレヲ見ロ」
 ガルガディアは、広間の中心の台座を指さした。
 台座の上に置かれた彫像。近くで見ると、それは交差した二本の剣をかたどったものだった。薄暗い広間の中で、二本の剣は赤と青の光を放ち、周囲をかすかに照らしている。
 はっと気が付く。アイコンだ。
 その意味は……『戦え』。
「アノ意味スルモノハ明ラカダ。我々ノウチデ勝チ残ッタ者ダケガ、ココニ隠サレタ『力』ヲ手ニデキルノダ」
 ガルガディアはそう言い残し、出口から通路に消えて行った。
 あたしの横に浮かんでいるリフネーラが、翼をはためかせて別の出口に向かう。
「……ガルガディアの言う通りのようですネ。わたしたちは戦わなければなりませン」
「そんな……。どうして?」
「どうしテ? なぜ聞くのですカ? 理由は明らかではありませんカ」
「………………」
 リフネーラの言うとおりだ。明らかに、あたしたちはここで互いに戦うことを命じられているのだ。この神殿を造り、ここにあたしたちを導いた者によって。
 でも、あたしが聞きたかったのはそんなことじゃない。
 なぜ、あたしたちは戦うことを命じられているの……?
「人間、エミリー。あなたは何のためにこの場に来たのですカ? ここに隠された秘密、自らの種族に勝利をもたらす力を手にするためではないのですカ?」
「それは……、そのとおりよ」
「いかなる事情で、あなたがこの場に来ることになったのかは知りませン。しかし、あなたは自らの種族でただ一人、ここにたどりついタ。あなたは今や、あなたの種族全体の運命を握っているのでス。あなたは自らの種族のために戦わねばならなイ。全力デ。わたしたちト」
 戦わなければならない……。人間すべてのために。
 あたしの背筋をぶるっと悪感が走った。嫌よ、そんなの! あたしが人間の運命を握っているなんて。もし、あたしが負けたら、人間はどうなるの……?
 でも、もう逃げることはできない。
「しかしわたしもガルガディアと同様、ここまで来たからには正々堂々と戦いたイ。いったん別れましょウ。次にお互いを目にした時が、戦闘開始でス」
 リフネーラの言葉で、はっと気が付いた。ガルガディアが勝つことだけを考えていたなら、あのアイコンを見た瞬間に、あたしたちを後ろから襲えばよかったのだ。しかし彼はそうする代わりに、あたしたちに事情を説明し、そして離れて行った。
 あたしは理解した。ガルガディアも、リフネーラも、本当は戦いたくないんだ。あたしたちは仲間。少なくとも、仲間でありたいと願っている同士。
 でも、二人は戦おうとしている。それは、あたしたち三人のそれぞれが、自分の種族の運命を握っているから。もしも自分以外の誰かが勝ち、隠された力を手に入れたら、ほかの二種族はどうなるのかわからない。宇宙から消滅してしまうことさえ考えられるのだ。
 そして、あたしも条件は同じ。もしあたしが負けたら、人間はどうなるの……?
 やるしかないのか。
 正真正銘、これがラストバトル。

 あたし、二人と別れて通路のひとつに入っていった。
 レーダーボールを映してみるけど、すぐに消す。ダメ。こんなに狭くて障害物が多い場所では、レーダーは役に立たない。代わりにオートマッパーを起動。周囲の構造を戦闘コンピュータに記憶させていく。通路の中を進んで行くにつれて、通った場所の3D構造図が眼前に形成されていく。
 通路は枝分かれしたり、突然上や下に屈折したり、水平の通路から竪穴につながったりと、ものすごく複雑な構造をしている。戦闘を開始する前に、全体の構造をしっかりと把握しておいた方がよさそう。
 それにしても……。この建物はいったい何なんだろう?
 この複雑な通路。立体的な構造。どこから見ても、こんな建物に実用性があるとは思えない。原初の神殿っていうくらいだから、この様式になにか宗教的な意味があるのかしら?
 枝道に入ったとたん、急に天使<エンジェル>が床に強力に押しつけられ、がくっとひざを付く。身体が重い。これは……、重力が3Gもある!?
 その枝道をやっと抜けて、上向きの竪穴のところに来たとたん、こんどは上下感覚が逆転し、天使<エンジェル>が上に向かって落ちはじめた。今度はマイナスG!
 この中……、場所によって重力まで変化するのか。ここで戦うのはすごく難しそう。
 それに、照明も場所によって明るかったり暗かったり。壁にも凹凸が多いから、隠れる場所がいっぱいある。赤外線暗視装置でもあったらいいのに。でも天使<エンジェル>は基本的に宇宙戦闘用だから、こういう特殊な環境は想定してない。
 そのとき、あたし、はっと気が付く。
 この建物。これ、神殿なんかじゃない。
 これは……、闘技場<アリーナ>だ。
 この場にたどりついたあたしたちが、最後の決闘<デュエル>を行う場として用意されたものなのだ。
 目の前でなにかが光った。とっさにペダルを踏んで、回避……。と思ったら、天使<エンジェル>は壁に衝突。いつもの宇宙空間とは勝手が違ってやりにくいったら。
 目の前で光ったのは、ただのライトだった。壁に埋め込まれたパイプが光る、奇妙な照明。あちこちに奇妙な設備がありすぎて、統一性が見えない。
 目元に警告サイン。後ろ!
 とっさに前に機体を投げ出す。そのまま転がって、伏せたまま後ろを向く。頭の上をかすかに光るビームが通り過ぎる。ヌールの精神攻撃波だ。
 フェイズキャノンを発射。リフネーラは避け、横道に逃げる。
 これは……。こんな複雑な通路では、どこから攻撃を受けるかわからない。さっきの大広間に戻って、広い場所で戦った方がいいかも。
 でも、ちょっと考えてその作戦は却下。
 あの広間では、周囲に開いたたくさんの出口のどこからでも攻撃を受ける可能性がある。狭い通路にいた方が、まだ攻撃される方向が少なそう。
 とすれば、やっぱり通路を移動しながら戦う方がいいかしら?
 警告サイン! とっさに回避。ガルガディアの伸びた腕が右脇腹をかすめる。フェイズキャノン発射。ガルガディアにかすったみたいだけど、彼はそのまま竪穴に逃げて姿を消す。
 これは、作戦とか考えてる場合じゃないみたいね。とにかく、行動あるのみ!
 通路を進んでいくと、またさっきの広間に出た。3D構造図にレッドの光点。見ると、広間のすみでガルガディアとリフネーラが戦っている。
 リフネーラは激しく精神攻撃を繰り返すけど、近距離では動きが機敏なガルガディアの方が優勢だった。ガルガディアはリフネーラのすきを突いて、伸ばした腕でリフネーラを繭ごとくし刺しにする。リフネーラは、可聴限界に近い高音の悲鳴を上げて床に落ち、動かなくなった。
 よし、今だ。漁夫の利!
 マイクロトピード発射。同時にフェイズキャノン発射。キャノンの位相衝撃波<フェイズウェイブ>がガルガディアを襲い、その後からトピードが標的を追尾する。
 ガルガディアはとっさに振り返り、からくも攻撃をかわす。そのまま彼はトピードを避けて通路の一つに姿を消す。
 見失った。どこに行ったの?
 彼の後をつけて通路に入り込み、周囲を探す。通路が複雑に入り組んでいて、彼はセンサーに映らない。
 通路の一つをのぞいているとき、警告サイン。下?
 回避……、したけど間に合わなかった。足下からガルガディアの腕が突き出され、天使<エンジェル>の右腕に突き刺さる。右腕はちぎれて飛んだ。
 しまった。これで、もうフェイズキャノンは使えない。
 立ち直る間もなく、ガルガディアが後ろから組みついてきた。δビームを後ろに発射。彼がビームを回避したすきに離れる。
 機体を反転させて、マイクロトピード発射。ガルガディアは横道に逃げる。
 あたし、荒い息をつく。
 強い。ガルガディアは前から手ごわい敵だったけど、今の彼はこれまでより数段も強く感じられる。
 この狭い場所では、格闘が得意な彼の方が有利だから? それもあるかも知れない。でも、それだけじゃない。そう……、今の彼には恐ろしい気迫がある。
 彼は、必死なんだ。自分の種族の運命のために。
 いけない。気迫負けしたらおしまい。あたしだって、条件は同じ。あたし、自分のほっぺたを力いっぱいひっぱたいて、唇をぎゅっと歯でかみしめる。
 負けられない。
 どこからか、ガルガディアの声が聞こえてくる。
「エミリーヨ、気ノ毒ダガオマエハ我ニ勝テヌ。オマエノ攻撃ハスベテ見ヌイテイルノダ。我ニハ通用セヌ」
 くっ……、なめられたもんね。
 −−?
 ……そうだ!
「ガルガディア、あたしは負けないわ!」
 言い放って、彼がいると思った方に突進する。
 横道に向かって、マイクロトピードを発射。同時に、左手にD<ディメンショナル>ソードを握って飛び込む。
 横道の先にちらっとガルガディアの姿が見えて、次の瞬間に消える。その後を追っていくと、警告サイン。左!
 天使<エンジェル>の左腕が、ガルガディアの鋭い足に切り裂かれて飛ぶ。δビームを発射……。次の瞬間、δビーム発射口を切り裂かれた。
 メインノズルを吹かして、前方に逃げる。
 これで、天使<エンジェル>は両腕を失った。
 警告サイン。上! とっさに回避する。
 上から襲ってきたガルガディアの腕が、マイクロトピードの胸部発射口を切り裂く。マイクロトピード、発射不能。
 続いて、飛び降りてきたガルガディアの腕が一閃し、天使<エンジェル>の左足を断ち切っていた。
 片足を失った天使<エンジェル>は、ぶざまに床に倒れる。
「終ワリダナ、エミリー。オマエニハモハヤ攻撃ノスベハナイ」
 ガルガディアは、倒れたあたしの天使<エンジェル>にゆっくりと歩み寄ってきた。
 あたしは、操縦球の中でじっと待っていた。
 ただ一瞬のチャンスを。
 ガルガディアは、天使<エンジェル>の脇で足を止める。
「エミリー……、オマエヲ殺シタクハナイガ、ヤヌヲ得ヌコト。我ハゾガードノタメニ、勝タネバナラヌ」
 そして、ガルガディアは腕を振り上げる。
「サラバダ、エミリー! 人間ノ戦士ヨ」
 そうね。
 さよなら、ガルガディア。
 あなたに恨みはないけど……、死んでもらうわ。
 口笛のコマンドメロディー。別れの歌。
 ガルガディアが腕を振り降ろすと同時に、天使<エンジェル>の腹部が裂け、白い光の奔流が爆発した。
 光はガルガディアを飲み込み、その身体を突き抜けて天井を焦がした。
 血が凍るようなガルガディアの悲鳴。
 あたし、目を固く閉じて顔を伏せる。
 ニュートリノ・バースト。これこそ、ヘパイストスがあたしの天使<エンジェル>に装備してくれた、最後の切り札。
 なぜこの武器が一度しか使えないのか。それは、ニュートリノ・バーストは天使<エンジェル>に搭載された反応炉を爆発させる武器だから。主反応炉を失った天使<エンジェル>にはもう、戦う力は残らない。
 いままで、これを使ったことはない。ガルガディアはこの武器のことを知らなかったはず。そう読んだからこそ、あたしはそれ以外の兵器を全部、わざと彼に破壊された。あたしに反撃の手段がなくなったと思ったガルガディアが、とどめを刺しにくることに賭けて。
 勝った。それとも、これでは相打ち?
 あたしの天使<エンジェル>も、もう動けない。いま何かが来ても、もう戦う方法はない。
 横で倒れているガルガディアを見る。彼は苦痛に歪んだ表情で、かすかに動いていた。片腕と片足、胴体の大部分は消滅して、グロテスクな傷口がのぞいている。あたし、思わず顔をそむける。
 おそらく、彼は最後の瞬間に危険を感じ取り、とっさに跳ね退いたのだ。そうでなければ、ニュートリノ・バーストの猛烈なエネルギーを受けて、彼は完全に消滅していただろう。
 そのとき、ガルガディアは頭を少しだけあたしの方に向けて、口を開いた。
「ミゴトダ、人間ノ戦士ヨ……、我ガ最後ヲカザルニフサワシイ戦イデアッタ」
「………………」
 あたしは何も答えなかった。言うべき言葉が見つからなかった。
「我ガ身ノ運命ハ悔イヌ。ダガ、心残リハワガ同胞タチ。我ハ全ゾガードノタメニ、勝タネバナラナカッタ。……ダガ、ソレハオマエモ同ジコトダッタナ」
 あたし、とっさに叫んでいた。
「ごめんなさい! ごめんなさい、ガルガディア……」
 目が熱くなり、視界がゆらめいた。あたしは両手で顔をおおって、はばかることなく泣いていた。
「ナゼ謝ル? ナゼ泣クノダ? オマエハ勝ッタノダ、モット誇ルガヨイ。我ガ死ハ止ムヲエヌコト。勝者ハタダヒトリ」
「違うわ!」
 あたしは絶叫していた。
「こんなのは勝利じゃないわ! 勝者が一人だけなんて、そんな必要はないはずよ! どうしてあたしたち三種族のうち、どれか一つだけが残らなくちゃならないの? どうして戦わなくちゃならなかったの? そうよ、あたしたちみんなが勝つ結末だってあったはずよ!」
「………………」
「神さま……、なぜ、あたしたちを戦わせたの……?」
 あたしがそうつぶやいたとき、広間の中心に小さな、まばゆい光点が突然現れた。
 同時に、
「教えよう」
圧倒的な存在感に満ちた声が、神殿に響きわたった。

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