21

 ハッチの開いた操縦球の中で、あたしはしばらくぼうっとしていた。
 夢を見ているみたいだった。さっきまでの体験がただのゲームだなんて、思えない。それほど現実感に満ちて、鮮明な感触があった。本当のところ、これがゲームだということを今の今まで、忘れていた。
 ガルガディア……。リフネーラ……。そして、ヴィスケラ。あたしは、たしかに彼らと戦い、語り合ったのだ。彼らがプログラムされたNPCなんて、とても信じられない。むしろ、ゲームが終わった今の方が現実感に欠けているような気がした。
「エミリー。……エミリー!」
 呼びかける声に、はっと気がつく。
 ショウが横から、あたしの顔をのぞき込んでいる。彼はこぶしを握りしめ、親指を立ててほほ笑んだ。
「やったな、エミリー!」
「ショウ……」
 ショウの後ろにはプレイヤーのみんなが集まっていた。ハリー。カーン。ケイン。ソフィア。そしてマリーとヘパイストス。みんな喜色を浮かべて、あたしを見つめている。
 あたし、ベルトを外して立ち上がる。操縦球から降りようとしたら、ずっと座っていた足が思うように動かずにつまづいた。
「きゃっ!」
 あたし、ステップから転げ落ちた。
 はっと気が付くと、ショウがあたしを抱きかかえて支えていた。
「あぶない、あぶない」
 そう言ってから、ショウはあたしの頭を自分の胸の中に抱きかかえた。
「……でも、よくやったエミリー。これで、ついにゲームも終結した。俺たちの任務も終わりだ」
「それはいいけど……」
 あ、あたし、みんなの前でショウに抱きかかえられてるの?
 顔がかあっと熱くなる。
「ね、ねえ、離してよ!」
 ショウは笑って、腕を離す。
 恥ずかしくて逃げようとしたけど、そこにみんなが走り寄って来た。
「おめでとう、エミリー!」
 みんなが口々にお祝いの言葉を言い、あたしの頭をこづいたり、肩を揺さぶったり、手を握ったり。
 あたし、みんなの間でもみくちゃにされていた。

 ようやく騒ぎが収まって、あたしたちは休息を取るために食堂に向かった。
 みんな思い思いの飲み物と軽食を注文して、席につく。
「そう言えば、知ってたかい?」ハリーが聞いた。
「なにを?」
「ゲームの最後のシーンは、世界中にネットワーク放送されてたのさ」
「ええっ!?」
 ソフィアが割り込む。
「そうよ。誰がやったのか知らないけど、世界中で流れてたのよ。あたしたちも見てたわ、最後の方だけ。すごかったわね、エミリー。後で見せてあげるわ。あたしたちも少しだけだけど、ちゃんと映ってるのよ!」
 なんてこと。世界中が見てたなんて……。
「エミリー、これでもう世界的英雄ですよ。当分どこに行っても注目のまとでしょうね」ケインが笑って言った。
「そんな! いやよっ!」あたし、真っ赤になった。
 みんなが笑った。
 騒ぎ続けるみんなの間で、あたしはようやく、ゲームが終わったんだっていう実感をかみしめていた。

 その晩はみんなで祝勝会。
 政府がスポンサーだから遠慮はいらないって、用意されたのは見たこともない豪華なパーティー料理。すっかり解放気分のあたしたちは、心ゆくまで飲み食いし、夜遅くまで話しつづけた。
 ショウが意外にも大酒飲みだということが分かったり、ソフィアはカラオケが得意だっていうことが判明したり、カーンが柔道とアロマテラピーと編物(なによ、この組み合わせ?)のウンチクを語り始めたり、ケインが春に発表予定の新しいゲームの情報を話してくれたり、ハリーがマジックの披露を始めたり。
 最後には、みんなでカラオケ大合唱大会になって、ソフィアを中心にしてみんなで喉が痛くなるまで歌いまくってた。
 終わってから寝る前にメールをチェックすると、たくさんのお祝いメールに混じって、差出人不明のメールが一つ。
「おめでとう。
 データは頼まれたとおりに、世界中のサーバーにコピーした。
 ついでに、君の活躍もネットワークに流しておいた。
 これで、俺も何かの役に立つことができたのかな?」
 文の最後には、予想したとおりの署名がしてあった。
 ありがとう……、マスタークラッカー。
 十分役に立ってくれたわよ。お礼することもできないけど、ありがとう。

 何日か経ち、騒ぎも収まったある日、あたしはショウと二人で街を歩いていた。
 あたしたちは、ショウを除いて任務から解放され、もとの生活に戻っていた。ハリー、ケイン、カーン、ソフィア、みんな帰ってしまって、今ではメールでしか連絡が取れない。
 あたしも、元通り学校に通い始めた。あたしがしばらくの間登校してなかったことについて、先生が何も言わなかったのにはビックリ。友達はゲームのことを聞いていて、しばらくはゲームの経験談について、会う人ごとに話さなくちゃならなかった。
 ショウは、まだゲームの後始末に追われている。
 彼から聞いた話だと、日本政府は超光速エンジンを日本で独占できなかったことに落胆したけど、他国に独占されるよりははるかにマシだということで、結局この件はもう追求しないことにしたそうだ。
 かえって、日本がデータを独占したら国家間の緊張を増す可能性があるとかで、データが世界中に流されたことを歓迎する意見が多かったとか。
 よかった。あたし、内心で胸をなでおろす。
 あのときは正しいと思ってやったことだけど、結局やってよかったんだ。
 道端に並んでるお店で、ストロベリーシェイクを二つ買って、吸いながら歩き出す。子どもっぽいかもしれないけど、あたしこれを吸いながら歩くのが好き。もう一本をショウに渡すと、彼は笑って受け取り、あたしに合わせてくれた。
 歩きながら、ショウが話を始める。
「そういえばね……、結局プロストは見つかってないんだ」
「プロストが?」
「ああ。結局行方不明のままだ。アメリカ警察も捜査を打ち切った」
 プロスト……。考えてみれば、彼がそもそもの始まりだった。彼が超光速エンジンのデータを隠して姿を消したから、あたしたちがゲームをやることになったのだ。ううん、それだけじゃない。そもそも『フィールド・エンジェル』のゲームを作ったのも彼だった。
 そういえば、それに関して何か心にひっかかっていたことがあった。何だったっけ?
「そう……不思議ね」
「それだけじゃない」ショウは言葉を継いだ。
「ゲームが終了すると同時に、ゲームのプログラムの一部が消去されてしまったのさ。跡形もなくね。それが、どうやらゲームの謎に関する部分だったらしい。だから、今ゲームを再開したとしても、ただの戦闘ゲームでしかないわけだ。サテライト社では今、ゲームを再開するか、それとも新しい別のゲームを始めるか検討している」
「ふうん」
 生返事して、あたしはシェイクを吸いながらぼんやりと考えていた。
 なんだったんだろ……。頭にひっかかってたこと。
 あ……。
 不意に、気がついた。何がひっかかってたのか。
 ゲームの最後に登場したヴィスケラの顔。どこかで見たような気がしていたけど、あの顔、写真で見たユーリ・プロストの顔とそっくりだったんだ。
 もちろん、『フィールド・エンジェル』は彼が作ったゲームだから、ヴィスケラの顔を自分そっくりにしても不思議じゃない。でも……。
 考えてみれば、プロストの行動は疑問だらけ。たとえば、彼は超光速エンジンを開発しておきながら、なぜそのデータを隠してしまったのか。自分の名前が歴史に残るような偉業なのに。そして、なぜデータだけではなく、自分も姿を消してしまったのか。
 そして、なぜそのデータを自分の作ったゲームに隠したのか。
 彼は明らかに、ゲームを最後までプレイさせるために、超光速エンジンのデータを隠したのだ。でも、なんの目的でそんなことをしたの?
 あたしの頭の中に、途方もない想像が浮かんできた。
 ゲームの中のヴィスケラは、自分たちが人間、ゾガード、ヌールを創り出したと言った。もしもそれが、ゲームの設定ではなく真実だったとしたらどうだろう。
 もしもヴィスケラ族が、本当に遠い過去に存在していたのだとしたら。
 そして、ユーリ・プロストの正体がヴィスケラなのだとしたら。ゲームの中で見たヴィスケラは、ほとんど全能に近い存在だった。人間に化けることくらい、簡単なんじゃないかしら?
 プロストが作ったゲームの結末は、人間がゾガードやヌールと共生し、共に未来を作り出すことだった。そして、ゲームを終了したことによって、人間に与えられた賞品は超光速エンジン。
 超光速エンジンを手にした人間は、近い将来宇宙に進出していくだろう。途方もなく広い、未知の世界。そこで、人間は何に出会うんだろう?
 プロストは……彼はすべてを予測していたのかもしれない。ううん、予測というより、すべてを裏で操作していたのかも。ゲームの最後の部分をネットワークに流して、世界中の人間が見るようにしむけたことさえ、彼が仕組んだことかもしれない。
 ………………。
 まさか、ね。
 あたしはその考えを頭から振り払った。
 いくらリアルでも、ゲームはゲーム。現実じゃない。そんな途方もない話、あるわけがないわ。
 でも……、行きたいな、宇宙。本物の宇宙。
「ねえ、ショウ?」
「なんだい?」
「あの宇宙船……『プロメテウス』はいつ出発するの?」
「そうだな。エンジンのデータが手に入ったから、完成まで半年くらいかな。船の他の部分は完成しているし。それからいろいろと準備があって、出発はたぶん一年後くらいだろう」
 一年後、かぁ。ちょっと無理かも知れないけど、駄目ならその次の船だってあるわね。
 よし。
「決めた!」あたし、大声で言った。
 ショウはあたしの声に目を丸くして、
「決めたって、何をだい?」
「あたし、宇宙飛行士になることにするの。もうゲームの宇宙は制覇したから、今度は本物の宇宙に挑戦よ!」
「おいおい、本気か?」
「めいっぱい本気! 『プロメテウス』は無理かも知れないけど、そのうち次の船が出来るでしょ。行ってみたいの、遠くの星に」
 そう言ってから、あたし、にんまりしてショウを見る。
「ときに、ショウ〜?」
「はいはい?」
「あなた、もしかしてそっちの方面にコネとか効かない?」
 彼、わざとらしくげんなりした表情をしてみせる。
「そのやうなコトは、自分の力で努力しませう、お嬢さん」にやり。
「利用できるものは、何でも利用するのよ♪」あたし、ウィンク。
 二人であははって笑い合って、また歩きだす。
 そのとき、ガルガディアとリフネーラのことが頭に浮かんだ。
 ゲームの中の彼ら、とてもプログラムとは思えなかった。あまりにも実在感があった。今でもはっきりと憶えてる。
 もしかしたら。
 そう。……ガルガディア、リフネーラ。
 いつの日にか、あなたたちに会えるかも。
 雲が切れて、太陽が顔を出した。冬の寒さの中、北風に震えていても、太陽の光を浴びた顔はあったかい。
 そっと、ショウの手を握る。ショウもその手を握り返してきた。
『夢と愛。この二つがあれば、人生で何も怖くない』か。
 今のあたしには、夢がある。
 そして……愛も。やだ、そういう意味じゃなく……。
「ん? 何をもじもじしてるんだ?」
「何でもないわよっ!」
 あたし、ショウの手を引いて走り出した。

- END -

20

Syo!の落書き帳