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 これが、シャングリラ……。
 あたしは、二つに割れたガス惑星の中から出現した巨大な構造物を、あっけにとられて見つめていた。
 宇宙に浮かんだ環<リング>、だった。それも一つの環<リング>ではなく、いくつもの環<リング>が同心円状に重なり、ほかの環<リング>と互いに斜めの角度で回転している。
 一番大きな環<リング>は直径十万キロ、幅一万キロを越すだろう。一番小さい環<リング>で直径一万キロくらい。環<リング>の内側の色はそれぞれ違っている。茶色や緑だったり、金属色だったり。
 この巨大な構造物が宇宙にぽっかりと浮かんでいる光景は、あまりに非現実的だった。じっと見ていると、まるで催眠術にかかったように頭の中がぼうっとしてくるのを感じていた。
 と、一番外側の環<リング>に突然光がともった。光は急速に強くなり、まばゆく輝いてから、また急激に弱まり、消える。それに続いて、今度は二番目の環<リング>が同じように輝き、また暗くなった。そして、三番目、四番目の環<リング>が同じように。
 一番内側の環<リング>が光り、そしてその光が消えると、また一番外側の環<リング>が輝いた。そして、また同じ順序で光が移動していく。
 はっと気が付く。
 これは、合図だ。真中に来いと言ってるんだ。
 レーダーボールで、重なり合った環<リング>の中心を指定し、拡大する。一番小さい環<リング>の中、環<リング>全体の中心部に小さな円盤状の物体があるのが見えた。
 あれが、最終目的地ということね。
 円盤に進路を向け、ブースターを最大出力で突進。
 ガルガディアとリフネーラが後からついてくるけど、今は構っている場合じゃない。シャングリラにたどりつくことが先決。
 あそこに、原初の神殿があるはず。そして、そこに隠された秘密も。

 円盤に近づいたところでブースターを切り離し、身軽になって円盤の表面に降り立った。
 小さい、といってもそれは、この構造物全体の巨大なスケールと比較すればの話。円盤の直径は、ざっとみて五キロはあった。表面には弱い重力があって、天使<エンジェル>は足で立つことができた。
 表面は……、砂漠だった。なにもない。円盤の低いへりの内側は、ただ一面に砂地が広がるばかり。いや、よく見ると遠くにいくつかの小さな構造物がある。高さ数メートルの金属の柱が、砂の中から何箇所か突き出している。でも、それだけ。
 どういうこと? ここが本当に目的地なの?
 なにもないじゃない。これだけの苦労をして、ついにシャングリラまで来たっていうのに、これで終わり?
 ううん、そんなはずはない。ここは、まちがいなくシャングリラ。手がかりが示した最終目的地。だとすれば、この場所に必ず答はある。
 天使<エンジェル>の環境探査機能を起動。周囲の構造を分析する。直径五キロの円形にわたって、一面の砂地。砂の下は探査できない。砂以外には、周囲をぐるっととりまいた金属製の低いへりと、四本の柱があるだけ。柱の一本は全体の中心、あとの三本は中心の一本をとりまいて、一辺が三キロくらいの正三角形に並んでいる。
 とりあえず、近くの柱に近寄って調べてみる。直径は三メートル、砂から出ている高さが四メートルほどの円柱状の柱。金属製だけど、材質は不明。上面には、なにかのマークが刻み込まれている。目をこらすと、それは握り締めたこぶしの図柄だった。
 天使<エンジェル>の探査データを見ると、この円柱はごく薄い金属板で、中空だと分かった。でも、それだけ薄いのにもかかわらず、ゆすっても叩いてもびくともしない。
 次に、中心の柱。外側の柱よりも一回り大きい。この柱の上には、彫像のようなものが載せられていた。じっと見ているうちに、それは二つの手が握手している光景をかたどったものだって気付く。
 そして、残り二本の柱。最初の柱とまったく同じ。違うのは、上面に刻み込まれているマークだけだった。一つは車輪のマーク。もう一つは、翼のある生き物の体から波が出てるマーク。
 いったい、これらは何の意味なんだろう?
 ガルガディアとリフネーラも、あたしと同じように柱を調べ、戸惑っている。彼らの表情や仕草はよく分からないけど、人間ならば『首をひねっている』んだろう。
 それぞれ違うマークの刻み込まれた、三本の柱。そして中央の柱と、不思議な彫像。なんだろう? ここには何かの答があるはず。
 ガルガディアが柱をゆすると、柱はくしゃっという感じで曲がり、また元に戻った。
 あれ? おかしい。あの柱はさっき天使<エンジェル>でゆすっても、びくとも動かなかったのに。そう言えば、たしかガルガディアがほかの柱をゆすったときには、柱は動かなかったはず。あの柱は……たしか、こぶしのマークの柱。
 不思議に思って目の前の柱をゆすると、この柱は天使<エンジェル>の手で簡単に曲がる。この柱は、車輪のマークの柱だ。
 つまり、ガルガディアの手ではこぶしの柱だけが動かせる。そして天使<エンジェル>では、車輪の柱だけが反応するわけだ。いったい……?
 あたしだけで考えても、無理かも。ここは、彼らとでも話し合ってみるのがいいかも知れない。協力すれば……。
 そこで、気が付いた。協力、か。そうだ。あの中心の柱にある彫像。あれがなんなのか疑問に思っていたけど、やっとわかった。
 あれは、アイコンなのだ。意味は、『協力せよ』だ。
 ここにたどり着いたあたしたちに、協力しろと言っているんだ。
 どんな協力? 三本の柱に、あたしたち三人。ガルガディアだけに反応する柱。天使<エンジェル>だけに反応する柱。そして、もう一本……。
 わかった!
 あたし、柱を調べている二人に呼びかける。
「ガルガディア! リフネーラ! 聞いてちょうだい!」
 二人は振り返り、あたしの方を見る。
「ナンダ、人間ヨ?」
 あたしは二人に向かって両手を広げてみせた。
「一時、休戦しましょう!」
 二人はいぶかしげな表情。
「どういうことですか、人間ヨ?」
 あたし、中央の柱を指差す。
「あの柱の上にあるの、見えるでしょ? あれは指示なのよ。あたしたちに、協力しろって言ってるんだわ」
 二人は彫像を眺めて、同意のしるしを見せる。
「ナルホド。ダガ、我ラガ協力シテ何ヲスルノダ?」
 あたし、今度は周囲の三本の柱を指差す。
「見たでしょう? ガルガディア、あなたはそこにある柱だけを動かせたけど、ほかの柱はあなたが何をしてもびくともしなかった。あたしは、ここにある柱だけを動かせる。おそらく……、もう一本の柱はリフネーラ、あなただけが動かせるのよ。あたしたち三人が協力しなければ、この封印は解けないようになってるのよ!」
 そう、あたしは気が付いてた。
 マリーが解読してくれた、シャングリラの場所を示すメッセージの最後の部分。
『みっつの力封印を解き』。この三本の柱、これが封印なのだ。封印を解く三つの力、それは言うまでもなく、あたしたちのこと。
「ヨシ、理解シタ。休戦シヨウ」ガルガディアが言った。
「わたしも……、同意しまス。休戦しましょウ」リフネーラも。
 よかった。
「それじゃ……、ふたりとも、自分の柱に行ってちょうだい」
 そう言って、あたしも自分の柱、車輪のマークが刻まれた柱の前に立つ。
「いい? みんなが同時に、この柱を壊すの。それで封印が解けるはず……、そして、何かが起きるはずよ。何が起きるのかわからないけど」
 D<ディメンショナル>ソードを抜いて、構える。向こうではガルガディアが腕を振りかざし、リフネーラは精神力を集中する。
「行くわよ!一、二、……三っ!」
 あたしはD<ディメンショナル>ソードで柱に切りつけ、真っ二つに切り裂いた。同時にガルガディアは腕を伸ばして柱を突き破り、リフネーラは精神攻撃で柱を爆砕した。
 数秒間はなにも起きなかった。あたしたちは凍りついたように、次に来るものを待ち受けていた。
 それから、かすかな地響きが聞こえてきた。音が次第に大きくなり、あたしたちの足元で地面が揺れ始めた。
 地震<クェイク>だ。
 揺れはますます激しくなり、地面にひびわれができ、その溝に砂がどっと流れ込んでいく。天使<エンジェル>の下部ノズルを吹かして、空中に浮揚して揺れを避ける。
 中心の柱がある部分が陥没し、そこから地割れが広がって、大きな穴ができる。
 そして、その穴からなにかがせり上がってきた。
「あれハ……」リフネーラが驚きの声を上げた。
「ソウカ、アレガ……」ガルガディアがしわがれ声で言った。
 あたし、砂の中から姿を現したそれを見て、自分の予想が正しかったことを確認した。
「そうよ……。あれが、『原初の神殿』」

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