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ぴころろっ。突然、操縦球の中に音が響く。
これは……、現実<リアル>割り込みの音だ。
『フィールド・エンジェル』のプレイヤーは、ゲーム中は操縦球の中にいるから、ゲーム以外、つまり現実<そと>のようすは見聞きできない。ゲームのリアリティを出すためにはその方が望ましいわけだけど、どうしても現実<そと>の状況を知ることが必要な場合だってある。そこで非常時に限り、現実<リアル>割り込みによって現実<そと>との会話が可能になっている。
割り込み音に続いて、仮想平面にショウの顔が映る。
「エミリー、注意してくれ。敵の攻撃部隊が何人か、端末室に向かった」
ショウたちはもう、ゲームを抜けて操縦球を降りたんだ。
「え……。そっちはどんな状況なの?」
「俺たちがゲーム中に、敵部隊が攻撃してきて、こちらの防護部隊と戦闘になった。こっちの部隊の数が少なかったんで、敵部隊が何人か施設内に侵入してきた。もうすぐ増援がくるはずだが、それまでは手が出せない。とにかく、施設に残っている要員でなんとか時間稼ぎをするが、そっちにも敵が行く恐れがある。覚悟しておいてくれ」
覚悟っていっても、なにをすればいいのよ?
とにかく、今のあたしはゲームを中断できない。だから、現実<そと>のことはショウたちにまかせて、ゲームで全力をつくすのみ。
仮想平面に、外の状況が映った。
兵士たちが何人も倒れてる。身体に生々しい傷痕。げっ。思わず目をそむけてしまう。この建物の周囲で、激しい銃撃戦があったみたい。それで、残った敵の兵士たちが、この建物に侵入したわけか。
でも、あたしだって戦ってる最中……、と考えかけて、はっと気がつく。
何言ってるのよ。あたしのやってるのはゲーム、これは現実の戦いじゃないの!
でも、心が受け付けない。操縦球の中で、周囲を宇宙空間に囲まれ、ガルガディアやリフネーラと一緒だと、こっちの方がずっと現実味を帯びて心に迫ってくる。
仮想平面に投影されている現実<そと>の状況の方こそ、まるでゲームの世界みたい。なんだか混乱してきちゃってる。
ふだんなら、ゲーム中はゲームのことだけ考えればいいから、こんな混乱もないのに。
とにかく今は、ゲームに集中することが大事。
現実<そと>のことを頭から締め出そうとしたとき、操縦球の上部ハッチが突然開いた。
えっ?
上部ハッチは、基本的にゲーム中は開かない。例外は、内部か外部から非常開放レバーを引いた時だけ。
ということは、誰かが外部からレバーを引いたということ?
周囲の様子を確認しようと首を回したとき、頭に何か固いものが押しつけられた。
そして、「動くな」とだけ一言。
脇の下に冷や汗を感じた。
他国の襲撃部隊が、ここまでやってきたのか。
その声は、続いて命令を発する。
「降りろ」
くっ……。
ここまで来て、ゲームから降りることはできない。この作戦は、やり直しが効かないのだ。ここで中断すれば、また時期を見計らって、最初から作戦を立て直すしか方法がない。そして、その間に他国のチームか、ゾガードか、ヌールか、とにかく他の誰かが先にシャングリラに行き着いてしまって、あたしたちの努力は水の泡。
もちろん、こいつらはそれを狙っているんだ。
あたしが考えていると、声はいらだったように繰り返す。
「時間がない。二度は言わない、降りろ。十秒だけ待ってやる。その間に降りなければ、これがおまえの最後のゲームだ」
せっかく、ここまできたのに。
あたしたちは、ゲームのルールに従ってやってきたのに。
こいつらは、ルール違反をして勝とうとしてる。あたしたちの努力を踏みにじって。
許せない!
「一。二。三。四……」
律儀に秒を数える声をさえぎって、
「射つなら射ちなさいよ!」
あたし、言い放ってた。
強がり、本当は。落ち着いて見せても、喉がからから。指先がかすかに震えてる。ひざがわらってて、ベルトがなかったらシートから落ちそうなくらい。
「あたしはゲーマーよ! ゲーマーはね、ビッグゲームを途中で放棄したりしないのよ」
怖い。怖いのよ。
だけど、これだけは本当。
これは、あたしの一世一代のビッグゲーム。絶対に途中で放棄したりしない。
相手はあたしの声を無視して、平然と秒読みを続ける。
「八。九……」
神さま……!
あたしは目を閉じた。その前の一瞬、外部視野でガルガディアが、天使<エンジェル>に向かって腕を突き出すのが目に入った。
衝撃とともに、天使<エンジェル>は激しく突き飛ばされる。
じつは、ゲームで天使<エンジェル>が機動したり、衝撃を受けたときのGを再現するためには、プレイヤーの座っているシートの角度を変える仕組みになっている。つまり、操縦球の内部は、床に固定されている外部に対して自由に回転するように作られている。もっとも、ふだんはゲーム中常にハッチが閉じられ、現実<そと>は見えないようになっているから、それを意識することはない。
とにかく、その仕掛けがこのとき、あたしを助けてくれた。
ガルガディアの攻撃が天使<エンジェル>を突き飛ばすと同時に、操縦球の内部があたしごと急激に回転した。
予想もしなかった動きに、男は反応するひまもなく、銃を持った腕を操縦球に激しく打ちつけ、そのまま倒れた。
いまだ!
あたし、ハッチの緊急開放レバーを逆に押して、急いでハッチを閉じる。そのままレバーをしっかりと握りしめる。こうしておけば、外からは開かないはず。
外からかすかに、ハッチをがんがんと叩く音が聞こえるけど、特別な道具でもなければこのハッチは壊せない。その間に、兵士さんたちがあいつらを捕まえてくれれば……。
どっと恐怖感が押し寄せてきた。とっさのことといっても、あたし、なんて無謀なことしたんだろ。もし、撃たれてたら……。冷や汗が吹き出す。
とにかく、ゲームの状況をチェック。
さいわい、状況は変化していなかった。あたしの天使<エンジェル>はブースター出力でシャングリラに向かっており、ガルガディアとリフネーラはすぐそばを、同じように飛行している。
そこで、はっと気付く。なぜガルガディアはあたしの天使<エンジェル>を撃破しなかったんだろう?
リフネーラはともかく、ガルガディアはあたしの天使<エンジェル>を一度は攻撃した。偶然にもそのおかげであたしは救われたわけだけど、彼はあたしが反撃しない、できない状況だったことを見抜いたはず。なぜ、そのすきに撃破してしまわなかったの?
ちらりとガルガディアの方を見ると、彼は一言だけ口にした。
「卑怯者ハ好マヌ」
どういう意味? まさか、あたしの疑問に答えてくれたはずがない。
あたしが反撃できない状態なのを知ってたから、攻撃するのは卑怯だと思ったということ? でも、それならなぜ一度だけ攻撃したの?
まさか……、あたしを助けてくれた?
そんな、ばかな。彼があたしの状況を知ってるわけないじゃない。
ぴころろっ。現実<リアル>割り込みの音とともに、仮想平面にショウの顔が映った。
「エミリー、敵部隊は征圧した。現実<そと>は心配ない、ゲームを続けろ!」
ショウの横に、ソフィアの顔も映る。
「そうよエミリー、必ずシャングリラに行き着いてね! もう、あなただけが頼りなんだから。失敗したら許さないわよ!」
よかった、みんな無事だったみたいね。
「ラジャ! がんばるわ、あたし!」
現実<そと>にいるみんなは、ゲームの進行状況をスクリーンで見ることができる。
あたしの方からは見えないけど、みんなはあたしを見守ってくれている。
ショウ、ソフィア、みんな。見ていてね。あたし、必ずシャングリラに行き着いて、ゲームを終わらせてみせるから。
あたしの天使<エンジェル>は、前方に見える惑星を目指して一直線に飛んだ。
目的地に近づいて、あたしは当惑していた。
前方に見えるのは、巨大なガス惑星。大きさも見た目も、木星と同じくらい。
あれが、シャングリラなの?
木星はガスのかたまり。人間の住めるような場所じゃないし、人間の作ったものがあるはずがない。人間だけじゃなく、ゾガードにとっても、ヌールにとってもそれは同じ。
あそこに重要な何かがあるとは思えない。
でも、この恒星系にはほかに惑星はない。広域レーダーで調べても、衛星や宇宙船みたいな人工物もない。
もしかしたら、あの惑星の近くに何かが周回してるのかも。とにかく、接近して調べてみるしかない。
あたし、ブースターを吹かして惑星に接近していく。
惑星が視野に大きく広がる距離まで接近したとき、惑星に変化が現れた。
惑星の中心に、上から下までまっすぐの線が生まれた。
その線はしだいに広がり、惑星を二つに分ける巨大な亀裂へと変化する。
そして……。
「あ、あ……!」
あたしの目の前で、惑星は真っ二つに割れていった。
ううん、違う。
これは、そもそも惑星なんかじゃないんだ。惑星に見えたのは表面だけ、このガス雲は風船みたいに、中は空なんだ。
さっきまで惑星に見えていたガス雲は、両側に吸い寄せられて二つの球になっていく。
そして、その中からとてつもなく巨大な構造物が出現した。