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 通常空間復帰<アウト>したあたしたちは、ただちにお互いの腕を離して編隊を組む。
 全員、収縮<シュリンク>。飛行形態に変形し、ブースターに点火。一直線にシャングリラを目指す。
 このまま、何事もなくシャングリラまで行ければいいんだけど。
 今ごろは、ヘカトンケイルとタイタン、二隻の母艦から発進した囮役のプレイヤーが、ゾガード、ヌールの部隊を引き付けて戦闘中のはず。近くの基地にはゾガードとヌールが残っているとしてもわずかな数だろう。今のうちに突入すれば、大きな妨害に会わないでシャングリラに到達できる可能性は高い。
 でも、やっぱり現実はそう甘くはなかった。
「外部通信<エクスチャン>! ショウよりバスターズ。敵機接近中<カミン>! 八機<エイト>!」
 レーダーボールを確認。レッドの光点が八つ、射程外から接近中。
 ゾガード? それともヌール?
 第一射程距離<スフィア>に入ったところで、あたしたちは一斉射撃。といっても、飛行形態で使用できる武器は限られているし、なにより第一射程距離<スフィア>ぎりぎりでは、たいした効果は期待できない。
 倒すのが目的じゃない。どんなふうに回避するかで、相手の技量の見当がつけられる、それが本当の狙い。
 敵、八機はあっさりと攻撃を回避する。編隊の乱れもない。
 ということは、こいつらは相当の技量が揃ってる。それに、あの回避のしかたはゾガードだ。
 そうなると、このまま逃げ切ることはできそうにない。やっぱり、誰かがブースターを外して、戦闘形態で戦うしかないのか。
 それは、みんなの後に置き去りにされるってこと。
 ゾガードは、第二射程距離<スフィア>から第三射程距離<スフィア>に一気に進入してきた。この距離では、肉眼ではっきりと敵機を見ることができる。
 そのとき、ハリーの天使<エンジェル>が編隊を離れた。ブースターを切り離し、戦闘形態に変形。
「ハリー!」
 ハリーは一言だけ答える。
「私がやろう」
 それ以上の言葉は必要なかった。ハリーの天使<エンジェル>は、接近してきたゾガードの編隊に襲いかかる。
 ハリーは八機のゾガードを食い止め、ほかの天使<エンジェル>が攻撃されるのを防ごうと必死に戦っていた。天使<エンジェル>一機で、八機のゾガードに勝つのは無理。だから、彼は相手を妨害することだけを狙っていた。
 ほかの天使<エンジェル>に接近しようとした相手にライフル射撃。回避した相手が自分に向かって突進してくると、彼は逃げた。そうしてまた別の相手を射撃し、逃げながら相手の攻撃を妨害する。
 ハリーもエキスパート。普通だったら、この八機を妨害して、あたしたちを逃がすことができただろう。でも、この相手は違っていた。並のゾガードよりも、はるかに動きが鋭い。そう、あのガルガディアと同じくらいの強さだ。八機ともが。
 あ……。そうか! あたしは悟った。
「みんな! あいつらは、あたしたちと同じエキスパートチームなのよ! おそらく、あたしたちと同じように、シャングリラを探すために結成された特別部隊!」
「そうか……。それならますます、食い止めなくてはならんな」
 ハリーはまだ必死で戦っていたけど、相手が悪すぎた。奴らはそれぞれが、あたしたちと一対一で対等くらいの強さだ。それで一対八では、とても勝負にはならない。
 すでにハリーの天使<エンジェル>は片足、片腕を失っていた。燃料タンクに穴があいたようで、動力源のクニマクル溶液が漏れ出している。
 それでも、ハリーは戦闘を続けていた。不自由な機体をあやつり、あたしたちへの攻撃を少しでも防ごうとして。
 もどかしい。あたしはなにもできない。
 ハリーの援護をするには、ブースターを切り離して戦闘形態に変形するしかない。でも、そうすればシャングリラには行き着けなくなる。
 でも、やるべきかも。
 ここでハリーと同じに戦闘に入り、自分を犠牲にしてほかのみんなを先に行かせる。要は、あたしたち六人の誰かがシャングリラに到達できればいい。
 迷っていた。
 そのとき、ハリーの妨害をかわしたゾガードの一機が、ケインの天使<エンジェル>に襲いかかる。ブースターで機動性の低下しているケインの天使<エンジェル>は、回避しきれなかった。ブースターの片方が砕かれ、ケインの天使<エンジェル>は制御を失い、編隊を離れてぐるぐると旋回しはじめる。
「ビンゴ!ですね。しょうがない、お供しますよハリー」
 ケインはそう言って、ブースターを切り離し、展開<エクスパンド>する。
 ハリーとケインの必死の努力で、八機のゾガードは残りの天使<エンジェル>を攻撃できなかった。それだけじゃなく、二人の手で一機が撃破された。そして、もう一機が重傷で戦闘不能になる。
 これで行けるかも……、そう思ったとき、レーダーボールに新たな赤点。
「ショウよりバスターズ! 敵機接近中<カミン>、七機<セブン>! こいつらはヌールだぞ」
 ゾガードだけでなく、ヌールまで来るとはね。
 ヌールは第二射程距離<スフィア>に入ったところで、一斉に遠距離の精神攻撃をかけて来た。全員、サイフレアを噴射。飛行形態でも、サイフレアは使用できる。
 そのまま、ヌールは周囲を旋回して攻撃を続ける。ヌールは近接戦闘は苦手だから、近寄ってこようとはしない。天使<エンジェル>もゾガードも、無差別に攻撃対象となった。
 ゾガードの何機かは、新たに出現したヌールを叩き潰そうと接近していき、残りはハリーとケインとの戦いを続ける。戦いは三つ巴に変わった。
 その中で、ハリーとケインはまだ戦っていた。すでにハリーには武器も残っていなかったけど、それでもゾガードとヌールの攻撃を妨害しようと動いている。ケインの天使<エンジェル>も、もう満身創痍の状態だった。
「ちきしょう!」
 ソフィアの怒声が上がった。
「ショウ、エミリー。ヌールに補助反応炉をやられちゃったわ。悔しいけど、あたしはここまで。後はあなたたちにまかせたわ」
 そう言って、ソフィアもブースターを切り離し、戦闘に参加していった。
 残ったあたしたち二機の周囲で、ゾガード、ヌール、そしてハリー、ケイン、ソフィアの天使<エンジェル>の死闘が続いていた。ゾガードの腕が伸び、ヌールを繭ごと貫く。ヌールの精神攻撃で、天使<エンジェル>の機体が引きちぎられる。そして、天使<エンジェル>のマイクロトピードを受けたゾガードの腹部に穴があき、血と内蔵が吹き出す。
 これはもう、お互いにつぶしあいの戦い。誰が生き残るのか。生き残ったものが、シャングリラに到達できる……。
 ハリーの天使<エンジェル>が消滅した。機体が完全に破壊されて、操縦球だけが残ったのだ。どんなにがんばっても、この状態では戦闘は続けられない。マーカー信号を発して、救助を待つしかない。
 でも、ふだんの作戦行動と違って、ここは人間の勢力圏をはるか離れている。救助は期待できない。
 ハリー……。さようなら。
 次に最期を迎えたのは、ケインの天使<エンジェル>だった。二機のヌールから集中した精神攻撃を受け、ケインの天使<エンジェル>は各所がよじられ、ずたずたに引き裂かれる。
「やれやれ。さよなら、ショウ、ソフィア、エミリー。後はたのみますよ」
 それがケインの最後の言葉。操縦球だけになったケインは、後に取り残される。
 ソフィアの天使<エンジェル>がヌールにキャノン射撃。命中。ヌールの繭の防護が薄くなった瞬間を逃さず、ソフィアは突進した。至近距離から再度射撃。繭が破れた。次の瞬間、ソフィアの腕の一撃で、ヌールの本体は粉砕されていた。
 ゾガードも、ヌールももう残り少ない。どうやら、これで行けそう。
 そのとき、残ったゾガードの一機がソフィアの後ろから突進してきた。
「ソフィア! 後ろ!」
 あたしが叫ぶのと同時に、ソフィアも振り返ったけれど、一瞬遅かった。ううん、振り返ったのがかえって悪かった。ゾガードの腕が天使<エンジェル>のお腹をまともに貫く。
 ソフィアはフェイズキャノンを振り上げ、ゾガードの胸を至近距離で撃つ。ゾガードはその一撃で爆砕された。
「ちきしょう!」
 ソフィアの怒号が聞こえた。
 見ていたあたしにも、ソフィアの天使<エンジェル>の受けた損害ははっきりとわかった。機体各部が不規則に痙攣し、腹部の温度が異常上昇していく。主反応炉が損害を受け、制御不能になったんだ。
 爆発する!
「エミリー! ショウ! 必ずシャングリラに行ってちょうだい。あたしたちの苦労を無駄にしないで……」
 ソフィアの天使<エンジェル>は爆発し、宇宙空間に真紅の光球を咲かせた。
 ハリー。ケイン。ソフィア。それに、カーン。
 みんな……、犠牲になった。あたしたちをシャングリラに行かせるために。
 でも、仕方がない。
 こうなれば、なにがなんでもあたしたちがシャングリラにたどりついて、ゲームを終了するしかない。そうしなければソフィアの言ったとおり、今までのみんなの努力が無意味になる。
 周囲を確認する。残ったゾガードとヌールは一機づつ。それぞれ自分だけになったためか、すぐには攻撃してこようとはしない。
 とりあえずは、小康状態ってわけね。ほうっと息をつく。
 そのままシャングリラに向かって飛行していると、ヌールが急にあたしたちから離れた。
 なんだろう? と思ったとき、前方に見える星が陽炎のようにゆらめく。
 陽炎? でも、ここは宇宙空間。もちろん陽炎なんかない。ということは……。
 通常空間復帰<アウト>だ! 前方に何かが通常空間復帰<アウト>してくる!
 次の瞬間、あたしたちの目の前に巨大な艦船が出現した。
 その一瞬に、それが何なのかわかった。タイタンだ。ヌールへの囮として送り込まれた母艦。
 ヌールに捕獲され、こんなところで使われることになったなんて……。
「自動回避<オーコン>!」
 コマンドワード。回避プログラムを走らせる。
 ダメ。間に合わない!
 そのとき、あたしの天使<エンジェル>は激しい衝撃を受け、突き飛ばされた。
 そっちを見て、何が起きたのかわかった。ショウが戦闘形態に変形して、あたしの天使<エンジェル>を突き飛ばしたんだ。
「エミリー、行け!」
 ショウの声が聞こえた。
 あたしの天使<エンジェル>は、かろうじて前方のタイタンを回避する。
 そして、ショウの天使<エンジェル>はタイタンに激突した。

 シャングリラに向かって飛行するあたしの近くに残っているのは、ゾガードとヌールがそれぞれ一機だけだった。
 あたしたちは、そのまま一直線に飛行を続ける。
 不意に、ヌールが口を開いた。
「あなたたちは、攻撃してこないのですカ?」
「オ前ト同ジ理由ダ。ゾガードノ生キ残リガ我ダケデアル以上、我ガ『アリディヴェーン』ニ行キ着カネバナラヌ。今ハ互イニ戦イハ避ケタ方ガ賢明ダ」
 口に出さなかったけど、あたしも状況は同じ。あたしたちのチーム、バスターズで残ったのはあたしだけ。どうしても、あたしがシャングリラに行き着く必要がある。
「あなたたちの名を聞いておきましょウ。『レムリアーネ』に着いたあとで、おそらく互いに戦うことになるでしょうが、好敵手<ライバル>の名を知っておきたいものでス。わたしはヌール族のリフネーラ」
「我ハ、ゾガード族ノ戦士、ガルガディア」
「あたしは……、人間のエミリー」
「ガルガディア、エミリー。あなたたちに聞いてみたいことがありまス。もしも『レムリアーネ』に隠された力を手にしたら、あなたたちはどうするのですカ? ほかの種族を滅ぼしますカ?」
「イヤ、我ハソノヨウナコトヲ望マヌ。他ノ種族ヲ滅ボスノハ、我ノ望ミデハナイ」
「それでは、なぜ力を手に入れようとするのですカ?」
「オ前タチニ手ニ入レサセナイタメダ。オ前タチノドチラカガ『力』ヲ手ニスレバ、我ラゾガードハ滅ボサレルカモ知レヌ。ソレダケハ避ケネバナラヌ」
「なるほド。どうやら、わたしたちの立場は似ているようですネ」
 それで二人の会話はとぎれ、あたしたちは黙って飛びつづけた。
 妙な組み合わせ。お互いに敵同士のあたしたちが、今は編隊を組んでシャングリラに飛んでいる。
 そう言えば、あたしたちはなぜ互いに戦っているんだろう?
 あたしは、このとき初めてそう考えた。
 今まで、こんな考えを持ったことはなかった。ゾガードとヌールは、倒すべき敵。それがすべてで、考えていたことはどうやって倒すかだけだった。
 なぜ、戦うことになったんだろう。
 もしかしたら……、シャングリラに着いたらその答がわかるかも。
 なんにしても、シャングリラに必ず行き着かないと。
 ハリー、ショウ、ケイン、カーン、ソフィア。必ず、約束は守る。たどり着いて見せるわ。
 シャングリラへ!

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Syo!の落書き帳