15

 あたしたちは、母艦『ハイペリオン』に搭乗した状態でゲームを再開した。
 『ハイペリオン』は現在、ユーベルト星系にいる。ここからワープを繰り返し、エトーベン星系、マラー星系を経由し、ツァルト星系に移動。そこから長距離ワープキャノンで、シャングリラのある星系にワープする。
 他国エキスパートチームからの妨害を避けるため、同じ場所にとどまる時間を短くするように計画されたルートだった。
 ワープキャノンに進入し、射出、ワープ空間へ。エトーベン星系に通常空間復帰<アウト>してから、次のワープキャノンに向かう。
 この間、あたしたちは何もすることがない。母艦の待機台に固定されたままじっと待機。でも、ゲームでは天使<エンジェル>を降りることだけはできないから、操縦球の中で座ったまま休む。
 いよいよ、シャングリラに行く。そう思うと、少しだけ神経が高ぶる。
「ショウよりバスターズ。囮のヘカトンケイルとタイタンは、予定通りツァルト星系から射出された。約三十分後に、このハイペリオンがシャングリラ付近に通常空間復帰<アウト>するようにタイミングを合わせる」
 『ヘカトンケイル』と『タイタン』には、集められたアドバンスやビギナーのプレイヤーが乗り込んでいる。母艦が通常空間復帰<アウト>してから、彼らは出撃し、迎撃に出てくるゾガードやヌールの部隊と戦うことになっている。
 でも、勝利することは期待されてない。そもそも敵の勢力圏深くに単独で進入して勝てるわけがない。かわいそうだけど、彼らはゾガードとヌールの目をあたしたちからそらすための囮なのだ。
 ごめんなさい。あたし、心の中でつぶやく。
 エトーベン星系のワープキャノンから、二回目のワープ。またワープ空間に射ち出される。ワープ空間を数分間飛行してから、マラー星系に通常空間復帰<アウト>する。
 ハイペリオンはマラー星系のワープキャノンに向かう。
 そのとき、ショウが緊迫した声で通信してくる。
「ショウよりバスターズ! 未確認の母艦が接近中。全員、レーダーボール確認<ウォーレボ>!」
 レーダーボールを起動する。ショウの言うとおり、射程外に別の母艦が接近しているのが確認できた。
 見ている間に、母艦からグリーンの光点がいくつも分離した。天使<エンジェル>だ。
 味方を示すグリーンの光点だけど、このレーダーボールでは人間側の艦船はすべて味方とみなし、グリーンで表示する。人間側からの攻撃を受ける可能性があるいま、グリーンは味方とは限らない。
「ハリーよりショウ! 発進するか?」
「いや、その時間はない。シャングリラへのワープは遅らせるわけに行かない。今発進すると間に合わなくなる」
 ショウの指示で、あたしたちはハイペリオンに乗ったまま動かなかった。
 ハイペリオンがワープキャノンに接近し、開いたハッチからワープキャノンに進入しようとしたとき、射程内に入った天使<エンジェル>が攻撃を仕掛けてきた。敵のライフルのビームがハイペリオンに命中する。でも、天使<エンジェル>のビーム程度では母艦に大きな損害を与えられない。まして、射程距離ぎりぎり。母艦に損害はなかった。
 敵の天使<エンジェル>がさらに近づいてきたとき、ハイペリオンはワープキャノンに進入し、ハッチが閉じた。
 あたしたちはほっと息をつく。このままツァルト星系にワープしてしまえば、相手は追ってこられない。この敵に関しては、もう心配はない。
 ワープ準備が着々と進み、射出へのカウントダウンが始まる。
 射出まで一分を切ったとき、レーダーボールに天使<エンジェル>を示す光点が映った。ワープキャノンの射出口の部分。まさか……、中に入ってくる?
「ショウよりバスターズ! 天使<エンジェル>一機が、ワープキャノン射出口から進入してくる!」
「まさか!」ソフィアが叫んだ。
「そんな無茶なことする奴がいるなんて!」
 そう、常識では考えられない行為だ。艦船射出中のワープキャノンに入り込むということは、艦船とともにワープ空間に射出されてしまうということ。艦船自体は正確に計算して射出されるけど、そこに入りこんだ天使<エンジェル>は計算なしでワープ空間に放り込まれることになり、宇宙のどこに飛ばされてしまうかわからないのだ。
「ワープを中止しますか?」
「いや、中止したらそれこそ負けだ。このままワープに突入する」
 そう話している間に、敵の天使<エンジェル>は至近距離に接近した。ハイペリオンから攻撃すれば、ワープキャノンを破壊してしまうことになるから、攻撃ができない。相手はやりたいほうだいの状況。
 相手の拡大画像を呼び出して、肩のマークを見る。やっぱり。思ったとおり、そこに描かれていたのは不死鳥<フェニックス>のマーク。
「あいつ、チャンピオンよ!」
 あたし、叫ぶ。
 みんなも同じことを確認したんだろう。全員の恐怖が伝わってきた。
「くそっ、早く射出してくれよ!」
 カーンがあせって叫ぶ。でも、ワープキャノンの射出を早めることはできない。
 ハイペリオンの艦体に、チャンピオンの天使<エンジェル>の攻撃が集中する。至近距離で、しかも相手は攻撃しほうだい。巨大な母艦も、次第にダメージを受けていく。
 なにやってるのよ。早く射出して! 無駄とわかっていても、あたしも心の中で叫んでしまう。
 それにしても、チャンピオンはどうするつもりなの?
 このまま射出されたら、自分は宇宙のどこに飛ばされるのかもわからないのに。
 カウントダウンがゼロになり、ハイペリオンが射出口に向かって加速を始める。
 と同時に、チャンピオンの攻撃がぴたりと止んだ。
 ハイペリオンはパールダストに包まれて射出口を抜け、ワープ空間に突入する。
 ワープ空間内では、レーダーや探査機が使用できない。通常空間復帰<アウト>するまでの数分間、状況はまったくわからなくなる。
 チャンピオンは、どこへ行ったんだろう?
「ショウよりヘパイストス、母艦の損害状況は?」
 ショウが質問した。ヘパイストスは、今回の作戦のために母艦のハイペリオンに乗り組んでいる。もっとも、それはゲームの設定で、実際には彼は端末室に用意されたコンソールのところで操作を行っている。
「長距離レーダー、補助エンジンが一つ、それから迎撃砲が二門ダメージを受けています。航行には支障ありません」
「よし。通常空間復帰<アウト>してから、直ちにツァルト星系のワープキャノンでシャングリラに飛ぶ。それにしても、チャンピオンはなぜあんな攻撃をしたんだ……?」
 腑に落ちないところだった。チャンピオンの天使<エンジェル>はこの母艦といっしょに、ワープ空間に飛ばされたはず。そして、チャンピオンは計算して射出されたわけではないから、どこかはるか遠くに飛ばされてしまったはずなのだ。いったい、なぜこんな攻撃をしたんだろうか?
 さまざまな色の光が入り乱れるワープ空間。その光の渦が突然ぱっと収束し、通常の星の輝きに戻る。ハイペリオンが通常空間復帰<アウト>したんだ。
 ほとんど同時に、衝撃。艦体が揺れる。
「まさかっ!」
 あたし、レーダーボールを見る。母艦のすぐそばにグリーンの光点が一つ。拡大画像を見て、あたしは絶句した。
 チャンピオンの天使<エンジェル>だ!どうして、ここに?
「そんな、ばかな!」ショウの声が聞こえた。
「そうか、あいつ……。ワープ中に、この船にしがみついてたんだ!」ケイン。
 そうか! 母艦にしがみついていれば、同じ地点に通常空間復帰<アウト>することが可能。でも、一瞬でも離れたらそれっきりだったはず。ワープ空間は通常の空間とはわけが違う。やっぱり、とんでもなく無謀な行為だったはず。
 それを平然とできるのが、チャンピオンなわけね。
 鳥肌が立った。なんて相手なの……。
 ハイペリオンはまた攻撃を受け、衝撃に<エンジェル>が揺れる。
「ショウよりバスターズ! しかたがない、全員ただちに発進! チャンピオンを排除する」
 それから、みんなの不安を読み取ってショウは付け加えた。
「心配するな。母艦の援護もある、必ず勝てる!」
 だけど、みんな内心はその言葉を信じられなかった。
 ショウは発進していった。あたしたちも後に続く。
 カーンが心配になって、ちらと彼の方を見る。思ったとおり、カーンの天使<エンジェル>は動きが鈍く、しかも安定せずにふらふらしている。やっぱり、カーンは頭に注入されたナノマシンの影響からまだ回復してないんだ。
 あの状態では、悪いけど戦力にならない。あたしたち五人でなんとかしなきゃ。
 全員でチャンピオンの天使<エンジェル>を追尾、波状攻撃を加える。だけど、当たらない。チャンピオンはあたしたち全員の攻撃を苦もなく回避して、また母艦に攻撃を加える。
 母艦も砲門を開いて攻撃するけど、母艦の砲は至近距離の小さな相手を狙うように作られているわけじゃない。はっきり言って、気休めにもならない。
 チャンピオンは、しつように母艦に攻撃を続けていく。母艦の砲門が一つづつ破壊され、エンジンが被弾する。
 チャンピオンは、先に母艦を破壊してからあたしたちを始末する気なんだ。おかげであたしたちは今のところ無傷だけど、母艦を破壊されればこの任務は失敗。どちらにしても、同じこと。
 たまりかねたハリーとケインが、チャンピオンに向かって突進する。ライフルと同時にマイクロトピードを発射。またも、チャンピオンは苦もなく避け、マイクロトピードは母艦に命中する。
 ダメ。手がつけられない。どうしたらいいの?
 そのとき、カーンの天使<エンジェル>が突進する。
「ハリー、ケイン、さがれ!」
「何をする気だ、カーン?」
「いやな、実はゆうべヘパイストスに頼んで、内緒で付けてもらったのさ。主反応炉を爆発させる回路を」
「カーン……、自爆する気なの?」
 ソフィアが悲鳴を上げた。
「みんなもわかってんだろ? 今の俺じゃ、戦闘の役に立たないこと。足手まといでしかないってことを?」
「………………」
「これで、俺も役に立ったことになるだろ? みんながゲームを終わらせたときには、俺もそのメンバーだったことを忘れないでくれよ!」
 チャンピオンの天使<エンジェル>は攻撃を避けながら、母艦のエンジンに攻撃を加えようと接近してきた。そこに、カーンの天使<エンジェル>が突進する。
 チャンピオンがその突進をさっとかわした瞬間、カーンは自分の天使<エンジェル>を自爆させた。
 カーンの天使<エンジェル>は爆発して火球と化した。
 さすがのチャンピオンも、自爆ばかりは予想していなかったらしく、もろに影響をくらい、吹き飛ばされた。
「今だ!」
 ショウの号令とともに、あたしたちは一斉射撃を加える。
 そして、ついにチャンピオンの天使<エンジェル>は撃破された。
 あたしたちは、荒い息をつく。
 カーン……。
 自分のキャラクターが死ぬ悲しみ。それはゲーマーにしかわからないだろう。
 あたしたちゲーマーは、自分のキャラクターを分身と思っている。その分身が死ぬということは、自分の心にぽっかりと穴が開くような、たとえようもなく悲しい気分。
「ヘパイストス、ハイペリオンはどうだ? 飛べるか?」
 ショウの声に、はっと我に返る。
 ゲームはまだ終わってない。悲しむのは後にしなきゃ。
「だめです。メインエンジンの損害がひどくて飛行できません。それどころか、一刻も早くドック入りして修理しないと、完全に機能停止します」
「くそっ……」
 ケインが割り込む。
「急いで、代わりの船に乗り換えましょう」
「いや、間に合わない。近くの基地まで戻って乗り換えても、一、二時間はかかる。そうなっては囮工作が失敗だ」
「じゃあ、どうすれば……」
 ショウはちょっと考えてから、ヘパイストスに話しかける。
「ヘパイストス、どうだろう? 通常空間復帰<アウト>ポイントから、天使<エンジェル>の航続距離だけでシャングリラに到達できるか?」
「全員ブースターを付ければ、なんとか行けます。でも、行けるだけですよ。ブースターを装着した状態では、機動性が極端に落ちて、まともに戦闘することは不可能です。それに、余分なエネルギーを使わず、一直線にシャングリラに向かう必要があります」
「仕方がないだろう。それでやるしかない」
「それに……、行くことはできても、帰ってこられませんよ」
「帰りは考える必要はないと思うんだ。おそらく、シャングリラに行き着くことができればゲームは終了できると思う。勘でしかないが、それに賭けよう」
 ショウはみんなに向かって呼びかけた。
「ショウよりバスターズ!全員、聞いてくれ。ハイペリオンは航行不能になった。俺たちはブースターを装備して、天使<エンジェル>だけでシャングリラにワープする。
 通常空間復帰<アウト>したら、飛行形態のまま一直線にシャングリラに向かう」
「でも……、途中で攻撃されたらどうするの?」
「そこが肝心だ。攻撃を受けたらそのときの判断で、少しでもダメージを受けたり、不利な状況になった者は、ブースターを切り離して展開<エクスパンド>し、足止めになる。そして、残った者がシャングリラに行き着く」
「………………」
 みんなは無言だった。
 ショウの提案が意味することは、足止め役になった者はシャングリラにも到達できず、帰ることもできず、戦って死ぬしかないってことだ。
 ショウは重ねて言った。
「ほかに方法がない。全員、すぐにブースターを装備しろ!」
 あたしたちは、いったんハイペリオンに戻ってブースターを装備し、また艦外に出た。
 このブースターっていうのは、天使<エンジェル>の後ろに装備する筒型のロケット。大きさは天使<エンジェル>の脚くらいで、左右に一本ずつ装備する。これによって航続距離を大幅に伸ばせるけど、機動性が極端に落ちる。
 その状態で、あたしたちはワープキャノンに向かい、中に進入した。キャノンの内部は基部だけが弱く照明され、射出口の近くは真っ暗で見えない。
 ワープキャノンの射出準備が開始される。
「射出三分前。発射全系統異常なし<オーノル>
 コンピュータの単調な機械音声が、射出準備の進行を告げていく。
「射出二分前。パールダスト放出を開始します」
 ワープキャノン基部の内側、つまりあたしたちの周囲にある散布口から、パールダストが放出される。パールダストは薄い黄色の霧となって、あたしたちを包み込み、ワープキャノン基部に充満する。
「射出一分前。すべての乗組員は座席に着き、ベルトを確認してください」
 これは、艦船を射出するときの指示。代わりにあたしたちは、ワープ空間で離れ離れにならないよう、お互いの天使<エンジェル>の両手を堅く握り、輪になる。
「射出三十秒前。パールダスト拡散に異常なし。射出最終決定は肯定<ポジティブ>。射出は予定通り行われます」
 コンピュータは射出の準備状況を確認し、すべての準備が正常とみなして、最終決定をくだした。これ以降は、何があっても射出を中止することはできない。
「射出十秒前。九、八、七……」
 カウントダウンの声が、巨大なワープキャノンの内部に響く。
 ワープキャノンの全長にわたって、キャノンを輪切りにする形で装着された加速リングが一つづつ起動し、パールダストの霧を通してネオンサインのようににぶく輝いていく。
「……二、一、ゼロ、射出!」
 その声と同時に、すべての加速リングがフィールドを発生させ、いっせいに強い輝きを放つ。そして、天使<エンジェル>は輪になったまま、ゆっくりと発射口に向かって加速し始める。
 加速リングが発生させたフィールドに対応して、キャノン内部に充満したパールダスト粒子が励起し、加速しているのだ。あたしたちの天使<エンジェル>も同時に、パールダストが発生させる力場によって加速されていく。
 励起したパールダストは、あちらこちらできらきらと虹色の光を放つ。周囲はまるで、砂漠に宝石をばらまいたみたいな光景。真珠の粉<パールダスト>とはよく名付けたもの。
 パールダストがさらに励起し、加速するにつれて、霧の全体が輝きはじめる。鈍い赤から明るい赤に。オレンジ、黄色、白。そして青から紫に……。
 霧を通してぼんやり穴のように見えるワープキャノン発射口が、急速に大きくなり、迫ってくる。
 発射口が視界いっぱいに広がり、次の瞬間視界から消える。
 そのとたんに、キャノンから解放されたパールダストは、紫色の花火と化して周囲に飛び散る。霧が晴れた時、そこはもう光の渦巻くワープ空間だった。

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Syo!の落書き帳