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 あたしはショウの運転する車で目的地に向かっていた。
 あたしたちが今までゲームに使っていた建物は、おそらくすでに他国に知られているだろうというのがみんなの予測で、今日の本番は別の場所で行うように、前から準備が進められていた。
 場所を知っているのは、準備にかかっていた一部の人たちだけ。あたしたちの中ではショウだけだった。
 これで、今日のゲームに対して、現場での妨害は避けられるはずとみんな考えていた。でも、現場は無事だとしても、このゲームがネットワークを経由して行われる以上、回線を切るとかして妨害される心配はないの?それがあたしの不安だった。
 あたしは、隣のショウにその疑問をぶつけた。
「回線については心配ない」っていうのが、ショウの答だった。
「現場からのネットワーク通信は、衛星、ケーブル、そのほか各種の方法で確保している。インターネット上での通信は高速パケットで、最適ルートが自動的に選択されるから、トポロジ的にリンクしたルートが一本でもあれば接続は維持される」
 なんだか難しい説明されたけど、要するに途中の通信回線でゲームを妨害することは不可能なんだそうで、問題になるのはあたしたちがゲームをする現場と、サーバーのあるサテライト社だけらしい。
「サテライト社の側では、各国から派遣された警備部隊が厳重にシステムを防護してる」
 ショウはそう言った。
「この事態になってからずっとね。どこの国も、他国にぬけがけされないように、自国の監視役を送り込んでいる。あっちの方では、誰も手出しはできないだろう」
 そこで、問題になるのはこっち側、つまりあたしたちがゲームをする現場だ。
 順調に行けば、あたしたちは今日シャングリラにたどり着き、ゲームは終了する。そしてそれと同時に、これまで暗号化されていた超光速エンジンのデータが解読され、ゲームを終了したプレイヤーのローカルサーバーに転送される。
 それが、プロストが巧妙に仕掛けた餌だ。つまり、最終的にゲームを終了したプレイヤーの国だけが、超光速エンジンのデータを入手できる。それが理由で各国は、自国の手でゲームを終了するためにやっきになり、エキスパートプレイヤーを集めることになったのだ。
 そして、他国はもちろん、あたしたちがデータを入手することを望んでいない。
 フランスはあたしたちと同じエキスパートチームを編成し、あたしたちのことを妨害して、先にデータを入手しようとしている。どこかわからないけど別の国は、カーンにナノマシンを注入して、スパイに仕立て上げた。
 カーン……、大丈夫かしら?
 フランスだろうと、ほかのどの国だろうと、あたしたちがついにシャングリラの場所を突き止めた以上、もうなりふり構わない行動に出てくる可能性がある。それが日本側の判断だった。
 車は国道を離れて、山道に入っていく。
 黙っているとますます緊張してしまいそうで、あたしはショウに話しかけた。
「いよいよね……」
「そうだな。ここまでが苦労だったが、もうあと最後の一苦労だ」
「シャングリラに行って……、帰ってこられないかもしれないわね」
 変な気分。もし帰ってこられなくたって、ここにいるあたし、葉山微笑が死ぬわけじゃない。あたしは操縦球の中で、一歩も動かない。
 でも、もう一人のあたし、天使<エンジェル>のパイロットであるエミリーは死ぬのだ。ゲームの世界の中で。
「今日のゲームは長くなるな。発進したら、シャングリラにたどりついて目的を果たすまで中断できない。だから……」
「だから?」
「トイレにはちゃんと行っとけよ」
「んもうっ!」
 あたしの抗議をさえぎって、ショウは急に話を変えた。
「尾行<つけ>られてる」
「えっ?」
 そっと後ろを見る。後ろを一定の間隔で走ってくる、黒い車が一台。
「あの車? 同じ道を来てるだけじゃないの?」
「違う。あれは尾行車だ」
 ショウは言い切った。
「つかまってろ。飛ばすぞ!」
 そう言って、ショウは車のスピードを上げた。
「ちょ、ちょっと何? きゃっ、いや、あ、やめて〜!」
 だって、ショウの『飛ばす』はとんでもない走りだった。
 目の前で景色がめまぐるしく回転し、身体が左に右に押し付けられる。タイヤがきしむ音とともに、ゴムのこげた匂いが漂う。
 あたし、シートの端を両手でぎゅっと握ってなんとかこらえる。
 しばらく走ってから、車は枝道に入って止まる。
「急いで降りろ!」ショウは言って、自分も車を降り、道端の林に走りこむ。
 あとについて林を抜け、別の道に出た。そこにはさっきまで乗ってたのとは違う車が止まっていた。
 ショウはあたしを促してその車に乗り込み、走り出す。
 さらに走って、車が出たのは山間の大きな家だった。おそらくお金持ちの別荘って感じで、高い塀に囲まれた大きな洋館。
「ここなの?」
「そうだ」
 ショウは短く言って、車を降りて玄関に向かう。
 二人で玄関をくぐり、地下に降りる。そこには、昨日までゲームに使ってたのと同じような施設が作られていた。だいぶ規模は小さいけど。
 ショウの後について入った部屋には、ゲーム用の操縦球が備え付けられ、その横にテーブルと椅子が並べられていた。そこにはすでにハリーとソフィアがいて、軽食を取りながらゲームの開始を待っていた。
 あたしたちもテーブルについて、食べながら待つ。
 ケインがやってきて、マリーとヘパイストスが別室から戻ってきた。
 ゲーム開始まであと十五分になったときに、またドアが開き、誰かが入ってきた。
 あたしたちは、入ってきた男の人を見ていっせいに驚きの声をあげていた。
「カーン!? どうしてここに?」
 そう、入ってきたのはカーンだった。頭に注入されたナノマシンの影響で絶対安静のはずのカーンが、どうしてここに……?
「あん? 何言ってるんだよ、ゲームやりに来たに決まってるだろ?」
「だって……」
「今日のゲームに、俺だけのけ者にする気かよ? みんな、俺の立場だったらベッドでおとなしくしてるのか?」
 その言葉に、みんなは苦笑する。
 カーンの言うとおりだ。あたしたちはみんな、筋金入りのゲーマー。今日みたいなビッグゲームだったら、たとえベッドにしばり付けられていても抜け出して、ゲームに加わるだろう。
 カーンの身体は心配だったけど、やめさせる気はなくなってた。だって、言っても聞くはずないもの。
 ゲーム開始十分前。
 その時、壁のスクリーンに兵士らしい男の人が現れる。
 ショウがスクリーンの前に行き、何か話す。とたんにショウの顔色が変わる。
「どうした、ショウ?」ハリーが聞いた。
 ショウはみんなの方に振り向いて言う。
「この施設のまわりに、敵の攻撃部隊が集結しているそうだ」
「なんだって!?」
 ショウはまたスクリーンに向き直り、
「とにかく、政府に至急働きかけて増援部隊を派遣させてくれ」
 といって、通話を切る。
「くそっ、なぜこの場所がわかったんだ?」
 そう言ってから、ショウはみんなに聞く。
「みんな、今まで外で誰かに尾行<つけ>られたりしたことは?」
 そのとき、あたしははっと思い出す。先日帰り道で、二人組みに襲われたことを。
 すっかり忘れていた。そのことをショウに話すと、
「エミリー、今持ってるバッグはそのときと同じか?」
「ええ、そうだけど」
「ちょっと見せてくれ」
 バッグの中身を見られるのはちょっと恥ずかしいけど、そんなことを言ってる場合じゃない。あたし、ショウにバッグを渡す。
 ショウはバッグを調べてから、
「これだ」
と言って、バッグの中を見せた。
 ショウが示すところを見ると、バッグの中に染みみたいな小さな点。
「なに、これ?」
「追跡機<トレイサー>だ」
「えっ?」
「君が襲われたときに、バッグに付けられたんだろう。そいつらはバッグから何かを取ろうとしたんじゃなく、これを付けるのが目的だったんだ」
「じゃあ……」
「これを付けた連中には、ここの場所がわかってしまったわけだ」
 なんてこと。あたしのドジのせいで、みんなを、ゲームを危険にさらすなんて。
 あたし、唇をかんでうつむいた。
 あたしの様子に、ショウが慰めの声をかけてくれる。
「仕方がないさ。君が悪いわけじゃない」
「でも……」
「そうよエミリー、仕方がないことだわ。とにかく、今のあたしたちはゲームに集中するしかない。あなた言ったでしょう、みんなで勝利しようって?」
 ほかのみんなも、口々に励ましてくれる。みんなの言葉に、ほっとする。
 でも、怖さは消えなかった。
 あたしの肩を、ハリーが後ろから軽く叩く。
「怖いかい?」
「ええ……」
「君には夢か愛か、どちらかが欠けている、ってやつだな」
「え? なにそれ?」
「いやね、昔見た映画の台詞だ。人生で必要なものは夢と愛、その二つがあれば恐れるものはないって台詞があってね、その台詞が気に入ってずっと憶えてるのさ」
 夢と、愛か。
 そう言えば、あたしにはどっちもなかった気がする。
 しいて言えば、夢はゲーム? でも、夢っていうのとは違う。
 あたしの夢。なんだろう……。
 開始二分前。あたしたちはそれぞれの操縦球に乗り込む。ゲーマーズカードを挿入して、プレイヤー認証。
 ハッチが閉じ、外部視野が映る。
 あたし、操縦球の中で息をつめて開始時間を待つ。
 眼前のカウントダウンがゼロを示す。
 そして、ラストゲームは開始された。

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