13
次の日の夜、あたしは自室でコンピュータを操作していた。
本当なら、明日最後のゲームが終わるまで泊り込むつもりだったけど、なんとか頼み込んで今日は家に帰った。今夜はどうしても、しなくちゃならないことがある。
暗号通話回線を開く。教えてもらったコンタクト番号と、パスワードを入力。
目の前に、ぼわっとした光の像が現れる。だいたい人間の形だけど、なんの特徴もなく、個人の判別はできない。
像が口を開いた。というより、像のところから声が発せられた。
「俺を呼んだのは、君だな?」
平板な声だった。それも、おそらく機械で別の声に変えてるような、ざらざらした声。
あたし、像に向かって答える。
「そうよ、あたしはエミリー。あなたが、マスタークラッカーね?」
もちろん、本名は言わない。
「そうだよ」
マスタークラッカー。本名不明。年齢不明。住所不明。誰にも正体を明かしたことはない。
でも、コンピュータに侵入する技術は神業と言われ、クラッキングできないコンピュータはないって言われてる。あちこちのコンピュータに遊びで侵入し、そこに「マスタークラッカー」という名前を残して行くので有名になった。
そして、あたしはそのマスタークラッカーに、ぜひとも頼みたいことがあった。
「呼び出してごめんなさい。どうしても話があったのよ。迷惑じゃなかったかしら?」
「なに、かまわないさ。どうせやることもないしね」
「そう、ならいいけど……」
「それで、何の用件だい?」
あたしは答える。
「あなた、『フィールド・エンジェル』を知ってるわよね?」
「もちろん」
「それじゃ、ゲームに隠されてる、その……秘密のデータのことは?」
超光速エンジンのデータ、とはっきりはさすがに言えなかった。
「五ヶ国共同開発の超光速エンジンだね。知ってるよ」
やっぱり、彼はそこまで知っているんだ。
「だがね、あのデータばっかりは俺にも解読できなかったよ。信じられない。俺がいままで見たどんな暗号とも違うんだよ。俺が知らない暗号形式なんてないはずなのに」
「そうなの。それで、頼みたいことがあるんだけど……」
「あのデータを解読しろってのは無理だぜ」
「そうじゃないわ。その……、そのデータを解読するために、各国でプレイヤーが集められてることは知ってる?」
「もちろん」
「それじゃ話が早いわ。明日、あたしたちのチームがシャングリラに向けて出発するの。そして、うまく行けばゲームが終了して、解読されたデータがサーバーに送られる。そのデータをクラッキングして、世界中のサーバーにコピーして欲しいのよ」
「なるほど。でも、なんでそんなことをするんだい?」
「それは……。こう思うの。今まで、このデータを手に入れるために、各国が争ってきた。あたしも襲われたことがあるの。どこの国も、データが欲しくて必死なのね。
でも、そんなのばかばかしいと思う。このデータって、もともと五ヶ国ぜんぶのものだし、それに本当なら世界中みんなのものじゃない? だけど、あたしたちがゲームを終了してデータを手に入れたら、日本が独占することになるわね。
けど、そのデータを世界中に流してしまえば、もう独占なんてできない。データはみんなのものになる。そうすれば、どこの国も無駄な争いなんてしなくなるでしょ?」
そう。これが、あたしが考えた末に出した結論。
カーンがあんな目にあったのを見て、超光速エンジンのデータをめぐる争いがどれだけみにくいものか、あたしは思い知らされた。日本がデータを独占したとしても、またそれをめぐって新しい争いが起きるだろう。
それなら、そのデータを誰も独占できないようにして、争う意味をなくしてしまえばいい。
「なるほど……」
「どうかしら?」
あたしがこんな依頼をしたことがばれたら、ただでは済まないだろう。怖い。でも、やらなくちゃならない気がする。
「俺、いままでクラッキングばかりしてきて、役に立つことしようなんて考えたこともなかったけど……。一度くらい、世の中の役に立つことしてもいいかな」
「やってくれる? お礼はお金しかできないけど」
「お礼なんていらない。俺がやりたいからやるだけだよ。そのサーバーの情報をくれ」
あたし、あたしたちの使っているローカルサーバーの情報を彼に教える。
「わかった。明日だね」
「ええ……」
「心配しなくていい。誰が俺に頼んだかは絶対分からないさ」
「でも、あなたは大丈夫?」
「俺の正体も、誰にも分からない。それから、君と話すのもこれっきりだ。それじゃ、さようなら。健闘を祈るよ」
像がふっと消えた。声をかけてみても、もう彼は答えなかった。
ふぅ。
本当に、やってよかったの? みんなが苦労してデータを手に入れようとしてるのに、あたしはみんなの苦労を台無しにしてしまったんじゃ?
それだけじゃない。もしもマスタークラッカーが、あたしの教えたサーバー情報を悪用したら?
でも、あたしは賭けた。あたしの考えが正しいことに。マスタークラッカーが裏切らないことに。
どっちにしても、あたしのなすべきことは一つ。ゲームの真の結末<トゥルーエンド>に行き着くこと。
ベッドに入って目を閉じた。興奮して、眠くならない。
頭の中はゲームのこと。
いよいよ明日、すべてに決着がつく。