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 マリーの言葉に、全員がぱっと明るい表情になった。
「やった!」ケインが叫んだ。
「マリー、説明を頼む」ショウが言った。
「はい、もちろん!」
 マリーは席について、説明を始める。
「まず、解読されたメッセージの全文を見てください」
 あたしたちは、マリーが仮想平面に映したメッセージを読む。
『統べる一者果てるとき
 三柱の神目覚めん
 十二の精集まりて
 原初の神殿をひらく

 青き陽のもとにそよぐ草
 みっつの曙重なりしとき
 より速きものなき翼
 シャングリラ指して飛び立つ

 夢の国の指輪のもと
 みっつの力封印を解き
 剣砕き拳止めるちから
 選ばれしものの手に握られん』
「ふうん……。これで、シャングリラの場所がわかるって言うの?」
 ソフィアが、見当もつかないって表情で言った。じっさい、あたしにも何のことやら。
「十二のメッセージを解読して日本語に直してから、つなぎ合わせて一つにしたのがこれなんです。説明しますね。まず最初の四行は、原初の神殿があるっていうことと、それが人間やゾガード、ヌールに関係していることを示しています。
 一者とはおそらくヴィスケラのことを指すんです。三柱の神とは人間、ゾガード、ヌールのこと。十二の精は、メッセージのことなんだと思います。
 つまり、人間とゾガードとヌールが、十二のメッセージを集めて原初の神殿に到達することを意味していると思うんです。
 重要なのは次の四行で、これがシャングリラの場所を示しています。
 『青き陽のもとにそよぐ草』、つまり青い恒星をまわっている惑星、それも植物が存在する場所が鍵になるんです。その次に『みっつの曙』とありますから、そこには恒星が三つあるんじゃないかと思いました。調べてみたら、青い恒星が三連星になっていて、しかも植物が存在している惑星って、ゲーム宇宙にたった一つしかないんですよ」
「なるほどね。それじゃ、その惑星がシャングリラなのかしら?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。『みっつの曙重なりしとき』ですけど、恒星と惑星の公転軌道を計算すると、六百年に一度だけ、惑星から見て三つの太陽が重なって一つに見えることがあるんです。しかも、そのとき惑星からみて三つの太陽は必ず同じ方向を向くんです。『より速きものなき翼』、つまり一番速いものっていうのは光です。つまり、そのとき惑星から見た太陽の方向にシャングリラがあるんだと思います」
 マリーはコンピュータを操作して、ゲーム宇宙の恒星図を呼び出す。
「見てください。ここにその惑星があります。三つの太陽が重なったとき、その示す方向がこの線です。この線上にぴったり存在する恒星がひとつだけあるんです。ここにシャングリラがあるに違いないと思います」
「なるほど……。いや、さすがですねマリー」ヘパイストスが感嘆の声をあげた。
「でも、最後の四行は何ですか?」
「前の二行はわかりません。ただ、おそらくシャングリラについてからするべき何かを示しているんだと思います。後の二行は、原初の神殿でなにか強力な力を手に入れることができるという意味でしょうね」
「なるほどな……。いや、難しいなぞなぞだった。もうこんなのは願い下げにしたいもんだな」とハリー。
 あたしも同感だった。
「あら、わたしは大好きなんですよ、こういう謎を解くのが」
 まあ、マリーはそうなんだろうな。あたし、ちょっと苦笑する。
 ほかのみんなも、あたしと同じに感じてるみたいだった。もっともヘパイストスは別。彼、マリーと考え似てるみたい。そういえば、あの二人ここんとこいい雰囲気よね。
「そうすると、あとは実際にどうやってシャングリラに行くかだな」
 ショウはそう言って、考え始めた。
「この星域はゾガードとヌールの勢力圏の境界あたりだ。人間の勢力圏からは遠く離れている。ここに行くには、最長距離型のワープキャノンが必要だ。それに、近くに通常空間復帰<アウト>しても、ゾガードとヌールがただちに察知して、迎撃してくることを考える必要がある」
 ヘパイストスが、ショウの考えに意見を述べる。
「長距離型ワープキャノンはツァルト星系にありますから、それを使用できます。しかし、ほかの問題があるんですよ。シャングリラのある場所の近くは、ワープ空間の歪がかなり大きい。すぐ近くに通常空間復帰<アウト>することはできません」
「となると、出現地点からシャングリラまで、かなりの距離を通常移動で行く必要がある。まずいことに、この付近にはゾガードとヌール双方の基地がある。ここから迎撃部隊が出てくると、突破は難しい」
「それに、他国のエキスパートチームのことも考慮する必要がありますね。先日遭遇したフランスチームだけでなく、ほかの国もチームを作っているはずです。その妨害をどうやって防ぐかも考えないと」
 ケインが話に加わり、提案する。
「陽動作戦はどうでしょう? 人間とゾガード、ヌールの前線に沿って、大規模な進攻をかけます。それで、ゾガードとヌールの主力部隊を前線付近に集結させれば、シャングリラ付近の防護は薄くなるはずです」
「それができれば、確かに有効だろうな。だが、ゾガードとヌールの主力を集結させるほどの進攻を行うには、人間のほとんどの軍事力を繰り出す必要がある。それだけの勢力を俺たちが動かすのは無理だ」
「そうですね……。しかし、我々がこの地点に出現してから、ゾガードとヌールが大群で出撃すると、とても突破するのは無理です。なにか方法を講じないことには」
 腕組みして聞いていたハリーが口を出す。
「こういうのはどうだね? 我々の出現地点を中心として、ゾガードとヌールの基地からみて我々と反対側に、それぞれ母艦を通常空間復帰<アウト>させる。そこから天使<エンジェル>の部隊を発進させるのだ。そして、ゾガードとヌールの部隊が、それらの母艦と天使<エンジェル>を迎撃に向かったところで、タイミングをはかって我々が逆側に通常空間復帰<アウト>する。そして、一直線にシャングリラに向かうんだ。そうすれば、最小限の妨害でシャングリラに到達できるだろう」
「それは、つまり囮を出すってことですね?」とケイン。
「そうだ。母艦にはアドバンスとビギナーのプレイヤーを大勢乗せる。撃破されるだろうが、我々がシャングリラに到達するまでの間、注意を引き付けておいてくれればいい」
「でも、そのプレイヤーたちを犠牲にすることになりますよ!」
「そのとおりだが、ほかに方法がない。もっと犠牲が少ない方法があるなら教えてくれ。わたしにはこれが精一杯だ」
 みんな、しばらく考え込んでいた。自分たちの任務のために、ほかのプレイヤーたちを囮にするという考えは、みんなが気に入らないことだ。そのプレイヤーたちのキャラクターはほぼ間違いなく死ぬだろう。死ぬのは実際のプレイヤーではないからかまわない、とはゲーマーは考えない。自分のキャラクターが死ぬというのは、ゲーマーにとって本当に大きな痛手だから。
 結局、ショウが議論に決着をつけた。
「仕方がないだろう。もっとましな案が出るまで、その作戦で行くことにする。母艦を手配して、アドバンスとビギナーのプレイヤーを集めるように手配しておこう。しかし、それでゾガードとヌールへの対策はできたとして、もう一つ問題なのは他国のエキスパートチームのことだ。彼らは俺たちと同じように、シャングリラが第一目的だ。俺たちを直接妨害してくる可能性は高い。あるいは、先にシャングリラに行かれる可能性も」
「先を越されたら、これはどうしようもないですからね。こちらへの妨害については、我々の出発星域を秘密にするのはもちろんですが、おそらく察知されるでしょうね。とすれば、ツァルト星域に行くまでにいくつかの星系を経由して、一つの星系にとどまる時間を短くするのが有効だと思います」
 それからしばらく議論が続いて、作戦の概略についてようやくみんなが合意した。
「よし、まとめよう。まず、ツァルト星系のワープキャノンから、シャングリラ付近のこの二つのポイントに、アドバンスとビギナーの天使<エンジェル>を乗せた母艦を送り込み、囮にする。いっぽう俺たちは別の母艦に搭乗し、ユーベルト星系からワープを繰り返してツァルト星系に移動し、タイミングを合わせてツァルト星系のワープキャノンでシャングリラ近くの地点にワープする。通常空間復帰<アウト>したら母艦で一直線にシャングリラを目指し、到着したら天使<エンジェル>で発進し、調査する。
 ヘパイストス、作戦の開始時刻だが……、明日決行できるか?」
「無理ですね。急がなくちゃならないのは承知してますが、母艦の手配、プレイヤーの準備、天使<エンジェル>の修理と整備、そのほかの作業を考えると、明日までには間に合いません。ぎりぎりで、あさっての昼過ぎというところです」
「わかった。作戦開始はあさっての十四時にしよう。ヘパイストスとマリーはこれから準備にかかろう。この会議は解散だ」

 あたしたちは、作戦開始のあさってまでこの施設に泊り込むことにした。
 その夜、あたしは眠ってから夜中に目がさめてしまった。あたしの悪い癖で、実は寝る前にコーヒーを飲まないとよく眠れないの。変だって言われるけどそれはともかく、寝る前に飲まないと夜中に目が覚めちゃって、むしょうにコーヒーが飲みたくなる。
 夜中だから食堂は閉まってるはずだけど、たしか休憩所のわきに自動販売機があったっけ。あたし、足音をひそめて休憩所に向かう。
 端末室の前を通りかかったとき、部屋の中からかすかな機械音が聞こえた。
 なんだろう? あたし、ドアをそっと少し開いて中をうかがう。
 暗い中で、誰かがコンソールを操作してる。誰だかよく見えない。変ね。なんでこんな時間に一人でコンソールを使ってるんだろ?
 もう少しよく見ようと思って身体を乗り出したとき、ドアが勢いあまって大きく開いてしまった。
 その音にはっとした相手は、こっちを振り向く。
「カーン! なぜあなたが……?」
 カーンは飛び上がるように椅子から立ち上がり、あたしに向かって突進する。あたしが反応するよりも早く、彼はあたしの腕を乱暴につかんで部屋の中に引きずりこみ、後ろから羽交い絞めにして口をふさいだ。
「カーン、やめて! 何するのよ?」
 あたし、もがく。彼はポケットからなにか小さなものを取り出し、あたしを押さえつけたまま、その手をあたしの顔の前に。香水のスプレーみたいな、小さな細長い容器だった。
 彼はあたしの鼻の前で、その容器をスプレーした。甘い匂いが鼻に入り、その匂いを嗅いだあたしは急激に眠気に襲われる。
 ダメ……、こんな……。
 意識が遠のく。
 そのとき、後ろから鈍い音がして、あたしを捕まえている腕の力が急激に抜けた。解放されたあたしは床にくずおれて意識を失ってしまった。
「エミリー!」
 声とともに頬をはたかれて、あたしは意識を取り戻す。
 床に倒れたあたしを、ショウがのぞき込んでいた。
「ショウ……、カーンは?」
「カーンは取り押さえた。だが、ようすが変なんだ。取り押さえたときには錯乱状態で、すぐに倒れてしまった。今医者が診察している」
「そうなの。カーンは、ここで何をしてたの?」
「俺たちの天使<エンジェル>のデータを書き換えていた。ちょっと見ただけでわからないように、あちこちに欠陥を組み込もうとしていたんだ。君が見つけてくれなかったら、気が付かないままだったろうな、ありがとう」
「じゃあ、カーンは……、他国のスパイだったの?」
「そういうことになる。だが、あれはカーン本人の意思じゃなかったという気がする。なにか、操られているような感じだったから」
 あたしはショウについて、カーンのいる部屋に向かった。
 医務室代わりに使用されている部屋で、カーンは簡素なベッドに寝かせられていた。そばにはお医者さんらしい年取った男の人がついている。
 あたしたちが入っていくと、お医者さんはちらっとこちらを見た。疲れているみたいだったけど、それ以上になにか腹を立てている雰囲気だった。
「どうですか?」
「この患者がなぜ錯乱したのかわかったよ。まったく、けしからん」
「というと?」
「これを見たまえ」
 そう言って、お医者さんは写真を見せた。頭の断面写真らしくて、もやもやした頭の中のようすが映し出されている。そのなかに、ちいさな白点が無数に映っていた。
「この白点だ。こいつを調べたら、ナノマシンだとわかった」
「ナノマシン? あの超小型ロボットのこと?」
「そうだ。一ミクロンくらいの最新型だよ。こいつが脳の中にたくさん検出された。おそらく、本人の知らないうちに誰かに注入されたんだ。血流に乗って、脳に移動する。そして、本人の意思をあやつることができるんだろう。医者としては、こんな非道なものを作る奴は許せんよ!」
「そうだったの……。それじゃ、カーンは悪くなかったのね?」
「まあ、破壊工作をしたのは本人の意思ではなかったんだろうな」
「それで、カーンは大丈夫ですか?」
「とりあえず、ここでは治療ができんから病院に移す。設備のある病院なら、頭からナノマシンを除去できるだろう。だが、だいぶ脳に負担がかかっているようだから、何日かは絶対安静だな」
「どこの国で作られたナノマシンなのか、わかりますか?」
「そこまではわからんよ」
 それ以上言うことはなく、あたしたちは部屋を出た。
 救急車を呼び寄せてカーンを病院に移してから、あたしたちは休憩所に行き、自動販売機のコーヒーを飲んだ。
「ショウ……、どこかほかの国なの? カーンにあんなことしたのは」
「そうだろうな。カーンは知らないうちにスパイに仕立て上げられてたんだ。おそらく、俺たちのつかんだ情報をその国に流し、最後のときに妨害工作をするように」
「ひどいわ」
「ああ、ひどいな。だが、これが実情だ。超光速エンジンのデータには莫大な価値がある。どこの国も手に入れるのに必死だ。ゲームの中での競争だけじゃすまないのさ。中には、ここまで卑劣なことをしてでもデータを手に入れようとしている国もある。自国に有力なエキスパートプレイヤーが少ないなら、なおさらだ」
「許せないわ」
「だからこそ、俺たちがゲームを終了してデータを手に入れる必要があるのさ」
「でも……、あたしたちがゲームを終了したら、日本がデータを独占するんじゃないの?」
「他国が独占するよりはマシだろうな。だが、たしかにそうだ。日本政府だって、せっかく手に入れた貴重なデータをあっさり公開するほどお人よしじゃないしな」
 どうすればいいんだろ? あたしは考えていた。あたしはゲームがしたいだけ。国家間のみにくい奪い合いなんかに巻き込まれたくない。まして、同じプレイヤーがカーンのような目にあうのは絶対に嫌だ。
「いっそのこと、データが世界中に広まってしまえばいいんだが……」
「えっ?」
「データが世界中に広まってしまえば、争う意味がなくなる。こんな馬鹿げたことは終わるさ。だが政府としては、自分からそれをすることができないからな」
 ショウは空になった紙コップを手に、立ち上がった。
「いや、なんでもない。もう寝たほうがいいぞ」
 ショウは休憩所を出て行った。立ち去るとき最後に、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、
「マスタークラッカーなら、できるかもな……」
 あたしは椅子にかけたまま、考えつづけていた。
 データが世界中に広まってしまえばいい、か。
 なるほど、そうよね。
 それに、マスタークラッカーか。どうすればいいのか、わかった。
 でも……、本当にやってしまっていいの?

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