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「外部通信<エクスチャン>、ショウよりバスターズ! ポイントに到着。全員、分担に従って探索開始」
「エミリー、ラジャ!」
 ショウに応答して、あたしは周囲の探索を開始した。
 あたしたちは、メールの回答で判明した、残りのメッセージを探していた。ケインが組んでくれたプログラムで、残りのメッセージの存在する恒星系が判明し、メッセージのだいたいの場所まで明らかになっていた。
 ほどなく、ハリーが通信を送ってきた。
「あったぞ、これだろう」
 あたしたちは、ハリーのいる場所に集結する。ハリーがいたのは、先日のメッセージが見つかったのと同じような小惑星。そこには祭壇を連想させるような台座があり、メッセージはその上面に刻まれていた。
「よし、これだ。データを記録して、マリーに解読してもらおう」
「やっぱり、メッセージの場所が明らかになると全然違いますね」とケイン。
「ああ、今まではどこを探せばいいのかさえ分からなかったんだからな。この広い宇宙じゃ……」ハリーがそう言って、天使<エンジェル>の腕を宇宙に向けて円を描き、
「……とても見つかるわけがなかったさ」
 そうね。今まで何日もみんなで調べて、何も見つからなかったんだから。
 みんなの間に漂う雰囲気も、すっかり楽観的になっていた。
 続いて、あたしたちは別の星系に移動し、二つ目、三つ目のメッセージを探す。どちらも、さほどの時間もかけずに無事見つかり、記録された。
 そして、最後のメッセージのある星系に移動し、探索を開始したときだった。
 あたしたちが分散してメッセージを探しはじめたとき、広域レーダーにグリーンの光点が出現した。遠距離で、正体は不明だけど、大型艦じゃないみたい。
 いちおう、ショウに報告する。
「エミリーよりショウ。広域レーダーに何か映ってるわ。たぶん、天使<エンジェル>だと思うけど」
「ショウよりエミリー、ラジャ。いちおうチェックしておこう」
 あたしは、またメッセージの探索に戻る。
 周囲を調べながら、ちらりとレーダーボールを見ると、光点はまっすぐにこちらに向かっている。数、六。さらに光点が接近し、通常レーダーの範囲内になったので、広域レーダーから通常レーダーに切り換え。
 通常レーダーでは、光点が天使<エンジェル>であることが確認できた。あ……? でも、所属部隊が表示されない。タイプ、未確認。
 変ね。通常レーダーでは、どこの部隊に所属する、何型の天使<エンジェル>なのかが表示されることになってるのに。それが出てこないということは……、あの天使<エンジェル>は識別信号を発していないってこと。
 あたしがそのことに気が付いたとき、ショウがみんなに通信を送った。
「ショウよりバスターズ! 全員、レーダーボール確認<ウォーレボ>。接近中の天使<エンジェル>の編隊は、識別信号を発信していない。警戒の必要がある」
 しばらく、あたしたちはレーダーボールに映る未確認の天使<エンジェル>に注意しながら、メッセージを探しつづけた。やがて、カーンが通信を送ってくる。
「見つけた。こっちに小型のブイみたいなものがある。あれじゃないか?」
 ショウがみんなに指示する。
「よし、全員カーンのポイントに集合」
 あたしたちがカーンの位置に向かって移動し始めたとき、標的は第一射程距離<スフィア>に進入し、第二射程距離<スフィア>に迫ってきた。
 速い。天使<エンジェル>の通常の速度よりもずっと高速に接近してくる。
 編隊の隊長機をズームアップする。見たことのない形の天使<エンジェル>だ。量産型でなく、一部のプレイヤーが使っているカスタム機なんだろう。
 標的、第二射程距離<スフィア>に進入。
 そのとき、拡大映像を見ていたあたしの頭に予感が走った。
 こいつら、撃ってくる!
 反射的にペダルを蹴る。回避機動。
「エミリーよりバスターズ! あいつら、撃ってくるわ!」
 そう叫ぶと同時に、映像の隊長機が発砲。レーダーボールに何本ものライフル射線と、トピードを示す光点が出現する。
 突然の攻撃だったけど、あたしたちは全員が回避、命中はなし。さすが、みんなもエキスパートだ。
「ショウよりバスターズ! 彼らは他国のエキスパートチームだ。我々のチームを妨害または殲滅するのが目的と思われる。全員、本気で戦え!」
 あ、そうか!
 先日ショウの言った言葉を思い出す。他国のエキスパートチームと、天使<エンジェル>同士で戦うことになるだろうって。
 とうとう、それが現実になったのか。
 敵機は速度を落とさないまま、第三射程距離<スフィア>に進入。ライフルを一斉射撃。そして、小さな第三射程距離<スフィア>を一瞬で通り過ぎる。
 その一瞬、あたしは敵の隊長機の左肩に描かれたマークを見た。
 翼を広げた鳥のシルエット。それも、ただの鳥じゃない。
 あのマークは、不死鳥<フェニックス>だ。
 全身に震えが走った。
 『フィールド・エンジェル』のプレイヤーで、あのマークを付けているのはただ一人。
 現世界チャンピオン、フランス人のデペシュ・ヴィエーユなのだ。
「みんな! 相手はフランスのチームよ。チャンピオンがいるわ!」あたし、叫んだ。
「ああ……、俺も見た。とんでもないのが出てきたな」と、カーンが応答した。
「なんてこと……。チャンピオンまで加わってるの? そんな!」ソフィア。
 あたしたちエキスパートチームは、チャンピオンを目にしただけで恐れをなしてしまっていた。
 なぜなら、チャンピオンのデペシュ……、通称『フェニックス』は、並みの相手じゃないのだ。これまで数え切れない戦闘において、六百機を超える撃墜数を誇り、大きなダメージを負ったことはゼロ。デュエルにおいても、ランキング上位の相手の数知れない挑戦を退け、一度も敗退したことがない。異名通りに不死身と言われる、無敵のチャンピオン。
 敵編隊はいったん第二射程距離<スフィア>まで遠ざかってから減速し、踵を返して再び迫ってくる。
 ショウは、とっさに決断したようだった。
「ショウよりバスターズ! カーンは急いでブイを調べて、メッセージを記録しろ。ほかは全員、カーンを守れ。攻撃を避けることに集中しろ!」
 ショウの言外の意味が感じ取れた。
(俺たち全員がかりでも、チャンピオンには敵わないだろう)
 あたしたちは直ちに、カーンを中心に分散する。カーンがメッセージを調べ終わるまで、敵の攻撃を避け、彼を守るのが狙い。
 敵、来る!
 カーンを除くあたしたち五機に、敵のチャンピオン以外の五機がそれぞれ突進する。一対一の対決になるところだけど、それではチャンピオンがノーマークになって、カーンが撃墜されてしまう。
 あたしたちは、突進してきた相手の攻撃をかわしながら、全員でチャンピオンを狙う。全員でチャンピオンを牽制しながら、同時にそれぞれほかの一機を引き付けておく。難しいけど、やるしかない。
 フェイズキャノン、発射。同時にマイクロトピード。ソフィアとハリーがあたしと同時に攻撃する。
 チャンピオンは三人の同時攻撃を苦もなく避け、お返しにあたしたち三人に向かってライフル射撃。速い!
 ペダルを蹴って、かろうじて回避。すごい! 瞬時に三人に向かって発砲し、しかも狙いは完全に正確だった。
 チャンピオンの射撃に舌をまいた瞬間、ハリーの天使<エンジェル>にチャンピオンが突進する。あっと思った瞬間、もうハリーの右腕はちぎれ飛んでいた。
 次の瞬間、あたしに向かってチャンピオンが突撃する。上昇して回避した……、はずだったのに、ガツンと衝撃が来る。損害状況が表示される。左足、消失? そんな。
 チャンピオンはさらに、矢のようにソフィアの天使<エンジェル>に襲いかかる。ソフィアも回避しようとしたけれど、あまりに遅かった。ううん、チャンピオンがあまりに速かった。ソフィアは左腕を切り落とされた。
 ダメ。かなわない……。チャンピオンの腕前は格が違いすぎる。あたしたちもエキスパートなのに、ここまで差があるなんて!
「カーンよりショウ、メッセージを記録した!」カーンからの連絡。
「カーン、収縮<シュリンク>して逃げろ!」ショウが怒鳴った。「俺たちにかまうな、逃げろ!」
 カーンはためらわず指示に従う。彼の天使<エンジェル>は飛行形態に変形し、緊急出力で離脱する。
「全員、散開!」ショウが残りのメンバーに指示した。
 あたしたちはバラバラの方向に離れる。いくらチャンピオンでも、距離が離れたあたしたちを同時には撃破できないはず。
 甘かった。
 次の瞬間、ハリーの天使<エンジェル>にビームが命中し、爆発していた。
 はっと思ったときには、あたしに向かって突進してきたチャンピオンが眼前に迫っていた。
「あぁあぁぁ!」あたし、悲鳴を上げて夢中でライフルを撃つ。
 チャンピオンは射線から消えるように回避し、位相衝撃波<フェイスウェイブ>はそのまま直進し。
「きゃーっ!」
 ソフィアの悲鳴が聞こえた。
 しまった。チャンピオンの向こうにはソフィアが!
 もう、ダメ!
 そう思ったとき、周囲に強烈なビームの光がきらめく。しかも、何本も。
 はっとして、ビームの発射方向を見る。母艦だ。母艦がいつの間にか近くに来て、援護射撃してくれている。
 ショウが母艦を呼び寄せたんだ。
 チャンピオンは一瞬母艦に向かい、それから考え直したように離脱していく。ほかの五機も後に続いて、離脱していった。
 助かった……。
 あたしは、がっくりとしてシートに身体をあずけ、荒い息をつく。
 ゲームでこんなに疲労したのは、初めて。

 あたしたちはマリーを除いて、会議室に集合していた。
 マリーは別室で、すべてそろったメッセージの解読にかかっていた。
 やっとメッセージがすべて見つかったというのに、みんなの間の雰囲気は重苦しかった。理由はもちろん、さっきのチャンピオンとの戦い。
 チャンピオンが強いのはもちろん知ってたけど、まさかあれほど差があるとは、あたしたちの誰も思っていなかった。そして、そのチャンピオンがフランスチームのリーダーとして、あたしたちの前に立ちふさがった。
 もう一度、チャンピオンと対決することになったら……、そう思うだけで、あたしも胃が苦しくなるような不安感を感じていた。
 重苦しい雰囲気を振り払うように、ショウが口を開く。
「ヘパイストス、みんなの天使<エンジェル>を修理するのにどれだけかかる?」
 ヘパイストスはコンピュータの画面を見つめたまま、答を返す。
「ハリーの以外は、失ったパーツを交換して接合、再調整ですから、半日あれば終わります。さいわい、母艦の設備で修理可能です。ハリーの天使<エンジェル>は全壊で、修理はできません。もよりの軍事基地に母艦を寄港させて、新しい天使<エンジェル>に乗り換えてもらうしかありませんね」
「やれやれ。撃破されたとなると、ランキングポイントにマイナス百くらいかな」
 ハリーの言葉に、ケインが返す。
「キャラクターが死ななかっただけいいですよ、ハリー」
「それにしても……、チャンピオンが敵だとはな」カーンが言った。
「もっとも、考えてみれば当然だったよな。フランス政府がエキスパートを集めるなら、チャンピオンが入るのはあたりまえだ。今まで誰も、そのことを考えなかったとはな」
「チャンピオンは、俺たち同様にメッセージを調べに来たんだろう」とショウ。
「その場所に俺たちがいたから、軽く挨拶してきた、それだけだろう。母艦を呼び寄せたときにあっさり引き下がったのも、メッセージを調べる目的は達したからだろうな。もしも本気だったら、俺たちは全員撃破されていたな」
「あれで……、軽い挨拶だったって言うの?」ソフィアがうめくように言った。
 また、重苦しい雰囲気が流れる。
 突然ソフィアがあたしの方をにらみつけ、鋭い声で言い放つ。
「ところで、エミリー。あなた、どうしてあたしを撃ったの?」
 あたし、顔をしかめて言う。
「ごめんなさい。チャンピオンを狙ったんだけど、あんまり相手が速くて、外れたの。それで、その向こうにあなたがいて……」
「信じられないわね!」
「……えっ?」
「どさくさにまぎれて、あたしを撃破しようとしたんじゃないの?」
「な、なに言ってるのよ! そんなはずないじゃない」
「どうかしらね。あなたも、あたしが邪魔なんじゃないの?」
 あたし、立ち上がってソフィアをにらみつけた。ケンカしたくなかったけど、ここまで言われてはもうおとなしくしていられない。
「いいかげんにしてよ! 邪魔なんて言ってるのはソフィア、あなただけよ! あたしはゲームがしたいだけ、あなたを敵とか、邪魔なんて思ってないわ!」
 そこまでにしておけばよかった。かっとなっていたあたしは、余分なことまで言ってしまう。
「そういえば、あなたレディスチャンピオンが狙いなんですってね? 言っちゃ悪いけど、無理ね。さっきチャンピオンを相手にした、あのありさまじゃね」
「なんですって!?」
 あたしたちは、しばらくにらみ合ったまま何も言わなかった。
 それから、ソフィアが口を開く。
「いいわ。それならデュエルしましょう! あたしが勝ったら、今の言葉を取り消してもらうわ」
「デュエル?いいわよ、勝負しましょう!」
 そういってから、思いつく。そうだ、いい機会だから。
「ただし、ひとつ条件があるわ」
「何よ?」
「あたしが勝ったら、教えてほしいの。あなたがどうして、そんなにチャンピオンになることにこだわってるのか」
 ソフィアはちょっとためらう。どうやら、その理由は言いたくないことみたい。
 でも彼女の性格からして、ここで引き下がるわけがなかった。
「いいわ、その条件受けるわ!」
「そうこなくっちゃ。それで、デュエルのルールでは、挑戦を受ける側にシナリオ選択の権利があったわね。どうかしら、シナリオ『プロミネンス』で? 受ける?」
「えっ……」
 ソフィアがひるんだのには、わけがある。
 デュエル、つまり天使<エンジェル>の一対一の決闘は、いろいろなシナリオで行われるけれど、『プロミネンス』っていうのは、その中でも極めつけに難しいシナリオ。名前のとおり、太陽の表面に近い限界高度で戦うもので、エキスパートでさえまともに戦うのが困難な、不可能シナリオとまで言われてるもの。
「……いいわ。お互い条件は同じだしね。どんなシナリオでも受けて立つわよ!」
 ほかのメンバーは口出ししなかった。あたしたちは端末室に向かい、あたしとソフィアは操縦球に乗り込む。
 デュエルモードを選択。シナリオ、『プロミネンス』。
 デュエルが開始され、あたしの天使<エンジェル>はいきなり、太陽の近くに出現する。視野の半分は、まばゆい太陽の光球。
 環境探査機能を起動、太陽表面の変動に探査を集中する。このシナリオでは、太陽から不規則に出現するプロミネンスを避けることが、敵との戦闘よりも大事。プロミネンスに巻き込まれたら、天使<エンジェル>も溶けてしまう。
 プロミネンスの発生を示す兆候を見逃さないように注意しながら、ソフィアの天使<エンジェル>を探す。いた。第一射程距離<スフィア>ぎりぎりだ。
 この条件では、遠距離で撃ち合っても効果はないだろう。接近し、第二射程距離<スフィア>に入る。同時にフェイズキャノンを連射。そのままコースを変更、別方向から接近する。
 ソフィアも同様に射撃してきたけど、お互いに命中しない。
 プロミネンス警告! ペダルを踏んで、回避。次の瞬間、さっきまで天使<エンジエル>のいた場所に、巨大なプロミネンスが吹き上がる。
 さらにソフィアに接近し、第三射程距離<スフィア>に入る。
 ソフィアが突進し、パンチを繰り出す。回避して、蹴りを入れる。あたしたちは、ほとんど素手のケンカのような戦いを始めていた。
 戦っている最中に、ソフィアが口を開いた。
「エミリー、あたしは負けられないのよ……、あなたには」
 あたしは、ソフィアの攻撃を回避して下に。そのとき警告サイン。限界高度に接近しすぎた。
 限界高度よりも下に行ってしまえば、天使<エンジェル>は太陽の重力に負けて落ちていき、二度と脱出できない。かといって、十分な高度まで上昇するのはこのシナリオでは「逃亡」として負けになる。
 広大な宇宙空間のようで、じつは極めて狭いところで戦わなければならないのがこのシナリオなのだ。
 高度に気をつけて、ソフィアの横に回りこむ。
「どうしてよ? ソフィア、なぜそこまで勝った負けたばかり気にするの?」
 ソフィアはフェイズキャノンを連射して、あたしが回避したところでふたたび格闘に持ち込む。
 パンチと蹴りの応酬。
「あなたにはわからないわ! 勝たなくちゃいけないのよ、あたしは」
「なぜよ?」
「父さんみたいになりたくないから……」
 そう言ってから、はっとソフィアが息をのむのが感じられた。
 どうやら、言いたくなかったことにビンゴしたみたいね。
 ソフィアに一瞬のすきができた。すかさず突進、肩で体当たりする。
 ソフィアの天使<エンジェル>は勢いで、限界高度近くまで降下する。彼女は急いで上昇に移る。
 プロミネンス警告!
 あたし、急いで危険域から離脱する。けど、限界高度ぎりぎりのソフィアの天使<エンジェル>は、一瞬だけ反応が遅かった。
 あたしの眼前で、ソフィアの天使<エンジェル>はプロミネンスの炎につつまれた。

 あたしは操縦球を降りて、ソフィアの操縦球に歩いた。
 ソフィアはハッチの開いた操縦球の中で、シートに座ったままうつむいていた。
「ちきしょう。ちきしょう。ちきしょう。ちきしょう……」
 ソフィアはその言葉を繰り返し、自分の腿にこぶしを叩きつけている。
 そのこぶしに、ぽたぽたと涙のしずくが落ちる。
 あたしは何も言えず、ちょっとの間黙って見つめていた。
 ソフィアを残して立ち去ろうとしたとき、彼女が背後から声をかけた。
「待って、エミリー……」
 振り返ったあたしに、ソフィアはうつむいたまま話し続ける。
「教えてあげる。あたしが勝ちたいわけ……」
 そう言って、ソフィアは自分の身の上を語り始めた。
 ソフィアの父親は若いときボクシングの選手で、チャンピオンを目指していて、実力からしても十分チャンピオンを獲得できると思われていた。ところが、父親はチャンピオンへの挑戦権をかけた大事な一戦で、対戦相手の個人的事情を知って同情してしまい、冷静に戦うことができずに敗退してしまった。
 一度機会を失うと、もうめぐってこないっていうのは本当なのかも。とにかく、ソフィアの父親はふたたびチャンピオンへの挑戦権を得ることができずに引退した。
 その後の父親は、まるで過去の亡霊のようだった。つかめなかったチャンピオンの座、逃した機会のことだけを考え、未来を見られない敗退者。ソフィアは小さいころからそんな父親が哀れでならなかったのだという。
「それで、あたし決心したのよ」ソフィアは言った。「あたしは父さんみたいには絶対ならないって。必ず、チャンピオンになるんだって……」
 そうだったの……。やっと、わかった。なぜ彼女がこれほどまでに勝つことにこだわったのか。惨めになりたくなかった、それだけの思いが彼女を動かしていたんだ。
 でも……。
「ソフィア、あなたの気持ちはわかった。でも違うと思うわよ。ボクシングと違って、『フィールド・エンジェル』は一人で戦うものじゃない。勝者が一人の必要はないじゃない? ううん、ボクシングだって本当は選手が一人で戦ってるわけじゃないじゃない。セコンドとかトレーナーとか、みんな選手をチャンピオンにするために協力してる。選手がチャンピオンになれば、それはみんなが勝利したってことじゃないの」
 ソフィアは泣き顔のまま、あたしの方を見た。
「エミリー……?」
 あたし、ソフィアに微笑む。
「ソフィア、あたしたちみんなで勝ちましょうよ。みんなでシャングリラにたどりついて、ゲームを終わらせるの。そうすれば、あたしたち全員が勝者。チャンピオンになるより、もっと価値があることよ!」
「………………」
 ソフィアは無言だった。無理ないか。ずっと思いつめてきたことが、そんなにすぐ変わるわけがない。
 あたし、ソフィアを残して端末室をあとにする。
 ドアをくぐったとき、ソフィアの声が後ろからかすかに聞こえた。
「そうね。考えてみるわ……。ありがと、エミリー」
 通路を歩きながら、あたしは考えていた。
 ソフィアが裏切り者かと思ってたけど、違うわね。彼女のまっすぐな性格からして、裏切り行為なんかするはずがない。じゃあ誰が?
 会議室に戻ると、ショウ、ハリー、ケイン、カーンが待っていた。
 そういえば、デュエルを開始したときにはみんなまわりで見てたのに、デュエルが終わって操縦球を出たときには、いなくなってたことに気がつく。
 そっか、みんな気をきかせて、あたしたちを二人きりにしてくれたんだ。
 ショウが聞いた。
「ソフィアは落ち着いたかい?」
「ん……、まだ冷静にはなってないと思う。けど、たぶん大丈夫」と、あたしは答える。
 そのとき、ドアが開いてマリーが駆け込んできた。
 彼女には珍しく、すごく興奮してる。
「わかりました!」マリーは叫んだ。
「つきとめられました、シャングリラの場所が!」

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Syo!の落書き帳